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●原文:
三月十一日即事(追悼東日本大震災一周年)
玄齋 (上平聲十一眞韻)
勿 謂 繁 辭 弔 死 人 訥 言 何 足 慰 傷 神
期 年 壯 者 陳 千 慮 拱 手 病 夫 愁 一 身
忘 世 養 生 非 體 道 苦 躬 憂 國 欲 成 仁
既 知 餘 命 閑 吟 裡 推 察 蒼 氓 追 悼 辰
●書き下し文:
三月十一日即事(追悼東日本大震災一周年)
謂(い)う勿(なか)れ繁辞(はんじ)にて死人を弔(とむら)うと、
訥言(とつげん)は何ぞ傷神(しょうしん)を
慰(なぐさ)むるに足(た)らんや。
期年(きねん)にて壮者(そうしゃ)は千慮(せんりょ)を陳(の)べ、
拱手(しょうしゅ)して病夫(びょうふ)は一身(いっしん)を愁(うれ)う。
世(よ)を忘(わす)れて生を養(やしな)うは
道(みち)を体(たい)するに非(あら)ず、
躬(み)を苦(くる)しみて国を憂(うれ)えて
仁(じん)を成(な)さんと欲(ほっ)す
既に餘命(よめい)を知る閑吟(かんぎん)の裡(うち)、
推(お)して蒼氓(そうぼう)を察(さっ)する追悼(ついとう)の辰(とき)。
●現代語訳:
くどくどしく飾り立てたような言葉で死者を弔うなどと
言ってはいけないのです。
かと言って、巧みとは言えない言葉によって、
どうして悲しみ傷ついた人たちの心を、慰めることができるでしょうか。
この一年が過ぎて、働き盛りな男の人たちはいろんな心配事を
言い尽くすようなひどい状況であるのに、
病気にかかった一人の男(私)は、何もすることができずに
自分の身を心配するのが精一杯というありさまなのです。
世の中を離れて、自分の健康だけを考えて療養するというのは、
決して世の中の道理を行うことにならないのです。
自分の身が苦しんでいる中で、今の国のありさまを心配して、
「仁徳(じんとく)」、つまり人をいつくしむ徳を、
今でもなし遂げたいと思っているのです。
すでに私自身の残りの寿命を知って、静かにゆったりと
詩句を口ずさむ中で、
多くの国民のことを推しはかって知る、
そんな追悼の時を迎えていました。
●語注:
※勿謂(いうなかれ): 「〜と言ってはならない」という意味です。
※繁辞(はんじ): くどくどしく飾り立てた表現のことです。
※訥言(とつげん): 巧みでない言葉遣い。
※傷神(しょうしん): 悲しみ傷ついた心のことです。
※期年(きねん): 丸一年が経つことです。
※壮者(そうしゃ): 働き盛りの男の人のことです。
※生者(せいじゃ): 生きている人たちのことです。
※千慮(せんりょ): ここでは、「いろいろな心配事を思うままに言い尽くす」
という意味です。
※拱手(きょうしゅ、てをこまねく): 手をこまねいて何もできないことです。
※病夫(びょうふ): 病気にかかっている男のことです。
僕自身を指しています。
※一身(いっしん): 自分一人の身体のことです。
※養生(ようじょう): 健康に注意して身体を養うことです。
※体道(たいどう、みちをたいする): 世の中の正しい道理を行うことです。
※苦躬(くきゅう、みをくるしめる): 自分の身が苦しくなることです。
※成仁(せいじん、じんをなす): 人をいつくしむ徳(仁徳)をなし遂げる
ことです。 『論語』の衛霊公第十五の篇に出てきます
(以下の解説で述べます)。
※餘命(よめい): これから死ぬまでの寿命のことです。
※閑吟(かんぎん): 静かにゆったりと詩句を口ずさむことです。
※推察(すいさつ、おしてさっする): 推しはかって知ることです。
※蒼氓(そうぼう): 多くの人民のことです。
※追悼(ついとう): 死んだ人をしのんで、その死を悲しむことです。
※辰(とき): 「時(とき)」と同じ意味です。韻の関係で
この字を使っています。
●解説:
昨年の三月十一日の東日本大震災のときを思い出して作った漢詩です。
僕自身も改めてきちんと哀悼の意を捧げたいと思います。
この漢詩は七言律詩(しちごんりっし)で作っています。
七言律詩は七文字の句が八つで構成されていて、
発音のルールである平仄を守ることの上に、
三句目&四句目、五句目&六句目が
対句(ついく)という語呂合わせの句になっていないと いけないというものです。
大変ルールの厳しいものですが、昨年から作ることができてきています。
その最初の七言律詩は、これも震災を詠んだものです。
震災をきっかけに七言律詩を作ることができました。 「即事(そくじ)」とは、その場の出来事や景色をうたった詩のことです。
ちょうどその頃、僕は入院しておりまして、体調が思わしくなくて
