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●現代語訳:
陛下(楚の懐王)が道理に暗く、私を悪い家臣だと思っている事が哀しいです。
ですから、私はその場に長くたたずんでいて、道に還る、
つまり私の志を遂げて死のうと思います。
私の車の向きを戻して命懸けの諌言をして道義に死ぬ、
それを実行しようかどうかと迷うほどに祖国からまだそれほど遠くない所にいました。
私が馬を蘭の生えた沢のほとりを歩ませるように、
かぐわしい徳を持つ陛下の話をじかに見聞きし、
先の尖った丘の上を走らせてしばらくそこに止まるように、
陛下のご命令を待っているのです。
進言をして陛下に聞き入れてもらえない時は陛下のおとがめを離れるために
宮廷を退いて役人になるまえに着ていた服に着替えて
自分の身を修めることにしようと思っていました。
菱と蓮を裁縫して衣装の上半身の衣を作り、
蓮の花を集めて衣装の下半身の裳(しょう)を作る、
そんな風に自分の清らかな気持ちを保って、さらに徳を磨いていこうと思います。
陛下が私を知らないままで終わってしまったとすれば、
私は自分の気持ちを誠実に保って自分の徳をかぐわしい花のようにして
陛下に信じられるようにつとめていき、
私の冠を高くし、私の腰に身につける佩玉(はいぎょく)を長くするように、
私の服装と威儀を整えて、他の者たちに抜きん出る姿をお見せしようと思います。
私のかぐわしい徳の香りと潤沢な実質が一つに混じり合って、
今はただその自分の実質が欠けることなく残り続けているだけなのです。
(そうして一人、自分の徳を養って失わないようにしております)
私は陛下を補佐して忠誠を尽くすことが出来ないのでしたら、
すぐに後ろを向いて四方の遠く後まで行き、賢明な君主を捜し求めようと思います。
その香りがさかんな花のような徳を身につけて、さらに自分の徳の飾りを多くし、
かぐわしい花が咲きほこるような徳はますます明らかになってくるのです。
民衆は暮らしの中でそれぞれ楽しむ所があります。
人によっては君主にこびへつらうことを楽しみとしたり、
欲望を貪ることを楽しみとしたりすることも多いわけです。
そんな中で私は一人、常に徳の修養をしていくことを楽しみとしているのです。
たとえ処刑されて身体をバラバラにされても私は自分の意思を
曲げられないのです。そんな状況で、
私の気持ちのおさまりが、どうしてもつかないのです。
私の姉の女嬃(じょしゅ)は私を引き留めようとして、
何度も重ねてそんな私を叱りつけていました。
「帝王の尭(ぎょう)の時代に治水工事を担当していた、
私たちのご先祖の鯀(こん)は、頑なでまっすぐで融通が利かない性格だったから、
ついには羽山(うざん)の野で若くして死んでしまったのです。
あなたはどうして広く学んで修養を好んで忠言を憚らずにいて、
こんな混乱の中で徳を保って孤高を保つようなことをするのですか。」
と。
「?(りょく)」、つまりコブナグサや、「葹(し)」、つまりオナモミが、
ごたごたと生えているような群臣達で満たされている宮廷から、
私は忠義を保ったまっすぐな性格から群臣達と
はっきりと異なっているから従うことが出来ないのです。
世の中の人たちが揃って私と友であることを好むようなら、
そもそもどうして孤独である私の気持ちが聞き届けられないようなことが
あるでしょうか。
(ここまでが現代語訳です)
本当に世の中で生きるためには屈原のように節義を保って過ごすことは難しく、
屈原のお姉さんが指摘したような生き方になってしまうのではと思いました。
こういう所を改めて考え直す機会になるのも嬉しいです。
これからもしっかりと学んでいきます。
今回も長文にお付き合いいただき、感謝いたします。
(了)
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楚辞
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かつては君主と官吏の関係は今よりずっと強かったでしょうから、考えを聞いてもらえなかったことは辛かったでしょう、今は官僚のほうが主導していて、政治家は政治の駆け引きで精一杯?〜だと困りますよね。
2013/6/29(土) 午前 1:16
ひろちんさん、こんばんは。温かいコメントをありがとうございます。
祖国の君主に意見を聞き届けてもらえなければ他国に仕えるということもありますが、
当時は孝行というものが厳しく言われていただけに、屈原のような王族は、
親族の葬式などの際には国元へ帰ってそれを行わなければならない、
どこまでも血縁というものがついて回ってしまう、そんな悲しい部分を感じますね。
テレビを観ていると、政治家の仕事が何かわからず、
その下で働く官僚が通常どのように仕事をしているのか、全く見えないなとよく思います。
私も今の勉強を通じて考え続けていこうと思います。良い週末の夜をお過ごしくださいね。
2013/6/29(土) 午後 6:17
こんばんは。
今回は屈原ですね。政治上不遇だった偉人を選ばれたのは理由があってのことでしょう。
一国の高官(しかも王族)で、外交・防衛政策が受け入れられず、周囲の讒言によって非業の死に至った人。日本史に探すのは困難な気がします。
一方、チマキやペーロンに関わる伝承からすると、2000余年以上前の人物でありながら庶民に人気があったことが分かります。祖国を侵略された人々の苦しみと恨みが、屈原を慕わせてきたのかもしれません。
屈原が生きた時代にあって屈原の考え方が適切であったかどうかは分かりません。ただ、時代こそ違え、結果として亡国の民となる民衆の悲劇はその後も絶えることはありませんでした。
屈原の詩が憂国の志を詠ったとしても、なお戦争の惨禍・平和への希求を思わずにはいられないのです。
2013/6/30(日) 午後 9:29 [ Tenbinza8722 ]
Tenbinza8722 さん、おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。
高い地位にいて主君に諌言をして、その結果死に追いやられた人、
なかなかに得難い人物だと思います。
屈原の「一件一件回らなければ。。。」というのは
当時の屈原が考えすぎていたのだと思います。
本当はおっしゃる通り、庶民に慕われる人物だったのだと思います。
でなければ、故事としては残ってきていないだろうと思います。
私は実際には、政治にはこれと言った考えもなく過ごしてきています。。。
それでも、戦争につながる諸々には警戒していきたいと思っています。
安岡先生は漢文の読解にかけては尊敬する方ですが、
それ以外のところにおいてはほとんど私と考え方が異なっています。
毎回述べていますが、なかなか浸透しません。。。黙っていれば右の人らしいです。。。
(つづく)
2013/7/2(火) 午前 11:39
(つづき)
忠君愛国の詩として日本でも中国でもそれぞれ愛好されている詩になっておりますが、
そういう所が危険な道へとつながらないようには気をつけていかないとと思っています。
戦争を直接には体験していない世代ですが、そういう道を開いていかないように
きちんとチェックしていく一人として過ごしていこうと思っています。
体調の変化もあって、しばらくブログや他のSNSをお休みします。
検査入院まで体調を保っていきます。今日も良い一日をお過ごしくださいね。
2013/7/2(火) 午前 11:44
7/3 午前 7:56 と午前 8:03 の鍵つきの内緒さん、温かいコメントをありがとうございます。
見落としていてすみません。医療費に関しては障害者の扶助がありますので、
ほとんどかからないので助かっています。
そうでなければ今までに数百万円の出費だったと思います。
今はしっかりと療養していきます。午後からはしっかりと療養です。
週二日の入浴とお昼寝になります。暑さに気をつけてお過ごしくださいね。
2013/7/18(木) 午後 1:17