玄齋詩歌日誌

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源氏の元服の儀式の夜の話です。左大臣の娘(葵上)との婚儀の場面です。


ここからが本文です。


その夜、帝は源氏を、舅になった左大臣の家に、婚儀のために退出をさせられました。
その婚儀には世に類がないほどの立派なものを用意して、源氏を大切にもてなしておりました。
源氏がたいそう幼い姿でいるのを、

「畏れ多くも愛しいものだ」

と左大臣は思っておりました。女君(葵上)は、源氏より年齢を少し上回っていたのに対し、
源氏がとても若かったので、

「私はこのお方の妻にふさわしくなくて、気恥ずかしい」

と女君は思っておりました。


この左大臣の帝からの信任ぶりは、とてもこの上ないものであり、
その上で女君の母宮である夫人は、帝と同じ后を母に持つ方(桐壺帝の実の妹)で
ありましたので、左大臣はどこを取っても際立っている方でありました。

その上さらにこの君(源氏)までもが(娘婿として)付け加わっておりましたので、
東宮の外戚の祖父で、ゆくゆくは世を治める立場にいるはずの右大臣の勢力は、
問題にもならないくらいに圧倒されてしまいました。


左大臣は幾人かの妻妾から生まれた子供たちが多くおりました。
その中で、女君の母宮との間に、蔵人の少将(くらうどのしょうしょう)になっていて、
とても若くて美しい子供がおりましたので、右大臣と左大臣の仲はよくなかったのですが、
右大臣はこの子を他人として見逃すことはできずに、大切にしていた娘の四の君と結婚させました。
この蔵人の少将も、左大臣が婿の源氏を大切にしているのに劣らず、右大臣が寵愛していることは、
両家ともに理想的な間柄でありました。


  (注)蔵人の少将(くらうどのしょうしょう): 近衛(このえ: 警備担当の役所)の少将で、
   五位の蔵人を兼ねた人のことです。

  (注)蔵人(くらうど): 蔵人所(くらうどどころ)の役人で、天皇のそばに仕える
   令外(りょうげ)の官の一つです。はじめは、皇室の文書や道具を納める蔵を管理し、
   訴訟なども扱った役職でしたが、のちには職務が広がって、天皇の衣服や食事などの
   日常生活から、伝奏(でんそう: 天皇への取り次ぎ)・除目(じもく: 大臣以外の
   官職の任命)・節会(せちえ: 重要な日に天皇が酒宴を行う行事)の儀式など宮中の
   諸雑事を取り扱いました。


源氏の君は、帝が常にお召しになって付き添わせなさるので、
容易に妻のいる左大臣の家に行くこともできませんでした。

源氏の心の中では、ただ藤壺の様子を、

「誰とも比べることはできない」

と思っていて、

「このような女性こそ妻にしたいものだ。藤壺の宮のような方に似ている人はおられないようだ。
 大臣殿の姫君(葵上)は、

 『とても美しく、大切に育てられた人』

 とは思うけれども、心が惹かれることはない」

と源氏は思って、幼い時の一途に思いこんだ心に取り付かれて、
とても苦しいほどに、藤壺のことを慕っている様子でした。


源氏が元服してから後は、帝は今までのように、藤壺の御簾の中へ源氏をお入れになることは
ありませんでした。源氏は管弦のお遊びの折々に、琴や笛を御簾の内外で音を合わせて弾いて
心を通わせたり、御簾の中から聞こえてくる藤壺のかすかな声を慰めとしたりして、
内裏(だいり: 宮中)での生活だけを素敵だと思っていました。

五・六日を内裏で帝のお側仕えをして、左大臣の家に二・三日程度に、途切れ途切れに
内裏から退出して訪ねていました。そんな様子でしたが、まだ今は源氏が幼い頃なので、
左大臣は万事のことをしいて咎め立てすることなく許していて、婿君(源氏)を大切に
世話しておりました。この新しい夫婦にお側で仕えさせる女房には、世の中の並大抵でない
優秀な者たちを、選りすぐって仕えさせたり、源氏の気に入りそうな遊びを催したりと、
一所懸命に骨を折って世話をしていました。


帝は御所では、淑景舎(しげいしゃ: もとの桐壺の局)を源氏のための部屋にさせなさって、
源氏の母の御息所(桐壺更衣)に仕えていた女房たちを、内裏から退出させて散り散りに
させなさることなく、引き続き仕えさせなさいました。桐壺更衣のもとの屋敷は、
修理職(すりしき)や内匠寮(たくみづかさ)に宣旨が下って、この上ないほど立派に改築されました。


  (注)修理職(すりしき): 令外(りょうげ)の官の一つで、「木工寮(もくりょう)」と
   ともに、皇居の修理・造営などをつかさどった役所です。

  (注)内匠寮(たくみづかさ): 令外(りょうげ)の官の一つで、「中務(なかつかさ)省」に
   属し、宮中の器物や殿舎の装飾などをつかさどった役所です。「うちのたくみのつかさ」
   「たくみづかさ」ともいいます。


そのお屋敷は、もとからある木立や、庭園の築山のようすも趣のあるところでしたが、
さらに池の中心を掘り広げて、大騒ぎして立派に改築されました(これが後の二条の院です)。

「このような家に、理想とするような人を迎えて住んでみたいものだ」

と源氏は嘆かわしく思い続けていました。



「 『光る君』という名前は、(人相見の)高麗人が、源氏を賞賛してつけたものである」
と、人々が言い伝えているとのことです。



ここまでが本文です。

これが頭中将(蔵人の少将)や葵上が出てくる初めです。
頭中将は左大臣の息子に生まれ、右大臣の娘婿であることから、
非常に苦しい立場に立たされることも、運命を感じるところですね。

成人になって、源氏と藤壺は直接会うことはできなくなりましたが、
これで二人の中が終わらないことが、これから語られていくところです。


これで「桐壺(きりつぼ)」の巻が終わりました。次回は「帚木(はははぎ)」の巻です。

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