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木枯らしの吹くにつけつつ待ちしまにおぼつかなさの頃も経にけり 尚侍(朧月夜の君)
あひ見ずて忍ぶる頃の涙をもなべての秋のしぐれとや見る 源氏
数ならぬ身のみもの憂くおもほえて待たるるまでもなりにけるかな 読人しらず(後撰集雑四 1260)
解説
源氏が藤壺の元に向かった後、晩秋の頃に、尚侍(朧月夜の君)から手紙を受け取った場面です。
大将の君(源氏)は、頭の弁の口ずさんでいたことを思うと、
昔の(藤壺との)出来事への呵責の念が起こってきて、世間を面倒なものに思い、
尚侍にも手紙を出すことも、長い間ありませんでした。
初時雨(はつしぐれ: 晩秋に降る今年初めての時雨)がそろそろ降る気配を見せた日に、
尚侍より手紙がありました(一首目)。
木枯らしの吹くにつけつつ待ちしまにおぼつかなさの頃も経にけり 尚侍(朧月夜の君)
訳: 秋の末から吹いている、木枯らしの風が吹く中を、一人で待っているうちに、
待ち遠しいと思う時期も、すでに過ぎてしまいました。
という内容のものでした。しみじみとしたこの時節に、尚侍が無理をして
こっそりと書いたのであろうその気遣に、源氏は尚侍の奥ゆかしさを感じて、
手紙を持ってきた使いの者をしばらく引き留めさせて、
唐紙などが入っている棚の戸を開けさせて、その中でも特別なものを選び出し、
筆なども、特に念を入れて整えてから書き始める様子なども、とても優美にしていたので、
源氏の側に仕えている女房たちは、
「送り先はどれほどの方なのでしょう」
と言いながら、肘でつつき合っていました。
「たとえ手紙を差し上げたとしても、効き目がないので懲りてしまいました。
ですから私はすっかり気落ちしていたのです。そうして自分の身だけを
辛いものと思っていましたら(二首目)、
あひ見ずて忍ぶる頃の涙をもなべての秋のしぐれとや見る 源氏
訳: 長く逢うこともできなくて、恋い慕う気持ちを人に知られまいと堪え忍んでいる頃の涙を、
いつもの秋の時雨だと思ってご覧になっているのですか?
心が通っているのでしたら、どれほどにこの長雨の空を眺めていても、
悲しみを忘れることができるでしょう」
(注)『身のみ憂き(自分の身だけ辛い)』は、以下の短歌の引用です(三首目)。
数ならぬ身のみもの憂くおもほえて待たるるまでもなりにけるかな 読人しらず(後撰集雑四 1260)
訳: 取るに足らない私のこの身だけを辛く思われて、待たれるほどになったのでしょうか。
「辛いのは自分だけだと思っていましたが、あなたも辛かったのですね」
という源氏の配慮が文面にありますね。
などと、源氏の返事は心のこもった文章になりました。
このように、源氏の気を惹こうとする女性からの手紙は、
尚侍以外からも多く寄せられていたようでありましたが、そちらの方は、
つれなくはない程度の返事を返して、あまり深く関心を寄せることはありませんでした。
ここまでが本文です。
尚侍(朧月夜の君)も大胆に手紙を送ってきましたね。
それに対する源氏の返事も、心憎いものがありますね。
気持ちが動かない女性への返事もきちんとしているところに、
源氏のまめな性格が表れていますね。
次回、藤壺はついに出家を宣言します。
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