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大原美術館(岡山県倉敷市)
Photo by (c) Tomo.Yun
個性とは何か、以前から考えていたことを
ツイッターにツイートしたものを以下のように編集しております。
人と違うことを考えるということはそれほどないのだと思います。
極端なことをいえば、「自分の欲望のために人を殺していい」
という考えの人は社会では生きられないわけです。
こういう人を取り締まるための法があり、警察組織があるわけです。
人と違うことを考えようとすると、こういう極端なことになりかねないのです。
もしこういう所で甚だしい違いがあれば、社会が成り立たないわけです。
しかし今は個性を発揮させなければ国の行く末も危うい時代なのです。
考えで人と人との間に違いがなければ、
どこに注目していけばいいかと言いますと、
「人の考えは似通っていても、人生それ自体は一卵性双生児でも異なる」
という所です。
一卵性の双生児であって、小学校で席は隣どうしだとしても
見ている景色は少し異なり、どちらかだけが病気になるという時もある、
そんな些細な相異が積み重なっていく内に、
違う相手を配偶者に選び、全く違う人生を経た後に最期を迎えるのです。
つまり自分の人生を丹念に見つめ、きちんと過ごしていくこと、
この部分を創作に活かすことを「個性」と言うのだと、そう思っています。
『論語』に出てくる弟子たちは一人一人異なり、
その中でも好対称なのが子貢(しこう)と顔回(がんかい)です。
子貢は弁舌が巧みで相場を読み取ってお金儲けをすることも得意です。
そんな彼が孔子や一門を食わせているようなものだったのです。
それでいて孔子は病弱で風采の上がらない顔回を勉強好きと称し、
子貢が「私はとても顔回にはかないません」と言うと、
孔子は「そうだろう。私もかなわないのだ」という答えを聞いて、
子貢は内心、それは違うだろうと思っていたと思います。
ここまで全く違う弟子たちが同じ一門で学んでいるのは、
孔子の仁徳などというものだけではなく、
その学問自体に、弟子たちが窮屈しない部分、
個性を養う部分があるからだと思っています。
極端に言えば、子貢ほどの商才があれば、
別に孔子など要らないわけです。
それでも孔子のもとを去らないのは、
孔子の学問が彼にとっても役に立つものだからだと考えられます。
一方で、その後の時代の儒学者の弊害を見ますと、
まるで金太郎飴のようにどこを切っても同じ人しか出て来ずに、
言葉は一見立派でも、かたくなに昔の時代を懐かしがって
それを繰り返すだけだったり、
その人の日常を眺めると「本当に理解しているのだろうか」
という疑念を抱かせるような偽善者になっていたりと、
おおよそまっとうな意味での「個性」とは全く違う人たちに
なってしまっているのです。
これは儒学の「昔の言葉を学ぶ」ということが、
単に昔の偉人を顕彰して、彼らが実現した旧秩序こそ正しいのだと、
そう述べて伝えていくことが儒学であるという思い違いから来るのです。
本当の意味での「昔の言葉を学ぶ」とは、
昔の言葉の意味を知るために、
今その人が直面している出来事をもとに、
今の自分にとって昔の言葉がどのような意味を持ってくるのかを考え、
今を生きる人の知恵として活かしていくことなのです。
その自分の人生を見つめ直していく過程の中で養われていくのが、
本当の意味での「個性」だと、そう考えております。
顔回は自分の苦しい病苦と貧しさを堪え忍ぶために、
孔子に学んだことをその苦しみの中で見つめ、
子貢はその学問を商売の過程の人との交渉事や、
他人の気持ちを推しはかるための手がかりに活かしていった、
ということです。
昔の言葉はたったの一つであっても、個々の人生から昔の言葉を眺め、
活かしていく際には星の数ほどの展開があるわけです。
私もさして新しいことを発想できる人間ではないのですが、
昔の言葉を手がかりに、自分の個性を探っていこうと、
そんな気持ちで学んでいきます。
(了)
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2013年04月14日
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