玄齋詩歌日誌

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『夜航詩話』の七回目では、わかりやすい漢詩を作るのはもちろんのことだけれども、
それだけではだめだという議論を記しています。


ここからが本文です。



原文

王弇州云、詩妙在有意無意可解不可解之間、此言誤人太甚、慕尚嘉隆僞體者、相率沈迷雲霧中、
故作不可解之語、以爲深奥高古、讀者必再三詰問纔得達其意也、或見平澹易解者、輙斥爲元輕白俗、
雖工不道好矣、夫作詩不可解、將焉用之、不若無作也、雖然詩貴含蓄、不可直情經行、
鄭善夫云、詩之妙處、正在不必説到盡不必寫到眞、而其欲説欲寫者、自宛然可想、雖可想而又不可道、
斯得風人之義、今人往往要到眞處盡處、所以失之也、此訣詩家金針、可以繡出鴛鴦矣、
李東陽云、作詩必使老嫗解聽、固不可、然必使士大夫讀而立不能解、亦何故耶、
是持平之論、正得詩之中庸矣。



書き下し文

王弇州云ふ、

「詩の妙は有意・無意、解すべく・解すべからざるの間に在り」

と。


此の言、人を誤ること太だ甚だし。

嘉隆の偽体を慕尚する者は、相率ゐて雲霧の中に沈迷し、故らに解すべからざるの語を作し、
以て深奥高古と為す。読む者は必ず再三に詰問して纔に其の意を得るなり。

或は平澹にして解し易き者を見れば、輙ち斥けて元軽白俗と為し、工(たくみ)と雖も、好と道はず。

夫れ詩を作つて解すべからずんば、将た焉ぞ之を用ひん。作る無きに若かざるなり。


然りと雖も、詩は含蓄を貴ぶ、直情経行なるべからず。


鄭善夫云う、
「詩の妙処は正に必ず説ひて尽くるに到らず、必ず写して真に到らざるに在り、
 而も其の説かんと欲し、写さんと欲する者は、自ら宛然として想うべし。
 想うべしと雖も、而も又た道ふべからず。斯れ風人の義を得たり。
 今人は往々にして真処尽処に到るを要す、之を失ふ所以なり」


此の訣は詩家の金針なり、以て鴛鴦を繡出すべし。


李東陽云う、
「詩を作り必ず老嫗をして聴を解せしむるは固より不可なり。
 然れども必ず士大夫をして読んで解する能はざらしむるも亦た何の故ぞや」

と。

是れ持平の論にして、正に詩の中庸を得たり。



語注

※王弇州(おう えんしゅう): 明代の政治家・文人の王世貞(おう せいてい)のことです。
 字は元美(げんび)で、号は弇州山人(えんしゅうさんじん)です。李攀竜(り はんりょう)と
 ともに詩文の復古を主張し、古文辞派(こぶんじは)と称されました。

※李攀竜(り はんりょう): 明代の文人で、歴城(山東省)の人です。字は于鱗(うりん)です。
 詩文の復古を唱え、王世貞(おう せいてい)とともに李王(りおう)と称せられ、
 その文学は日本の荻生徂徠(おぎゅうそらい)らに影響を与えました。
 『唐詩選(とうしせん)』の編者と目されています。

※嘉隆(かりゅう): 清朝の元号の乾隆(けんりゅう)と嘉慶(かけい)のころ(1736年〜1820年)
 を指しています。このころに、儒学の考証学(こうしょうがく)が盛んになりました。
 考証学が「乾嘉の学(けんかのがく)」などと言われているのは、この時代を指すことから
 来ています。

※考証学(こうしょうがく): 清代に盛んに流行した儒学の学風で、正しい証拠によって
 古典の文章を正し、文字の意味を究め、また、文物制度を明らかにするものです。
 宋代・明代の理学(りがく)に対して起こりました。

