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※語源として、前漢の歴史書の『漢書』 の劉向 (りゅうきょう)伝を引いているものがありますが、実際にはその中での『易経』の引用がもとです。 今回の記事は三つに分かれています。こちらは最初の記事です。 (一)政治家の言を戒める言葉に「綸言(りんげん)汗(あせ)の如(ごと)し」というものがあります。これは君主が約束を違えるようなことがないように、君主は言葉を慎重に選ばなければならないことを意味する言葉です。 (二)まず、「綸言(りんげん)」とは四書五経の五経のうちの、昔の礼法や制度をまとめた『礼記(らいき)』の一節に出てきます。「綸(りん)」は太い糸のことです。その一節には次のように書いてあります。 (三)礼記の一節です。「君主の言葉が細い糸のようなものでも民衆に届けば尾ひれがついて太い糸のようになります。ましてや君主の言葉が太い糸のようなものであれば、民衆に届けば太い綱のようになるのです。ですから君主は言葉を慎重に選ばないといけないのです」 (四)次に、「汗(あせ)の如(ごと)し」ですが、これは諸説ありますが、正確には『易経』の渙(かん)の卦の一節の解釈から来ています。有名なのが三人の学者の解釈です。 (五)その一節は「渙汗其大号」、書き下し文は「渙(かん)なれば其(そ)の大号(だいごう)を汗(あせ)にす」です。共通している解釈は、 (六)「渙(かん)」は「散る」という意味で民心が離れているような国難を指します。「大号(だいごう)」は政治のトップが大号令をかけることです。 (七)一人目は、前漢の皇族である劉向(りゅうきょう)の解釈です。彼は高祖劉邦の弟の玄孫にあたる人で、有名な著作に『戦国策(せんごくさく)』や『説苑(ぜいえん)』があります。前者は戦国時代の語源となった書です。 ((2/3)に続きます) |
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私の医師も言っていたのですが、退院したら残りの人生は健康を保つためにも本当にしたいことのみをして、美味しいものを食べるときも分量をセーブして食べなさいと言っていました。 この離の九三の爻辞とぴったりあっているなと思いました。 私のしたいことは専ら勉強ですが、分量と分野を見直していこうと思います。 ブログやツイッターやフェイスブック、そして友人たちと楽しいひとときを過ごすことも大切だと思っています。 そのためにもこれからもしっかりと療養して少しでも元気になっていきます。 長文にお付き合いいただいて、ありがとうございます。 |
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離の九三は六十四卦の下半分の八卦の離が終わる頃、つまり日が沈み、夕日が輝く頃を指しています。人の人生ですと、死期を悟った時期にあたります。 そんなときには、普段使う器を打ち鳴らして歌うように、普段の生活を楽しんで、自分の身を大切に養いながら、あるがままの環境や状況を受け入れるために、自分がすることを少なくして、できる限り本当に自分のしたいことのみをすることで、残りの人生を心安らかに過ごすことを心がけるようにするのです。そうしなければ、寿命を終えて死が近づくことをただ嘆くことになるでしょう。そうなってしまうと、凶なのです。 伝説では易の解説のために孔子が書いた十巻の書の「十翼(じゅうよく)」のひとつで、六十四卦の卦を説明した卦辞(かじ)と各々の爻を説明した爻辞(こうじ)をさらに解説した「象伝(しょうでん)」では、以下のように説明しています。 「夕日が沈んで輝くような、死期を悟った頃なのですから、どうして長く保つことができるでしょうか。残された時間は少ないのです」 と。 (その九に続く) |
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三国時代の魏の王弼(おうひつ)の解釈は、「生を養い、無為(むい)に過ごす」とあります。「無為(むい)」とは何もしないことでなく、ぴったりとその時々の道理に従って行動するので、他人からは何もしていないように見えることです。この場合の道理とは北宋の程頤(ていい)の解釈では「楽天知命(らくてんちめい)」とあります。 「楽天知命(らくてんちめい)」とは、『易経』の易の哲学を論じた「繋辞伝(けいじでん)」の一節で、天命を知る、つまりその時におかれた環境や状況を受け入れて、その天命の中で心安らかに過ごすことを意味する言葉です。 死期の近づくことをただ嘆かないためには、自分の身を大切に養いながら、あるがままの環境や状況を受け入れるために、自分がすることを少なくして、できる限り本当に自分のしたいことのみをすることで、残りの人生を心安らかに過ごすことができる、ということです。 以上をまとめますと、以下のような現代語訳(意訳)になります。 (その八に続く) |
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次に、「象(しょう)に曰(いわ)く」とあります。「象(しょう)」とは、伝説では易の解説のために書いた 十巻の書の「十翼(じゅうよく)」のひとつで、六十四卦の卦を説明した卦辞(かじ)と
各々の爻を説明した爻辞(こうじ)をさらに解説した「象伝(しょうでん)」の一節です。
実際には後世の作とされています。
ちなみに易経の注釈の中で夫子(ふうし: 先生という意味です)と出てきたら、 論語の孔子の言葉でなければ十翼の一節を指します。 「日(ひ)昃(かたむ)くの離(り)」は、先ほど説明しました。夕日が沈む頃の輝きで、 私の死期を悟った頃を指します。
「何(なん)ぞ久(ひさ)しかるべけん哉(や)。」 「久(ひさ)しい」は長く保つことですから、 「どうして(私の命を)長く保つことができるでしょうか」となります。
私の人生の残された時間は少ない、ということです。 (その七に続く) |




