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●本題その一(天籟の正体とは):
岩波文庫の金谷治さんの『荘子』の訳では、最後の台詞にかっこ書きで、
「そんなものはありはしない」とあります。
どういう意味なのかずっと疑問でしたが、
理解できた時にはとてもずばりと言い当てた名訳だとわかりました。
そのことを説明していきます。
古代中国の周の時代の易の解説書で、
儒学の経典となっている『易経(えききょう)』の中で、
易の哲学を述べている「繋辞伝(けいじでん)」の中の一節に、
次のようなものがあります。
まずあらゆる物事の始まりに「太極(たいきょく)」というものがあり、
そこから二つに枝分かれして「両儀(りょうぎ)」が生まれます。
「両儀(りょうぎ)」とは陰と陽の二つです。
そしてこの陰と陽が様々な変化をして万物を作り上げていくとあります。
さらにその万物が生まれる様子を眺めていると、
万物が生まれる間に八卦(はっけ)を見出し、
さらにその八卦を二つ組み合わせた六十四卦(ろくじゅうよんけ)を見出し、
その六十四卦であらゆる物事を説明することができる、
というものが易の考え方であることがわかります。
この部分を三国時代の魏の老荘の学者である王弼(おうひつ)は、
『老子』の一節の「無極(むきょく)に復帰する」、
つまり極まりのないところ(いわゆる無)に万物が帰っていく、というその一節から、
太極のさらに極まったところにある「無(む)」を太極のご先祖と考え、
無から有が生じるように太極が生まれ、陰と陽が生まれ、
その陰と陽が様々に変化してさらに細かく枝分かれしていくように
万物を生み出し、機能する際に、常に無が仲立ちとなって存在すると考え、
そんな無の働きの別名を「道(みち)」としたわけです。
そしてそこから六十四卦を『老子』の考えをもとに説明していきました。
さて、あらゆる物事には道が仲立ちをしている、
この万物の働きを人間の身体にたとえますと、
人間の身体は様々なパーツに分かれています。
そしてそれはばらばらに存在するのではなく、
一つの統一された身体として機能しています。
たとえばものを考える脳を機能させるには
心臓から血液を送りこんで、栄養と酸素を供給しなければなりません。
栄養は腸から、酸素は肺から取り入れるわけです。
こうして一つになって人体を動かしているのですが、
私たちは別にそうするようにと意識的に命令を送っているわけではないのです。
老荘の考えでは道がそれらを一つに機能させるように働いていると考えています。
だからと言ってその道が、神様のような実体を持つだれかであるわけでもなく、
身体のパーツは統一された動きをしていても、
身体のパーツそれぞれがあるがままに本来の性質に従って動いている、
そんな自然の様子が見られるだけなのです。
これが、「そんなものはありはしない」という名訳の本当の意味になります。
ここから「天籟(てんらい)」の説明をしていきます。
風が吹いて、それがいろんな穴を通ることで様々な音がするわけですが、
風がやんだ時には全く音が聞こえない、「無」の状態になります。
その状態から風が少し吹くだけでいろんな穴と相互作用を起こして
いろんな音を奏でていくわけです。
それはまるで無から有、無から太極が生まれ、
それが様々な枝分かれして万物が生み出されるように
いろんな音が生み出されるように感じられますが、
そうさせている神様のような実体があるわけではなく、
万物のありのままの姿が見られるだけなのです。
無とはそれぞれがありのままの音を奏でる自然の姿の仲立ちをする、
そんな実体のないものなのです。
この無の働きの別名を「道」と言い、
「道」の音の仲立ちをする場合の働きのことを
「天籟(てんらい)」と名付けた、というわけです。
(その五へ続きます)
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拝読させて頂きました、明日から3日間仕事です!応援の☆ポチですよ!
2013/1/28(月) 午後 8:06 [ 清水太郎の部屋 ]
退院、おめでとうございます。
益々力が入りますね。
前に進むしか途は無しですね。ぽぽち!
2013/1/29(火) 午前 6:20
「そうさせている神様のような実体があるわけではなく、万物のありのままの姿が見られるだけなのです。」
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56rin携帯電話からのアクセスです。
貴ブログを拝読できて嬉しいです。ご無理なさらないようにお願いいたします。
2013/1/29(火) 午前 8:05 [ Tenbinza8722 ]
清水太郎さん、重ねて温かいコメントとポチをありがとうございます。
今日から三日間のお仕事ですね。お疲れ様です。
私もしばらく療養しながらマイペースで過ごしていきます。
2013/1/29(火) 午後 1:06
みなせさん、こんにちは。温かいコメントとポチをありがとうございます。
先週の月曜日に退院できて嬉しいです。
これからは療養しながら徐々に普段のペースに戻していきます。
今日もよろしくお願いいたします。
2013/1/29(火) 午後 1:08
56rin さん、こんにちは。温かいコメントとポチをありがとうございます。
道は実体があるものではなく、それぞれがありのままに働く姿の中に存在している、
それを示すための文章ですね。易と老子と儒学の勉強が活きてきました。
入院中も勉強していましたので、退院からしばらくは療養して、
少しずつ普段の勉強のペースに戻していきます。
今日もよろしくお願いいたします。
2013/1/29(火) 午後 1:11