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ひょうたん
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef ●原文: 乘舟過賈收水閣收不在見其子三首 其一 (北宋) 蘇軾
愛 酒 陶 元 亮、 能 詩 張 志 和。
青 山 來 水 檻、 白 雨 滿 漁 蓑。
涙 垢 添 丁 面、 貧 低 舉 案 蛾。
不 知 何 所 樂、 竟 夕 獨 酣 歌。
●書き下し文:
題: 「舟に乗りて賈収(こしゅう)の水閣(すいかく)を過りて
収の在らずして其の子を見る 三首 その一」
酒を愛する陶元亮(とうげんりょう)、
詩を能(よ)くする張志和(ちょうしわ)。
青山(せいざん) 水檻(すいかん)に来りて、
白雨(はくう) 漁蓑(ぎょさ)に満つ。
涙は垢(は)じて 添うて面(おもて)に丁(あた)り、
貧は低くして挙げて蛾(が)を案ず。
何の楽しむ所かを知らずして、
竟夕(きょうせき) 独り酣歌(かんか)す。
●現代語訳:
題: 「舟に乗って、賈収(こしゅう)という人が、
水辺の大きな建物の前を過ぎていったのですが、
彼と会うことがなかったけれども彼の娘を見かけた、
その場面を漢詩に詠んでみました」
酒を愛するのは、東晋(とうしん)の時代の詩人である
陶淵明(とうえんめい)で、
詩をうまく詠むのは、唐の時代の詩人である張志和(ちょうしわ)です。
青く木々の茂る山を見ながら、川のほとりの手すりの辺りに来て、
漁師の雨具には、先ほどのにわか雨の雨だれが
びっしりと付いていました。
恥ずかしさに涙を流して、涙が顔に沿って流れていき、
貧しくていやしい状況の中で、民衆が皆、
細長い眉の美しい娘の事を心配している、そんな状況の中で、
何が楽しいのかもわからないほどに楽しい気持ちになって、
ひと晩中、心ゆくまで酒を飲み、楽しく歌を歌っていました。
●語注:
※陶元亮(とうげんりょう): 次の「陶潜」の項を見て下さい。
※陶潜(とうせん): (365?〜427)中国の東晋(とうしん)の
時代の末期の詩人で、現在の江西省九江市にある
潯陽(じんよう)の人です。字(あざな)は淵明(えんめい)、
一説では元亮(げんりょう)とも言われます。
人から靖節(せいせつ)先生や陶靖節(とうせいせつ)と呼ばれ、 五柳(ごりゅう)先生とも自称していました。彭沢(ほうたく)の 県知事ともなりましたが、およそ八十日でやめて、 『帰去来辞(ききょらいのじ)』という詩文を作って、帰郷しました。 それ以後は、自然と酒を愛しながら、畑を耕す生活を送りました。
その詩風は唐代の多くの詩人に大きな影響を与えておりました。 ※張志和(ちょうしわ): (約730〜約810)唐の時代の詩人で、
元々の名前が亀齢(きれい)で、字(あざな)を子同(しどう)、
号を玄真子(げんしんし)と言います。彼の著作に、
老荘系の書物の『玄真子(げんしんし)』があります。
唐の皇帝の粛宗(しゅくそう)が即位した時に、彼の献策があり、
その功績で、天子の護衛の役所の記録を司った
左金吾録事参軍(さきんごろくじさんぐん)の位まで昇り、
天子から「志和(しわ)」の名前を頂いたほどの人ですが、
後々讒言にあって宮廷を去り、隠者として暮らした人です。
※青山(せいざん): 青く樹木の茂る山のことです。
※水檻(すいかん): 池や川などの水のほとりに面している、
「欄干(らんかん)」、つまり「手すり」のことです。
※白雨(はくう): にわか雨のことです。
※漁蓑(ぎょさ): 「みの」、つまり「かや」や「すげ」などを編んで
つくった雨具の、漁師が使うものです。
※垢(はじる): 「恥じる」と同じです。
※丁(あたる): 「当たる」と同じです。
※低(ひくい): 身分が低くいやしいことです。
※蛾(が): 「蛾眉(がび)」蛾の触角のように細長い美人の眉のことです。
ここではそういう眉を持つ美女の娘を指して言います。
