玄齋詩歌日誌

アメーバブログを退会しました。ヤフーブログだけ続けます。よろしくお願いいたします。

源氏物語・賢木

[ リスト | 詳細 ]

源氏物語の「賢木」の巻です。
原文を現代語訳して、作中の漢詩や短歌を解説しています。

この巻はすべて訳し終えています。
記事検索
検索

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]

筑波嶺のこのもかのもに蔭はあれど君がみかげにますかげはなし  (古今集 東歌 1095)

見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり   紀貫之(古今集 秋下 297)



解説

源氏が雲林院の寺ごもりから帰ってきた時の場面です。


源氏は天台宗の六十巻に及ぶ教典を読んで、僧たちに解釈の疑わしい部分を答えさせる
というようなことをして、雲林院に滞在していると、

「法師たちの勤行によって、この山寺に、すばらしい光(源氏)が出てこられました」
「御仏の面目が立ちました」

と、身分の低い法師たちまでもが喜び合っていました。源氏はしんみりとして、
世の中のことを考えていたので、京に戻ってしまうことも、きっと辛いことだと
思っていましたが、一人のひと(紫上)のことが気にかかっていて、雲林院に
長く滞在することもできなかったので、最後にこの寺での誦経を、盛大に行わせました。

源氏はその寺にいたすべての、あらゆる身分の僧たちや、その辺りに住む
山賤(やまがつ: 山に住む木こりや漁師などの身分の低い人)たちにまで、
物品を下賜し、そのほか尊いあらゆることを行って、雲林院を後にしました。

源氏を見送ろうとして、こちらにもあちらにも(このもかのもに)、柴を刈るような
身分の低い人(しはぶるい人)たちが、集まってきて、涙を流しながら、源氏を眺めていました。
諒闇(りょうあん: 皇室の服喪。桐壺院の喪に服している時です)中の黒い車に乗って、
藤の喪服を着てやつれている源氏の外見は、いつもより立派に見えることはありませんが、
遠くかすかに見える源氏の姿を、人々はこの世にまたとないものに違いないと、思ったことでしょう。


  (注)「このもかのもに」は、以下の短歌の引用です(一首目)。

   筑波嶺のこのもかのもに蔭はあれど君がみかげにますかげはなし  (古今集 東歌 1095)

   訳: 筑波山のこちらにもあちらにも、木陰ができているけれども、あなたの作った蔭に
    まさる蔭はありません(私はあなたのおかげを被って生きているのです)。

   集まってきた人たちの、源氏への感謝の気持ちを暗示しているのでしょう。


  (注)「しはぶるひ人」は、柴を刈ったり木の葉などを集める、身分の低い人を意味します。
   あるいは、しわの寄った老人のことを指すとも言われています。



源氏は女君(紫上)を見て、ここ何日かの間に、更に成長して美しくなったと思いました。

紫上がとても落ち着いて、

「世の中(男女の仲: 紫上と源氏との仲)は、どうなっていくのでしょう。」

と思っている様子を、源氏はかわいそうにも、愛しくも思い、それと釣り合わない
源氏自身の心が、(藤壺や斎院など、)いろいろと思い乱れていることを、
紫上ははっきりと感じ取ったのでしょうか、紫上の「色かはる」という短歌のような姿も、
源氏はかわいらしく思って、平生より特に、親しく語り合っていました。


  (注)「色かはる」は以前の紫上の返歌です。
   「源氏物語・賢木(さかき)・その玖」の三首目です。
    http://blogs.yahoo.co.jp/syou_gensai/20836292.html


山からの土産物に、折り取ってきた紅葉は、二条の院の自邸のものに比べると、
格段に赤く染まっている様子を、源氏はそのままにしておくのは惜しいと思い、
さらに(藤壺に)恋しく会いたいという気持ちを、みっともないほどに思い起こしたので、
紅葉を単にごく普通に、中宮(藤壺)に届けさせました。そこで王命婦へ手紙を出しました。


「宮様(藤壺)が(東宮の元へ)参内しましたのも、

 『珍しいこと』

 と私は存じております。私もお二方(藤壺と東宮)に会うことは久しくございませんでしたので、
 私は心配な日々を過ごしておりましたが、私がかつて、

 『仏道の修行に励もう』

 と思い立った日数が、

 『(修行を中途で打ち切ってしまっては)不本意なことになるだろう』

 と思いましたので、数日間を雲林院で過ごすことにいたしました。
 そこで紅葉を一人で眺めていましたら、

 『錦暗う(せっかくの美しいものが、もったいない)』

 と思いましたので、紅葉の枝をお送りします。良い折に、宮様(藤壺)にもお見せ下さい」


  (注)「錦暗う」は、注釈では次の短歌で解説をしています(二首目)。

   見る人もなくて散りぬる奥山の紅葉は夜の錦なりけり  紀貫之(古今集 秋下 297)

