|
偶成 玄齋 (入聲十一陌韻)
自 欲 晴 憂 悶,
病 夫 作 詞 客。 幾 篇 披 卷 讀, 寸 陰 掲 檠 惜。 求 理 朱 子 注, 覓 句 陶 令 宅。 詠 詩 愛 桃 李, 立 志 擬 松 柏。 新 句 窺 清 境, 待 望 聊 自 適。 如 何 抱 孤 愁, 流 涕 此 熏 夕。 ● 戀 戀 男 女 情, 非 所 學 孔 釋。 愛 讀 長 恨 歌, 其 情 看 夙 昔。 帝 王 怠 朝 務, 楊 妃 承 恩 沢。 愛 人 如 此 深, 叛 乱 因 失 策。 馬 上 失 蛾 眉, 腸 斷 生 死 隔。 懷 人 自 失 時, 形 骸 離 魂 魄。 ● 迂 儒 傾 懷 抱, 佳 人 遺 涙 跡。 語 愛 病 苦 中, 切 願 煉 丹 液。 扶 桑 分 南 北, 寄 信 如 咫 尺。 常 要 恐 失 言,
復 難 明 潔 白。 白 圭 唱 三 復, 有 過 宜 自 責。 書き下し文:
偶成 玄齋 (入声十一陌韻) 自ら憂悶を晴らさんと欲し
病夫 詞客と作る 幾篇か 巻を披きて読み 寸陰 檠を掲げて惜しむ 理を朱子の注に求め 句を陶令の宅に覓む 詩を詠じて桃李を愛し 志を立つること松柏に擬う 新句 清境を窺い 聊か自適せんことを待望す 如何なるか孤愁を抱きて 此の熏夕に流涕するとは ● 恋々たる男女の情 孔釈に学ぶ所に非ず 長恨歌を愛読すれば 其の情 夙昔に看る 帝王 朝務を怠り 楊妃 恩沢を承く 人を愛すること此の如くに深きも 叛乱は失策に因る 馬上に蛾眉を失い 生死の隔つるに腸断す 人を懐うて自失の時 形骸 魂魄を離る ● 迂儒 懐抱を傾け 佳人 涙跡を遺す 愛を病苦の中に語り 切に丹液を煉らんことを願う 扶桑を南北に分かつとも 信を寄すること咫尺の如し 常に失言を恐るることを要す 復た潔白を明らかにするは難し 白圭 唱うること三復 過ち有らば宜しく自ら責むるべし 現代語訳: 自分で心の憂いを晴らそうと思って、 病人の私は、詩を作る人になりました。 何冊もの書物を開いて読み、
机の灯りのロウソクを高く掲げて、少しの時間も惜しんで努力していました。 世の中の道理は儒学の中の朱子学(しゅしがく)を始めた
南宋の儒学者の朱子(しゅし)の、儒学の本につけた注に求めて、 漢詩の句はかつて県知事をしていた東晋(とうしん)の詩人の
陶淵明(とうえんめい)の家に求めていました。 詩を口ずさんで桃や李(すもも)を愛し、
自分の志を立てる様子は、冬になっても枯れない
松や柏(かしわ)の木を見習っていました。 新しい詩句を思い付くと自分の気持ちも
心が清らかになるような境地をのぞき見て、 なんとなく思うままの気分になることを待ち望んでいました。
でもどうしたことでしょう、ひたすらに一人で憂い悲しんで、
特にこの夕方の時期に涙を流して泣いていたのです。 ●
そもそも、思いこがれる男女の気持ちというものは、
儒学を始めた孔子(こうし)や釈迦(しゃか)に
道理を学べるところではないのです。 唐の時代の詩人、白楽天(はくらくてん)の長編の詩の、
唐の皇帝の玄宗(げんそう)と楊貴妃(ようきひ)の愛を綴った 「長恨歌(ちょうごんか)」を愛読していけば、 そんな男女の気持ちを、昔のお話の中に見ることができるのです。
皇帝の玄宗は、自分の朝廷の仕事を怠るほどに、
楊貴妃は皇帝の寵愛を受けていました。 玄宗が楊貴妃を愛する気持ちはこれほどまでに深いものなのに
失策によって、国内に反乱が起きてしまいました。 玄宗たちはそこから避難する馬に乗った上で、
部下たちが今回の反乱の責任を楊貴妃にかぶせてしまい、 部下たちが楊貴妃を処刑して、細い眉の美人である 彼女を失ってしまいました。 玄宗は楊貴妃と死に別れてしまったことに
