玄齋詩歌日誌

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故宮の塗金青銅獅子像(中国・北京)
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net
 
 
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以下、「嵇康(けいこう)」を「稽康」と表記しています。
これはいろんな環境でもきちんと人名を表示するための措置です。
 
 
竹林の七賢の一人、稽康(けいこう)の漢詩の『憂憤詩(ゆうふんし)』
翻訳のラストの四回目です。ようやく翻訳が完了して嬉しいです。
 
老荘を学ぶ稽康(けいこう)自身の人生を詠みながら、
「幽憤(ゆうふん)」、つまり当時の世の中への人知れぬ
憤りの気持ちを込めた詩です。
 
 
 このページは解説の記事です。コメント欄もこちらに設けてあります。
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事は、以下の記事を見て下さい。
 
 原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事
 
 
 以上のこと、よろしくお願いいたします。
 
 
 
●解説:
 
 
竹林の七賢の一人、稽康(けいこう)の漢詩の『憂憤詩(ゆうふんし)』
の翻訳のラストの四回目です。ようやく翻訳が完了して嬉しいです。
 
 
今回の部分は(当時の)老荘の考えに従って世の中を離れて暮らして
長生きをしていきたい、そんな風な詩句ですね。
単なる情けない話であるようでいて、世の中の関わりのなかで
老荘を理解していく、そういう稽康(けいこう)の姿勢も
感じられる部分でした。
 
 
この詩句の中で、辞書を引いてもわかりにくい言葉があります。
それは「利貞(りてい)」です。
 
(この言葉で忘年会を思い出します。それはもう少し後でわかります)
 
 
この言葉は次の本の冒頭から出てきます。
 
それは儒学の経典の一つで、古代の周の時代から伝わった易の書物の
『周易(しゅうえき)』(または『易経(えききょう)』)のことで、
その中で頻繁に出てくる言葉です。
 
たとえば、卦(け)という占いの結果を示すしるしの
六十四卦(ろくじゅうよんけ)の一番目の
「乾(けん)」の卦の冒頭に、以下のように出てきます。
 
乾、元亨利貞。
「乾(けん)は元亨利貞(げんこうりてい)なり。」
 
「元亨利貞(げんこうりてい)」を辞書で引くと、たいてい、
 
乾、つまり天の四つの徳に相当し、春夏秋冬や
人間の四つの徳目である仁・義・礼・智に相当する、とか、
 
「元(おお)いに亨(とお)りて貞(ただ)しきに利(よろ)し」
と読む、とかそのように書いているわけですが、
これではほとんど意味がわからないのです。
 
そもそも「利(よろ)し」と読むのは、
意味を理解する上ではよろしくないのです。
無理に訓読することで、かえってわからなくなってしまうのです。
 
 
この言葉を説明している文章は、同じく乾(けん)の卦の
『文言伝(ぶんげんでん)』の冒頭に存在します。
 
『文言伝(ぶんげんでん)』は孔子が書いたという伝説のある
易の言葉を解説する十巻の文書の「十翼(じゅうよく)」の一つで、
 
特に天と地を表す重要な二つの卦である「乾(けん)」と「坤(こん)」を
さらに重ねて解説するものです。
 
 
乾の卦の『文言伝』の冒頭は以下のようになっています。
まずは原文と書き下し文を載せます。
 
 
(原文)
 
文言曰:元者善之長也、亨者嘉之会也、利者義之和也、貞者事之乾也。
 
君子体仁足以長人、嘉会足以合礼、利物足以和義、貞固足以乾事。
 
君子行此四徳者、故曰乾元亨利貞。
 
 
(書き下し文)
 
文言(ぶんげん)に曰(いわ)く:
 
元(げん)は善(ぜん)の長(おさ)なり、
亨(こう)は嘉(さいわい)の会(あつ)まりなり、
利(り)は義(ぎ)の和(わ)なり、
貞(てい)は事(こと)の乾(けん)なり。
 
君子(くんし)は仁(じん)を体(たい)して以(もっ)て人に長(ちょう)じ、
嘉(さいわい)に会(あつま)りて以て礼(さい)に合(がっ)するに足(た)り、
物を利(り)して以て義(ぎ)に和(わ)するに足り、
貞固(ていこ)にして以て事(こと)に乾(けん)なるに足る。
 