   訳: 見る人もなく散ってしまった奥深い山の紅葉は、まさしく「夜の錦」だったなあ。


   ここで、「夜の錦」とは、「史記」の項羽本記の以下の一節の引用です。

   「富貴不帰故郷、如衣繍夜行、誰知之者(富貴にして故郷に帰らざるは、繍を衣て
    夜行くが如し、誰かこれを知るものぞ)」

    訳: 「いくら出世しても、故郷に帰らなければ、錦の着物を着て夜に出歩くように、
     祖国の者の誰が知ってくれるだろう」


   「錦の着物を着て夜に出歩く」、つまり、せっかくのものが役に立たないことのたとえです。


という内容のものでした。本当に見事な紅葉の枝でしたので、藤壺も喜んで眺めていましたが、
その枝には、いつものように、ほんの小さなもの(源氏の手紙)が付いていました。
女房たちがそれに気づくと、藤壺は、顔色も青ざめてしまい、

「相変わらず、源氏のこのような心がなくならないのは、なんと嫌なことでしょう。
 人(女房たち)も、『おかしなことだ』と思っていることでしょう」

と、藤壺は嫌な気持ちになって、女房たちに命じて、紅葉の枝を瓶に挿して、
廂の間の柱の周辺に出してしまいました。




ここまでが本文です。
源氏は普段の人々へ示すような配慮も消えて、紅葉の枝の風流も台無しにしてしまう
いつもの習慣が出てしまいました。藤壺に対しては余裕のない態度が出てしまうのは
興味深いところですね。


次回は、源氏は参内して朱雀帝の元へ向かいます。
右大臣の一族の驕り高ぶる様子が見られます。

かけまくは畏けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな   源氏

いにしへのしづのおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな  伊勢物語

取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ  出典未詳

そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらんゆゑ   斎院(朝顔の姫君)



解説

源氏が雲林院で寺ごもりをしている時に、加茂の斎院であった朝顔の姫君に手紙を出す場面です。


雲林院のある紫野から、斎院(朝顔の女王)のいる加茂は、お互いに吹く風も
近いほどの場所にあったので、源氏は斎院にも手紙を出すことにしました。
斎院の女房である中将の君への手紙には、

「私がこのように旅の空にいて、(斎院のことを)思い悩んで、身も心もさまよっていることは、
 (斎院は)理解はしておられないのでしょうね」

などと、斎院への恨み言を綴っていました。斎院の方の手紙には(一首目)、


「かけまくは畏けれどもそのかみの秋思ほゆる木綿襷かな   源氏

 訳: 口に出して言うのは畏れ多いことですが、木綿襷(ゆうだすき)を見ると、
  その当時の秋が自然と思い出されます。


  (注)木綿襷(ゆうだすき)とは、木綿(ゆう: こうぞの樹皮を細く裂いて糸状にしたもの)
   から作った襷のことで、神に仕える者が肩にかけています。そこで短歌ではこれを斎院に
   対比しています。

  (注)「その当時の秋」とは、帚木の章の噂話の中に出てくる、源氏が朝顔の君に、
   朝顔と歌を贈った出来事をさしています。


 私は『昔を今に』などと思うのは取るに足らないと思っています。
 (私たちの仲は)昔に戻ることができると思うからです」


  (注)「昔を今に」は、以下の短歌の引用です(二首目)。

   いにしへのしづのおだまき繰り返し昔を今になすよしもがな  伊勢物語

   訳: 昔の倭文(しづ: 昔の織物)を織る時に苧環(おだまき: 糸玉)を
    たぐり寄せるように、昔を今に戻すことができたらなあ。

   この短歌は、静御前が源頼朝と北条政子の前で詠んだ即興歌、
   「しずやしず しずのおだまき くりかえし 昔を今に なすよしもがな」
   を思い出します。これも、義経との昔の生活を思い出す一節ですね。