※竟夕(きょうせき): ひと晩中、という意味です。
※酣歌(かんか): 心ゆくまで酒を飲んで、快い気持ちで歌うことです。
●解説: 久しぶりに漢詩の翻訳です。今回は涼しい漢詩を訳してみました。
北宋の政治家で詩人である蘇軾(そしょく)が、賈収(こしゅう) という友人と川の近くの宴会用の高い建物でニアミスをして、
その代わりに彼の娘と会った、そういう場面を詠んだ
三首の内の一首目です。
賈収(こしゅう)という人とは蘇軾との漢詩のやりとりが他の場面でも
ある人で、親しい友人なのだと思います。
この一首目は、苦しい中で、二人の隠者である
陶淵明(とうえんめい)と張志和(ちょうしわ)を思い浮かべて、
酒を飲み、歌を歌って楽しもう、そういう詩だと思います。
どういう気持ちで楽しんだかというのが二首目以降の
テーマになりますので、
この一首目を単独で見ると尻切れトンボのようになっています。
その二はこちらに訳しております。
書の中の「楽哉無一事」という句のもとになった
北宋の蘇軾の漢詩を訳してみました
唐の詩人の張志和(ちょうしわ)という人は、
他の人の讒言によって官職を退いたあとは、
ほとんど放浪者のような生活をして、
「四海(しかい)、つまり四方の海に囲まれた
この天下全てが私の家である」
と考えていたそうです。
貧しい気持ちからの苦しみとか、そういう気持ちとは離れた
自由な境地、そういうものを体得していたのではと思います。
この張志和(ちょうしわ)の著作である『玄真子(げんしんし)』の
原文も見つけましたので、これも勉強のために読んでみます。
そして少しでも自由でのびのびとした気持ちを、
僕も養っていこうと思います。
七月末の検査入院など後々の日程なども考えて、
UP を早めにしました。「その三」も早めに UP します。
今日もよろしくお願いいたします。
今日明日でブログ訪問等もきっちりとしていきます。
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おはようございます。冠句の月刊誌『文芸塔』の六月号の入選句です。
いつもの繰り返しになりますが、冠句(かんく)の説明からいたします。
冠句(かんく)は五七五のうち、
最初の五文字の冠題(かんだい)というお題に対して、
付句(つけく)といわれる七五を作るものです。
(一)付句は冠題の説明にならないようにすること
(二)冠題と付句が接続語の「を」や「は」でつながる関係に
ならないようにすること
(三)冠題が季節のものならば付句は季節の言葉を
使わないようにすること
(四)冠題と付句がある程度離れた形で表現されていた方が良い
とされています。
次の五句が入選していました。語注を末尾に付けます。
今回は入選した句に偏りがありますので、 これをもとに入選の傾向を研究しようと思いました。
これからもしっかりとがんばっていきます。
冠句「『文芸塔』平成二十四年六月号入選句」 玄齋 ○冠題「又も雨」 又も雨 南柯(なんか)の夢にBGM
又も雨 近所の声も聞こえない
又も雨 客もなければ暇もなし
○冠題「灯り初(はじ)む」 灯り初む 降誕祭(こうたんさい)のプロローグ
○自由題(冠題も自由に考えられるものです) 先天性 病と愛を受け継いで
※南柯の夢(なんかのゆめ): 、唐の李公左(りこうさ)の小説の
『南柯太守伝(なんかたいしゅでん)』をもとにした、
明の湯顕祖(とうけんそ)という後世の人の作った戯曲の
『南柯記(なんかのき)』より、淳于棼(じゅんうふん)が酔って
槐(えんじゅ)の木の南の枝の下で眠り、夢の中で槐安(かいあん)という
国に行き、その国の長官となって栄華をきわめたが、
夢からさめてみると、それは蟻が作った国にすぎなかったという話です。
『槐安夢(かいあんのゆめ)』とも言います。
※降誕祭(こうたんさい): クリスマスのことです。
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