玄齋詩歌日誌

アメーバブログを退会しました。ヤフーブログだけ続けます。よろしくお願いいたします。

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

玄齋のブログへようこそ。
 
新年度もきちんと頑張っていきます。 
 
●最新の更新
 
※儒学の四書五経の一つ、『礼記(らいき)』の一節を訳してみました。
 
 
※学問に志す気持ちを、長い漢詩に詠みました。
 これは五言古詩で、一つの韻で長い句をつなげていくものです。
 前半と後半の記事に分けています。
 
 漢詩「詠志学」(五言古詩・一韻到底格)
 
 前半の記事
 
 後半の記事

 
※美しい人を詩に詠む、という形で、長い漢詩を作りました。
 これも五言古詩で、一つの韻で長い句をつなげていくものです。
 僕の日々の思いを綴ったものでもあります。
 
 漢詩「詠佳人」(五言古詩・一韻到底格)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66550282.html
 
 
※その上記の二つの五言古詩の縦書き画像です。もともとは六十四句の
 さらに長い漢詩でしたが、それを二つの漢詩に分けました。
  
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66547501.html
 
 
※桜の公園を散歩して新しい漢詩を詠む、そんな風景を
 七言絶句の漢詩に詠みました。
 
 漢詩「花園散策」(七言絶句)
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66526411.html
 
 
※『老子』 第九章の翻訳です。
 
 一つめの記事
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66507247.html
 
 二つ目の記事
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66507293.html
 
 三つめの記事
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/66507310.html
 
 
 第八章までの翻訳は、こちらの書庫のページにあります。
 
http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/folder/1819764.html
イメージ 1
地図と林檎
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef
 
 
こんにちは。今日も朝から勉強をしています。
 
儒学の経書(儒学の経典である四書五経)の中に、
「親を三度諫めて聴かなければ泣いて従え」という言葉が
本当にあったのかどうかということで、
 
過去に『論語』を解説していた本の中でどうもそれは
儒学の経書の中には無いのではないかという話をツイッターでしたところ、
 
他の方のご指摘により、この文章は実際に儒学の経書の中に
あるということがわかりました。
 
その一節は、儒学の四書五経の五経の中の、礼法や制度などを
まとめている『礼記(らいき)』の曲礼(きょくらい)下の一節にありました。
 
その一節を以下に訳していきます。
 

(原文)
 
子之事親也、三諫而不聴、則号泣而随之。至親無去、志在感動之。
 

(書き下し文)
 
子の親に事(つか)うるや、三諫(さんかん)して聴かざれば、
則ち号泣(ごうきゅう)して之に随え。
 
至親(ししん)に去ること無くして、志(こころざし)は之を
感動(かんどう)させるに在(あ)り。
 

(現代語訳)
 
子どもが親に仕える際には、何度も諫めて聞くことがなかった時は、
大声で泣き叫んで、そうして親の言うことに従うようにしなさい。

親兄弟などの最も近い肉親のもとを去ることをせずに、
親に強い感銘を与えて、親の気持ちを動かすようにと、
そのように考えて行動しなさい。
 
 
(ここまでが礼記の一節の現代語訳です)
 

さらに、この本文を調べた時に、
『礼記』の文章を解説する、後漢の学者の鄭玄(ていげん)が著して、
さらにそれを唐の学者の孔穎達(くようだつ)が解説した、
『礼記正義(らいきせいぎ)』という書も見つけました。

こちらも訳してみました。以下に訳を示します。
 
 
(原文)
 
父子天然,、理不可逃、雖不従、則当号泣而随之、冀有悟而改之。
 
然『論語』云:「事父母、幾諫」此不云者、以其略耳。
 
『檀弓』云:「事親無犯」相互耳。又云:「事君有犯」故此論其微。
 
『檀弓』言「事親無犯」、此論其犯、亦互言耳。
 
故注云:「至親無去、志在感動之」
 
 
(書き下し文)
 
