玄齋詩歌日誌

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かけまくは畏けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな   源氏

いにしへのしづのおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな  伊勢物語

取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ  出典未詳

そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらんゆゑ   斎院(朝顔の姫君)



解説

源氏が雲林院で寺ごもりをしている時に、加茂の斎院であった朝顔の姫君に手紙を出す場面です。


雲林院のある紫野から、斎院(朝顔の女王)のいる加茂は、お互いに吹く風も
近いほどの場所にあったので、源氏は斎院にも手紙を出すことにしました。
斎院の女房である中将の君への手紙には、

「私がこのように旅の空にいて、(斎院のことを)思い悩んで、身も心もさまよっていることは、
 (斎院は)理解はしておられないのでしょうね」

などと、斎院への恨み言を綴っていました。斎院の方の手紙には(一首目)、


「かけまくは畏けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな   源氏

 訳: 口に出して言うのは畏れ多いことですが、木綿襷(ゆうだすき)を見ると、
  その当時の秋が自然と思い出されます。


  (注)木綿襷(ゆうだすき)とは、木綿(ゆう: こうぞの樹皮を細く裂いて糸状にしたもの)
   から作った襷のことで、神に仕える者が肩にかけています。そこで短歌ではこれを斎院に
   対比しています。

  (注)「その当時の秋」とは、帚木の章の噂話の中に出てくる、源氏が朝顔の君に、
   朝顔と歌を贈った出来事をさしています。


 私は『昔を今に』などと思うのは取るに足らないと思っています。
 (私たちの仲は)昔に戻ることができると思うからです」


  (注)「昔を今に」は、以下の短歌の引用です(二首目)。

   いにしへのしづのおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな  伊勢物語

   訳: 昔の倭文(しづ: 昔の織物)を織る時に苧環(おだまき: 糸玉)を
    たぐり寄せるように、昔を今に戻すことができたらなあ。

   この短歌は、静御前が源頼朝と北条政子の前で詠んだ即興歌、
   「しずやしず しずのおだまき くりかえし 昔を今に なすよしもがな」
   を思い出します。これも、義経との昔の生活を思い出す一節ですね。


  (注)手紙の最後の部分、「とり返されむもののやうに」は、次の短歌の引用です(三首目)。

   取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ  出典未詳

   訳:世の中を取り返すことができると思えたらいいのになあと思うのは、
    昔のままの私の身の上だと思うからなのだろうか。

   「私たちは昔の仲に戻ることができる」という、源氏の未練が表れています。


と、なれなれしい内容の手紙を、浅緑色の唐紙に、榊に木綿(ゆう: 「木綿襷」の注参照)を
付けるなど、神々しく厳かな外見にして、斎院のもとへ送りました。


中将からの返事の手紙は、

「気を紛らわすこともないので、斎院は、折に触れては過ぎ去った昔のことを思い出し、
 物思いに耽って、(源氏の君を)気にかけるご様子も多いのですが、そう思いましても、
 今は(神に仕える身分ですので)どうしようもないことでございます」

と、少し念入りに書いてあって、文章の行数は多くなっていました。

一方、斎院の方は、木綿(ゆう)の一端に(四首目)、


「そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらんゆゑ   斎院(朝顔の姫君)

訳: その昔はどのようなことがあったのでしょうか。あなたが木綿襷(ゆうだすき)を
 気にかけて懐かしんでいるのはなぜでしょうか。


最近の私には思い当たることはありませんが」


と書いてありました。斎院の字は繊細な美しさはないけれども、優雅に書かれている草書は、
風情のあるものでした。

「それ以上に、朝顔自身も更に成長を遂げて美しくなっているのだろうな」

と源氏は想像していたことは、普通ではありません。天の御心はどのようなものか、
考えるのも恐ろしくなります。


「ああ、去年のこの頃であったか、野の宮での悲しい出来事(六条御息所とのわかれ)があったのは」

と、源氏は思い出して、さらに、

「斎院も御息所も、二人との別れは、不思議に似たものを感じる」

などと、源氏の神を恨めしく思う癖は、見るに忍びないものがあります。


源氏が朝顔の姫君をこの上なく思っていれば、婚姻も可能であったであろう長年の日々を、
源氏は暢気に過ごしてしまって、斎院となってしまった今を、後悔しているに違いないと
思われるのも、源氏の奇妙なお心だと思われます。

斎院も、源氏のこのような普通でない心の有様を、見聞きして理解していても、
源氏への時々返す手紙の中では、どうしても疎遠にすることができないように
思われるのは、釣り合いのとれないことだと思います。




ここまでが本文です。本文中に「思います」などがあるのは、紫式部の述懐という形で
書かれているからでしょう。

絶好の機会があったにもかかわらず、それを暢気に過ごしてしまい、
後になっても相変わらずの手紙で気を引こうとする、
これが源氏の失敗のもとであると書かれています。

女性の方は日々変わっているのに、源氏の方はちっとも変わらない、そんな気持ちのずれも感じられます。


次回も矛盾した源氏の姿があります。
様々の配慮を見せつつも、情愛を捨てきれない、そんな場面が続きます。

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