玄齋詩歌日誌

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非常に間が空きましたが、やっと続きを書きます。

「雨夜の品定め」の続きです。左馬頭(さまのかみ)が一応の結論を出します。


ここからが本文です。

(左馬頭は話を続けます)

「もはや今となっては、家柄のことは言いません。ましてや、顔かたちのことなど
 決して言いません。ただ、女にひどく残念なほどのひねくれた性格だという
 評判さえなければよいのです。ただ、ひたすらに周囲に誠実で、落ち着いていて
 頼りがいのある女性を、男は人生の終わりに頼りにする妻として考えておくべき
 なのです。その上で情趣を解する気持ちや気立ての良さが加わっている
 女であれば、それを幸運だと思い、少しだけ劣っている部分があるような
 女さえも、むやみに期待して求めるようなことはするまいと思っています。
 女は安心ができて落ち着いている性格さえ持ち合わせていれば、
 表面的な情趣などは、後々学んでいけば自然に身につけることが
 できるのではないでしょうか。

 風情のある様子で体裁をつくろって、恨みに思っていて言いたいことさえも、
 知らないふりをして我慢をして、表面上は何気なく平気なそぶりをしておる
 女などは、そんな気持ちを胸のうちに収まりきれずに苦しくなってしまった
 時には、何とも表現できないぞっとするような言葉や、何とも哀しい歌を
 詠んで書き残し、男が後々自分のことを思い起こしてくれるような形見とともに
 後に残しておいて、深い山里や、世間を遠く離れた海のほとりなどに
 逃げ隠れてしまうものです。


 私が子供であった時に、女房などが主人公の女がそのようなふるまいをする
 文学作品を読んでいるのを聞いておりますと、私は

 『とても哀しい物語だ。何と思いやりの深い女だろう』

 などと思って、涙さえも落としたものです。今その物語の事を振り返りますと、
 そのような女性のやり方はとても軽率で、わざとらしく見えることと思います。
 女が愛情の深い当の男を後に残して、たとえ目の前に苦しいことが
 あったとしても、男の心をよく理解せぬうちに、逃げ隠れして、
 男を動揺させて、

 『(男の)気持ちを確かめてやろう』

 としているうちに、男女の縁が切れてしまって一生後悔するような羽目に
 なってしまうのは、全くつまらないことです。その上で、

 『思いやりの深い方ですね』

 などと、女房たちにほめたてられて、自分を哀れに思う気持ちが高まってしまうと、
 そのうちに尼にまでなってしまうのです。出家を思い立った時は、
 とても心が澄み切ったような境地で、世の中にすっかり未練がないかのように
 思っておりましても、

 『まあ、何と悲しいことでしょう。それにしてもまあ、こんなに尼になるまで
  ご決心なさってしまったとは』

 などというように、知り合いの人々が訪問してきて言ったり、

 『あの夫の方はただひたすらに、悲しみにくれる日々を送っている』

 などと、女はまだ心が離れていない男のことを聞きつけたりすると、
 涙をこぼして、その女の使用人や、年をとった女房たちは、

 『殿様のお心遣いは、とても憐れみ深いものでございますのに・・・』

 『せっかくのお身体を、こんな風に尼にまでなさっておしまいになって・・・』

 などと口々に言うようになるのです。すると女は自然に剃ってしまった額髪を
 触ろうとしても、手応えがなく心細い気持ちになり、泣き顔になってしまうのです。
 ここで泣くのをこらえようとしても、一度涙がこぼれてしまったならば、
 折々に触れて、我慢ができずに泣いてしまうことでしょう。
 女には出家を後悔するようなことも少なからずあるものですから、仏様も、

 『かえって未練がましく、心の卑しい奴だ』

 と御覧になることでしょう。俗人の煩悩が染みついた者よりも、出家して
 中途半端に悟ったような者の方が、かえって死後に悪事を行ったものが
 行くという地獄などの三悪道(さんあくどう)に、
 きっと魂が墜ちてさまようことになると思います。


  (注)「中途半端に悟ったものがかえって地獄などに堕ちる」というのは、
   以下の短歌の引用です。

   はちす葉の濁りにしまぬ心もて何かは露を玉とあざむく
                      僧正遍昭(古今和歌集 夏 165 )

   訳: 蓮の葉のように濁りに染みていない清らかな心を持っていれば、
    どうして露のような儚いものを珠玉と欺くようなことがあろうか
   (清らかでない心を持って悟りを得ようとしても無駄なことである)。

