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九重に霧やへだつる雲の上の月をはるかに思ひやるかな 藤壺
月影は見し世の秋に変はらねど隔つる霧のつらくもあるかな 源氏
山桜見に行く道を隔つれば霞も人の心なりけり (出典未詳)
解説
源氏が朱雀帝への参内の後に、中宮(藤壺)の元へ行ったときの話です。
「(帝の)御前におりましたので、こちらへ参りますのが夜更けになりました」
と、源氏は中宮(藤壺: 以下、「藤壺」で統一します)に言いました。
月の光が鮮やかになっていた頃なので、
「昔(桐壺帝の在世中)であれば、このような折には、帝は歌舞や音楽をおさせになって、
目新しい趣向で、私を楽しませられました」
などということを藤壺は思いだして、同じ御垣(みかき)の中であるのに、
変わってしまったことも多く、悲しい気持ちになっていました(一首目)。
(注)御垣(みかき)とは、皇居や神社の周りにある垣のことです。ここでは宮中を意味しています。
九重に霧やへだつる雲の上の月をはるかに思ひやるかな 藤壺
訳: 幾重にも霧がかかって、遠くの雲の上の月を遠くに感じています
(宮中に霧がかかるような不穏な状況になって、遠くなった桐壺帝の時代を懐かしんでいます)。
藤壺はこの短歌を命婦から源氏に伝えました。源氏と藤壺の距離は近いところにいましたので、
藤壺の気配もわずかに感じられたことを懐かしく思って、普段の藤壺の冷淡な気持ちも忘れて、
源氏はまず涙を流しました(二首目)。
「月影は見し世の秋に変はらぬを隔つる霧のつらくもあるかな 源氏
訳: 月の光は昔の世の中の秋に見るものと変わりませんが、それを隔てる霧のつれなさが、
私には辛く感じられるのです(私にはあなたの冷淡さが辛いのです)。
『霞も人の』などと、昔の人は申していたようですね」
(注)「霞も人の」は、以下の短歌の引用です。
山桜見に行く道を隔つれば霞も人の心なりけり (出典未詳)
訳: 山桜を見に行く道を霞が隔てたのであれば、霞も人の心でございます。
つまり源氏は、「隔てているのは人の心である」ということを言っております。
藤壺は霧を世間の不穏な情勢にたとえており、源氏は藤壺自身の冷淡さを
霧にたとえているところからすると、隔てている対象が二人で異なっていますね。
などと、源氏は藤壺に言いました。
藤壺は、息子の東宮をいつまでも名残惜しく思っていて、東宮にいろいろと
将来のことなどについて話しましたが、東宮はそれを深く心に留める様子がないことを、
藤壺は将来をとても気がかりに思っておりました。
東宮は普段はとても早くお休みになりますが、今日だけは、
「母上(藤壺)が帰ってくるまでは、起きていよう」
などと思っておられました。藤壺が退出していくことを残念に思っておられましたが、
そうは言っても、それを引き留めることはなさらないことを、
「とてもかわいらしくて、(離れていくのが)悲しい」
と、藤壺は思いました。
ここまでが本文です。
源氏はわかっているのかいないのか、藤壺の冷淡さだけを問題にしていますね。
朱雀帝には政治的な配慮を見せる源氏も、藤壺への情愛に関しては
あまり正常な判断ができないようですね。
藤壺も辛い立場ですね。東宮は問題を十分に理解することはできずに、
母親への愛だけを見せているのは、藤壺にとって愛しくも辛くもある、
何とも切ない部分ですね。
次回は尚侍(朧月夜の君)から源氏の元へ手紙が来ます。
源氏は頭の弁のことが念頭にあっても、あまり懲りていないようですね。
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