  (注)手紙の最後の部分、「とり返されむもののやうに」は、次の短歌の引用です(三首目)。

   取り返すものにもがなや世の中をありしながらのわが身と思はむ  出典未詳

   訳:世の中を取り返すことができると思えたらいいのになあと思うのは、
    昔のままの私の身の上だと思うからなのだろうか。

   「私たちは昔の仲に戻ることができる」という、源氏の未練が表れています。


と、なれなれしい内容の手紙を、浅緑色の唐紙に、榊に木綿(ゆう: 「木綿襷」の注参照)を
付けるなど、神々しく厳かな外見にして、斎院のもとへ送りました。


中将からの返事の手紙は、

「気を紛らわすこともないので、斎院は、折に触れては過ぎ去った昔のことを思い出し、
 物思いに耽って、(源氏の君を)気にかけるご様子も多いのですが、そう思いましても、
 今は(神に仕える身分ですので)どうしようもないことでございます」

と、少し念入りに書いてあって、文章の行数は多くなっていました。

一方、斎院の方は、木綿(ゆう)の一端に(四首目)、


「そのかみやいかがはありし木綿襷心にかけて忍ぶらんゆゑ   斎院(朝顔の姫君)

訳: その昔はどのようなことがあったのでしょうか。あなたが木綿襷(ゆうだすき)を
 気にかけて懐かしんでいるのはなぜでしょうか。


最近の私には思い当たることはありませんが」


と書いてありました。斎院の字は繊細な美しさはないけれども、優雅に書かれている草書は、
風情のあるものでした。

「それ以上に、朝顔自身も更に成長を遂げて美しくなっているのだろうな」

と源氏は想像していたことは、普通ではありません。天の御心はどのようなものか、
考えるのも恐ろしくなります。


「ああ、去年のこの頃であったか、野の宮での悲しい出来事(六条御息所とのわかれ)があったのは」

と、源氏は思い出して、さらに、

「斎院も御息所も、二人との別れは、不思議に似たものを感じる」

などと、源氏の神を恨めしく思う癖は、見るに忍びないものがあります。


源氏が朝顔の姫君をこの上なく思っていれば、婚姻も可能であったであろう長年の日々を、
源氏は暢気に過ごしてしまって、斎院となってしまった今を、後悔しているに違いないと
思われるのも、源氏の奇妙なお心だと思われます。

斎院も、源氏のこのような普通でない心の有様を、見聞きして理解していても、
源氏への時々返す手紙の中では、どうしても疎遠にすることができないように
思われるのは、釣り合いのとれないことだと思います。




ここまでが本文です。本文中に「思います」などがあるのは、紫式部の述懐という形で
書かれているからでしょう。

絶好の機会があったにもかかわらず、それを暢気に過ごしてしまい、
後になっても相変わらずの手紙で気を引こうとする、
これが源氏の失敗のもとであると書かれています。

女性の方は日々変わっているのに、源氏の方はちっとも変わらない、そんな気持ちのずれも感じられます。


次回も矛盾した源氏の姿があります。
様々の配慮を見せつつも、情愛を捨てきれない、そんな場面が続きます。

天の戸を押し明け方の月見れば憂き人しもぞ恋しかりける  読み人知らず(新古今集恋四 1260)

浅茅生の露の宿りに君をおきて四方の嵐ぞしづ心なき   源氏

風吹けば先づぞ乱るる色かはる浅茅が露にかかるささがに   紫上



解説

藤壺が東宮と別れの挨拶をしている時の、源氏の寺ごもりの場面です。


大将の君(源氏)は、藤壺をとても恋しく思っていましたが、

「あのお方(藤壺)がどれほど冷淡なお心であったかを、時々はご自身(藤壺)に
 身にしみて理解させるためにも、こうして(引きこもって)いることにしよう」

と、心の中で願いながら、自邸に引きこもって過ごしていました。
しかし、源氏はみっともない様子になるほどに、無聊を過ごしながら藤壺を想っていました。
そこで気晴らしに、秋の野を見に行くついでに、雲林院(うりんいん)を訪問しました。


  (注)雲林院(うりんいん)は、平安京の北郊の紫野にあった天台宗のお寺です。
   花の名所として知られ、また、菩提講(ぼだいこう: 極楽浄土を求めるための法華経を
   講じ解く法会)で有名です。『古今和歌集』『枕草子』『大鏡』などにもしばしば登場します。
   「うんりんいん」とも言います。


