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印籠と簪
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●解説((2)の続きです):
「寧溘死而流亡兮余不忍為此態也」
「寧(いずく)んぞ溘死(こうし)して流亡(りゅうぼう)せんや、
余(よ)は此(こ)の態(てい)を為(な)すに忍(しの)びざるなり。」
「溘」は「急に」という意味ですから、
「溘死(こうし)」は「急死」あるいは「死ぬ」ということです。
「流亡(りゅうぼう)」は故郷の土地を離れてさまようことです。
死んでも死にきれない、そんな屈原の言葉です。
「どうしてこんな故郷を離れた土地でさまよう中で死ぬことなど出来ましょうか。
私はこんな無様な姿でいることに、こんな私自身に我慢が出来ないのです。」
「鷙鳥之不羣兮自前世而固然」
「鷙鳥(しちょう)の群(む)れざるは、
前世(ぜんせ)自(よ)り固(もと)より然(しか)り。」
『楚辞章句』では「烏」は「鳥」になっていましたので、そのように改めています。
「鷙鳥(しちょう)」とは鷹のことです。
前世から一人節を保っていたのだと、そう述べています。
比干(ひかん)という、殷の王族に生まれて、
暴君の紂王(ちゅうおう)を諫めて殺された、
その人物と自分自身を重ね合わせているのです。
「私が鷹のように一人節を保って過ごしているのは、
私の前世がおそらく、殷の暴君の紂王(ちゅうおう)を諫めて殺された
比干(ひかん)であるからこそ、そもそも当然のことなのだと思っています。」
「何方圜之能周兮夫孰異道而相安」
「何(なん)ぞ方圜(ほうえん)の能(よ)く周(あ)わんや、
夫(そ)れ孰(いずく)んぞ道(みち)を異(こと)にして
相(あい)安(やす)んぜんや。」
「方」は四角、正方形を示し、
「圜」は「圓」、つまり「円」と同じです。
「規矩」、つまり定規やコンパスのような聖人の言葉を元に修養した結果、
出来上がってきた形のことを「方圜(ほうえん)」としているのです。
ここは反語を用いていますので、また誤解のないように訳していきます。
「定規やコンパスのような聖人の言葉を手がかりに
私自身を修養して高めていったのですから、
そんな悪賢い重臣たちと気持ちを一つにすることなど出来ないのです。
そもそもそこまで道が異なる悪賢い重臣たちと
お互いに安らかな状況になることなど出来ないのです。」
「屈心而抑志兮忍尤而攘詬」
「心(こころ)を屈(くっ)して志(こころざし)を抑(おさ)え、
尤(とが)めを忍(しの)びて詬(はじ)を攘(はら)わん。」
「尤」は「とがめ立てる」ことです。
「詬(はじ)」は「恥」のことです。国を辱める悪賢い重臣ということです。
「攘」は「払う」ということですね。
ちなみに「攘夷」という言葉は、外国の脅威を武力で追い払う、ということです。
そんな悪賢い重臣は追い払ってやると、そう述べているのです。
「私は自分の心を曲げて、悪賢い重臣たちを追い払おうという自分の志を隠して、
陛下や他の重臣たちのとがめ立てを我慢してまでも、
悪賢い重臣たちを追い払いたいと、そう思っています。」
「伏清白以死直兮固前聖之所厚」
「清白(せいはく)に伏(ふ)して以(もって)て直(ちょく)に死(し)ぬるは、
固(もと)より前聖(ぜんせい)の厚(あつ)くする所(ところ)なり。」
「清白(せいはく)」は「欲がなく、心がきれいなこと」です。
「伏」は「伏剣(ふくけん)」等の言葉のように、
自分の志に殉じて死ぬことを指します。
「直(ちょく)」は「率直」の意味です。
懐王に命懸けで諌言をしようということです。
「前聖(ぜんせい)」は昔の聖人、
「厚」は「厚哀(こうあい)」、つまり思いやりを持って哀しむことです。
たとえ死んだとしても、昔の聖人が私のことを哀しんでくれる、
それでよいのだと、そんな気持ちを詠んでいます。
「無欲で心が清らかな、この私の志に従って陛下をお諫めして、
そうしてたとえ死んだとしても、これはそもそも昔の聖人が
思いやりを持って哀しんでいることなのですから、それでもよいのです。」
以上をまとめると、以下のような現代語訳(意訳)になります。
((4)に続きます)
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楚辞
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