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これは前回の七言律詩を推敲したものです。
(推敲後) 初夏看薔薇 玄齋 (上平聲四支韻)
庭 院 漸 舒 新 緑 枝
看 花 已 忘 落 花 時
籠 烟 荊 棘 纏 長 檻
帶 雨 薔 薇 覘 短 籬
麗 女 唇 紅 含 笑 臉
病 夫 頭 白 展 愁 眉
群 芳 復 爲 何 人 咲
一 放 天 香 君 忽 知
書き下し文:
「初夏、薔薇を看る」 玄齋 (上平声四支韻)
庭院 漸く舒ぶる新緑の枝
花を看て已に忘る落花の時
烟を籠めて荊棘 長檻に纏わり
雨を帯びて薔薇 短籬を覘う
麗女の唇紅にして 笑臉を含み
病夫の頭白きも 愁眉を展ぶ
群芳 復た何人の為に咲くや
一たび天香を放てば 君 忽に知らん
現代語訳:
屋敷の庭では、しだいに初夏のころの若葉の緑の枝が伸びていき、
花を見ていれば、やがては花が散る春の暮れの時期を忘れてしまった。
もやに包まれたイバラのつるが長いてすりにからみつき、
雨を伴って、バラが短い垣根をそっと覗き込むように咲いていた。
それは美しい女性の紅い唇が笑顔を含んでいるようであり、
それを見ていると、病気をしており、頭髪が白髪になっている男からは
憂いの表情が消えていた。
私が
「多くの花たちよ、一体あなたたちは誰のために咲いているのか?」
と言うと、
花たちは、
「もし一度、私たちが天から下るようなよい香りを放つと、
あなたはいつの間にか知るでしょう」
と言った。
語注:
※薔薇(そうび): バラのことですが、文語風に「そうび」と読みます。
※庭院(ていいん): 庭のことです。屋敷の中の、建物のない空間を
指して言います。
※漸(ようや く): 「次第に」という意味です。
※舒(の びる): 「伸びる」と同じ意味です。
※新緑(しんりょく): 初夏の頃の若葉の緑のことです。
※已(すで に): ここでは「やがて」という意味です。
※籠烟(ろうえん、えんをこめる): 靄(もや)に包まれることです。
「烟」は「煙」の異体字です。
※荊棘(けいきょく): 刺(とげ)の多いいばらのことです。
※纏(まつ わる): 植物の蔓(つる)がからみつく、という意味です。
※長檻(ちょうかん): 長い欄干(らんかん)、つまり長いてすりのことです。
※覘(うかが う): 「窺う」と同じです。そっと覗いてみることです。
※短籬(たんり): 高さの低い垣根のことです。
※麗女(れいじょ): すっきりとして美しい女の人のことです。
※笑臉(しょうけん): 笑顔のことです。「臉(けん)」とは、顔のことです。
※病夫(びょうふ): 病気にかかっている男のことです。
※頭(かしら): 頭(あたま)のことですが、文語風に「かしら」と読んでいます。
※愁眉(しゅうび): 心配して寄せる眉毛のことで、心配そうな表情のことです。
※展(の びる): これも「伸びる」とほぼ同じ意味です。
「展愁眉(しゅうびをのぶ)」で、しかめていた眉毛を伸ばす、
つまり憂いがなくなることを示しています。
※群芳(ぐんぽう): 多くの花、あるいは多くの美人のことです。
※復(ま た): 「いったい」という意味で、強調の意を表しています。
※為(ため): 「〜のため」ということです。
この場合の平仄(ひょうそく)は仄声(そくせい)です。
※天香(てんこう): 天から下るような、非常によい香りのことです。
※忽(たちまち): 「いつの間にか」という意味です。
解説:
前回の初夏の薔薇(ばら)の花を詠んだ七言律詩を推敲しました。
ツイッターで知り合った、同様に漢詩を作る韓国の詩人の方から、
三句目と六句目の言葉の使い方についてのご指摘を受けました。
三句目から六句目は、当初は次のようになっていました。
(三)籠 烟 荊 棘 傳 長 檻 烟を籠めて荊棘 長檻を伝い
(四)帶 雨 薔 薇 覘 短 籬 雨を帯びて薔薇 短籬を覘う
(五)麗 女 紅 唇 含 臉 笑 麗女の紅唇 臉笑を含み
(六)寓 居 黄 髪 展 愁 眉 寓居の黄髪 愁眉を展ぶ
