玄齋詩歌日誌

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故宮の交泰殿
(Photo by (c)Tomo.Yun)
 
 
 
 
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   偶成  玄齋 (入聲十一陌韻)
 
 自 欲 晴 憂 悶,

 病 夫 作 詞 客。

 幾 篇 披 卷 讀,

 寸 陰 掲 檠 惜。

 求 理 朱 子 注,

 覓 句 陶 令 宅。

 詠 詩 愛 桃 李,

 立 志 擬 松 柏。

 新 句 窺 清 境,

 待 望 聊 自 適。

 如 何 抱 孤 愁,

 流 涕 此 熏 夕。
 

  ●

 戀 戀 男 女 情,

 非 所 學 孔 釋。

 愛 讀 長 恨 歌,

 其 情 看 夙 昔。

 帝 王 怠 朝 務,

 楊 妃 承 恩 沢。

 愛 人 如 此 深,

 叛 乱 因 失 策。

 馬 上 失 蛾 眉,

 腸 斷 生 死 隔。

 懷 人 自 失 時,

 形 骸 離 魂 魄。
 

  ●

 迂 儒 傾 懷 抱,

 佳 人 遺 涙 跡。

 語 愛 病 苦 中,

 切 願 煉 丹 液。

 扶 桑 分 南 北,

 寄 信 如 咫 尺。
 
 常 要 恐 失 言,

 復 難 明 潔 白。

 白 圭 唱 三 復,

 有 過 宜 自 責。
 
 
書き下し文:

  偶成  玄齋 (入声十一陌韻)
 
 自ら憂悶を晴らさんと欲し

 病夫 詞客と作る

 幾篇か 巻を披きて読み

 寸陰 檠を掲げて惜しむ

 理を朱子の注に求め

 句を陶令の宅に覓む

 詩を詠じて桃李を愛し

 志を立つること松柏に擬う

 新句 清境を窺い

 聊か自適せんことを待望す

 如何なるか孤愁を抱きて

 此の熏夕に流涕するとは
 

  ●

 恋々たる男女の情

 孔釈に学ぶ所に非ず

 長恨歌を愛読すれば

 其の情 夙昔に看る

 帝王 朝務を怠り

 楊妃 恩沢を承く

 人を愛すること此の如くに深きも

 叛乱は失策に因る

 馬上に蛾眉を失い

 生死の隔つるに腸断す

 人を懐うて自失の時

 形骸 魂魄を離る
 

  ●

 迂儒 懐抱を傾け

 佳人 涙跡を遺す

 愛を病苦の中に語り

 切に丹液を煉らんことを願う

 扶桑を南北に分かつとも

 信を寄すること咫尺の如し

 常に失言を恐るることを要す

 復た潔白を明らかにするは難し

 白圭 唱うること三復

 過ち有らば宜しく自ら責むるべし
 

現代語訳:

 自分で心の憂いを晴らそうと思って、
 病人の私は、詩を作る人になりました。
 
 何冊もの書物を開いて読み、
 机の灯りのロウソクを高く掲げて、少しの時間も惜しんで努力していました。
 
 世の中の道理は儒学の中の朱子学(しゅしがく)を始めた
 南宋の儒学者の朱子(しゅし)の、儒学の本につけた注に求めて、
 
 漢詩の句はかつて県知事をしていた東晋(とうしん)の詩人の
 陶淵明(とうえんめい)の家に求めていました。
 
 詩を口ずさんで桃や李(すもも)を愛し、
 
 自分の志を立てる様子は、冬になっても枯れない
 松や柏(かしわ)の木を見習っていました。
 
 新しい詩句を思い付くと自分の気持ちも
 心が清らかになるような境地をのぞき見て、
 
 なんとなく思うままの気分になることを待ち望んでいました。
 
 でもどうしたことでしょう、ひたすらに一人で憂い悲しんで、
 特にこの夕方の時期に涙を流して泣いていたのです。
 
 
 ●
 
 そもそも、思いこがれる男女の気持ちというものは、
 
 儒学を始めた孔子(こうし)や釈迦(しゃか)に
 道理を学べるところではないのです。
 
 唐の時代の詩人、白楽天(はくらくてん)の長編の詩の、
 唐の皇帝の玄宗(げんそう)と楊貴妃(ようきひ)の愛を綴った
 「長恨歌(ちょうごんか)」を愛読していけば、
 