君子は此(こ)の四徳(しとく)を行(おこな)い、
故(ゆえ)に曰く、乾(けん)は元亨利貞(げんこうりてい)なり。
 
(ここまでが書き下し文です)
 
 
まず、「元(げん)は善(ぜん)の長(おさ)なり、」
 
ここは、注釈では、次のように書いています。
「元は天のすぐれた性質のもととなる実体のことで、
それはあらゆるものを養い育て、その善は大きいものであるけれども、
直接に生命を施すのではなく、生命の中心となるものを施すこと」
 
つまり、元とは、「物事の中心となるものを生み出す天のすぐれた性質」
のことです。
 
「亨(こう)は嘉(さいわい)の会(あつ)まりなり、」
 
ここでは、『嘉』は『美(よい: 良い)』のことで、
天が何者にも邪魔をされることなくあらゆる事をなし遂げることを言い、
物事の良いところが集まってくることを意味します。
 
そこから、亨(こう)は「天があらゆる事をなし遂げること」を意味します。
 
「利(り)は義(ぎ)の和(わ)なり、」
 
ここは、「天があらゆる物事に利益を施して、物事のそれぞれが
ふさわしい状態になってお互いに調和すること」を指しています。
利は、「物事を正しい方向へ向かわせて、周囲と調和すること」です。
 
「貞(てい)は事(こと)の乾(けん)なり。」
 
「事(こと)の乾(けん)」ではよくわからないのですが、
ここでは「乾」は「幹(かん)」のことととらえると理解できます。
 
宋の時代の易の解説書では、「乾」の卦ではなくて
「幹」の卦と書かれていることがありますが、それは誤植ではなくて、
ここの部分をもとにしたものです。
 
今月は忘年会のシーズンですね。「幹事(かんじ)」という言葉は
ここから出ています。幹事は宴会の時のお店の手配や支払いの時の
とりまとめ役のことですね。もともとは「物事を立派になし遂げること」を
指す言葉です。
 
ここから、「幹」とは「幹(みき)」、つまり物事の根幹(こんかん)、
根本となる部分のことです。物事の根本、つまり「道理」を指しています。
 
ここから、貞(てい)は、「物事の根本である道理をしっかりと保って、
物事に対処していくこと」になります。
 
 
あとの方の訳も書いてみますと、
先ほどの原文の訳は次のようになります。
 
 
(現代語訳)
 
『文言伝(ぶんげんでん)』には、以下のように書かれています。
 
「元(げん)は天がすぐれた性質を持って物事の中心となるものを
生み出すもので、
 
亨(こう)はあらゆるものをなし遂げて、良い物事が集まってくることで、
 
利(り)は、物事を正しい方向へ向かわせて、
それぞれを周囲と調和させることで、
 
貞(てい)は、物事の根本である道理をしっかり守って
物事に対処することです。
 
以上より、君子(くんし)、つまり修養の出来た立派な人は、
以下のような四つの徳を行うことができます。
 
(一)君子は仁(じん: 「思いやりの気持ち」の仁ではなく、
老荘の『道』のような意味で使われるもの)を身につけて、
そうして人々の中心となり、
 
そういう君子は
 
(二)物事のよい状態が彼を慕って集まって来るようになり、
 
(三)いろんな物事をよい状態にしてそれぞれを周囲に調和させて、
 
(四)自分の中で物事の道理をしっかり保って、物事に対処するのに
十分なのです。
 
君子がこの四つの徳を行うことができるということ、
それが、「乾(けん)は元亨利貞(げんこうりてい)である」
という意味なのです。
 
(ここまでが現代語訳です)
 
 
このことから、「利貞(りてい)」とは(三)と(四)、つまり、
 
「物事の道理をしっかり保ちながら、いろんな物事を正しい筋道に
従わせて、その物事のそれぞれを周囲の環境と調和させること」
 
を意味するのです。
 
 
これで最後の難関をクリアして、翻訳が終了しました。ひと安心です。
 
 
この詩の全体を通して見ると、この『憂憤詩(ゆうふんし)』は、
稽康(けいこう)の生い立ち、身の上から始まって、
 
老荘の理想の政治を説いてそれと合わない当時の世の中を嘆いて、
それに適合できない自分自身を嘆いて、自然の中でのびのびとしている
雁の群れに憧れて、乱れた世の中を離れ、
老荘の自分の身を養う方法に従って長く生きていきたい、
 
