玄齋詩歌日誌

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源氏物語・賢木

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源氏物語の「賢木」の巻です。
原文を現代語訳して、作中の漢詩や短歌を解説しています。

この巻はすべて訳し終えています。
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ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに   「伊勢物語」

ちはやぶる神の斎垣も越えぬべし今はわが身の惜しけくもなし    柿本人麿(後拾遺集 恋四)

神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ   六条御息所

少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ   源氏



ちはやぶる神の斎垣を越えもせず 嘆きと共に恋果つるらむ    玄齋

人思う心の中に紛れ込む 恋という字を常に呑み込む   玄齋


解説:

以前のブログで掲載したものを再掲しています。


御息所との別れにつながる場面です。


斎宮(御息所の娘)の伊勢への下向の日が近づいていくごとに、御息所は、もの寂しく不安な
気持ちになっていきました。御息所が並々ならずいとわしく思っていた大殿の君(左大臣の娘:葵上)
が亡くなったのちには、

「そうは言っても(因縁があったにせよ、今度こそ源氏の君と一緒になるのでは)」

と世間の人も噂をしていたので、御息所に仕える人々も、いよいよの事だと期待に胸をふくらませて
いましたが、その後かえって(源氏からの)音沙汰はなくなり、源氏が冷たい態度をとっていることに
御息所は、

「源氏の君は『(御息所は)本当に厭わしい』と思っているのではないでしょうか」

と、すっかり源氏の心中をそのように推測して、源氏への絶ちがたい愛情を
振り切って、ひたすらに伊勢行きの支度を調えていきました。


親が斎宮の伊勢の下向に連れ添うという前例は、特にあるわけではないのですが、
御息所は源氏との関係を清算するために、(斎宮がとても幼くて)見捨てておく事の
できない様子である事にかこつけて、


  (注)原文:「いと、見放ちがたき御有様なるに事つけて」の「見放つ」は、
   「源氏との関係を絶つ」と「幼い斎宮を見捨てる(ことはできない)」という
   二つの意味を想定しています。


「現世を離れて伊勢へ向かい、(源氏の君とも)お別れしよう」

と御息所が思っていることに、源氏の大将は、やはり、

「『今となっては(別れるほかにない)』と御息所が私と別れようとしているのだな」

と、残念に思い、手紙だけは愛情を込めて、幾度となく送っていました。

もう一度逢いたいなどとは、

「今更望むこともできない事」

と御息所も思っていました。

「源氏の君はまだ自分と逢う事を厭わしいという気持ちが残っているだろうけれども、
 私は直に逢ったとすれば、(想いが強くなって)心が乱れることが源氏の君より
 まさっている事に、興ざめしてしまう」

と思って、あえて自分の気持ちを抑えてしまいました。


御息所は、ほんのちょっとした折に、野の宮から六条の邸へ帰っている時もありましたが、
とても人目を忍んでの事なので、源氏は知る事はありませんでした。野の宮は、源氏がたやすく
自分の気持ちに任せて行く事のできるような場所ではなかったので、気にかかりつつも
足は遠くなり、訪問できずに月日が過ぎていきました。


そうした折、院はご不例になられました。ひどい病というご様子ではないものの、
時々苦しみに襲われておりました。源氏は、さらに心の安まる日はなくなりましたが、

「私を恨めしく思いながら、御息所が私を見捨ててしまったままでは気の毒だ。
 それに世間も私を無情な人と思うだろう」

と、源氏は思い立って、野の宮へ御息所を訪問する事にしました。


九月七日になっていたので、

「今日か明日には、(御息所は)もう伊勢へ発ってしまう」

と源氏は思い、御息所の方も、(気ぜわしく)心が落ち着かなくて、

「立ったままの、少しの間でもいいから逢いたいのです」

という、源氏からのたびたび手紙が送られてきても、御息所は、

「一体どうしたらよいものでしょうか」

と思い悩みながらも、逢わないというのも、あまり気が晴れる事ではないので、

「物(几帳や簾)を隔てての対面であれば・・・」

と、御息所は内心では源氏を待っていました。



源氏は嵯峨の町から隔たった野辺に分け入っていくときに、しみじみとした風情を感じていました。
秋の花はすでに衰えて、浅茅(あさぢ:丈の低い茅萱)の生えている野原も枯れた草木が目立ち、
しわがれた虫の鳴き声に、松風の音も加わって、さらに野の宮からどの琴が鳴っているのかと
聞き分けられないように演奏の音のする様子は、とても趣深いものでした。

特に近しい近習たちを前駆けに十余人、そして随身を、物々しい様子にはせずに、目立たせずに
やって来たのですが、特に美しく装っている源氏の姿は、とてもすばらしく見えていたので、
風流好きな供の者たちは場所柄も含めて、感銘を覚えていました。源氏も、

