玄齋詩歌日誌

アメーバブログを退会しました。ヤフーブログだけ続けます。よろしくお願いいたします。

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●感想:

私の医師も言っていたのですが、退院したら残りの人生は健康を保つためにも本当にしたいことのみをして、美味しいものを食べるときも分量をセーブして食べなさいと言っていました。

この離の九三の爻辞とぴったりあっているなと思いました。


私のしたいことは専ら勉強ですが、分量と分野を見直していこうと思います。

ブログやツイッターやフェイスブック、そして友人たちと楽しいひとときを過ごすことも大切だと思っています。

そのためにもこれからもしっかりと療養して少しでも元気になっていきます。


長文にお付き合いいただいて、ありがとうございます。

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●現代語訳:

離の九三は六十四卦の下半分の八卦の離が終わる頃、つまり日が沈み、夕日が輝く頃を指しています。人の人生ですと、死期を悟った時期にあたります。

そんなときには、普段使う器を打ち鳴らして歌うように、普段の生活を楽しんで、自分の身を大切に養いながら、あるがままの環境や状況を受け入れるために、自分がすることを少なくして、できる限り本当に自分のしたいことのみをすることで、残りの人生を心安らかに過ごすことを心がけるようにするのです。そうしなければ、寿命を終えて死が近づくことをただ嘆くことになるでしょう。そうなってしまうと、凶なのです。

伝説では易の解説のために孔子が書いた十巻の書の「十翼(じゅうよく)」のひとつで、六十四卦の卦を説明した卦辞(かじ)と各々の爻を説明した爻辞(こうじ)をさらに解説した「象伝(しょうでん)」では、以下のように説明しています。

「夕日が沈んで輝くような、死期を悟った頃なのですから、どうして長く保つことができるでしょうか。残された時間は少ないのです」

と。


(その九に続く)

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さて、ここで問題は「缶を鼓して歌う」時の心境です。嘆きをどのように克服したのでしょうか。『荘子』では、荘子の奥さんが亡くなったときに瓦を打ち鳴らして歌っており、それを見た友人の恵施(けいし)が訝る場面があります。その時の心境はどうであったのでしょうか。

三国時代の魏の王弼(おうひつ)の解釈は、「生を養い、無為(むい)に過ごす」とあります。「無為(むい)」とは何もしないことでなく、ぴったりとその時々の道理に従って行動するので、他人からは何もしていないように見えることです。この場合の道理とは北宋の程頤(ていい)の解釈では「楽天知命(らくてんちめい)」とあります。

「楽天知命(らくてんちめい)」とは、『易経』の易の哲学を論じた「繋辞伝(けいじでん)」の一節で、天命を知る、つまりその時におかれた環境や状況を受け入れて、その天命の中で心安らかに過ごすことを意味する言葉です。

死期の近づくことをただ嘆かないためには、自分の身を大切に養いながら、あるがままの環境や状況を受け入れるために、自分がすることを少なくして、できる限り本当に自分のしたいことのみをすることで、残りの人生を心安らかに過ごすことができる、ということです。

以上をまとめますと、以下のような現代語訳(意訳)になります。


(その八に続く)
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次に、「象(しょう)に曰(いわ)く」とあります。「象(しょう)」とは、伝説では易の解説のために書いた
十巻の書の「十翼(じゅうよく)」のひとつで、六十四卦の卦を説明した卦辞(かじ)と
各々の爻を説明した爻辞(こうじ)をさらに解説した「象伝(しょうでん)」の一節です。
実際には後世の作とされています。

ちなみに易経の注釈の中で夫子(ふうし: 先生という意味です)と出てきたら、
論語の孔子の言葉でなければ十翼の一節を指します。

「日(ひ)昃(かたむ)くの離(り)」は、先ほど説明しました。夕日が沈む頃の輝きで、
私の死期を悟った頃を指します。

「何(なん)ぞ久(ひさ)しかるべけん哉(や)。」
「久(ひさ)しい」は長く保つことですから、

「どうして(私の命を)長く保つことができるでしょうか」となります。
私の人生の残された時間は少ない、ということです。


(その七に続く)

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本文に戻ります。離の九三は下の八卦の離が終わる頃、日が沈む頃を指しています。ですから「日傾くの麗」なのです。日が沈む頃で、死期を前にしている時期を意味しています。

「缶(ほとぎ)」とは北宋の程頤の注では「常用の器」つまり食器などの普段使う器のことです。「鼓(こ)す」は楽器のように打ち鳴らすことです。直訳としては「普段使う器を打ち鳴らして歌わなければ、」(この部分は後ほど再び解説します。)

「耋(てつ)」は八十歳の老人のことで、この時代では長生きです。ですから「大耋(だいてつ)の嗟(なげ)きあり」は寿命を終えて死が近づくことをただ嘆くことになるでしょう」となります。凶(きょう)は説明しなくてもわかりますね。


(その六に続く)

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