退院予定が何度も延期される、そんな時期でした。
そして震災の時間には、ベッドの上で読書をしていると、
大きく横に揺れて、窓際のブラインドが何度も壁に当たって
大きな音を立てていました。あまりに大きな揺れでしたので、
その時は地震であることも分からなかったくらいでした。
自分の身を修めるということと、世の中のために働くということ、
これが一続きのことである、あるいは自分の身を修めていって、
その結果、世の中のために働けるようになる、ということが、
儒学の四書の『大学(だいがく)』に述べられている、
八条目(はちじょうもく)と呼ばれる八つの言葉、
格物(かくぶつ)・致知(ちち)・誠意(せいい)・正心(せいしん)・
修身(しゅうしん)・斉家(せいか)・治国(ちこく)・平天下(へいてんか)
の意味です。
『荘子』の中で天下のことよりも自分の身を大切にすることを
先にせよという仙人の広成子(こうせいし)が古代の帝王の
黄帝(こうてい)に語った話も、同じようにとらえています。
これは我が身だけを大切にして生きていきなさいということではなくて、
自分の身の中に起こる悲しみ、苦しみをもとにして、
周囲の人や国や世界のことを考えていきなさいと言っていると、
そういう風に理解しています。
五句目六句目は、『論語』の衛霊公(えいのれいこう)第十五の篇を
踏まえての表現です。この一節はとても誤解が多いです。
以下に原文と書き下し文と訳を示します。
(論語の原文)
子曰:「志士仁人、無求生以害仁、有殺身以成仁。」
(論語の書き下し文)
子(し)の曰(のたま)わく、
「志士(しし)仁人(じんじん)は、
生(せい)を求めて以(もっ)て仁(じん)を害(がい)すること無く、
身(み)を殺(ころ)して以て仁を成(な)すこと有り。」と。 (論語の現代語訳)
志を持った人や「仁徳(じんとく)」つまり人をいつくしむ徳を
なし遂げようと思っている人たちは、
生きようという気持ちから人への慈しみを忘れることはなく、
逆に自分の身を粉にして働くことで、
人への慈しみの徳をなし遂げようとするのです。
(ここまでが論語の現代語訳です)
「身を殺す」というのが神風特攻隊やバンザイ突撃のように
自分の身をむやみに犠牲にする意味で解釈をしてしまう人が
多いのですが、朱子の註釈では、このような偽りごとを否定しています。
徳の高い人が本当に自分の命をむやみに落として、
しかもそれが何の役にも立たないとすれば、
それを仁徳とは決して言えないと、そのように述べています。
実際の道理に従う必要があるのだと、強調しています。
同じ事が『孫子』の九地篇の一節にも出てきます。
将軍が他の兵士たちに内緒で敵地の奥深くへ入り込み、
ある時に「今は敵軍のまっただ中で、引き返すこともできない状況だ。
もはや目の前の敵軍に襲いかかって、そうして活路を見いだすしかない」
とのべて、兵士たちに死の覚悟をさせて敵へ突き進む、
こうして士気の上がった軍隊によって勝利を収める、
そういう内容なのですが、一点だけ気をつけないと致命的です。
それを曹操が、この『孫子』の註釈の中で述べているのです。
(曹操の註釈の原文)
必殊死戦、或在死亡之地、亦有敗者。
孫臏曰:「兵恐不投之死地也」。
(曹操の註釈の書き下し文)
必ず死戦(しせん)とは殊(こと)なり、
或(ある)いは死亡(しぼう)の地に在(あ)れば、
亦(ま)た敗(やぶ)るる有(あ)り。
孫臏(そんぴん)の曰(いわ)く、
「兵は之を死地に投ぜずに恐るるなり」と。
(曹操の註釈の現代語訳(意訳))
死地に向かう戦いでは決してありません。
もし本当に死地に兵士たちを向かわせれば、
ただ負けいくさになるだけなのです。(ただの犬死にです)
『孫子』の作者とされている(思われている)
孫臏(そんぴん)は、以下のように述べています。
「兵士を死地に投入することをせずに恐れさせるのです」と。
つまり将軍の頭の中にきちんとした勝算があった上で、
本当は勝ちいくさなのにわざと兵士たちに死地といつわることで、
彼らの決死の覚悟を引き出そうということが、
この一節の本来の意味なのです。
(ここまでが曹操の註釈の現代語訳(意訳)です)
「命を捨てて云々」などという偽りごとでなく、
本当にきちんと相手のためになることを、
これからもしていきたいなと、そういう気持ちを、
震災から一年経った今、さらに強く思いました。
病気に対してきちんと療養をして、
できるだけ長生きができるようにしながらも、
僕が世の中のために本当にできることは何か、
それをきちんと考えて努力を続けていこうと思います。
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