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宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩が上を思ひこそやれ 桐壺帝
嵐吹く風はいかにと宮城野の小萩が上を人の問へかし 赤染衛門(『新古今和歌集』 雑下 1819)
宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て 読み人知らず(『古今和歌集』 恋四 694)
解説
前回に引き続き、命婦が桐壺更衣の母君を訪れて、帝のお手紙を渡す場面です。
ここからが本文です。
「 『あちら(桐壺更衣の実家)を訪問いたしますと、とてもお気の毒な気持ちになりまして、
魂も消えるようでございました』
と、先日に尚侍(ないしのすけ)が帝にお伝え申し上げておりました。
情趣を介さぬ私のような者でも、いかにも悲しみを堪える事が難しく存じます」
(注)尚侍(ないしのすけ): 天皇に近侍して、奏請・伝奏をつかさどる女官のことです
と命婦は言って、少し気持ちを落ち着かせてから、
(桐壺更衣の)母君に、帝が仰せになった事を伝えました。
「 『しばらくの間は、『これは夢ではないか』と、私(帝)は途方に暮れないではいられなかった
のですが、次第に気持ちが落ち着いてきても、かえって物思いの醒める時はなく、
堪えがたい気持ちになっています。『(このようなときは)どうしたらいいのか』と思っても、
相談する人さえいない状況なのです。そこで、(母君様には)人目を避けて、内裏の私のもとまで
やって来てはくれませんでしょうか。私は若宮(源氏)が、とても気がかりなのです。
若宮が悲しみにくれる中で暮らしていることも、私はかわいそうに思っているのです。
若宮を連れて、早くやって来てください』
などと、帝ははっきりと仰せになる事もおできにならないご様子で、むせ返られながら、一方で、
『世間の人々も、私を気弱な者だと見ているだろうな』
と、帝はお気持ちを隠される事もなされないご様子が、本当にお気の毒で、
帝の御伝言を最後まで承る事ができないような状況で、私(命婦)は御前を退出いたしました」
と言って、母君に帝のお手紙を渡しました。
「私は涙で目も見えない頃でございましたのに、このような帝の畏れ多いお言葉は、
光のようなものでございます」
と母君は言って、帝からのお手紙を拝見しました。以下のように書いていました。
「 『時が経てば、悲しみも多少は和らぐこともあるだろう』
などと、そのように思いながら月日を過ごしていても、悲しみがとても堪えがたいのは、
何とも不条理で苦しいものです。私はまだあどけない人(源氏)を、
『どのようにしているだろうか』
と気にかけながら、私が貴女(母君)と若宮(源氏)を一緒に養育しないがゆえの
気がかりな気持ちを覚えています。貴女の娘、つまり私の妻(桐壺更衣)のいない
今はなおさら、若宮を昔の形見と思って、こちらまでやって来てください」
などと、懇切丁寧に書かれておりました。さらに帝の御歌が添えられていました(一首目)。
宮城野の露吹き結ぶ風の音に小萩が上を思ひこそやれ 桐壺帝
訳: 宮城野(宮中)の露を結ぶように吹く風の音を聞くと、露の中にいる(悲しみの中にいる)
小萩(子供)の身の上が気にかかります。
(注)上記の短歌には、以下の短歌の引用があります(二首目・三首目)
嵐吹く風はいかにと宮城野の小萩が上を人の問へかし 赤染衛門(『新古今和歌集』 雑下 1819)
訳: 嵐の吹いている風はどのようなものですかと、宮城野(宮中)の小萩(子供)の
身の上を案じて訪ねて行きなさいね。
宮城野のもとあらの小萩露を重み風を待つごと君をこそ待て 読み人知らず(『古今和歌集』 恋四 694)
訳: 宮城野(宮中)の草木の根の際の葉が疎らで、小萩は露を重く(大きな悲しみを)
感じています。それを振り払う風を待つように、貴方をお待ちしています。
宮城野(みやぎの)は陸奥(むつ)の国を意味していて、今の宮城県仙台市の
東方一帯の原野を指しており、萩の名所とされています。
短歌の中では「宮城野」は宮中を隠喩したもので、
「小萩(こはぎ: 小さな萩)」は、子供を指しています。
とありましたが、母君はさらに悲しくなって、最後まで読むことは出来ませんでした。
ここまでが本文です。
命婦も、母君の悲しみの深さから、どのように桐壺帝の意思を伝えるかということに苦心していますね。
桐壺帝の母君への配慮もよく見えた一節ですね。
次回も命婦と母君のやりとりが続きます。
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