 そんな男女の気持ちを、昔のお話の中に見ることができるのです。
 
 皇帝の玄宗は、自分の朝廷の仕事を怠るほどに、
 楊貴妃は皇帝の寵愛を受けていました。
 
 玄宗が楊貴妃を愛する気持ちはこれほどまでに深いものなのに
 失策によって、国内に反乱が起きてしまいました。
 
 玄宗たちはそこから避難する馬に乗った上で、
 部下たちが今回の反乱の責任を楊貴妃にかぶせてしまい、
 部下たちが楊貴妃を処刑して、細い眉の美人である
 彼女を失ってしまいました。
 
 玄宗は楊貴妃と死に別れてしまったことに
 腸(はらわた)がちぎれるほどの悲しみを感じていました。
 
 玄宗は愛する楊貴妃のことを想ってぼんやりとしているときに、
 自分の体から魂が離れていくような気持ちを味わいました。
 
 
 ●
 
 世事に疎い学者の私が、自分の気持ちを打ち明けるときには、
 美しい女の人が涙の跡を残す有様でした。
 
 病苦の中で愛を語るときには、
 切実に不老不死の薬を作ろうと願うほどでした。
 
 中国の東にある島(日本)の南北にお互いが離れていても、
 手紙を送る様子は、お互いがごく近くにいるのと同じようでした。
 
 このとき、常に気をつけなければならないのは失言です。
 失言の後では、潔白をはっきりさせるのは難しいのですから。
 
 ですから、昔の詩である詩経(しきょう)のなかの
 白圭(はっけい)という詩の中の、
 「白い宝玉は傷があっても磨けば良いですが、
 言葉の傷、つまり失
言は、取り返しがつかないのです」
 という部分を何度も読んで、間違いの無いように気をつけて、
 
 それでも万一、間違いを起こしてしまったら、
 きちんと自分の間違いを責めて、反省をしようと思います。
 
 
語注:

 ※憂悶(ゆうもん): 心配して苦しむことです。
 
 ※病夫(びょうふ): 病気の男の人です。
 
 ※詞客(しかく): 詩を作る人のことです。
 
 ※披(ひら く): 書物を開くことです。
 
 ※寸陰(すんいん): 少しの時間のことです。「寸陰を惜しむ」で、
   少しの時間も惜しんで努力することを意味します。
 
 ※檠(けい): 灯りのロウソクの台のことです。
   現代で言えば電気スタンドでしょうか。
 
 ※朱子(しゅし): 朱子学を始めた南宋の儒学者の朱熹(しゅき)のことです。
   彼が註釈(ちゅうしゃく)を施した儒学の書物のうちの、
   四書(ししょ)、つまり『論語』『孟子』『大学』『中庸』に
   註釈を付けた『四書集注(ししょしゅうちゅう)』は、元の時代以降は
   官吏登用試験の科挙(かきょ)の教科書として広く読まれていました。
 
 ※陶令(とうれい): 東晋(とうしん)の時代の詩人の
   陶淵明(とうえんめい)のことです。
   今の江西省北東部にある彭沢(ほうたく)で
   県令(けんれい: 県知事のことです)をしていたことからそういわれます。
 
 ※桃李(とうり): 桃と李(すもも)のことです。
 
 ※松柏(しょうはく): 松と柏(かしわ)の木のことです。
   『論語』の子罕第九の篇では、冬になっても枯れないこれらの木を
   たとえて、苦しいときにも態度や節操を変えずに生きる人のことを
   指しています。
   『世説新語』の中の三国志の時代の故事にも、
   「松柏之志」という言葉で出て来ます。
 
 ※擬(なぞら う): 似せる、見習う、という意味です。
 
 ※清境(せいきょう): 心が清らかになる境地のことです。
 
 ※窺(うかが う): のぞき見る、あるいはうかがい知ることです。
 
 ※聊(いささ か): 何となく、何とはなしに、という意味です。
 
 ※自適(じてき): 思うままの生活をして楽しむことです。
 
 ※如何(いか に): 「どうして〜か」という意味です。
 
 ※孤愁(こしゅう): ひとりでうれい悲しむことです。
 
 ※熏夕(くんせき): 夕方のことです。
 
 ※流涕(りゅうてい): 涙を流すことです。
 
 ※恋々(れんれん): 思いこがれることです。
 
 ※孔釈(こうしゃく): 孔子(こうし)と釈迦(しゃか)のことです。
 
 ※長恨歌(ちょうごんか)唐の時代の詩人の白居易(はくきょい)が作った
   有名な長編の詩のことで、唐の皇帝の玄宗(げんそう)と
   楊貴妃(ようきひ)の愛をつづったものです。
 