腸(はらわた)がちぎれるほどの悲しみを感じていました。 玄宗は愛する楊貴妃のことを想ってぼんやりとしているときに、
自分の体から魂が離れていくような気持ちを味わいました。 ●
世事に疎い学者の私が、自分の気持ちを打ち明けるときには、
美しい女の人が涙の跡を残す有様でした。 病苦の中で愛を語るときには、
切実に不老不死の薬を作ろうと願うほどでした。 中国の東にある島(日本)の南北にお互いが離れていても、
手紙を送る様子は、お互いがごく近くにいるのと同じようでした。 このとき、常に気をつけなければならないのは失言です。
失言の後では、潔白をはっきりさせるのは難しいのですから。 ですから、昔の詩である詩経(しきょう)のなかの
白圭(はっけい)という詩の中の、 「白い宝玉は傷があっても磨けば良いですが、 言葉の傷、つまり失言は、取り返しがつかないのです」 という部分を何度も読んで、間違いの無いように気をつけて、 それでも万一、間違いを起こしてしまったら、
きちんと自分の間違いを責めて、反省をしようと思います。 語注:
※憂悶(ゆうもん): 心配して苦しむことです。 ※病夫(びょうふ): 病気の男の人です。
※詞客(しかく): 詩を作る人のことです。
※披(ひら く): 書物を開くことです。
※寸陰(すんいん): 少しの時間のことです。「寸陰を惜しむ」で、
少しの時間も惜しんで努力することを意味します。 ※檠(けい): 灯りのロウソクの台のことです。
現代で言えば電気スタンドでしょうか。 ※朱子(しゅし): 朱子学を始めた南宋の儒学者の朱熹(しゅき)のことです。
彼が註釈(ちゅうしゃく)を施した儒学の書物のうちの、 四書(ししょ)、つまり『論語』『孟子』『大学』『中庸』に 註釈を付けた『四書集注(ししょしゅうちゅう)』は、元の時代以降は 官吏登用試験の科挙(かきょ)の教科書として広く読まれていました。 ※陶令(とうれい): 東晋(とうしん)の時代の詩人の
陶淵明(とうえんめい)のことです。 今の江西省北東部にある彭沢(ほうたく)で 県令(けんれい: 県知事のことです)をしていたことからそういわれます。 ※桃李(とうり): 桃と李(すもも)のことです。
※松柏(しょうはく): 松と柏(かしわ)の木のことです。
『論語』の子罕第九の篇では、冬になっても枯れないこれらの木を たとえて、苦しいときにも態度や節操を変えずに生きる人のことを
指しています。
『世説新語』の中の三国志の時代の故事にも、 「松柏之志」という言葉で出て来ます。
※擬(なぞら う): 似せる、見習う、という意味です。
※清境(せいきょう): 心が清らかになる境地のことです。
※窺(うかが う): のぞき見る、あるいはうかがい知ることです。
※聊(いささ か): 何となく、何とはなしに、という意味です。
※自適(じてき): 思うままの生活をして楽しむことです。
※如何(いか に): 「どうして〜か」という意味です。
※孤愁(こしゅう): ひとりでうれい悲しむことです。
※熏夕(くんせき): 夕方のことです。
※流涕(りゅうてい): 涙を流すことです。
※恋々(れんれん): 思いこがれることです。
※孔釈(こうしゃく): 孔子(こうし)と釈迦(しゃか)のことです。
※長恨歌(ちょうごんか)唐の時代の詩人の白居易(はくきょい)が作った
有名な長編の詩のことで、唐の皇帝の玄宗(げんそう)と 楊貴妃(ようきひ)の愛をつづったものです。 ※夙昔(しゅくせき): ずっと昔のことです。
※帝王(ていおう): 皇帝のことです。ここでは玄宗を指します。