という願望を詠んだものでした。
 
 
今回の詩句に出て来た、
 
「無 馨 無 臭。  馨(かお)ること無く、臭(にお)うこと無からん」
 
(訳)
花の香りのように周囲の注目を引くこともなく、
かといって悪臭のように人の迷惑にならないようにもしたいのです。
 
 
この部分はかなり身につまされるものがあります。
宮沢賢治の「雨ニモマケズ」に近いようにも思いますが、
「雨ニモマケズ」のように人助けに奔走するわけでもないので、
それとは違って、稽康(けいこう)のは単なる
情けない願望のようにも思えます。
 
でもこの詩の中で世の中と接する中で老荘の考え方を理解していく、
そんな稽康(けいこう)の姿勢を垣間見ることで、今後の僕の漢詩にも
活かしていけるのではないかと思いました。
 
今後はこの稽康(けいこう)が老荘の考え方に基づく心身を養う方法を
まとめた『養生論』も訳していこうと思います。
 
 
これからも勉強したいことがどんどん増えてきているのが楽しいです。
来年も健康に気を遣いながら日々きちんと向上していこうと思います。
 
 
これで今年の課題は終わりました。
年越しまでは、年末の大掃除等をしながら、
自由研究として、何かの漢文を訳してみようと思います。
 
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故宮の神寧宮(しんねいきゅう)(中国・北京)
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net
 
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以下、「嵇康(けいこう)」を「稽康」と表記しています。
これはいろんな環境でもきちんと人名を表示するための措置です。
 
 
竹林の七賢の一人、稽康(けいこう)の漢詩の『憂憤詩(ゆうふんし)』の
訳のラストの四回目です。ようやく翻訳が完了して嬉しいです。
 
老荘を学ぶ稽康(けいこう)自身の人生を詠みながら、
「幽憤(ゆうふん)」、つまり当時の世の中への人知れぬ
憤りの気持ちを込めた詩です。
 
 
 このページは原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事です。
 
 解説については以下の記事を見て下さい。
 
 解説の記事
 
 
 コメント欄は解説の記事に設けてあります。
 この点について、ご了承願います。よろしくお願いいたします。
 
 
 
●原文:
 
 
 
 幽憤詩  其の四  (晋) 稽康
 
古 人 有 言, 善 莫 近 名。 奉 時 恭 默, 咎 悔 不 生。
 
萬 石 周 愼, 安 親 保 榮。 世 務 紛 紜, 祗 攪 予 情。
 
安 樂 必 誡, 乃 終 利 貞。 煌 煌 靈 芝, 一 年 三 秀。
 
予 獨 何 爲, 有 志 不 就。 懲 難 思 復, 心 焉 内 疚。
 
庶 勗 將 來, 無 馨 無 臭。 采 薇 山 阿, 散 髪 巖 岫。
 
永 嘯 長 吟, 頤 性 養 壽。
 
 
 
●書き下し文:
 
 
古人(こじん) 言(ものい)うこと有り、善(よ)く名に近づく莫(なか)れと。
 
時を奉(う)けて恭黙(きょうもく)すれば、咎悔(きゅうかい) 生ぜず。
 
万石(ばんせき)は周慎(しゅうしん)し、
親(おや)を安(やす)んじて栄(えい)を保(たも)つ。
 
世務(せいむ) 紛紜(ふんうん)として、
祗(た)だ予(わ)が情を攪(みだ)す。
 
安楽(あんらく) 必ず誡(いまし)め、
乃(すなわ)ち利貞(りてい)に終わらん。
 
煌々(こうこう)たる霊芝(れいし)、
一年(ひととせ) 三(み)たび秀(ひい)ず。
 
予(われ)は独(ひと)り何為(なんす)れぞ、
志(こころざし) 有るも 就(つ)かざるや。
 
難(なん)に懲(こ)りて復(ふたた)びするを思(うれ)い、
心は内に疚(やま)しければなり。
 
庶(こいねが)わくは将来に勗(つと)め、
馨(かお)ること無く 臭(にお)うこと無(な)からん。
 
山阿(さんあ)に薇(わらび)を采(と)り、髪を巌岫(がんしゅう)に散らす。
 
永(なが)く嘯(うそぶ)き長く吟(ぎん)じ、
性を頤(やしな)い寿(じゅ)を養(やしな)わん。
 
 
 
