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草紙
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●原文:
寒日讀書 玄齋 (下平聲五歌韻)
爐 灰 漸 冷 苦 吟 哦 獨 入 書 房 凍 筆 呵
往 古 陳 編 連 日 讀 養 病 困 窮 無 幾 何
●書き下し文:
題「寒日(かんじつ)書を読む」
炉灰(ろかい) 漸(ようや)く冷(ひや)やかにして吟哦(ぎんが)に苦しみ
独(ひと)り書房(しょぼう)に入(い)りて 凍筆(とうひつ)を呵(か)す
往古(おうこ)の陳編(ちんぺん) 連日(れんじつ) 読(よ)まば
養病(ようびょう)の困窮(こんきゅう) 幾何(いくばく)も無(な)からん
●現代語訳:
題「冬の寒い日の読書を詠みました」
囲炉裏の灰が次第に冷たくなってくる頃に、
私は歌う詩を作るために苦しんでおりました。
私は一人書斎に入り、筆先が凍ってしまった筆に
息を吹きかけて温めるようにして、勉強をしておりました。
昔のことを記した古い書物を何日も読んでいくことによって、
病気の療養をして生活に苦しむなどということは、
それほどの悩みでもないのだと、そういう気持ちになりました。
●語注:
※炉灰(ろかい): 囲炉裏の炭が燃えたあとの灰のことです。
※漸(ようや く): 「しだいに」ということです。
※吟哦(ぎんが): 詩を作って歌うことです。
※書房(しょぼう): 書斎のことです。
※凍筆(とうひつ): 筆の先が凍ってしまった筆のことです。
※呵(か)す: 息を吹きかけて温めることです。
※往古(おうこ): 昔のことです。
※陳編(ちんぺん): 古い書物のことです。
※養病(ようびょう): 病気の療養のことです。
※困窮(こんきゅう): 貧しさから生活に困ることです。
※幾何(いくばく): 「どれくらい」という意味です。
●解説:
冬の日の読書の情景です。
私が一昔前にいたら、こんな風に勉強していたのではないか、
そんな風に思います。
少し暗い感じになっていますが、あまりに明るい優等生的な漢詩では
拙い漢詩なのです。自分を見つめる目が甘いからです。
自分自身をごまかして、わざと大きく見せるようなものはいけないのです。
漢詩の中で、自分の身の回りのささやかな哲学を述べていく、
普段の暗闇の中にも一点の光明を見いだす、
そんな漢詩でなければならないのです。
この点は、どうか誤解のないようにお願いいたします。
勉強をしていく内に、自分の悩みが遠くへ行く、
そんな日々を過ごしています。
結局の所、自分で自分を立て直す方が楽だと、そう思います。
人に力を借りる局面がもしあったとしても、
問題を解決するのは自分自身だという認識を忘れないようにしていきます。
それと同時に、人の悩みを聞いたとしても、
きちんとした事情を知らない内は、
人に安易なアドバイスをしないようにしよう、
もしどうしてもアドバイスをしなければならないとしたら、
相手と問題を共有するほどの真剣さを持って答えよう、
そう思っています。
この両者に気をつけていこうと思います。
常に新しい疑問が浮かんで新しい課題に挑戦する、
とても楽しい日々です。これからもがんばっていきます。
●変更点(二月二十三日):
起句の「苦吟哦」を「有吟哦」に改めます。
全体のバランスを考えてそちらがいいと改めて思いました。
起句の現代語訳は、
「囲炉裏の灰が次第に冷たくなってくる頃に、
私は出来た詩を歌っていました。」 となります。よろしくお願いいたします。
縦書き画像は次のようになります。
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以前『老子』の第十一章の無と有の関係について訳していた時に、
馬車の車輪の真ん中に穴が空いていて、
車輪の外側とその穴の空いた内側との間を三十本の柱が支えている、
その真ん中の穴(つまり無)があるから車輪としての働き(つまり有)が
成り立つという部分がありました。
そのときそれを説明した図を描いていました。しかし時不満に思ったのが、
三十本の柱の部分を上手く描くことが出来なかったことでした。
これがずっと気になっていました。
そこで iPhone のアプリの BASIC-Ⅱ を使うことにしました。
これはiPhone 上で BASIC という懐かしいプログラミング言語で
プログラミングが出来るアプリです。
これを今回試しに使ってみることにしました。高校生のとき以来の BASIC です。
手軽にプログラミングで絵を描くには重宝します。
以下のようなコードです。
10 REM 大きな円を描きます。
20 LINE 150,200,150,200,1,250
30 LINE 150,200,150,200,4,240
40 REM 小さな円を描きます。
50 LINE 150,200,150,200,1,50
60 LINE 150,200,150,200,4,40
70 REM 円と円の間の三十本の線を描きます。
