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右大臣が源氏と尚侍(朧月夜の君)との出来事を、娘の皇太后(もと弘徽殿の女御)に話す場面です。
ここからが本文です。
右大臣は、思ったことを胸の内に隠しておくことのできない性分で、さらに老いのひがみさえも
加わっていたので、一体どうしてためらったりするでしょうか。源氏と尚侍の一件を、
ずけずけと皇太后(もと弘徽殿の女御、右大臣の娘)にも訴え申し上げました。
「かくかくしかじかのことがあったのだ。この懐紙の字は右大将(源氏)のものだ。
昔は私が油断をして、大将が娘(尚侍、朧月夜の君)のもとに通うことになってしまったのが
始まりではあるが、大将の人格に免じていろいろな過ちを許して、
『そのまま彼を婿に迎えようか』
と源氏に伝えたときには、娘のことを心にも止めずに、気にくわない態度を示していたので、
私も心中穏やかでない気持ちになっていた。それでも、
『これも前世からの宿縁なのだから(二人は結ばれてしまったのだ)』
と思っていたので、娘(尚侍)が汚れてしまったとしても、帝(朱雀帝)はお見捨てなさるまい
とお頼み申し上げて、このように、当初の通りに後宮へ差し上げたけれども、やはり帝にも
ご遠慮があって、娘を誰憚ることない立派な女御とお呼びになられないことをさえ、
物足りなく残念に思っていたのだ。そこへまた、このようなことが加わってしまっては、
私は更に辛い気持ちになってしまったよ。好色は男の常とは言いながらも、大将(源氏)も、
大変ひどい御方ではないか。さらに斎院(朝顔の姫君)にも手を出して、こっそりと恋文を
交わしたりなどして、怪しいことなどが人の噂に上っている事も、国のためだけではなく、
大将御自身のためにも、良くないことであるから、
『いくら何でも、そのような思慮分別のないことを、(源氏は)することはないだろう』
と私は思い、彼(源氏)の
『当代きっての博識者』
として、一世を風靡している様子を、格別なものと思っていたから、
大将のお心を疑うことはなかったのであるが・・・」
などと父の右大臣が言っていると、娘の皇太后は、もともと源氏を憎むことが
いっそうこの上ない気持ちを持っておりましたので、とても不愉快な気持ちになって、
「皆は帝のことを帝と申し上げてはおりますが、帝(朱雀帝)は昔から、多くの方に見下されて
おりました。先頃辞職した左大臣も、またとなく大切に育てられた一人娘(葵上)を、
源氏の兄君の東宮でいらっしゃる方(現在の朱雀帝)には差し上げずに、弟君の、
まだあどけなさの残る源氏の、元服の添臥(そいぶし)役に取り立てて、
(注)添臥(そいぶし): 東宮、皇子などの元服の夜に、添い寝した女性のことです。
公卿の娘が選ばれ、その女性がそのまま正妻になるとされています。
また、あの子(朧月夜の君)も、
『宮仕え(東宮の後宮)に』
と、私もそう願っておりましたが、源氏とのばかばかしい有様になってしまったのです。
そうであるのに、当時は誰一人として、
『けしからぬことだ』
などと源氏のことを考える者がいたでしょうか。(右大臣の)一門の者は全員、あの方(源氏)に
好意を持っていたものの、(源氏を婿にという)その願いが叶わなくなったからこそ、
あの子は宮仕えに出るようになったのです。それで私はあの子をかわいそうに思って、
『どうにかして、そのような宮仕えであっても、妹(朧月夜の君)を他の人に劣らぬように
してやろう。とても憎らしいあの人(源氏)に見られるときもあるのだから』
などと私は思っておりました。しかし、あの子(朧月夜の君)はいまだにこっそりと、
あの子の心惹かれる方(源氏)に、心を寄せているのでしょう。斎院と源氏のことは、
なおさらあり得ることでしょう。源氏の行為は何事につけても、帝にとって、
安心できないように見えるのは、(源氏は)次の東宮の御代をこそ期待している方なのですから、
当然のことでしょう」
と、皇太后は一方的に言い続けていたので、右大臣はそこまでは思うことができずに、
源氏を気の毒に思い始め、
「なぜ、この娘(皇太后)に話してしまったのだろうか」
と思ったので、
「しかし、しばらくの間は、この事は秘密にしておこう。内裏にも申し上げてはいけないよ。
今回のことは、あの子(朧月夜の君)に罪があるけれども、帝があの子をお見捨てにならない
ことを頼りにして、あの子が甘えているのだろう。私が内々に今回のことを収めて、それでも
あの子が聞かないようであれば、その責任は父親の私自身が取ることにしよう」
などと、右大臣は取りなしましたが、特には皇太后の機嫌は直ることはなく、
「このように、自分と妹が同じ邸内にいる中で、人目を忍ぶ余裕もない中で、
隠すこともなく、源氏があのように妹の所へ忍んでいくのは、わざと私を
軽蔑してばかにしているからこそなのでしょう」
と、皇太后が思いこんで、ますます腹が立って気にくわなくなって、
「この機会に、しかるべき事を構えるには、いい便りですね」
と思って、源氏を追放することを思いめぐらせていたのでした。
ここまでが本文です。
右大臣も娘の皇太后の性格を理解していればこそ、話すべきではなかったでしょうね。
言った後で、右大臣も後悔していますね。やはり軽率ですね。
皇太后(弘徽殿の女御)は相手の立場を考えずに、自分のしてきたことをすべて善意だと思って、
相手が期待する応答を返さないと相手を意地悪く思う、大変困った性格のように思います。
こんな人が親戚にいても大変ですが、姻族(姑など)にいると、
非常に大変な気苦労を背負うことになりますね。
ましてや目上の人にこのような人がいると、まさに災難ですね。
今回で「賢木」の章は終了です。
以下、「花散里」の章以降を、マイペースで更新していきます。
いつも読んでいただいて、ありがとうございます。
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