父子(ふうし)は天然(てんねん)にして、
理(り)として逃(のが)るるべからず、
 
従(したが)わざると雖(いえど)も、
則(すなわ)ち当(まさ)に号泣(ごうきゅう)して
之(これ)に随(したが)いて、
 
悟(さと)ること有(あ)りて之(これ)を改(あらた)むるを
冀(こいねが)うべし。
 
然(しか)るに『論語(ろんご)』に云う、
「父母(ふぼ)に事(つか)うれば、幾(ようや)くに諫(いさ)めよ」と。
 
此(ここ)に云(い)わざるは、
其(そ)の略(りゃく)を以(もっ)てするのみ。
 
『檀弓(だんぐう)』に云う、
「親に事(つか)うるに犯(おか)すこと無し」と。
相互(そうご)なるのみ。
 
又(また)云う、「君(くん)に事(つか)うるに犯(おか)すこと有り」と。
故(ゆえ)に、此(ここ)に其(そ)の微(び)を論(ろん)ず。
 
『檀弓(だんぐう)』に言う、「親に事(つか)うるに犯(おか)すこと無し」とは、
 
此(こ)の其(そ)の犯(おか)すを論(ろん)じ、
亦(ま)た互言(ごげん)なるのみ。
 
故(ゆえ)に注(ちゅう)して云(い)う、
 
「至親(ししん)去ること無くして、志(こころざし)は
 之(これ)を感動(かんどう)させるに在(あ)り」 と。
 

(現代語訳)
 
父と子の関係というのは生まれた時からそうであるのであって、
道理の上ではその事実から逃れることはできません。
 
親を何度も諫めて、たとえ従わなかったとしても、
大声で泣いたうえで親に従って、親がある時にはっと気づいて
自分から改めてくれることを願うようにする方がよいのです。
 
ですから、『論語』 「里仁第二」の篇の
 
「父や母を諫めなければならない時は、性急な激しい言葉で
強く意識させるようなことをせずに、それとなく暗に示すようにして
諫めるようにしなさい」
 
とある、この『論語』の一節で述べていないのは、
この一節では省略して、おおよその所だけを言っているからです。
 
ですから『礼記』の「檀弓(だんぐう)上」の
「親に仕える場合は激しい言葉で相手を改めさせることがない」
という部分は、この本文とお互いを補い合う関係にあるのです。
 
 さらに「檀弓(だんぐう)上」で、
「君主に仕える時は、君主を改めさせるために
激しい言葉を使うことがあります」
とあるのは、
 
君主と親の、道理における微妙な点を論じているのです。
 
ですから、「檀弓(だんぐう)上」の
「親に仕える場合は激しい言葉で相手を改めさせることがないのです」
という部分は、
 
その相手を改めさせるための激しい言葉について論じていて、
これもまたお互いを補い合う関係にある言葉なのです。
 
 
ですから、ここでさらに説明として、
 
「親兄弟などの最も近い肉親のもとを去ることをせずに、
 親に心の衝撃を与えて、親の気持ちを動かすように、
 そのように考えて行動しなさい」
 
とあるのです。
 
 
(ここまでが『礼記正義』の一節の現代語訳です)
 
 
儒学では本来、君臣の関係と親子の関係とは異なっていて、
「主君は三度諫めて、聞かれなければ官職を去って身を退く」
 
という風になっています。主君は激しく諫めることはあっても、
親に対してはそうではない、そういう一節である事も分かりました。
 
 
今回のご指摘を受けて今朝から訳していました。
一連の文章を二時間ほどで探して訳していました。
 
 
こういう事を述べる際には間違いはきちんと正さなければならない
と思っていますので、これでまた僕自身の誤解が解けてとても嬉しいです。
 
これからもしっかりとがんばっていきます。
 

全1ページ

[1]


.

ブログバナー

白川 玄齋
白川 玄齋
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

詩歌関連

写真・画像関連

文学・語学・その他

殿堂入り

自由律俳句

登録されていません

1 2 3 4 5
6 7 8 9 10 11 12
13 14 15 16 17 18 19
20 21 22 23 24 25 26
27 28 29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
CMで話題のふるさと納税サイトさとふる
毎日お礼品ランキング更新中!
2019年のふるさと納税は≪12/31まで≫

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事