80 FOR t=0 TO 30
90 r=360*t/30
100 c=COS(r)
110 s=SIN(r)
120 x=150+25*c
130 y=200-25*s
140 x2=150+120*c
150 y2=200-120*s
160 LINE x,y,x2,y2,1,5
170 NEXT
このアプリの難点は、まだ多くの機能を盛り込んでおりませんので、
まだまだ開発途上な部分です。
例えば円を描こうとしても直線を描くことしかできませんので、
直線だけで円を描く工夫をすることにしました。
円を直接描くことが出来ませんので、
大きな黒い点を描いて、その中にほんの少しだけ小さい白い点を描いて
くり抜く、という形で円を描くことにしました。
直接に点を描くことも出来ませんので、
これは長さのない直線を描くことで解決しました。
つまり、直線を描く処理を工夫して使うだけで、
円が描けてしまうわけです。こういう工夫が大切なのだと思います。
そのようにして大きな円と小さな円を描くことにしました。
大きな円は 20 から 30 の部分で、
小さい方の円は 50 と 60 の部分です。
80 以降の部分は三十本の柱を描く部分です。
円の中心から外側への円を三十本描くわけです。
つまり真ん中から 360 度を 30 で割って、
12 度ごとに線を描くことになります。
その 12 度ごとに内側の円と外側の円で接する部分の座標を計算して、
その二つの座標の間で黒い色の直線を引く、という処理をしています。
この座標の計算のために、サインとコサインを使っています。
これまた懐かしい三角関数です。描いた結果が今回の画像です。
ようやく一つの問題が片付いてほっとしました。
これで再び今の勉強に戻れそうです。これからもしっかりとがんばります。
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碁盤
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(1)『荀子(じゅんし)』の修身(しゅうしん)の篇で
今までよくわからなかったのは、
礼(れい)を学ぶこと、よりわかりやすく言えば、
道理を知ることが心身を養い健康を保つ手段だという部分です。
しかし今になって考えてみますと、私にとって本当に健康に資することは、
医師の指示通りに療養すること以外では、
道理を知ることで状況を明らかにしていくことだと、
そういうことに最近気づいてきました。
(2)Facebook ではコミュニケーションが上手くいっていても、
初めたばかりの SNS ではコミュニケーションが上手くいかない
ということがあります。
最初はどうしてなのかと思っていましたが、
最近思うのは「勢(せい)」という言葉です。
「勢」というのは『韓非子(かんぴし)』に出てくる概念で、
「権勢(けんせい)」を意味する言葉で、
わかりやすい例で言いますと、
(3)地位の高い人がそうでない人よりも上手く仕事ができるのは、
能力もあるけれども、それよりも自分の高い地位が
状況を上手く動かすのに役立つから、という面も強いのです。
これが「勢」です。
たとえ聖人の孔子といえども遠方から君主を訪ねて
説得しなければならないのです。こんな差があるのです。
(4)私も単に漢詩や漢文の勉強をしているだけでは
足下を見られることも多いのです。
私の Facebook の記事のいいねとコメントの数を見て
ようやく信用されるという面も強いのです。
私が学問と理屈だけの人間ではない、ということの
わかりやすい指標だからです。
(5)学問をする人間、特に社会的に苦しい時の学問というのは、
単にものを知っているというだけでは信用されることは難しいのです。
「世の中は学問だけではやっていけない云々」と、
常に私自身が自覚して気をつけていることを
わざわざ偉そうな顔でお説教をしてくる年上の人間も結構多いのです。
(6)今は匿名性の強い SNS よりも、実名を使う人の多い
Facebook や議論がオープンな Twitter の方が
過ごしやすくなってきました。
議論がオープンでなければ実力よりも「勢」の部分が強くなるのです。
つまり長年その SNS をしていて友人も多い、という状況が、
何よりも有利に働くということです。
(7)確かに Facebook では友達を作るのが極端に難しいですが、
ちょっとしたきっかけで自分の実力や性格を示すことで
人と人との信頼関係を築くことも結構あります。
匿名性の強い SNS は相手を無視することも容易です。
ブロックした上でその責任を一方的に相手になすりつけることも簡単です。
他の人はきちんとした事情を知らないからです。
(8)しかしある程度オープンであれば、
たとえブロックしてもごまかしは利きません。
Twitter でも偽物やでたらめは発見されて駆逐されます。
ブロックした方が正しい時も、誰にとっても明白なのです。
本当に匿名が自分を助ける事になるのか、
ということは改めて考える必要があると思います。
