|
于時白虹貫日、太子畏之。(このとき白虹は日を貫き、太子はこれを畏る)
『史記』巻八十三魯仲連鄒陽列伝第二十三の一節
解説
源氏が朱雀帝を訪問する場面です。
中宮(藤壺)は、普段のことや、東宮に関することなどを、源氏を頼りにしているということを、
他人行儀な文面でしか手紙を送って来ないことを、
「全く、中宮(藤壺)はどこまでも冷静でつれない方だ」
と、源氏は藤壺を恨めしく思いましたが、源氏は今、東宮の万事について後見人になっている
ときなので、
「(もし私が中宮に冷淡な態度を示せば、)他の人たちは、このことを不思議に思って
怪しむことだろう」
と、源氏は思ったので、中宮が郷里の三条の宮に戻っている間の日に、御所に参内しました。
源氏は最初に、内裏の御方(朱雀帝)の元に向かいました。
ちょうど帝はのんびりしておられる時で、源氏と昔や今の話などをされました。
帝のご容貌は、父の桐壺院にとてもよく似ておられ、更に院にもう少し優美さを増した
ご様子でありました。源氏は、父を思い出して懐かしく、穏やかな雰囲気を感じていました。
帝も源氏に、父と同じ面影を見いだして、お互いに親しみを感じていました。
尚侍(朧月夜の君、朱雀帝の后で右大臣の娘の一人)と源氏の関係が、まだ絶えていないという風に、
帝のお耳にも入っており、尚侍の様子から、それとなく察せられることもありましたが、
「それは、今始まったようなことではないのだろう。以前からずっと続いていたことなのだから。
その上、二人はこのように心を交わすのに、似つかわしい間柄なのだから(仕方がない)」
と、帝は強いてそう思われて、尚侍を咎めることはなさいませんでした。
帝は様々な物語や、詩文の学問的なことで、理解が曖昧なところなどを、源氏にお尋ねしたり、
風流な歌物語などを、お互いに話し合っていたりするうちに、帝は、斎宮の伊勢への下向の日の、
斎宮の姿が美しかったことなどを、帝はお話になりました。それで源氏もうち解けた気持ちになって、
野の宮での、身にしみて悲しい暁の朝の(御息所との)別れの話までも、すっかり話していました。
二十日の月の光が次第に差し込んできて、趣が出てきた頃になって、
「歌舞などを、させてみたいような月の様子だな」
と帝は仰せられた。それに対して、
「中宮(藤壺)は、今夜に東宮の元を退出しますので、私は中宮の元へ出かけます。
(桐壺)院の御遺言でも(私が後見に立つようにと)承っておりまして、また、
私以外に他に世話をなさる方がおりませんので、東宮の血縁の御方(中宮)も、
お気の毒に思われるのです」
と源氏は奏上しました。帝は、
「院は、
『東宮を、自分の子だと思って(愛してやりなさい)』
と言い残して亡くなられたからね。私も特に目をかけて、東宮に愛情をかけているけれども、
『特別に、ことさらに区別して扱うまでもなく、東宮はれっきとした東宮なのだから
(特別な恩情は必要としないだろう)』
と今はそう思っている。東宮は同年代の者よりも、字などは格別に上手になっている。
何事に付けても、頼りにならぬこの私の面目を施してくれることになるだろう」
とおっしゃったので、源氏は、
「大体に、東宮のなさることは、とても理解が早く、大人のようになさることもありますが、
今はまだ、とても未熟なお年頃ですので」
などと言って、源氏はその東宮のご様子なども奏上して、帝のもとより退出しました。
そのとき、大宮(皇太后: もと弘徽殿の女御)の兄の藤大納言の息子に、頭の弁という者がいて、
時流に乗って出世をして、勢いの盛んな若者なので、分を弁えるような必要はないという様子でした。
その頭の弁が、妹の麗景殿のところへ向かう途中に、源氏の行く先をこっそりと追いかけて、
少し立ち止まって、
「白虹日を貫けり、太子懼ぢたり」
(注)「白虹日を貫けり、太子懼ぢたり(はくこうひをつらぬけり、たいじおぢたり)」
とは、『史記』の鄒陽列伝の一節、
「于時白虹貫日、太子畏之。(このとき白虹は日を貫き、太子はこれを畏る)」
から取ったものです。
秦の時代、燕の太子丹は、始皇帝を暗殺しようとして、荊軻(けいか)を刺客として
始皇帝の元に送り込みました。そのとき、白色の虹が太陽をつきとおす、という
天が人の誠意に感動してあらわす吉兆を目にしても、太子は暗殺が成功しないのではと
心配した、という話です。事実、暗殺は成功しませんでした。
頭の弁はこの話になぞらえて、源氏がもし朱雀帝を廃して東宮を擁立するという野心が
あったとしても、そんなものは成功するものかと、当てつけて皮肉を言ったものです。
と、頭の弁がゆるやかに口ずさみました。それを源氏は、
「(この私への恥辱に)何ともきまりが悪い」
と思って聞いていましたが、咎めることはできませんでした。
后(皇太后)のご性格を、源氏はとても恐ろしく、気遣いのさせられるものと
聞き及んでおりましたが、その上、皇太后の親族たちまでも、このように源氏に
非難を浴びせてくることがあることを、源氏は面倒で厄介なことに思いましたが、
素知らぬ風で、その場を去っていきました。
ここまでが本文です。
桐壺院の崩御によって、源氏の地位が低下したことを見ることのできる一節です。
朱雀帝は、源氏と尚侍の情事を非難することはなく、かといって、
桐壺院の遺言通りに東宮を丁重に世話をすることもありません。
時勢がそうさせたとはいっても、とても優柔不断な性格が見えます。
頭の弁の驕り高ぶった様子は、権勢のある家には付きものの話ですね。
こういうところで、本性が出るものですね。
次回も源氏と藤壺の苦悩が続きます。
|