玄齋詩歌日誌

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本文に戻ります。離の九三は下の八卦の離が終わる頃、日が沈む頃を指しています。ですから「日傾くの麗」なのです。日が沈む頃で、死期を前にしている時期を意味しています。

「缶(ほとぎ)」とは北宋の程頤の注では「常用の器」つまり食器などの普段使う器のことです。「鼓(こ)す」は楽器のように打ち鳴らすことです。直訳としては「普段使う器を打ち鳴らして歌わなければ、」(この部分は後ほど再び解説します。)

「耋(てつ)」は八十歳の老人のことで、この時代では長生きです。ですから「大耋(だいてつ)の嗟(なげ)きあり」は寿命を終えて死が近づくことをただ嘆くことになるでしょう」となります。凶(きょう)は説明しなくてもわかりますね。


(その六に続く)

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●解説:

細かく解説していきます。まず、「昃」は「かたむく」と呼びます。ですから、「日(ひ)昃(かたむ)くの離(り)」とは、「日傾くの麗」つまり「日が傾いて沈む前の夕日の輝き」のことです。

易の爻は初から上へと上っていくように考える必要があります。下から上へと出世していく形で考えていくのです。


一般に、各爻を人事で表すと、初は職につく前の人、学生や浪人を指します。二は職に就いたばかりの一兵卒や平社員、三は中間管理職、四は大臣や役員や首相、五は君主や社長、六は引退した君主や一線を退いた社長、という風に考えていくとわかりやすいです。

とはいえ先ほどのは一般的なケースですので、そのようにイメージしながら細かいところは爻辞を見ながら確認する必要があります。例えば殷の紂王を倒した武王の子の成王を補佐した周公は、いくつかの卦で二〜五の中で表されています。
周公は官職上は四ですが、初と四、二と五、三と上が結び付く応という性質があり、一方が陰で一方が陽の時に結び付き、同じ時は反目します。五の成王の陰を二の周公の陽が補佐するときもあります。六が政治に関わらない王や英雄に討ち取られる暴君の時もあります。

本文の解説 に戻ります。

(その五に続く)

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●原文:

九三、日昃之離。不鼓缶而歌、則大耋之嗟、凶。

象曰、日昃之離、何可久哉。


●書き下し文:

九三、日(ひ)昃(かたむ)くの離(り)。缶(ほとぎ)を鼓(こ)して歌わざれば、則(すなわ)ち大耋(だいてつ)の嗟(なげ)きあり、凶(きょう)。

象(しょう)に曰(いわ)く、日(ひ)昃(かたむ)くの離(り)、何(なん)ぞ久(ひさ)しかるべけん哉(や)。


(書き下し文は誰でも書けます。その四から、細かい言葉の解説に入ります。)


(その四に続く)

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まずは易に出てくる卦の説明です。八卦(はっけ)とは三本の二種類の線で表される八種類のパターンです。一本の線で陽を表し、真ん中が切れた線で陰を表します。この陰陽を示す線を爻(こう)と言います。

離の卦の「離(り)」は「麗(り)」と読み替えられて、「つく」と訓読みされますが、他の読み方の「かがやく」という読み方で理解することができます。そこから輝くもの、火や太陽、八卦の形が、陰が陽に挟まれて目玉のような形から、明察を意味することもあります。

そうしてその八卦の離を重ねたものが、六十四卦の離の卦になります。

(六十四卦の離の卦の形は上の画像のようになります)

そしてこの六つの爻には番号が振られていて、下から初・二・三・四・五・上と呼びます。

その爻が陽の場合「陽爻(ようこう)」は陽の数の九で、陰の場合「陰爻(いんこう)」は陰の数の六で表されます。

そこから離の卦の各爻は初九・六二・九三・九四・六五・上九と呼ばれます。ですから九三の爻辞とは下から三番目の陽の爻の説明文になります。では、本文に入ります。


(その三へ続く)

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私は時折、孔子の愛弟子の顔回(がんかい)のことを考えます。

顔回は孔子から「仁に近い」(この場合の仁は「聖人の道」のような意味での仁です)と言われるほどに学問に取り組みましたが、常に貧しく病弱な中で一生を送り、三十代の若さで亡くなりました。

朱子学を大成した南宋の朱熹(しゅき)らが北宋の四人の儒学者の言行をまとめた『近思録(きんしろく)』には、朱熹が私淑した二程(にてい)と呼ばれた程兄弟(明道(めいどう)・伊川(いせん)の兄弟)の家庭教師であった周濂渓(しゅうれんけい)は、二人に顔回の学問はどういうものであったかを常に考えさせました。

後に弟の伊川は二十歳の頃に通常の科挙を経ずに行われる試験で、正にこの顔回の学問の論文で見事に合格して、官僚としてのスタートを切りました(この論文自体も『近思録』に収録されています)。顔回を考えていくことは、儒学者の重大な課題でもあったのです。

いつも思うのは、貧しくて病弱な暮らしの中で死期を悟ったとき、顔回はなぜ心安らかに過ごしていたのかということです。私は今も入院中で、何度か死が忍び寄るような感覚にただ怯えていました。後に反省して、改めて顔回を考えてみようと思い立ちました。

おそらく学問の中に喜びを見いだしたのだろうと思いました。とりわけ自分の気持ちを吐き出す詩、心を豊かに養う楽(がく: 音楽)、月の満ち欠けのような世の中の盛衰や移り変わりの道理を知る易(えき)に安らぎを見いだしていると、そう考えて儒学の四書五経の五経の中の『易経』を改めて学んでいます。

孔子は論語の中で、生もわからないのに死のことがどうしてわかるのかと言っていますが、儒学者も易の中で死を考えていると考えています。

その一例として、『易経』の離(り)の卦の九三の爻辞(こうじ)を意味をとらえながら訳してみます。

(その二へ続く)

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