「私の亡き母、御息所(桐壺)の兄上様は、雲林院で律師(りっし: 僧侶の位階の一つ)に
 なっておられるから、そこで経文などを読んで、勤行をすることにしよう」

と、源氏は思いました。

源氏は二・三日雲林院に入っていると、しみじみともの寂しい気持ちになることが多くなりました。
紅葉は次第に全体が色づいてきて、秋の野がとても情緒のある風情になっているのを見て、
源氏は自分の住まいも忘れてしまいそうな気持ちになっていました。源氏は雲林院では、
法師たちの中で学識のあるものたちだけを呼び寄せて、論議をさせて聞くなどしていました。
場所柄からか、ますます世の中の無情を、夜通し思い続けるようになっても、源氏は依然として、

「こんな所に来ても、やはり恨めしいあの人(藤壺)のことが忘れられない」

と思って、藤壺のことを思い出していました。


  (注)この部分の前後、「『憂き人しもぞ』と思し出でらるる。おし明け方の月影に」は、
   次の歌の引用です(一首目)。

   天の戸を押し明け方の月見れば憂き人しもぞ恋しかりける  読み人知らず(新古今集恋四 1260)

   訳: 天の岩戸を押し開けて、明け方の月を見ると、かえって恨めしいあの人のことを
    恋しく思ってしまうものですね。

   「藤壺のことが忘れられない」という源氏の心の投影ですね。


明け方の月明かりの下で、法師たちが、

「閼伽(あか: 仏前に供える神聖な水)をお供えいたします」

と言って、花皿を洗ってからからと鳴らしながら、菊の花や、濃い色や薄い色の紅葉などを
折り取って、乱雑に並べた様子を、源氏はちょっとしたことだと思いましたが、
この僧侶たちは仏道のつとめによって、この世では、退屈をする暇もなく、
後の世(あの世)に対しては、楽しみに思うことができるのだろうと思いました。

さらに、

「一方で、私は全く思うようにならないこの身を、持て余しているものだ」

ということを、源氏は思い続けていました。



その後、律師はとても尊い声で、「念仏衆生摂取不捨(ねんぶつしゅじょうせっしゅふしゃ)」
と声を響かせて、勤行をしていました。


  (注)「念仏衆生摂取不捨(ねんぶつしゅじょうせっしゅふしゃ)」は、
   もとの文は「光明遍照十方世界 念仏衆生摂取不捨」という二句で、

   「阿弥陀仏はその身から八万四千の光明を放って、阿弥陀仏の名を唱える衆生を
    極楽浄土に収め取って捨てることがない」
   
   つまり、念仏を唱える人たちを、阿弥陀仏は受け入れて捨てることがない、という意味です。


その姿を源氏はとてもうらやましく思って、

「私はどうして出家ができないのだろう」

と源氏は考えてみると、第一に、姫君(紫上)のことが気にかかって、思い出してしまうのは、
あまり感心できない心持ちだったのでしょう。普段とは違う寺ごもりの何日間かの中で、
紫上のことを気がかりに思ったので、紫上に手紙を何度も送っていました。


「『私は俗世を離れることができるだろうか』と、試みているところですが、寺の生活は、
 気が紛れるどころか、かえって手持ちぶさたになって寂しさを感じ、心細さだけが
 増してきています。まだ法師たちに尋ねたいことがあるので、ここに留まっています。
 あなたはどのように過ごしていますか」


などと、陸奥紙(みちのくがみ)に、うち解けた様子で書いている手紙さえも、
立派なものでした(二首目)。


  (注)陸奥紙(みちのくがみ)は壇紙(だんし)とも呼ばれ、陸奥で生産された
   上質の和紙のことです。


浅茅生の露の宿りに君をおきて四方の嵐ぞしづ心なき   源氏

訳: 浅茅にかかる露のようにはかない家に君を残しているので、四方から吹く嵐のように、
 私も落ち着いた気持ちにはなれません。


などと、情愛の細やかな手紙を送ると、女君(紫上)も、それを読んで泣きました。
紫上は、返事を白い色紙にしたためました(三首目)。


風吹けば先づぞ乱るる色かはる浅茅が露にかかるささがに   紫上

訳: 風が吹くと、真っ先に乱れて色の変わる浅茅の葉の露に引っかかっている蜘蛛の糸のように、
 変わりやすいあなたのお心を、私は頼りにしているのです。


と書いてありました。

「(紫上の)書いた字は、日々良くなってきているようだな」

と、源氏は独り言を言って、

「美しい字だ」

と思って、ほほえみながら手紙を眺めていました。

二人は何度も手紙を交わしていて、紫上の書いた字は、次第に源氏の書いた字に似てきて、
その上にほんの少し、優美で女性らしいところが加わっていました。

「私は(紫上を)万事について、そう悪くはないように、養育できたものだ」

と、源氏は思っていました。




源氏は、紫上には「うまく養育できたものだ」と余裕のある部分を見せて、
一方で、藤壺には「向こうが反省するまで引きこもってやる」と、風流も吹き飛んで、
全く余裕のない部分を見せるところからすると、源氏が一番愛しているのは
藤壺ということになるのではと思いました。