   単なる一時的な感情だけで女性が出家することへの
   批判が表われていますね。


 夫婦の前世の因縁が強くて、女が尼にならずに、男が探し出して
 家に戻されたとしても、そのうちに、その時のことを思い出して、
 男は恨めしい気持ちになるのではないでしょうか。
 悪い時もよい時も、お互いに寄り添って、ちょっとした出来事があった時や、
 こういうような折にも、寛大に見のがすような間柄こそ、縁も深く、
 愛情深い仲と言えるのではないでしょうか。女も男も、お互いの仲を
 うまく継続させられるだろうかと不安な気持ちを持っておれば、
 自然と気を遣わないでいられましょうか。

 また、女から気持ちが離れてほかの女に気持ちが向いている男を恨んで、
 それを態度に表して別れようとするなどというのも、それもまた
 ばかげていることでございましょう。男が心移りしているほかの女が
 いたとしても、男が女を初めに妻とした愛情をいとおしく思っていて、
 きっと妻としての縁のある女性に違いないと思っていても、
 そういった女の別れようとする態度に気持ちが動揺して、
 縁が絶えてしまうのです。

 ですから女はさまざまなことについて、穏やかな気持ちを持って、
 男に対して恨み言ができたとすれば、そのことを相手に少し分かるように
 ほのめかし、こちらが恨みに思っているということを、
 相手を傷つけないように相手に示すのであれば、その事によって、
 男の愛情も戻ってくるというものです。大抵、男の浮気心は、
 女次第でなくなっていくものです。

 一方で、あまりやたらと男をのびのびとさせてしまって、見放しているのも、
 男にとっては気安く、かわいらしいように思われますが、
 そんな女は自然と、男から軽い女だと思われてしまうのです。
 繋がない舟が浮いているというあの例の話もありますから、
 男女の仲のはかなさを思ってじっくり考えないといけないところです。
 そうではありませんか 」


  (注)「繋がない舟が浮いているというあの例の話」とは、
   『和漢朗詠集』の巻下 無情 790 の羅維の詩の一節です。

   觀 身 岸 額 離 根 草  身を観ずれば岸の額に根を離れたる草
   論 命 江 頭 不 繋 船  命を論ずれば江のほとりに繋がざる船

   訳: 人の身を考えると、岸の隅で根を離れた草のように、
    あやうく頼りないものです。人の命を考えると、川のほとりに浮かぶ、
    繋がれていない一そうの船のように、はかなく定めがたいものです。

   この二句目は『荘子』列御冦篇に「汎として繋がざる舟のごとく」とあるところ
   から取っており、その一節では「虚心になって気ままに遊ぶ様子」を示して
   いますが、この漢詩の句や源氏物語の引用では、「はかなく定めがたいこと」
   のたとえに使われています。


と左馬頭は言うと、それに頭中将はうなずいて、

「今現在のところで、美しいとも愛しいとも気に入っている男に対して、
 心細く思って疑いを持っていることは、とても重大な問題だと思いますね。
 そもそも、

 『自分の中に悪い気持ちを持たずに、相手の浮気心を大目に見ていれば、
  相手との関係がうまくいかないことはない』

 と思っていれば、それほどにまでひどいことにはならないでしょうね。
 とにかく、夫婦の仲が悪くなるような出来事があったとしても、
 我慢して落ち着いて対処するほかに、良い方法はおそらくないのでしょうね 」

と言いました。


さらに頭中将は、

「私の妹の、源氏の君の姫君(葵上)は、この議論の内容とぴったり合っているな 」

と思っていましたが、当の源氏の君が、目をつぶった様子で、
言葉をはさむ様子がないのに対して、

「張り合いがなくて物足りないな」

と思っておりました。


左馬頭は、自分自身を男女の仲の判定をする博士のように思って、
それこそ馬のようにしゃべり続けていました。頭中将は、

「左馬頭の言う道理を最後まで聞いてやろう」

と関心を持って、左馬頭の相手をし続けていました。



ここまでが本文です。

この時期に男女が出家するというのは、一時的な感情で軽はずみに
やっているものが多く、そんな人は決して成仏もしないだろうという、
紫式部の痛烈な批判がありました。

「浮気は女次第で直っていくものだ」という言葉に、
この時代の女性への厳しさがさらに見えた一節に思いました。


次回もまだまだ左馬頭が馬のようにしゃべっていきます。

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