 ※夙昔(しゅくせき): ずっと昔のことです。
 
 ※帝王(ていおう): 皇帝のことです。ここでは玄宗を指します。
 
 ※朝務(ちょうむ): 朝廷の仕事のことです。
 
 ※楊妃(ようひ): 楊貴妃のことです。
 
 ※承(う ける): うけたまわる、つまり相手の意に沿って
   引き受けることです。
 
 ※恩沢(おんたく): 恩恵のことです。ここでは玄宗の寵愛のことです。
   長恨歌の「始是新承恩沢時。  始めて是れ新たに恩沢を承くるの時
   (私訳)このときが、初めて天子(皇帝)の寵愛を受けたときなのです」
   から取っています。
 
 ※如此(かくのごとく): このように、これほどに、という意味です。
 
 ※叛乱(はんらん): むほんを起こして世の中を乱れさせることです。
   ここでは、「安禄山(あんろくざん)の乱」を指して言います。
 
 ※因(よ る): 物事が起こった原因を指す言葉です。
 
 ※失策(しっさく): 国の政策を誤ることです。
 
 ※蛾眉(がび): 蛾の触覚のような細い眉の美人のことです。
 
 ※腸断(ちょうだん): はらわたがちぎれるほどに嘆き悲しむことです。
 
 ※懐(おも う): 思い慕うことです。
 
 ※自失(じしつ): 意外な出来事に驚いてぼんやりすることです。
 
 ※形骸(けいがい): 肉体のことです。
 
 ※魂魄(こんぱく): たましいのことです。
 
 ※迂儒(うじゅ): 世の中のことにうとい学者のことです。
 
 ※懐抱(かいほう): 自分の胸の内、本心のことです。
 
 ※佳人(かじん): 美しい女の人のことです。
 
 ※涙跡(るいせき): 涙の跡のことです。
  
 ※切(せつ に): 切実に、という意味です。
 
 ※煉(ね る): 薬を作ることです。
 
 ※丹液(たんえき): 不老不死の薬のことです。
 
 ※扶桑(ふそう): 中国の東にある島、という意味で、
   日本を指す言葉です。
 
 ※寄信(しんをよせる): 手紙を送ることです。
 
 ※咫尺(しせき): ほんの短い距離のことです。
 
 ※復(ま た): 「再び」という意味です。
 
 ※白圭(はっけい)『論語』先進第十一の篇に、南容(なんよう)という
   孔子の門人がよく口ずさんでいたという詩経(しきょう)の詩の名前です。
   「宝玉の傷は磨けばよいが、言葉の傷、つまり失言は、
   とりかえしがつかない」
   という内容のもので、言葉に慎重になることを説いています。
 
 ※三復(さんぷく): 何度も繰り返すことです。
   「三」は「何度も何度も」という意味です。
 
 ※宜(よろしく〜べし): 「〜するのがよい」という意味です。
 
 ※自責(じせき): 自分で自分の間違いを責めて反省することです。
 
 
解説:
 
 一句が五文字の三十四句にわたる長編の漢詩を作ってみました。
 
 これは「五言古詩一韻到底格(ごごんこしいちいんとうていかく)」
 という漢詩の形式で、一句が五文字で偶数番目の句で韻を踏むという
 規則だけで、長さも一定していないという、ルールの少ない漢詩の
 形式です。 
 
 入院中に作ろうと思っていましたが、
 作っていた途中で平仄を整えると律詩になりそうだと思ったので、
 あの「生きている限りは時間を惜しんで努力する」という
 五言律詩に変わってしまいました。
 
 今回はそんなことのないように、
 普通は韻を踏むのに使わない仄声で韻を踏むことにしました。
 

 失言をしてしまうと、それを取り返すのはとても難しいという故事を引いて、
 言葉にもっと慎重になろうという、自分を戒める内容のものになりました。
 
 人の心をきちんと理解していくために、相手の気持ちをきちんと思いやって、
 それと同時にいろんな事を学んでいこうと思います。
 

 今の持っている全力を出して、この漢詩を作りました。
 これからももっと良い漢詩を作って、
 同時に自分の心も鍛えていこうと思います。

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