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かくなれどかくするほどもなかりけりかくなるものをかくいふなかれ 玄齋
(注)「かく」とは「このような、このように」という意味です。
●解説:
次のような文章を、昨日ツイッターで書いていた時に思い付いた一首です。
番号の(1)〜(4)は今回はブログにはアップしないようにしました。
ツイッターには残っております。
(5)自分の身の回りを見わたすと、右とか左とか言う前に、
当事者意識の欠如した発言を時折見かけます。客観性を保つことと
主体性を失うこととを混同しているのではないかと思います。
今は一億総評論家・一億総哲学者です。私もその一億人の一人ですが、
第三者的に語らないように気をつけています。
(6)政治の話というのは普段の仕事や居酒屋の会話では出来るだけ避けるのが
マナーとされています。何かを批判するとその熱烈な支持者が目の前にいた、
そんなことも良くありますので。
意見を表明するのは不利な時もありますが、
悪い結果になっても納得の出来ることもあれば、
(7)「何でこんなくだらないことで喧嘩になってしまったのだろう。。。」
ということもあるわけです。
前者ならまだ気持ちとして楽ですが、後者の場合はなかなか
自分の心の収まりがつかないのです。だからどうするのか、といいますと、
(8)世の中でもてはやされているもので不快に思うことがあっても、
自分の中では興味も関心もない、そして世の中で別に害をなしてもいない、
そんなものはスルーすればいいのです。
テレビに出ていれば黙ってチャンネルを変えるようにしています。
こういうものにも熱烈な支持者がいるからです。一方で、
(9)自分の人生に少しでも関わると思ったものは、
きちんと確かめて調べて意見を表明すればいいのです。
意見を述べるならばコミットする必要があると思います。
コミットは「引き受ける、約束する」等という意味がありますが、
こういうときに使う場合は「自分から積極的に関わる」ということです。
(10)世の中で自分が正しいことを述べていたとしても、
残念ながらそれが直接によい結果につながるわけではないのです。
むしろきちんと正しいことを述べるために準備する必要があります。
真理の輝きを勝利の果実に変えるには、しっかりした備えが必要だということです。
(11)その備えをするのは発言をする一人一人です。
これをきちんとわきまえていれば、何を言っても良いと思います。
興味のないことへの安易な批判を避けつつ、
関心のあることにはきちんと調べ考えて述べ、
その発言に責任を負うということが大切だと、そう思っています。
(12)これが『荘子』の中の「知らざる所を養う」という意味にも通じると思います。
つまり、誰しも知らないことがあることを真摯に反省しながら安易なことを言わず、
関心のあることはどんどん学び、そこから同心円状に
裾野を広げていけばいいのだと、そう思っています。
これからもそんな風に頑張ります。(了)
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短歌
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「夏日述懐」 十二首 玄齋
一、 真夜中の難題ひとつ解くために 澄徹の気を借りたき未明
二、 窓の外 苦瓜のある病棟に わずかに夏を感じていたり
三、 八月の六日九日十五日 忘れるほどの激務と知らず
四、 郷里から送られてくる無花果の 甘さ控えた今年の味覚
五、 答案を白紙で出した八月に C言語だけ学びて過ごす
六、 提出時 白紙のはずの答案に なぜか単位がついていた九月
七、 第一試合 座席まばらな甲子園 日陰の席で四試合見る
八、 大阪の地方大会開会式 いつまで続く入場行進
九、 「もう一球、ぶつけてくるぞ」と野次が飛ぶ 空気の変わる舞洲球場
十、 一日中アルプス席で観戦し 選手の家族と話す毎試合
十一、 甲子園 帰宅途中のラッシュアワー 重なる十三花火大会
十二、 サヨナラで負けた郷里の代表校 一球に泣く投手を眺む
語注: ※澄徹の気(ちょうてつのき): 早朝の澄み切った空気のことです。
※未明(みめい): 夜がまだ明けきらないときのことです。
※C言語(しーげんご): 学生当時に必死に学習した
コンピュータ言語です。当時、他のコンピュータ言語と比べて、
かなり難しかったのを覚えています。
※舞洲球場(まいしまきゅうじょう): 最近にできた埋め立て地の
舞洲(まいしま)にある球場です。高校野球の大阪大会の
予選をする球場の一つです。大阪大会の決勝もこの球場でした。
※十三花火大会(じゅうそうはなびたいかい): 八月の初め頃にある、
淀川での花火大会です。十三(じゅうそう)は阪急電車の 別路線へ乗り換えるときの大きな駅です。 高校野球と時期がずれているので、 もしかすると他の大会を観るために、
甲子園へ行ったのかもしれません。
余談:
夏の思い出と最近のことを短歌に詠んでみました。
今回は半分以上が高校野球です。
中学校の頃から野球観戦をしていました。
今はテレビで観戦するのが好きです。
野球観戦は、子どもの頃からの変わらない趣味の一つです。
一首目は朝早くに起きていろんな問題について考える、
その瞬間のことを思い出していました。
これからも時折は短歌も詠んでいきたいなと思います。
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短歌「夏」 十首 玄齋
一、夏合宿 流星群を仰ぎ見て 世の中のこと語りて止まず
二、夏の月 皎々として眠り得ず 日は沈むとも逃がしてくれぬ
三、炎夏にも心静かな高僧を 冷房の中 賛嘆をする
四、猛暑日を幾日も過ぐ半夏生 半夏称して 夏盛りなり
五、夏蝉の元気に騒ぐ朝六時 声も消えゆく昼の二時過ぎ
六、郷里より来る夏野菜 頬張りて 隣県の受難 噛み締めてみる
七、暑夏の天 テレビに映す甲子園 白球一つ涼やかに舞う
八、夏期講習終わりて向かう自習室 涼を求める受験生たち
九、入院中 一日十首をひねり出す 春夏秋冬 背を向けたまま
十、病床でフロイトを読み昨夏過ぐ 人の心を知りたくなりて
語注:
※炎夏(えんか): 暑い真夏のことです。
※高僧(こうそう): 徳の高い僧侶のことです。
※郷里は両親の郷里の岐阜県です。
※半夏生(はんげしょう): 夏至から十一日目の梅雨明けの時期に
当たる日のことです。太陽暦では、七月二日ごろを指します。
「半夏(はんげ)」とも言います。
※暑夏(しょか): 暑さの厳しい夏のことです。
余談: いつもの漢詩よりは少しでも分かりやすい記事も
時々は作ろうと思いました。
いつも日記代わりに十首は詠んでいますが、
今回は、「夏」の文字の入った短歌を十首詠んでみました。
短歌の題詠というのは難しいなと改めて思いました。
十首あれば、この中に少しでもましなものがあればいいなと思いました。
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機械にも不平不満を当てられる 良くも悪くも人の良さかな 玄齋 |