「どうしてこの場所を何度も見に出かける事がなかったのだろう」

と、この場所を通りながら、悔しく思っていました。


野の宮は簡素な小柴垣を外囲いの垣根とした、板葺きの家があちこちに建っていて、
あり合わせの感じをひどくしていました。木の皮がまだついたままの材木で作られた鳥居は、
かえって神々しく思われて、恋人に忍んだ訪問などをしようしている源氏は気がおける様子でした。

神官を務めている男たちは、あちらこちらで、咳をして、お互いに何かを話している様子など、
他の場所とは異なるように見えていました。篝火を焚いた見張り小屋は、微かに明かりに照らされて、
あまり人の気配もなく、ひっそりとしていました。源氏はここで物思いをしている人(御息所)が
世間を離れて長い月日を過ごしていることに同情し、辛い気持ちを覚えました。

源氏は北の対の適当な場所に隠れて、御息所への取り次ぎを申し入れると、歌舞の遊びはすっかり
やんでしまい、女房たちの上品な話し声が、多く聞こえていました。取り次ぎの女房のだれそれが
入れ替わりで来るだけで、御息所本人は逢いに来る様子ではなかったので、

「何とも、気にくわないことだ」

と源氏は思って、

「私がこのように行き来することは、今となっては身分も身分であるのでなかなかできる状況には
 ございません。にもかかわらず私はこうして来ているわけです。そんな気持ちを少しでも
 お酌み取り下さるならば、このように標縄の外で、私を中に入れずに人づてで応対するような
 ことはなさらないで下さい。この気が晴れない状況を、お互いはっきりいたしましょう」

と、源氏が誠実に話すと、女房たちも、

「本当にもっともでございます。私たちも心苦しく存じます」
「源氏の君に辛い思いをさせながら立たせておくのは・・・」
「お気の毒に存じます」

などと、御息所を取りなすように話していました。それに対して御息所は、

「さあ、どうすればよいのでしょう。私はここにいる人たちの人目も憚られ、若い娘が思うように、
 幼い気持ちで、浅はかにも外に出てしまうのは、今となっては気恥ずかしい」

と思い、自分をとても情けなく思っても、源氏を薄情に取り扱うほどには、
強い気持ちを持つことも出来ない、と悲しみ嘆いて、躊躇しながら膝行ってくる様子を、
源氏は奥ゆかしく上品に感じていました。

「ここでは、簀の子(すのこ:ここでは「縁側」の意味)だけはお許し頂けましょうか」

と源氏は言って、縁側に上りました。

鮮やかに光が差し込む夕暮れの月に、源氏の上品に凝らした装いや気品は、他に似ているものが
ないほど立派なものでした。何ヶ月もの間に、積もりに積もったご無沙汰をしていたことなどを、
御息所に次々と話そうとしている様子も、際立って美しい位になり、榊の枝を少しばかり折って
持っていたものを、御簾の中に入れて、

「榊の葉の変わらない色を道しるべにして、『齋垣も越え』てしまったようです。あなたの
 このような扱いは、本当に辛いものですね」


  『齋垣(いがき:神社の周りの垣のことで、玉垣とも言います)も越え』は、
   以下の二つの歌の引用です(一首目・二首目)。

  ちはやぶる神の齋垣も越えぬべし大宮人の見まくほしさに   「伊勢物語」

  訳:猛々しい神の玉垣を、きっと越えてしまうに違いない。大宮人の会いたいという気持ちは
   強いので。

  ちはやぶる神の齋垣も越えぬべし今はわが身の惜しけくもなし    柿本人麿(後拾遺集 恋四)

  訳:猛々しい神の玉垣を、きっと越えてしまうに違いない。今はわが身を惜しいと思うことも
   ないのだから。

  『あなたを思う気持ちが強いので、齋垣の中まで来てしまいました』という源氏の気持ちを
  込めたものだとわかります。


と源氏は言うと、御息所は次のように返事を返しました(三首目)。


神垣はしるしの杉もなきものをいかにまがへて折れる榊ぞ   御息所

訳:この神社の垣は目印の杉もないのに、どうしてそれと間違えて榊の枝を折ることがありましょうか。
(しるしの杉もないのに、どうしてここまで来たのですか?)

  『しるしの杉』とは、奈良の三輪神社や京都伏見の稲荷神社にある杉で、
  参詣人が杉枝を折って持ち帰り、長持ちすれば願い事が叶うとされています(古語辞典より)。


それに対して源氏は次のように歌を返しました(四首目)。

少女子があたりと思へば榊葉の香をなつかしみとめてこそ折れ   源氏

訳:あなたの娘の斎宮のいる辺りを想像していると、(神事に用いる)榊の葉の香に昔を
 思って(あなたを捜し求めて)足が止まったので、その枝を折ったのです。



源氏は思い切って御息所の元へ向かったのですね。
思い切った行動が必要なときがあるという部分に、しみじみとしてしまいます。

次回は御息所との別れの部分です。

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