全返信表示
Tenbinza8722 さん、おはようございます。温かいコメントをありがとうございます。
高い地位にいて主君に諌言をして、その結果死に追いやられた人、
なかなかに得難い人物だと思います。
屈原の「一件一件回らなければ。。。」というのは
当時の屈原が考えすぎていたのだと思います。
本当はおっしゃる通り、庶民に慕われる人物だったのだと思います。
でなければ、故事としては残ってきていないだろうと思います。
私は実際には、政治にはこれと言った考えもなく過ごしてきています。。。
それでも、戦争につながる諸々には警戒していきたいと思っています。
安岡先生は漢文の読解にかけては尊敬する方ですが、
それ以外のところにおいてはほとんど私と考え方が異なっています。
毎回述べていますが、なかなか浸透しません。。。黙っていれば右の人らしいです。。。
(つづく)
[ Tenbinza8722 ]
2013/6/30(日) 午後 9:29
こんばんは。
今回は屈原ですね。政治上不遇だった偉人を選ばれたのは理由があってのことでしょう。
一国の高官(しかも王族)で、外交・防衛政策が受け入れられず、周囲の讒言によって非業の死に至った人。日本史に探すのは困難な気がします。
一方、チマキやペーロンに関わる伝承からすると、2000余年以上前の人物でありながら庶民に人気があったことが分かります。祖国を侵略された人々の苦しみと恨みが、屈原を慕わせてきたのかもしれません。
屈原が生きた時代にあって屈原の考え方が適切であったかどうかは分かりません。ただ、時代こそ違え、結果として亡国の民となる民衆の悲劇はその後も絶えることはありませんでした。
屈原の詩が憂国の志を詠ったとしても、なお戦争の惨禍・平和への希求を思わずにはいられないのです。




