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●原文:
竹裡長嘯 玄齋 (上平声十三元韻)
長 嘯 清 朝 坐 小 軒 讀 書 偏 敲 道 家 門
竹 庭 風 韻 年 來 樂 天 籟 未 知 何 處 存
●書き下し文:
題: 「竹裡(ちくり)長嘯(ちょうしょう)」
長嘯(ちょうしゅう)して清朝(しんちょう) 小軒(しょうけん)に坐(ざ)し
書(しょ)を読(よ)みて偏(ひとえ)に敲(たた)く 道家(どうか)の門(もん)
竹庭(ちくてい)の風韻(ふういん) 年来(ねんらい)の楽(たの)しみ
天籟(てんらい) 未(いま)だ何処(いずこ)に存(そん)するかを知(し)らず
●現代語訳:
題: 「竹林の中で細長く息を吐く、長嘯(ちょうしょう)という
老荘の学派の養生法を行っていた時のことを詠みます。」
快晴で爽やかな朝に、長嘯(ちょうしょう)という
老荘の学派の養生法を行って、自宅の軒下に座り、
本を読んで、常にその老荘の学派、道家(どうか)の門を叩いていました。
ここ数年来、竹林の庭で風の音を楽しむようになってきました。
ですから、「天籟(てんらい)」、自然の音と辞書にある
その言葉の意味が、いろんな音の背後にあって、
まるで一人の神様のような人がそうさせているように思えてくる、
そんな不思議な「道」を示す言葉であるということを、
まだ知らなかったのです。
●語注:
※竹裡(ちくり): 竹林の中、という意味です。
「裡」は「内側、中」という意味です。
※長嘯(ちょうしょう): 声を細長くして出す道家の養生法のことです。
一般には声を長く伸ばして詩を詠むことです。
※清朝(しんちょう): 快晴の早朝のことです。
※小軒(しょうけん): 家の小さな軒先のことです。
※敲(たた)く: 「叩く」と同じです。
※道家(どうか): 老荘の学派、あるいは道教の信者のことです。
私は仏教徒ですので、前者の意味で詠んでいます。
※竹庭(ちくてい): 竹林のある庭のことです。
※風韻(ふういん): 風の音のことです。
※年来(ねんらい): 数年来のことです。
※天籟(てんらい): 「自然の声」等と辞書には載っていますが、
この部分の詳しい内容は、下記に解説しております。
※何処(いずこ): 「どこに」ということです。
●解説:
これは五月の漢詩の会の課題です。竹林の中で安らぐ情景を詠みました。
長嘯(ちょうしょう)とは老荘の学派の養生法のことですが、
一般には細長く息を吐いて詩を詠む、歌う、ということです。
二つ目の意味で詠む方も多いのですが、
私は老子や荘子には慣れ親しんでおりますので、
そちらの意味で詠んでみました。
「天籟(てんらい)」とは辞書では「自然の声」とありますが、
入院中の大晦日に勉強していたところによりますと、
万物のご先祖に「無」というものがあり、
それが一つのものを生み出し、万物に枝分かれして、
あらゆる物事の間に存在しているものを「道」というのです。
風が吹いていろんな音が出て、その元をたどっていくと、
そのように音を奏でる何か、つまり「道」が、
まるで神様のように不思議な働きをして音が出ている
自然にそんな音が出る、
そのことを「天籟(てんらい)」と呼んでいるのです。
なお、この部分を魏の老荘の学者の王弼(おうひつ)の
『易経』の解説を元に説明をしたものが、
一月にアップしております。
こちらにリンクをまとめています。
「『荘子』の中の『天籟』という言葉の意味を調べました。
(入院中の年末年始にしていたことです)」
大晦日にこの言葉の意味が分かって、
入院にもかかわらず大喜びしていました。。。
十年来の疑問でした。体調に気をつけながら勉強をすると、
心身の健康にもいいなと思いました。
これからも自宅療養を続けながら元気に学んでいきます。
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2013年05月21日
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