源氏がそれぞれに全く違う姿を見せているのは興味深いところだと思います。



今回は少し短めにして、約1,000字と見積もっていましたが、約二倍に膨れ上がりました。
それでも、かかった時間はおよそ半分の合計三時間になりましたので、更新の頻度を
早めることができそうです。

源氏物語の更新は週二回を目標にしていきます。

世に経れば憂さこそまされみ吉野の岩のかけ道踏みならしてむ    読み人知らず 古今集雑下 951



解説


源氏と藤壺の塗籠事件の後の、藤壺の心境を表した場面です。


「何の面目があって、(藤壺に)もう一度逢うことができようか。今はあの方(藤壺)が、
 私を気の毒だと身にしみて理解なさるのを待つだけだ」

と源氏は思って、その後、藤壺に手紙を出すこともありませんでした。

それ以来、内裏や東宮に姿を見せることも全くしなくなり、自宅にこもりっきりになり、寝起きをしながら、

「あのお方(藤壺)のお心は、何とも冷淡なものだ」

と源氏はみっともない様子で、恋しく悲しく思い、心や魂がなくなったかのようになり、
病気のように苦しい気分になっていました。源氏は何となく心細い気持ちになって、

「どうしてこの世に生きていると、辛さだけが増してくるのだろうか」


  (注)この科白、「なぞや世に経れば憂さこそまされ」は、以下のうたの引用です。

  世に経れば憂さこそまされみ吉野の岩のかけ道踏みならしてむ   読み人知らず 古今集雑下 951

  訳: この世に生きていると、辛さだけが増してくるので、吉野の岩の険しい山道も、
   踏んで平らになってしまうのだろう。


と思って、出家を思い立っても、この女君(紫上)が、とてもかわいらしい姿で、
愛しい気持ちで源氏を頼みにしていることを思うと、出家して見捨てることは、
難しいとも思っていました。


宮(藤壺: 以下、「藤壺」で統一します)も、前回の事件の影響で、普段の落ち着いた
気持ちには戻っておりませんでした。このように、源氏がわざとらしく引きこもっていて、
こちらを訪問しなくなったことを、王命婦などは、藤壺を気の毒に思っていました。

藤壺も、東宮のためを思って、

「源氏の君がこちらを気にかけてくれないならば、東宮が気の毒です。源氏の君が
 世の中をはかないものと思うようになれば、(源氏は)すっかり出家を思い立つ
 ようになるかもしれない」

と、藤壺は、やはり苦しく思っていたことでしょう。

「かといって、このようなことが今後も続いたとすれば、近頃の、ただでさえうわさ話のひどい
 世間で、源氏との秘密が外部に漏れ出てしまったとすれば、どうなることでしょう。
 大后(皇太后)が、私にはふさわしくないとおっしゃっているこの中宮の位を、退いてしまいましょう」

などと、藤壺は様々なことを考えていました。

さらに桐壺院が生前ご心配をして、並々ならぬご配慮をしていたことを思いだした時も、

「そのような万事のご配慮は、全く行われた様子もなく、権勢とともに移りゆく世の中であるようです。
 かつての戚夫人のような憂き目に遭うことはないとしても、私はきっと世の中の笑いものになって
 しまうことでしょう」


  注: 戚夫人(せきふじん)は漢の高祖劉邦の后の一人で、呂后によって非常に残虐な方法で
   殺されました。


などと、藤壺は世の中を厭わしく、暮らしにくく思って、出家してしまおうということを
決心しましたが、東宮に会う前に、姿を尼に変えてしまうことは、とても悲しい事だと
思ったので、世間にわからないように、こっそりと東宮の元を訪れました。


このような折には、大将の君(源氏)は、特別のことがない普段の時でさえも、
藤壺にお仕えするのが常ですが、今回は病気であることを口実に、藤壺の参内のお見送りにも
姿を見せませんでした。藤壺へのほとんどの人のお見舞いの様子は、いつもと同じものでしたが、

