玄齋詩歌日誌

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漢詩

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●解説の続きです


『縣 古 槐 根 出  官 清 馬 骨 高

(県(けん)古(ふる)くして槐根(かいこん)出(い)でて、
官(かん)清(きよ)くして馬骨(ばこつ)高(たか)し)』

を工(たくみ)と為(な)すに如(し)かざるなり。」


さて、問題は先ほどの詩句です。夜中にわかって快眠でした。
杜甫(とほ)の今は失われた詩句の一節です。

『県(けん)古(ふる)くして槐根(かいこん)出(い)でて、
官(かん)清(きよ)くして馬骨(ばこつ)高(たか)し』


「槐根(かいこん)」の「槐」は槐(えんじゅ)の木の根っこ、
これで三公(さんこう)の位、つまり官吏としての最高の地位を表し、

その根っこですから、そんなすぐれた人が在野にいる
ということを指しています。


さらに故事が続きます。

「馬骨(ばこつ)」は日本語でいう馬の骨などではなく、
春秋戦国時代の、燕(えん)の国の郭隗(かくかい)の故事です。
『戦国策』に載っている、有名な「隗(かい)より始めよ」の故事です。

これは結構誤解もされている故事ですので、わかりやすく説明していきます。
(ツイッターにツイートしたものを修正してあります。)


燕(えん)の国の君主である昭王(しょうおう)は
人材を求めていて、郭隗(かくかい)に人材をどうやって集めるかを尋ね、
郭隗(かくかい)は次のように述べました。

ある国の王様が千里を走る優れた馬に千金を出すとおふれを出しましたが、
三年たっても見つかりませんでした。

すると王様の側仕えの家臣が『私にお任せ下さい』と言ったので、
その家臣にこのことを任せました。

彼は一計を案じました。

千里を駆ける名馬に千金の報償を取らせるというお触れを出し、
その三年後に、その千里を駆ける名馬が死んだ状態で見つかりました。

そこでその馬の死骸を五百金で買い取りました。
それを聞いて、王様は

「私は生きた馬が欲しいのに、どうして死んだ馬を五百金で買ってくるのだ」
と怒りました。そこでその家臣が答えました。

「死んだ馬でさえ五百金の値がつくのでしたら、
生きた馬はきちんと千金が払われると思って、
天下の人たちが争ってこちらに名馬を連れてくるでしょう」と。

するとその年が過ぎる前に、名馬が三頭見つかりました。
というたとえ話をしました。


続けて郭隗(かくかい)は、以下のように述べました。

「もし陛下が天下の優れた人材をお求めならば、
まずはこの私、郭隗(かくかい)をお召し抱え下さい。

私のような者までこのような待遇を受けられるのであれば、
天下の人材は、私であればどれほどの待遇を与えてくれるのかと思い、
燕の国にこぞってやってくるでしょう」と述べたという故事です。


ですから、


『県(けん)古(ふる)くして槐根(かいこん)出(い)でて、
官(かん)清(きよ)くして馬骨(ばこつ)高(たか)し』の訳は、

「その県の制度は古いので、三公のような官吏として最高の地位に
就くことが出来るような人材が出て行ってしまい、

下っ端の官吏は倹約を強いられて、
郭隗(かくかい)がたとえ話に使った、
昔の王の側仕えの家臣が良馬を買い集めるための計略のために買い取った
馬の死骸はとても高価になっていて、
県を治める者たちが払えるものではなくなっているのです


(県の財政が厳しくて、そんな余裕はないのです)。』となります。


「を工(たくみ)と為(な)すに如(し)かざるなり。」

「という杜甫の詩句に及ぶものはないのです」


「余(われ)曰(い)わく、」、

次は著者の欧陽脩(おうようしゅう)が友人の梅尭臣(ばいぎょうしん)、
字(あざな)を聖兪(せいゆ)という人物への質問から始まります。


「私は聖兪(せいゆ)に尋ねました。」


「語(ご)の工(たくみ)なる者(もの)固(もと)より是(かく)の如(ごと)し。
写(うつ)し難(がた)きの景(けい)を状(かたちづく)り、
尽(つ)きざるの意(い)を含(ふく)むは、

