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源氏物語の続きです。
「雨後の品定め」の続きです。
引き続き、左馬頭(さまのかみ)が男女の仲について熱く語っています。
ここからが本文です。
「いろいろなことに関連付けて考えてみてください。
指物師(さしものし: 木製の調度を作る職人)が様々なものを思いのままに
制作することにおきましては、その場限りの手慰みにこしらえたもので、
こういうものだという様式の一定しないものでは、
見た目にはしゃれているものがあれば、
『なるほど、こんなふうにも作れるものなのだなあ』
というように、その時々に従って趣向を変えて、様々に出てくる
現代風の目新しいものに目移りがして、趣を感じることもあります。
一方、重大な出来事のためのもので、本当に立派な人の調度類の飾りとして、
一定の様式やきまりがあるものを、非難する点がないほどに立派に
作り上げることに関しましては、やはり真のすぐれた職人と
そうでない職人とは、はっきりと見分けがついてしまうものです。
また、絵所(えどころ: 宮中の絵画を扱う役所)には
絵の上手な者が多くおりますが、墨書き(すみがき: 墨で下絵を描く者)に
選ばれて、順々にその絵を描いていくのを見ていきますと、
上手と下手との境目というものは、たやすくは見分けがつかないものです。
そのようではありましても、人の見ることができない唐の国のはるか東方にある
神仙の住むという蓬莱山(ほうらいさん)や、荒海に住む荒々しい魚の姿や、
唐の国の荒れ狂う獣の姿や、目に見えない鬼(怨霊)の顔などのような、
大げさに描かれたものは、心のままに描いていっそう見る者を驚かしており、
実物には似ていないでしょうが、それは一つの作品としてそれでよいでしょう。
一方で、世間でいつも見かける山の様子や、水の流れ、いつも目にしている
人の住む家の様子などは、なるほど実際にそのようだと見えて、
懐かしく日常に親しんでいる形を絵に描き加えて、飾り気のない山の風景や、
樹を茂らせた奥深い場面や、人里を遠く離れて山々が幾重にも
折り重なったような場所や、身近な垣根の中を描くときに、
気を配って配置を考えることなどに関しましては、すぐれた絵描きは
筆力も格段に優れて、腕前の劣る者はこの点で及ばない所が多いものです。
字を書くことにつきましても、落ち着いた様子もなく、あちらこちらと、
気取って点や線を長くひいたりしながら文字をすらすらと書いて、
どことなく風流を装ったようなものなどは、ちょっと見るだけでは
才能があるひとかどの者が書いたもののように思えますが、
やはり正しい書法を身に付けた者によってきちんと書かれたものの方が、
表面的な字の美しさは隠れておりますが、今もう一度その二つを並べて
見比べてみましたら、やはり実の伴ったものの方に心が惹かれていきます。
このような取りに足らない物事についてもこのようになっております。
まして人の気持ちの、その折々に風流を気取って愛情の深い人間を
装うようなものは、信頼のおけるものではないと思われるのです。
では私が女性を知り始めたときのことを、色好みな話になりますが、
お話しいたしましょう 」
と言って、左馬頭が近くに膝を進めて寄ってきましたので、
源氏の君も目を覚ましました。頭中将は左馬頭の見解を
すぐれたものと考えていて、頬杖をついて向かい合って座っていました。
この室内では、僧侶が仏さまの教えを説いて聴かせているような雰囲気に
なっているのは、何とも滑稽な感じがするのですが、この時には、
各人それぞれの恋の打ち明け話を隠しておくことはできない
心境になっているようでした。
ここまでが本文です。
技巧をこらすことよりも、ごく普通のことをうまくこなすことのほうが難しい、
人間関係でも当たり前の関係を続けることのほうが難しいのかな、
などと考えていました。
次回は左馬頭が結婚生活の実体験を語っていきます。
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