※理学(りがく): 宋代と明代に栄えた儒学の学派で、宇宙は理と気から成ると考え、
 万物は陰陽の交代によって生じるという、理気(りき)の説を主とする学のことです。
 経書の字句の意味の解釈を主とする漢代や唐代の訓詁学(くんこがく)や清朝の
 考証学(こうしょうがく)とは異なる立場を取っています。

※元軽白俗(げんけいはくぞく): 元槇(げんしん)の詩は軽薄で、白居易(はくきょい)の詩は
 通俗であるという蘇東坡(そとうは)の著書に出てくる批評の言葉です。

※元白(げんぱく): 中唐の詩人、元槇(げんしん)と白居易(はくきょい)を指します。
 二人は親友で、共にわかりやすい詩風であったので、元白と併称されました。
 その詩体を「元白体(げんぱくたい)」または「元和体(げんなたい)」といわれています。

※元槇(げんしん): 中唐の詩人で、字は微之(びし)です。河南の人です。

※白居易(はくきょい): 中唐の詩人です。太原の人です。字は楽天(らくてん)で、
 号は香山居士(こうざんこじ)です。進士に及第し、翰林学士となりましたが、
 一時は地方官に落とされ、後に中央に帰り、法務大臣に当たる刑部尚書になりました。
 その詩は平易流暢(へいいりゅうちょう)で、日本でも早くから愛賞されました。
 有名な詩に「長恨歌(ちょうごんか)」があります。

※蘇東坡(そとうは): 名は軾(しょく)です。宋時代の文豪で、
 唐宋八大家(とうそうはちだいか: 唐と宋の時代の代表的な八人の古文家)の一人です。
 彼の作である「前・後赤壁賦」という詩は有名です。

※鄭善夫(ていぜんふ): 明代の詩人です。字は繼之(けいし)、号は少谷(しょうこく)です。
 福建閩縣(今の福建省福州市)の人です。

※風人(ふうじん): 詩人のことです。昔、『詩経』の国風によって
 人民の風俗がわかったので、詩人のことを風人と言います。

※詩経(しきょう): 儒教の「四書五経」の五経の一つで、中国最初の詩集です。
 周の時代までの各地の歌謡三千余編から、孔子が三百五編を選定したと言われています。

※国風(こくふう): 『詩経』の「周南」「召南」などの百三十五編の民謡を指します。

※以て鴛鴦を繡出すべし(もってえんおうをしゅうしゅつすべし): 「詩を理解できる人の心を
 引きつける詩文を作ることができる」という意味です。
 これは蒲松齢の『連城』という作品に出てくる、次の詩から来るものです。
 次の詩を詠んだ喬(きょう)は、貧しい出自ながらも、詩を理解できる美しい女性の
 連城(れんじょう)の心を動かします。

  慵鬟高髻緑婆娑    慵鬟(ようかん) 高髻(こうきつ) 緑 婆娑(ばさ)
  早向蘭牕繡碧荷    早く蘭牕(らんそう)に向って碧荷(へきか)を繡(しゅう)す
  刺到鴛鴦魂欲斷    刺して鴛鴦(えんおう)に到って 魂断たんと欲す
  暗停鍼綫蹙雙蛾    暗に鍼綫(しんせん)を停めて双蛾を蹙(ひそ)む

  (訳): 束ねて輪にした髪がものうく揺れ、もとどりも高く束ねているようすは、
   若い緑が舞うようです。
   早く香木で作った窓に向って、緑の蓮を縫い取っています。
   刺繍が鴛鴦(おしどり)の部分になって、心を痛めています。
   そしてひそかに裁縫をやめて、美しい眉をしかめています。

  (参考)青空文庫  蒲松齢 田中貢太郎訳 『連城』
   http://www.aozora.gr.jp/cards/001051/files/4932_27907.html

※李東陽(り とうよう): 明代の文人で、詩文の復古を主張し、当時衰退し始めていた
 台閣体(だいかくたい: 上級官僚から興った、封建道徳を宣揚する詩風)に異を唱えた人物です。

