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アメブロの記事のURL: http://ameblo.jp/syou-gensai/entry-11464676833.html ●現代語訳:
太古の帝王の高陽(こうよう)という号で呼ばれた
??(せんぎょく)の子孫に、私の亡き父、優れた徳を持つ父の、
字(あざな)を伯庸(はくよう)という人がおりました。
お正月の、『太歳(たいさい)』、つまり木星が
東北東の寅(とら)の方角にある、
暦は庚寅(かのえとら)の日に私は生まれました。
『寅(とら)』は陽の気が正しく陽の気がさかんになる、
お正月に春になっていく、ということを示し、
『庚(こう)』は陰の気が正しくなり、
秋に万物が実って充実している状態を示すのですから、
私はそんな陰と陽の整った、めでたい日に生まれたことになります。
私の父が最初に生まれた私を見て、私にめでたい名前をつけました。
父は私の名前として、
『公平で法則として従うことの中で最も優れているのは天で、
その天に則るような公平で偏りのない人間に育って欲しい』
という願いを込めて『正則(せいそく)』と名づけ、
私が成人した時の名前である字(あざな)として、
『陰と陽から万物を養い育てて調和させるものの中で
最も澄み切っているものは地で、
その地に則るような穏やかで周囲の人々と調和していける
人間に育って欲しい』
という願いを込めて『霊均(れいきん)』と名づけました。
美しい花が匂い立つように、私の心の中に徳を秘めていて、
それをさらに修養を積んで高めていくようにしていきました。
??(きゅうきゅう)の草のように匂い立つような徳を持って、
白?(びゃくし)という薬のように国を治める能力を身につけ、
秋に咲く蘭の花のように美しい徳を探し求めて身につけていきました。
私はまだまだ能力が十分に身についていなくて、
この川の流れのように歳月が空しく流れて、
年相応の経験を身につけることができない事を恐れていました。
朝に楚の国の南にある山の『阰山(しざん)』で
モクレンの春に咲くかんばしい花を、
天を敬うように見上げながら取り、
夕べには川の中洲で冬になっても枯れない草花を、
地面を見下ろしながら、長い間も変化することのない
地を敬うように取っていました。
太陽や月は突然のように出入りして、
昼も夜も長い間続かずに入れ替わり、
春と秋もあっという間に順序を変えて、
あっという間に時が過ぎ去ってしまいます。
今、私は冬になって草が枯れて木の葉が落ちるように、
美人が時とともに顔かたちが老いてしまうように、
陛下(楚の懐王)がきちんとした徳を身につけないままに
晩年を迎えてしまうことを心配しているだけなのです。
陛下が働き盛りの壮年の時期に安心してしまって、
好き勝手なふるまいをするのをやめて、
君主としての徳を修めるようにして、
陛下の周りで讒言をささやいている者たちを
宮廷から去らせることが大切なのに、
どうして陛下は讒言をあっさり信じるような
ご自身の心のあり方を改めようとしないのでしょうか?
陛下が(私を含めて)賢明なる者たちを家臣に登用なさるのならば、
千里をかける馬に乗って駆け回るように、
速やかに国が治まっていくのです。
ですから私は陛下の元へ向かって、
国を治める聖人の道へと陛下を導き入れる役目を果たしたいのです。
(ここまでが今回の現代語訳です)
●感想:
屈原は自分自身の憂国の気持ちを、
自分の能力と先祖への自負を、
巧みなたとえを用いて詠んでいく、
こういう所を見習っていこうと思います。
こういう部分を私の漢詩作りにも活かしていきます。
これからもしっかりと訳していきます。
(了)
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君主でも徳を納めていると敬われるひとはそう多くなかったのでしょう。
こういうのもそれぞれの見方(切り口)によって変わりますから。
今でもそうですね。
2013/2/6(水) 午前 2:24
ひろちんさん、おはようございます。温かいコメントとポチをありがとうございます。
そうですね。おそらく「君主とはこうである」ということではなく、
「君主とはこうあるべきだ」ということなのだと私も思います。
秦の国で宰相になった商鞅(しょうおう)は、君主の孝公(こうこう)に
帝の道・王の道・覇者の道を説いた時に孝公が興味を持ったのは
覇者の道だけだとあります。理想が実現される機会はとても少ないと私も思います。
おそらくはこの詩でも君主としての理想を説いている、そんな風に思います。
今日も療養しながら学んでいきます。今日もよろしくお願いいたします。
2013/2/6(水) 午前 6:46
玄さん。お久しぶりです。ピンパパ改めピン太郎です。

楚辞、良いですね〜。大好きです。
最近はお身体いかがですか?ボクは、中国渡航前の健康診断で、糖尿病が発覚!?して、急遽2週間の検査&教育入院?になりました。でも自由な時間も多いので、玄さんを見習って、なにか勉強しようかな、と思います。
2013/2/7(木) 午後 4:07
幼い頃住んでいた家の近くにありました。一年くらい前に行ったら、あって、嬉しかったですね☆
2013/2/7(木) 午後 10:39 [ 星紅 ]
ピン太郎さん、おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。
急遽入院ですか。お大事になさって下さいね。
くれぐれも無理だけはしないで下さいね。
私もしっかりと療養していきます。今年もよろしくお願いいたします。
2013/2/8(金) 午前 10:43
星紅さん、おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。
今回の漢詩の中でモクレンが出て来ましたので、画像のサイトから探しておりました。
昔のご近所にもあったのですね。
『楚辞』の「離騒」の中ではいろんな草花が登場してきますので、
こういう所もしっかりと調べていこうと思います。
今日も元気に過ごしていきます。
2013/2/8(金) 午前 10:47
2013/2/10(日) 午後 7:33
sakurajinyapoo さん、こんにちは。お久しぶりです。
温かいコメントをありがとうございます。ようやく退院しました。
はい、しばらくは療養中心にマイペースで学んでいきます。
今年もよろしくお願いいたします。そちらにもごあいさついたします。
2013/2/11(月) 午後 4:57
「モクレンの春に咲くかんばしい花を、
天を敬うように見上げながら」
↑
モクレンは、大阪や奈良では4月1日に咲き初めます。1週間で散ってしまうので残念です。
天を敬うように・・・の形容詞・・・興味深いです。
2013/2/11(月) 午後 9:06 [ Tenbinza8722 ]
56rin さん、こんにちは。温かいコメントをありがとうございます。
モクレンの花をこの機会に調べていました。春の花なのですね。
とても良い花だなと思いました。
屈原の父親が名前をつけた意図をくみ取っている表現として、
モクレンと冬の枯れない草を摘む姿にたとえているということが、
注釈を読みながらわかってきました。
(続く)
2013/2/12(火) 午後 1:01
(続き)
屈原の父親が名前をつけた意図をくみ取っている表現として、
モクレンと冬の枯れない草を摘む姿にたとえているということが、
注釈を読みながらわかってきました。
聖人が天地にならって道理を明らかにした、という部分はおそらく、
『易経』の、易の哲学を論じた「繋辞伝(けいじでん)」の中の、
「一陰一陽、これを道という」という部分だと思います。その部分では、
(つづく)
2013/2/12(火) 午後 1:02
(つづき)
聖人は陰と陽の働き、つまり天地が万物を生み出す働きを見ながら、
天地の長い時間が経っても変わらない所に一定不変の道理を見いだしたことを
意味しています。屈原は天地を敬い、聖人の姿にならって徳を身につけていった、
そういうことを述べているのです。
納得のいくまで調べていくことでいろんな事が分かってくるのが楽しいです。
これからも療養しながら元気に学んでいきます。
2013/2/12(火) 午後 1:03