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(9)
私の場合でも厳しいですが結局の所「自己責任」なのです。
苦しい時に自分の身を養っていくと言うこと一つとっても、
何が苦しく、何が自分の身を養うことになるのか、
療養か、普段のいろんな努力や学問か、それは個々の判断に任されていて、
そんなことをいろいろと話すよりも、要点となっている部分をしっかりとつかんで
自分がどう考えているかをしっかりと述べる、その上でその人に自由に判断してもらう
そしてさらに、自分の人生に活かしていただくには自己責任となっています。
それぞれの方の人生にまで入り込むことなく大切なことを述べていく、
そうすることが自分を含めてそれぞれの人の身になる学問で、そんな学問だからこそ、
儒学も今まで長く続いてきたのだと思っています。
とても長くなりましたが、いま自分の思っていることを述べさせていただきました。
(8)
易経というものを鵜呑みにしてしまっていて、それを考えるもとである自分自身を忘れ、
周囲の状況もお構いなしに自分の信じた結果を基に行動をして、
人に心配を多少なりとかけていていたという事です。
本来、こんな長い言葉の中から意味を探っていくべきものを、
単純なキーフレーズに振り回されてしまうのは禁物だということがその時にわかりました。
今回のキーワードも「後(おく)るる夫(おっと)は凶(きょう)」と解して、
奥さんへのプロポーズをぐずぐずしてはいけない、
そんな風に判断して行動してはいけないということになります。
もちろん告白することは大切なのですが、その後はいろんな周囲の状況をもとに
決まるものなのですから、そのあとでさらに返事をせがむというのは、
自分を恃みとして当然受け入れてくれるものと思うのと同じなのです。
不安な中で、本当に大切なことを行うこと、その判断はこの言葉がどうであれ、
自分の責任でしっかりと判断しなければならないということです。
(さらに続きます)
(5)
「寧」は「安らぐ」ということです。
安らかな気持ちにならずに人と親しくなろうと努力すること、
そのことによって「方に来る」人と親しくなることが出来るということです。
「後」、「遅れる」とは、
自分を偉いと思って親しむことも知らないままでいるということです。
そんな態度では立派な男でもダメだ、ということになります。
ここまでが解説です。先ほども申し上げましたが、
実際の占いのように先生の普段の暮らしぶり等を知る必要がありますので、
今回はあくまでも、この言葉の意味を理解していくということでご理解下さい。
余談ですが、この後はこの言葉をもし私自身に切実に考えていくと
どうなるかという話になります。言葉を慎重に選んでいきます。
(続きます)
(3)
最初に吉ですから、この結果が出ると基本的に吉ということがわかります。
「比」とは、親輔(しんぽ)、「親しみ助け合う」という意味です。
「夫」は「おっと」ではなく「夫(ふ)」、成年の立派な男一般を指します。
「大丈夫」の意味で使っております。
「筮」はまさしく易の占いですが、「原」、「たずねる」とあることから、
占い自体ではなく「易の道理を理解する」ことを示します。
昔は孔子も易を学んでいましたが、易経全体を学んで彼自身は占わなかったとあります。
つまり易経の道理を理解すれば、占う必要がないわけです。
でも今も占いが存在するのは、人のことを判断するためには、
その人の人生と、占いで抜き出した一つの言葉を切実にとらえ、
きちんと占いを依頼された方に理解してもらうためです。
(続きます)
(2)「水地比」の卦辞は次のようになります。
比、吉。原筮、元永貞、無咎。不寧方来、後、夫凶。
書き下し文は、
比、吉。原(たず)ね筮(うらな)いて、元(おお)いに永(なが)く
貞(てい)なれば、咎(とが)無し。
寧(やす)らかならざれば方(まさ)に来(きた)る、
後(おく)るれば夫(ふ)なりとも凶(きょう)なり、
これを解説していきます。いろんな解説がありますが、
北宋の程頤(ていい)の註釈を基本に解説します。
これからじっくりとコメントしていきます。よろしければ後ほどご覧ください。
あらかじめ申し上げておきますが、
実際の占いのように先生の普段の暮らしぶりを知っているわけではありませんので、
今回はあくまでも、この言葉の意味を理解していくということでご理解下さい。
(続きます)