何(いず)れの詩(し)か然(しか)りと為(な)すや?」


「詩の言葉遣いの巧みなものはそもそもそのようなものだということはわかります。

では、表現するのが難しい景色を詩句の中に組み立てて、
まるで目の前に現れ出てくるようであり、

汲んでも尽きることのない言葉の意味を含むというのは、
どんな詩句がそうだと言えるのでしょうか」


聖兪(せいゆ)曰(いわ)く、
「作(つく)る者(もの)心(こころ)に得(え)て、
覧(み)る者(もの)意(い)を以(もっ)て会(え)するは、

殆(ほと)んど言(げん)を以(もっ)て
指(さ)して陳(の)べること難(かた)きなり。



友人の

「得於心(心に得る)」も、「会以意(意を以て会す)」も、
心の中で、「ああ、こう言うことか」と納得することです。

訳の中では微妙に変えていますが、同じ事です。

「覧」は「見る」です。


「詩を作る人がこういうことだと心の中で把握したことを」

「その詩の読者がこう言うことかと心から納得できる、
そんな風な状況を、」、「殆」は「ほとんど」という意味です。
「陳」は「述べる」という意味です。

「これだとそれを指さして述べることは、
とても難しくほとんどできないようなものですが、」





然(しか)りと雖(いえど)も、
亦(また)略(ほぼ)其(そ)の髣髴(ほうふつ)たるを道(い)うべし、


「雖」は「〜といえども」、つまり「〜だとしても」の意味です。
「髣髴(ほうふつ)」は「まるで〜のような」という意味です。

「略」は「ほぼ」、「道」は「言う」です。

「たとえそんな風だとしても、それをまるでそのようなものだという風に、
ほとんどそれに近い所を述べることは出来ます。」、


「厳維(げんい)の

『柳 塘 春 水 漫  花 塢 夕 陽 遲

(柳塘(りゅうとう)春水(しゅんすい)漫(そぞろ)に、
 花塢(かお)夕陽(せきよう)遅(おそ)し)』

の若(ごと)きは、」



「厳維(げんい)」も唐の詩人です。「柳塘(りゅうとう)」の
「塘(とう)」は堤防のことで、両岸に柳がある堤防のことです。

「漫」は「満ちる」で、
「春水(しゅんすい)」は、春になって水かさの増した川のことで、

「花塢(かお)」の「塢(お)」は土手のことです。
花が咲いた土手のことですね。


「唐の詩人の厳維(げんい)の詩句の、
『柳塘(りゅうとう)春水(しゅんすい)漫(そぞろ)に、」
花塢(かお)夕陽(せきよう)遅(おそ)し』のようなものは、」


詩句の訳は

『柳の生えた堤防は春に雪が解けて水かさを増した川を眺めることができ、
花が咲いた土手からは、夕陽が今までよりもゆっくりと沈もうとしている姿を
見ることができるのです。』


「則(すなわ)ち天容(てんよう)時態(じたい)、
融和(ゆうわ)駘蕩(たいとう)、

豈(あに)目前(もくぜん)に在(あ)るに如(し)かざるや?」


「天容(てんよう)は大空の姿、世の中の(自然の)様子、
「時態(じたい)」は「その時々の姿」のことです。
「融和(ゆうわ)」は「とけあって一つになる」、
「駘蕩(たいとう)」は「のどやかでのんびりしているさま」です。


その後の文は二重否定ですので、誤解の少ないように表現を変えます。

「先ほどの詩は、天地や自然のその時々の姿、この場合は春の姿が、
のどやかでのんびりとしていて、それらが一つになってとけあっていて、

それは本当にその時目の前にあるものを見事に表現したものだと
言えるのではないでしょうか。」、


「又(また)温庭?(おんていいん)の

『鶏 聲 茅 店 月  人 跡 板 橋 霜

(鶏声(けいせい)茅店(ぼうてん)の月(つき)、
人跡(じんせき)板橋(ばんきょう)の霜(しも))』、」


「温庭?(おんていいん)」は唐の末期の頃の詩人で、
同時代に有名な詩人に李商隠(りしょういん)がいます。
「茅店(ぼうてん)」は茅葺きの茶店のことです。


茅葺きの茶店、時代劇に出て来そうですね。
一度見てみたいものです。

「板橋(はんきょう)」は木の板で出来た素朴な橋のことです。


「また、唐の末期の頃の詩人の温庭?(おんていいん)の詩の中の、

『鶏声(けいせい)茅店(ぼうてん)の月(つき)、
人跡(じんせき)板橋(はんきょう)の霜(しも)』、


詩句の訳は、『ニワトリの鳴き声が茅葺きの茶店の月が見える中で聞こえ、
木の板で出来た粗末な橋に降りた霜に、その橋を渡る旅人の足跡が
ついていました』


「賈島(かとう)の

『怪 禽 啼 曠 野  落 日 恐 行 人

(怪禽(かいきん)曠野(こうや)に啼(な)き、
 落日(らくじつ)行人(こうじん)を恐(おそ)る)』



「唐の詩人の賈島(かとう)の

『怪禽(かいきん)曠野(こうや)に啼(な)き、
落日(らくじつ)行人(こうじん)を恐(おそ)る』」、

「怪禽(かいきん)」は怪しい鳥、
「曠野(こうや)」は「荒れた土地」です。
「行人(こうじん)」は旅人です。


詩句の訳は、『怪しい鳥の鳴き声が荒れた土地に響いていて、
日が落ちた後にそこを通る旅人たちを恐れさせるのです』となります。


「の若(ごと)きは、則(すなわ)ち道路(どうろ)の辛苦(しんく)、
羈愁(きしゅう)旅思(りょし)、
豈(あに)言外(げんがい)に見(あらわ)れざるや?」


「羈愁(きしゅう)」の「羈(き)」は旅人です。
「旅思(りょし)」も同様に、「旅の道中の物思い、うれい」のことです。


最後の一文の訳は、

「先ほどの温庭?(おんていいん)と賈島(かとう)の詩句などは、
道中の辛さや、旅の道中の物思い、憂いなどが、
まさしくその詩句の言葉の外にまで現れ出ているのではないでしょうか。」


以上をまとめると、以下のような現代語訳(意訳)になります。

((3)に続きます)

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上手な解説記事ですね!
Nice !

2013/6/6(木) 午後 7:13 [ 夢想miraishouta ]

夢想miraishouta さん、こんばんは。
早速の温かいコメントとナイスをありがとうございます。

わかりやすく解説していくことが何より大切だと思っています。
今回の一節の中にある漢詩も、しっかりと訳していきます。
今日もよい夜をお過ごしくださいね。

2013/6/6(木) 午後 7:16 白川 玄齋

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>その詩の読者がこう言うことかと心から納得できる

読み手に渡っても伝わる解説ですね。

ナイス

2013/6/7(金) 午前 4:37  HOSI 

ほしさん、おはようございます。こちらにも温かいコメントとナイスポチをありがとうございます。
こういう部分はわかりやすい文章にするように心がけております。
文章の格調ではなく中身を理解することがこの場合大切ですから、
出来る限りかみ砕いた訳をしております。
今日の午前中もしっかりとがんばっていきます。

2013/6/7(金) 午前 9:19 白川 玄齋


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