まず一点目は、三句目の五文字目の「傳(伝)」の意味について質問を受けました。
当初の僕は、「傳(でん)」は「伝ふ(つたう)」、現代語で言うと「伝える」
の意味と思っていましたので、何も疑問に感じてはいませんでした。
しかし辞書の熟語や漢詩の言葉を集めた詩語集(『詩韻精英』)の中では、
「言葉や物を人から人へ伝える」
「わざや学業を伝授する」
「言い伝え」
「(植物などの)香りが伝わる」
という意味の言葉しかありませんでしたので、「植物の蔓が伝っていく」
という表現を使うと、ただの日本語になってしまうと思い、推敲することにしました。
さらに『詩韻精英』で「纏(まつ わる)」を引いてみますと、
「弱蔓纏」「古藤纏」「瓜蔓纏」という言葉が出て来ました。
さらに清の時代の詩人で書家の復初齋(本名は翁方綱)の詩の中に、
「日 銷 月 鑠 荊 棘 纏 日 銷(き)え 月 鑠(と)けて 荊棘 纏(まつ)わる」
という言葉がありましたので、「蔓が纏わる(植物の蔓がからみつく)」
という表現は使えると判断して、
(三)籠 烟 荊 棘 纏 長 檻 烟を籠めて荊棘 長檻に纏(まつ)わり
と推敲しました。
二つ目の指摘は、五句目の「麗女」と六句目の「寓居」は
対句になっているかどうか、という点についてです。
当初僕は「紅唇」と「白髪」の対を考えていました。
そして五句目は「麗女紅唇」と考えて、「××白髪」で対になるものを考えました。
「白髪」には「しらが頭」という意味と、「しらが頭の老人」という意味がありますので、
「××」には人を表す言葉を入れてしまうと、「白髪」の中の人間の意味と
ぶつかりますので、「仮住まい」という意味の「寓居」を使うことにしました。
さらに平仄(ひょうそく)の関係から、「白髪」を「黄髪(こうはつ: 髪が衰えて
色つやのなくなった老人)」に替えて、「寓居黄髪」とすることにしました。
しかし改めて指摘を受けることで、ここら辺の曖昧さを解消するために、
思い切って推敲をしてみようと思いました。そして以下のようになりました。
(五)麗 女 唇 紅 含 笑 臉 麗女の唇紅にして 笑臉を含み
(六)病 夫 頭 白 展 愁 眉 病夫の頭白きも 愁眉を展ぶ
「白髪」の中にある人間の意味をなくすために、ひっくり返して「髪白」とし、
それに合わせて「紅唇」を「唇紅(くちびる くれない)」としました。
そして「寓居」を「病夫」とした関係から、平仄の問題を解消するために、
「髪白」を「頭白(頭(かしら)白き)」にして、
「病 夫 頭 白 病夫(びょうふ)の頭(かしら)白きも」としました。
ついでに、「臉笑」と「愁眉」で、言葉の並びを「修飾 - 被修飾」
の順番にしてよりよい対句にするために、
「臉笑」をひっくり返して「笑臉」としました。
これで「笑(わらう)臉(かお)」「愁(うれえる)眉(まゆ)」
となって、「修飾 - 被修飾」の順番にしました。
この推敲によって、そのご指摘を下さった韓国の方は非常に納得をされまして、
さらにこの顛末を師匠に報告したところ、僕の推敲は正しいと言って下さったので、
ようやく安心することが出来ました。
この間、ツイッターでその韓国の方と英語で延々やりとりをしていたことによって、
皆さんのブログへの訪問が遅れています事をお詫びいたします。
今回の推敲は、僕にとってとても勉強になりました。今は本当に嬉しいです。
追伸:
推敲をしたとは言っても前回と同じ漢詩ですので、
同じ漢詩でコメントを頂くのはとても恐縮しますので、
今回はコメント欄を外すことにしました。
次回の漢詩からはまたきちんとコメント欄を設けることにします。
次回の漢詩はかなり意味不明なものであることをあらかじめお詫びしておきます。
薔薇の写真は少し替えました。
薔薇(バラ)の写真は、以下のサイトのフリー素材を利用いたしました。
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http://pro.foto.ne.jp/
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