(9)高い地位や有利な状況にいる人、つまり「勢」を身につけた人は、
状況を上手く動かせられることで驕らないことが大切です。
勢は一時的なもので、永続は不可能だからです。
間違っても相手に向かって、
「お前の代わりなどいくらでもいる」等と
思ってはならないのです。ましてや言ってはならないのです。
(10)私もコメントやいいねが多くつくからといって、
決して調子に乗るようなことをしてはいけないと思っています。
相手のページでは必要がなければ漢文の「か」の字も出さないように配慮して、
相手の記事の意図に沿った丁寧なコメントを返しています。
そうすることで本当の信頼関係を築くことができると思っています。
(11)そう考てみると、とても 1,000 人のお友達などは私には無理だと思います。
一日中コメントをしても五十人ほどがせいぜいです。
毎日行きたい人もいます。数字の上では一週間ほどで
ほぼ全員回れる計算ですが、そんなに上手くはいかないのです。
私が最近新しい友人の承認に慎重になる理由です。
(もちろんFacebook をする目的によっては
1,000 人が目標になることもあります。)
(12)Twitter では一日に1,000ツイートをこえると
ツイートがしばらくできなくなりますので、
さらに深刻です。
(リツイートをしていくと簡単に 1,000 ツイートを超えます)
それでもフォロワーさんが減らないのは幸福な状況だと思っています。
(13)こういう道理を考えていくと状況がクリアになって
反省点がしっかりしてくるのです。
こうしてむやみに腹が立たなくなれば健康に過ごせるのです。
荀子はこういう事を言いたいのかなと改めて思いました。
これからもしっかりとがんばっていきます。
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(注)一部表示できない文字がありますので、
きちんと表示できるアメブロの同じ文章の記事を参照して下さい。
こちらがそのアメブロの記事のリンク先です。
アメブロの記事のURL: http://ameblo.jp/syou-gensai/entry-11464676833.html ●現代語訳:
太古の帝王の高陽(こうよう)という号で呼ばれた
??(せんぎょく)の子孫に、私の亡き父、優れた徳を持つ父の、
字(あざな)を伯庸(はくよう)という人がおりました。
お正月の、『太歳(たいさい)』、つまり木星が
東北東の寅(とら)の方角にある、
暦は庚寅(かのえとら)の日に私は生まれました。
『寅(とら)』は陽の気が正しく陽の気がさかんになる、
お正月に春になっていく、ということを示し、
『庚(こう)』は陰の気が正しくなり、
秋に万物が実って充実している状態を示すのですから、
私はそんな陰と陽の整った、めでたい日に生まれたことになります。
私の父が最初に生まれた私を見て、私にめでたい名前をつけました。
父は私の名前として、
『公平で法則として従うことの中で最も優れているのは天で、
その天に則るような公平で偏りのない人間に育って欲しい』
という願いを込めて『正則(せいそく)』と名づけ、
私が成人した時の名前である字(あざな)として、
『陰と陽から万物を養い育てて調和させるものの中で
最も澄み切っているものは地で、
その地に則るような穏やかで周囲の人々と調和していける
人間に育って欲しい』
という願いを込めて『霊均(れいきん)』と名づけました。
美しい花が匂い立つように、私の心の中に徳を秘めていて、
それをさらに修養を積んで高めていくようにしていきました。
??(きゅうきゅう)の草のように匂い立つような徳を持って、
白?(びゃくし)という薬のように国を治める能力を身につけ、
秋に咲く蘭の花のように美しい徳を探し求めて身につけていきました。
私はまだまだ能力が十分に身についていなくて、
この川の流れのように歳月が空しく流れて、
年相応の経験を身につけることができない事を恐れていました。
朝に楚の国の南にある山の『阰山(しざん)』で
モクレンの春に咲くかんばしい花を、
天を敬うように見上げながら取り、
夕べには川の中洲で冬になっても枯れない草花を、
地面を見下ろしながら、長い間も変化することのない
地を敬うように取っていました。
太陽や月は突然のように出入りして、
昼も夜も長い間続かずに入れ替わり、
春と秋もあっという間に順序を変えて、
あっという間に時が過ぎ去ってしまいます。
今、私は冬になって草が枯れて木の葉が落ちるように、
美人が時とともに顔かたちが老いてしまうように、
陛下(楚の懐王)がきちんとした徳を身につけないままに
晩年を迎えてしまうことを心配しているだけなのです。
陛下が働き盛りの壮年の時期に安心してしまって、
好き勝手なふるまいをするのをやめて、
君主としての徳を修めるようにして、
陛下の周りで讒言をささやいている者たちを
宮廷から去らせることが大切なのに、
どうして陛下は讒言をあっさり信じるような
ご自身の心のあり方を改めようとしないのでしょうか?