「(源氏の君は)あまりにひどく気が滅入っているのでしょう」

と内情を知る女房たち(特に、王命婦と弁)は、源氏を気の毒に思っていました。


東宮は、この少しの間に、立派に、大人びたように成長していました。

「久しぶりで、嬉しい」

と、東宮は思って、母の藤壺に親しみなつく姿を、藤壺は

「かわいそうで、悲しい」

と思って、東宮を眺めていると、出家を決心することは、とても難しいと思いました。

一方で、御所の様子を見るだけでも、権勢の移り変わりによって、世の中の様子を、
無情ではかないものと感じ取ることができました。皇太后の今までの復讐に燃える
心の内も、面倒なものに感じられて、内裏に遠慮がちに入るのもきまりが悪く、
折に触れて中宮の位にいることが苦しく思われて、今の地位にいることがかえって
東宮を危うくしてしまうと、万事につけて思い悩んで、

「長い間お会いしないうちに、私の顔つきが今までと変わってしまい、見苦しいほどに
 なってしまったならば、あなたはどう思われますか」

と、藤壺が東宮に話しかけると、東宮は藤壺の顔をじっと見つめて、

「式部(しきぶ: 老いた女房)のようにでしょうか。どうして、そのようになりましょうか」

と、東宮は笑いながら言いました。藤壺は、自分の話(と世の中の状況)が理解できない息子を、
かわいそうに思って、

「式部は老いているから醜いのですよ。そうではなくて、髪は式部よりも短くなり、
 黒い衣を着て、宿直に詰めている僧侶のように、私がなってしまうとすれば、
 次にあなたにお会いすることも、ずっと後のことになるのですよ」

と言って、藤壺が泣き出すと、東宮はまじめな顔になって、

「長い間御所に来られないのは、寂しいです。いつまでもお会いしたいです」

と言って、涙がこぼれそうになるのを、

「恥ずかしい」

と思って、藤壺から顔を背けました。東宮の御髪はゆらゆらとして美しく、目元が懐かしそうに
輝いているご様子は、大人びて成長するに従って、ますます源氏の顔を写し取ったように
感じられてきました。御歯が少し朽ちて、黒ずんで見える口に笑みを浮かべる美しいお姿は、
女性の顔かと思われるほどに、すぐれて美しいものでした。

「(東宮が)これほどまでに源氏を思い浮かべるほどに似ていることは、私にはつらく思われます」

と藤壺が思うのは、(源氏との過ちによる)世の中の面倒な噂を、恐ろしく思っているからなのでしょう。




桐壺院も藤壺も、東宮はまだ状況を理解できるほどに成長していない中で、
東宮と別れてしまうことを、大変に心配していたということがよくわかる話ですね。

藤壺のそんな我が子が愛しい、悲しいという気持ちに、しみじみとしてきます。



次回は、その頃の源氏の寺にこもっている場面です。お寺から恋文をしたためる源氏の姿があります。

逢ふことの難きを今日に限らずばいま幾世をか歎きつつ経ん   源氏

長き世の恨みを人に残してもかつは心をあだとしらなん   藤壺




解説


藤壺と源氏の間に起きた事件の話です。


このようなこと(源氏と尚侍の逢瀬)があるときでさえも、源氏と疎遠になって、
薄情な宮(藤壺: 以下、「藤壺」で統一します)のお気持ちを、
源氏は一方では立派だと思いつつも、自分勝手な気持ちから、

「私の心が引きつけられる方のお気持ちとしては、やはり、堪えがたく辛いものだ
 (少しは気にして下さればよいものを)」

と折に触れて思うのでした。


一方で、藤壺は未だに東宮を後見してくれる方がいないことを気がかりに思っていました。
その上、このようなときに頼みにできる人は、源氏以外にはいなかったので、
ただこの大将の君(源氏)を万事において頼りにしていました。

しかし源氏は相変わらず、この憎らしい気持ち(藤壺への懸想)が止まない様子でした。
藤壺は、ややもすれば胸を痛めて、桐壺院が、少しも源氏との関係をご存じでないままであったことを
考えることでさえも、とても恐ろしいことなのに、今また、このようなことが噂になったとすれば、