※朝務(ちょうむ): 朝廷の仕事のことです。
※楊妃(ようひ): 楊貴妃のことです。
※承(う ける): うけたまわる、つまり相手の意に沿って
引き受けることです。
※恩沢(おんたく): 恩恵のことです。ここでは玄宗の寵愛のことです。
長恨歌の「始是新承恩沢時。 始めて是れ新たに恩沢を承くるの時 (私訳)このときが、初めて天子(皇帝)の寵愛を受けたときなのです」 から取っています。 ※如此(かくのごとく): このように、これほどに、という意味です。
※叛乱(はんらん): むほんを起こして世の中を乱れさせることです。
ここでは、「安禄山(あんろくざん)の乱」を指して言います。 ※因(よ る): 物事が起こった原因を指す言葉です。
※失策(しっさく): 国の政策を誤ることです。
※蛾眉(がび): 蛾の触覚のような細い眉の美人のことです。
※腸断(ちょうだん): はらわたがちぎれるほどに嘆き悲しむことです。
※懐(おも う): 思い慕うことです。
※自失(じしつ): 意外な出来事に驚いてぼんやりすることです。
※形骸(けいがい): 肉体のことです。
※魂魄(こんぱく): たましいのことです。
※迂儒(うじゅ): 世の中のことにうとい学者のことです。
※懐抱(かいほう): 自分の胸の内、本心のことです。
※佳人(かじん): 美しい女の人のことです。
※涙跡(るいせき): 涙の跡のことです。
※切(せつ に): 切実に、という意味です。
※煉(ね る): 薬を作ることです。
※丹液(たんえき): 不老不死の薬のことです。
※扶桑(ふそう): 中国の東にある島、という意味で、
日本を指す言葉です。 ※寄信(しんをよせる): 手紙を送ることです。
※咫尺(しせき): ほんの短い距離のことです。
※復(ま た): 「再び」という意味です。
※白圭(はっけい)『論語』先進第十一の篇に、南容(なんよう)という
孔子の門人がよく口ずさんでいたという詩経(しきょう)の詩の名前です。 「宝玉の傷は磨けばよいが、言葉の傷、つまり失言は、 とりかえしがつかない」
という内容のもので、言葉に慎重になることを説いています。 ※三復(さんぷく): 何度も繰り返すことです。
「三」は「何度も何度も」という意味です。
※宜(よろしく〜べし): 「〜するのがよい」という意味です。
※自責(じせき): 自分で自分の間違いを責めて反省することです。
解説:
一句が五文字の三十四句にわたる長編の漢詩を作ってみました。
これは「五言古詩一韻到底格(ごごんこしいちいんとうていかく)」
という漢詩の形式で、一句が五文字で偶数番目の句で韻を踏むという 規則だけで、長さも一定していないという、ルールの少ない漢詩の
形式です。
入院中に作ろうと思っていましたが、
作っていた途中で平仄を整えると律詩になりそうだと思ったので、 あの「生きている限りは時間を惜しんで努力する」という 五言律詩に変わってしまいました。 今回はそんなことのないように、
普通は韻を踏むのに使わない仄声で韻を踏むことにしました。
失言をしてしまうと、それを取り返すのはとても難しいという故事を引いて、 言葉にもっと慎重になろうという、自分を戒める内容のものになりました。
人の心をきちんと理解していくために、相手の気持ちをきちんと思いやって、
それと同時にいろんな事を学んでいこうと思います。
今の持っている全力を出して、この漢詩を作りました。 これからももっと良い漢詩を作って、
同時に自分の心も鍛えていこうと思います。
|
過去の投稿日別表示
[ リスト | 詳細 ]
2011年08月31日
全1ページ
[1]
全1ページ
[1]