陛下が(私を含めて)賢明なる者たちを家臣に登用なさるのならば、
千里をかける馬に乗って駆け回るように、
速やかに国が治まっていくのです。
ですから私は陛下の元へ向かって、
国を治める聖人の道へと陛下を導き入れる役目を果たしたいのです。
(ここまでが今回の現代語訳です)
●感想:
屈原は自分自身の憂国の気持ちを、
自分の能力と先祖への自負を、
巧みなたとえを用いて詠んでいく、
こういう所を見習っていこうと思います。
こういう部分を私の漢詩作りにも活かしていきます。
これからもしっかりと訳していきます。
(了)
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(注)一部表示できない文字がありますので、
きちんと表示できるアメブロの同じ文章の記事を参照して下さい。
こちらがそのアメブロの記事のリンク先です。
アメブロの記事のURL: http://ameblo.jp/syou-gensai/entry-11464672306.html 「紛吾既有此内美兮又重之以脩能」
「紛(ふん)として吾(われ)既(すで)に
此の内(うち)なる美(び)有(あ)り、
又(また)之(これ)に重(かさ)ねるに
脩能(しゅうのう)を以(もっ)てす。」
「紛(ふん)」は「芬(ふん)」の意味で、
「よい香りがする」という意味から、
「匂い立つような徳」、花が香りを放つように美しい徳を
心の中に秘めている、という意味になります。
「脩(しゅう)」は「修(しゅう)」と同じで、
「おさめる」という意味です。
「脩能(しゅうのう)」はさらに修養を積んで
高い能力を身につけることを指します。
「美しい花が匂い立つように、私の心の中に徳を秘めていて、
それをさらに修養を積んで高めていくようにしていきました。」
「扈江離與闢?兮?秋蘭以為佩。」
「江離(こうり)と闢?(へきし)とを扈(き)て、
秋蘭(しゅうらん)を?(もと)めて以(もっ)て佩(はい)と為(な)す。」
「扈」は「被服(ひふく)」の「被(ひ)」で、「身につける」という意味です。
「江離(こうり)」は「??(きゅうきゅう)」という香草のことで、
セリの仲間だそうです。
「闢?(へきし)」は「白?(びゃくし)」という、
こちらもセリの仲間のヨロイグサの根のことで、
これも漢方薬の一つです。
「?」は「索」、つまり「もとめる」という意味です。
「佩(はい)」は「飾る」という意味です。
行ないが清らかであることを「佩芳(はいほう)」と言い、
光り輝くような徳を持つ人を「佩王(はいおう)」と言い、
物事のもつれを解く人のことを「佩鐫(はいせん)」と言い、
上手く問題を解決する人のことを「佩?(はいけつ)」と言います。
ここから、「佩(はい)」は、
「徳を身につける」という意味になります。
「私は??(きゅうきゅう)の草のように匂い立つような徳を持って、
白?(びゃくし)という薬のように国を治める能力を身につけ、
秋に咲く蘭の花のように美しい徳を探し求めて身につけていきました」
「汩余若將不及兮恐年歳之不吾與」
「汩(なが)れて余は将(まさ)に及(およ)ばざらんと
するが若(ごと)くにして、
年歳(ねんさい)の吾(われ)に与(あた)えざるを恐(おそ)る。」
「汩(べき)」は屈原が入水自殺をした
「汩羅(べきら)」という湖南省から湘水(しょうすい)へ流れる
川の名前にも使われる文字ですが、ここでは「流れる」の意味です。
「年歳(ねんさい)」は年月や歳月のことです。
「私はまだまだ能力が十分に身についていなくて、
この川の流れのように歳月が空しく流れて、
年相応の経験を身につけることができない事を恐れていました。」
「朝搴阰之木蘭兮夕攬中洲之宿莽」
朝(あした)に阰(し)の木蘭(もくらん)を搴(と)りて、
夕(ゆうべ)に中洲(ちゅうしゅう)の宿莽(しゅくぼう)を攬(と)る。
「阰(し)」は「阰山(しざん)」という山の名前です。
楚の国の南にあったそうです。
「木蘭(もくらん)」とはモクレンのことです。
ランに似ていることからそう名づけられました。
「中洲(ちゅうしゅう)」は川の中洲(なかす)のことで、
「宿莽(しゅくぼう)」とは冬になっても枯れない草花のことです。
「搴」も「攬」もともに「取る」という意味です。