「私は当然だとしても、東宮のために、(皇太后の悪意で)きっと良くないことが起こるでしょう」

と、藤壺は考えてとても恐ろしくなって、ご祈祷までもさせて、

「これ以上のこと(懸想)を、源氏に思い止まらせなければ」

と思って、あらゆることを行って、源氏の情念から逃れていました。


どのような折にであったのか、源氏は驚くことに、藤壺の寝所へ近づいていきました。
源氏が慎重に企んでいたことで、女房たちも知らなかったので、藤壺は対面を夢のように
思いがけなく思っていました。源氏は(筆者の紫式部が)筆に書き写しがたいほどに言葉巧みに、
藤壺に愛をささやき続けていましたが、藤壺は、とてもこの上なく、源氏につれない態度を取って、
ついには胸の痛みを覚えて苦しみはじめました。藤壺に近くで仕えている命婦や弁などは驚いて、
藤壺のお世話をし始めました。


源氏は、藤壺の気持ちを、

「恨めしく、辛い」

と、この上なく思って、過去も未来も真暗になったような気がして、正気を無くしてしまい、
朝になっても藤壺の寝所を出ることはありませんでした。

藤壺のご病気に驚いて、女房たちは側近くまでやって来て、絶え間なく出入りしているときに、
源氏は意識もないうちに、塗籠(ぬりごめ)に押し込められてしまいました。源氏の衣などを
隠し持ってきた女房も、源氏を恐ろしく思っていました。藤壺は、目の前の有様を
とても辛いと思って、更に気分が悪くなって、苦しそうにしていました。


  塗籠(ぬりごめ): 寝殿造りの母屋のうち、二間四方ほどを壁で塗り込めて、
    明かり窓を付けて、妻戸から出入りする部屋のことです。納戸や寝室に用いていました。
    「押し込めた」というところから、この話の中では納戸に使っていたのでしょう。


藤壺の兄の兵部卿の宮や、中宮大夫などがやってきて、

「僧侶を呼んでこい」

などと騒いでいるのを、源氏は辛い気持ちで聞いていました。

やっとの事で、日が暮れるころには、藤壺の病は快方に向かいました。


「このように、源氏が塗籠の中に居続けている」

ということは、藤壺は思ってもいないことでした。女房たちも、

「(藤壺に)ご心配をかけてはいけない」

と思って、

「このような状況です」

ということは言いませんでした。


昼には藤壺は、御座所(ござしょ: 貴人の昼間の居間)に膝行って出てきて座っていました。
その様子を見て、兄の兵部卿は、

「(藤壺の病状は)大してひどいことはないようだな」

と思って、邸を退出しました。藤壺の周囲は、人が少なくなっていきました。
普段から、近く親しくしている女房の人数は少なかったので、
そこかしこの、物の蔭に女房たちは侍していました。

命婦などは、

「どのように工夫して、源氏の大将を外へお出ししましょうか。このままでは、
 (藤壺は)また今夜もご病気になるかもしれません。そうなってはお気の毒です」

などとひそひそと話していました。


その頃、源氏の君は、塗籠の戸が元々細めに開いているところを、ゆっくりと押し開けて、
屏風の間を伝って、藤壺のいる部屋に入っていきました。源氏はようやく藤壺の顔を
見ることができて嬉しく思い、涙を流しながら藤壺を眺めていました。

「まだとても苦しい。私の命はこのまま尽きてしまうのでしょうか」

と藤壺は言い、外のほうを眺めている横顔は、言い尽くせないほどに、美しいと源氏は思っていました。


女房たちは、

「せめてお果物だけでも(お召し上がりください)」

と言って、果物を入れた箱を置いていきました。その箱のふたなどは、昔を思い出すような風情が
ありましたが、藤壺は箱の中を覗くようなことはせずに、世の中のことをひどく思い悩んでいる風で、
静かに箱を眺めながら、物思いに耽っていました。その様子は、とても可憐に思われるものでした。
髪の具合、頭の形、髪のかかっている様子などはこの上なく美しく、全く西の対の姫君(紫上)と
違うものはありませんでした。源氏はこの頃はそのようなことをあまり気にはしていませんでしたが、

「驚くほどに、(紫上と藤壺が)似ているものだ」

と思って藤壺を眺めていました。少しだけ、藤壺へのかなわぬ片思いを慰める所があるように
思っていました。藤壺の気品があって優れている様子などは、改めて紫上と区別がつかない
くらいだと思っていますが、源氏はそれでも、昔からの思い詰めた恋心からこう思わせるのでしょう。