●現代語訳:
 
 
昔の人は、こう言っていました。
「世の中の名誉には近づかない方がよい」と。
 
天の運命に従って、口数を少なくして慎み深くしていると、
咎(とが)めや後悔が生まれることは無いのです。
 
かつて臣下としての最高の地位である三公(さんこう)にいた人々は
あらゆる所に注意を行き届かせて言動を慎重にして
 
さらに父母に孝行をして養って父母を安心させて、
一家の繁栄を保っていたのです。
 
今の世の中でしなければならない物事は複雑に入り組んでいるために、
単に私の心を乱しているだけなのです。
 
のんびりとして楽しむ気持ちは必ず戒めていき、
そうして最後には「利貞(りてい)」、つまり
物事の正しい道理をきちんと守っていくことで、
世の中の正しい筋道に従いながら、
きちんと世の中の状況に合うようになるのです。
 
きらきらと光り輝く霊芝(れいし)というめでたいしるしのキノコは、
一年に三度も伸びて出てくるのです。
 
その一方で、私は一体どうして、
もともとのこうしたいという気持ちはあっても、
行動を開始することがないのかと言いますと、
 
状況の難しさに懲りてしまって、
もう一度過ちを犯してしまうのではないかと心配になって、
心の中で後ろめたく思うからです。
 
願うことならばこれから先は真面目に働いて、
花の香りのように周囲の注目を引くこともなく、
かといって悪臭のように人の迷惑にもならないようにしたいのです。
 
山道の入り組んだところで蕨(わらび)を取って食糧にし、
岩山に住んで髪の毛を振り乱す、そんな生活を送り、
 
声を細く長く出しながら人を恨みながらも慕うような悲しい気持ちを
詩に詠む、そんな自分の身を養う方法を実践しながら、
 
生まれつきに持っているよい性質を養い育てながら、
健康に注意をして長く生きていきたいのです。
 
 
 
●語注:
 
 
※古人(こじん): 昔の人のことです。
 
※奉時(ほうじ、ときをうく): 天が降(くだ)す運命に従うことです。
 
※恭黙(きょうもく): 口数が少なくて慎み深いことです。
 
※咎悔(きゅうかい): とがめと後悔のことです。
 
※万石(ばんせき): 漢の時代の「三公(さんこう)」のことです。
  この官職にある人の給料の大きさから来ています。
 
※三公(さんこう): 臣下の身分での最高の三つの官職のことです。
  漢の時代では、天子(てんし: 皇帝)を輔佐する最高の官職の
  丞相(じょうしょう)、軍事を司る官の長官である大尉(たいい)、
  官吏を監督して取り締まる役所の御史台(ぎょしだい)の長官の
  御史大夫(ぎょしたいふ)の三つです。
 
※周慎(しゅうしん): 注意を行き届かせて慎重にすることです。
 
※安親(あんしん、おやをやすんじる): 父母に孝行をして養い、
  父母を安心させることです。
 
※保栄(ほえい、えいをやすんじる): 家の繁栄を保つことです。
 
※世務(せいむ): 国や社会の現状から、今しなければならない
  任務のことです。
 
※紛紜(ふんうん): 複雑に入り混じっていることです。
 
※安楽(あんらく): のんびりとして楽しむことです。
 
※煌々(こうこう): きらきらと光り輝いていることです。
 
※霊芝(れいし): めでたいしるしのキノコのことです。
 
※何為(なんすれぞ): 「どうして〜なのか」という意味です。
 
※将来(しょうらい): これから先の時のことです。
 
※山阿(さんあ): 山道が曲がって入り込んだところです。
  山の隈(くま)のことです。
 
※巌岫(がんしゅう): 「巌窟(がんくつ)」、つまり岩穴のことです。
 

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