『楚辞章句(そじしょうく)』の注釈によりますと、
「木蘭(もくらん)」は春に咲いて強い香りを放つ花のある木で、
陽の気を表しており、それを天を敬うように見上げながら取り、
冬になっても枯れない「宿莽(しゅくぼう)」を、
地面を見下ろしながら取って、長い間も変化することのない
地を敬うように取る、とあります。
父親が自分に名づけた名前のように天と地に倣って
徳を身につけていく、そういうことを述べているのだと思います。
「朝に楚の国の南にある『阰山(しざん)』でモクレンの
春に咲くかんばしい花を、天を敬うように見上げながら取り、
夕べには川の中洲で冬になっても枯れない草花を、
地面を見下ろしながら、長い間も変化することのない
地を敬うように取っていました。」
「日月忽其不淹兮春與秋其代序」
「日月(じつげつ)は忽(こつ)として其(そ)の淹(ひさ)しからずして、
春(はる)と秋(あき)と其(そ)の序(じょ)を代(か)える。」
「忽」は「忽然」、つまり「突然に」ということです。
「淹」は「久しい」という意味です。
長い時間そのままであるということです。
「序」は「順序」のことです。
「太陽や月は突然のように出入りして、
昼も夜も長い間続かずに入れ替わり、
春と秋もすぐに順序を変えて、
あっという間に時が過ぎ去ってしまいます。」
「惟草木之零落兮恐美人之遲暮」
「惟(ただ)草木(そうもく)の零落(れいらく)して、
美人(びじん)の遅暮(ちぼ)するを恐(おそ)るるのみ。」
「零落(れいらく)」は冬になって草が枯れて木の葉が落ちることです。
「美人」とは、屈原が仕えていた楚の国の王の、
懐王(かいおう)を指しています。
君主は徳で美しく飾り立てていますので、
それを美人と表現しているのです。
「遅暮(ちぼ)」は、年を取って顔かたちが老いていってしまうことです。
君主が徳を身につけないままに晩年を迎える事への戒めの句です。
「今、私は草が枯れて木の葉が落ちるように、
美人が時とともに顔かたちが老いてしまうように、
陛下(楚の懐王)がきちんとした徳を身につけないままに
晩年を迎えてしまうことを心配しているだけなのです。」
「不撫壯而棄穢兮何不改此度」
「壮(そう)に撫(やす)んぜずして穢(けが)れを棄(す)て、
何(なん)ぞ此(こ)の度(ど)を改(あらた)めざるや?」
「壮(そう)」は「壮年(そうねん)」のことです。
働き盛りの三十代、四十代のことです。
「撫(ぶ)」は「安んじる」、つまり壮年の時期に安心して
好き勝手なふるまいをして、君主としての徳を修めるのを
怠ることを指しています。
「穢(え)」は「汚れ」のことです。
国王の側近くで讒言を行う者たちを指しています。
「度」は君主としての気持ちのあり方のことです。
王が讒言をあっさり信じて自分を遠ざけてしまった事への
恨みを表しています。
「陛下が働き盛りの壮年の時期に安心して
好き勝手なふるまいをやめて、
君主としての徳を修めるようにして、
陛下の周りで讒言をささやいている者たちを
宮廷から去らせることが大切なのに、
どうして陛下は讒言をあっさり信じるような
ご自身の心のあり方を改めようとしないのでしょうか?」
「乘騏驥以馳騁兮來吾道夫先路」
「騏驥(きき)に乗(の)りて以(もっ)て馳騁(ちてい)し、
来(き)たりて吾(われ)は夫(か)の先路(せんろ)を道(みちび)かん。」
「騏驥(きき)」とは一日に千里を走るような名馬のことです。
「馳騁(ちてい)」は馬に乗って駆け回ることです。
賢明な者たちを家臣につければ、
千里をかける名馬が駆け回るように速やかに国が治まる、
ということです。屈原はその賢明な者たちの中に
自分自身も入れているのです。ここに屈原の自負があります。
「先路(せんろ)」とは国を治める聖人の道のことです。
「陛下が(私を含めて)賢明なる者たちを家臣に登用なさるのならば、
千里をかける馬に乗って駆け回るように、
速やかに国が治まっていくのです。
ですから私は陛下の元へ向かって、
国を治める聖人の道へと陛下を導き入れる役目を果たしたいのです。」
ここまでが今回の部分です。次に現代語訳をまとめます。
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