「(藤壺は)昔よりも格別に、美しくおなりになったものだ」

そんな風に、比べるものがないというように思っていると、心が動揺して、静かに帳台の中へと
伝っていって、藤壺の衣の褄を引き動かしました。源氏とはっきりわかる位に、衣の薫香が
さっと立って、藤壺はすぐに気づいて恐ろしく思い、そのまま倒れてひれ伏してしまいました。

「せめてこちらを振り返って下さい」

と源氏は相手の冷淡さを物足りなく、つらく思って、藤壺を引き寄せようとすると、
藤壺は上の衣を滑らせて脱ぎ捨て、膝行ってその場を立ち退こうとしますが、
知らない間に、藤壺の髪も衣とともに源氏が押さえていました。
藤壺はとてもつらく思って、前世の因縁がどれくらいのものかと、身にしみて思い知らされました。

「何と恐ろしいことでしょう」

と、藤壺は思いました。


源氏の君も、これまで押し殺していた気持ちがすっかり乱れて、正気を失ったようで、
藤壺にいろいろと、泣く泣く恨み言を言っていましたが、

「まったく、(辛くて)気分が悪い」

藤壺はそう思って、返答もしませんでした。ただ一言、

「私は今、気分がすぐれないのです。こんな様子ではない時に、話をしますから」

と源氏に言いましたが、源氏の方は、藤壺を想う尽きることのない気持ちを、
ひたすら言い続けていました。藤壺も、その言葉に対しては、心を動かされるものも
混じっていたのでしょう。源氏との過去の関係は、ないわけではないけれども、
さらにこのような出来事が重なるようなことは、藤壺はとても堪えがたいことだと思い、
昔がしのばれる親しい様子ではありましたが、なんとか言い逃れて、無事に夜が明けていきました。

源氏はなおも藤壺の気持ちに屈したくはないと思いながらも、身分相応の気恥かしさと、
藤壺への決まりの悪さを覚えていたので、

「今となっては、逢瀬はこれだけではありましたが、せめて時々は激しくなる憂いを、
 (お会いすることで)晴らして下さるならば、私は今後、何ら畏れ多いようなことはいたしません」

などと、藤壺の心を油断させるようなことまで言いました。


こうした複雑な関係でなくても、危険な恋愛模様であれば、別れがたい気持ちが重なってくる
ものですが、まして並一通りでない人なので、源氏はそのような気持ちを強く感じていました。

夜はすっかり明けて、王命婦と弁は、源氏にこのままでは大変なことになるなどと言って
帰宅を促しました。藤壺は、半ば魂もなくなったかのような様子になっていて、
源氏は苦しい気持ちになりました。

「『あの男は、まだのうのうと生きている』などとあなたに思われるのを、私は気恥かしく思います。
 それから私がすぐに死んでしまった後で、またこの世への未練を残して魂がさまよい歩くことに
 なるでしょう」

などと藤壺に話す様子は、恐ろしいほどに思い詰めたものでした。


「逢ふことの難きを今日に限らずばいま幾世をか歎きつつ経ん   源氏

訳: 逢うことが難しくなって、あなたを仇と思うことは今日に限ったことではありません。
 今までどれほどの夜を歎きながら過ぎてきたことでしょう。これからは、生まれ変わる来世を
 どれほどか歎いて過ごすことでしょう。


私の思いがどれほどあなたの(往生の)足かせになることでしょう」

と源氏は言いました。藤壺はこの言葉に思わず歎いてこう言いました。



長き世の恨みを人に残してもかつは心をあだとしらなん   藤壺

訳: 私が長い来世の恨みをあなたに残すとしても、一方で、あなたを仇とする人
 (源氏の他の恋人達)の心も知って欲しいものですね。


源氏の言葉を、どうということもない風に取りなした藤壺の様子には、源氏は不満な気持ちを
持ちながらも、長居をすることは藤壺にとっても、自分にとっても不都合になることなので、
源氏は気が進まないながらも、帰っていきました。




源氏の藤壺への強い情念を感じました。
恋におぼれると、人はここまで変わるものなのかと、恐ろしい気持ちになりました。


次の話では、藤壺は源氏との関係に決断を下します。

全5ページ

[1] [2] [3] [4] [5]

[ 前のページ | 次のページ ]


.

ブログバナー

白川 玄齋
白川 玄齋
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

詩歌関連

写真・画像関連

文学・語学・その他

殿堂入り

自由律俳句

登録されていません

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事