※士大夫(したいふ): 人格者で高い地位にある人という意味です。
 当時の知識階級を意味しています。



現代語訳

王弇州(おう えんしゅう)は言っています。

「漢詩の妙は『意味がある・意味がない』の間や、『理解することのできる・理解することのできない』
 の間にあります」

と。


しかしこの言葉は、人の道を踏み外すことがとても甚だしいのです。

清朝の乾隆(けんりゅう)と嘉慶(かけい)の元号のころに盛んになった考証学派(こうしょうがくは)
のように、経書の字句の意味にとらわれて聖賢の道を踏み外したようなものを尊ぶ人たちは、
連れだって雲や霧の中に迷い込んで、詩文の中でわざわざ他の人に理解できないような言葉を使って、
それでいて自分の詩文を奥が深くて世俗を離れて格調高いものだとしているのです。

その詩文を読む人は、必ず本人にその詩の意味を再三問いただして、
初めて詩文の意味が理解できるという状況です。

一方で詩文があっさりとして理解しやすいものを見ると、すぐにこれを却けて、
軽薄で通俗なものだと見なして、巧みな詩だとは言いながらも、好ましいものだとは言わないのです。

しかしながら、そもそも詩を作っても理解できないのであれば、
どうしてその詩を利用することができましょうか。

そのような詩ならば作らない方がましというものです。


しかしそうだとは言いながらも、詩は含蓄に富んだ表現を貴ぶものです。
決して自分の感情をむき出しにして、飾り気のない詩句にしてはならないのです。


明代の詩人、鄭善夫(てい ぜんふ)は言っています。

「詩の神妙なところは、必ず言葉で説明しても尽きず、それを写し取っても真実に到らない
 というところにあり、それでありながらもそれを説明しようとし、写し取ろうと思ったものを、
 そっくりそのまま自分の心の中に思うことができるのです。
 心の中で思うことができても、それを口に出して言うことはできないのです。
 こうなれば風人(詩人)としての正しい道義を得たことになります。
 今の詩人は往々にして真実に到れるように写し取ること、言葉で正しく説明し尽くせることを
 必要としています。そのことがかえって神妙な境地を失う結果になっています」

と。


この奥義は詩人が貴ぶ金の針(鍼灸で使われる針)なのです。

それを使って蒲松齢の『連城』に出てくる喬のように、『鴛鴦を縫い取る』という素晴らしい詩文を
作って、連城のように詩の心が理解できる人を引きつけることができるのです。


明の李東陽(り とうよう)も言っています。

「詩を作っても白居易(はくきょい)のように、通りすがりの老婆に詩を聞かせて理解できるような
 平易な詩になれば完成とするというようなことは、そもそも不可能なことです。
 しかし必ず士大夫(当時の知識階級)には読んで理解させることができるのです。
 これは何がそうさせるのでしょうか(詩人としての道義を守っているからなのです)」

と。


これは公平で偏らない考え方で、
まさに詩の中庸(ちゅうよう: 一方に偏らない、ほどよさ)を得たというものです。



ここまでが本文です。


漢詩はもとよりわかりやすいものを作らなければいけない、しかし何の余韻も残らないような
単調で幼稚なものもいけないという、漢詩の非常に厳しい部分を感じました。

僕の漢詩も、先生に難しい詩だと注意された後に作った詩は、今度は反対に単調でつまらないものに
なってしまって注意されるなど、両極端を行ったり来たりという状況が続くことがあります。

長年謙虚に学んだものだけが、この両極端の間のほどよいところに到達できるのではないかと思います。


「白居易のように、老婆には理解させることはできなくても、詩を理解する知識階級には理解できるようにする」

という部分は、

せめて漢詩を理解できるものには理解できるように、ということを表現しているのだと思いますが、

漢詩をなさる方が少ない現代では、白居易のように、通りすがりの方にも
理解できるような詩に、より近づける必要があると思いました。

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