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●原文
聖夜偶成(二首) 玄齋
其一 (上聲二十二駕韻)
歳 暮 扶 桑 迎 聖 夜、 萬 民 齊 集 幽 燈 下。
雖 憂 災 禍 祈 安 全、 恥 我 一 身 求 慰 藉。
其二 (下平聲一先韻)
偏 養 沈 痾 困 苦 年、 値 君 厚 意 得 奇 縁。
尊 崇 三 聖 雖 相 異、 今 爲 佳 人 欲 敬 虔。
●書き下し文
題:「聖夜偶成(せいやぐうせい)」(二首)
其の一
歳暮(せいぼ)の扶桑(ふそう) 聖夜(せいや)を迎え、
万民(ばんみん) 斉(ひと)しく幽灯(ゆうとう)の下(もと)に集(つど)う。
災禍(さいか)を憂えて安全(あんぜん)を祈ると雖(いえど)も、
我が一身(いっしん)の慰藉(いしゃ)を求(もと)むるを恥(は)ず。
其の二
偏(ひとえ)に沈痾(ちんあ)を養(やしな)う困苦(こんく)の年、
君の厚意(こうい)に値(あ)いて奇縁(きえん)を得たり。
三聖(さんせい)を尊崇(そんすう)すること
相(あ)い異(こと)なると雖(いえど)も、
今は佳人(かじん)の為(ため)に敬虔(けいけん)ならんと欲(ほっ)す。
●現代語訳
題:「クリスマス・イブの日に偶然できた詩です」(二首作りました)
その一
年の暮れの日本は、今夜、聖夜の日を迎えて、
国中の人々が薄暗い灯りの近くにいっせいに集まっていました。
たとえ今年の思いがけない災害を憂い、安全を祈ってはいたとしても、
私は自分の身一つを慰めいたわっている現状を恥ずかしく思うのです。
その二
今年はひたすらに私の長い間の病気を療養する苦しい年でしたが、
当時のあなたの思いやりのある気持ちに出会って、
当時のあなたとの不思議な縁を得ることができました。
たとえ孔子(こうし)・釈迦(しゃか)・キリストの三人の聖人を
敬い尊ぶ度合いがそれぞれ違っていたとしても、
今は当時の美しい人のために敬い慎しむ気持ちになろうとしていた、
(そんな当時の気持ちを詠んでおりました。)
●語注
※聖夜(せいや): クリスマスの前夜、クリスマス・イブのことです。
※偶成(ぐうせい): 偶然に詩ができることです。
※歳暮(せいぼ): 年の暮れ、年末のことです。
※扶桑(ふそう): もともとは中国の東方の島にあるという神木の名前で、
それを産する場所という意味で、「日本(にほん)」を指す言葉です。
※万民(ばんみん) : 国中の人々のことです。
※斉集(せいしゅう、ひとしくつどう): 一箇所に集まることです。
※幽灯(ゆうとう): 薄暗い灯りのことです。
※雖(いえども): 「たとえ〜であっても」という意味です。
※災禍(さいか): 思いがけない災いのことです。
※一身(いっしん): 自分一人を指す言葉です。
※慰藉(いしゃ): なぐさめていたわることです。
※偏(ひとえに): 「ひたすらに」という意味です。
※沈痾(ちんあ): 長い間治らない病気のことです。
※困苦(こんく): 困って悩み苦しむことです。
※厚意(こうい): 親切で思いやりがあることです。
※値(あう): 直接に出会うことです。
※奇縁(きえん): 不思議な縁のことです。
※尊崇(そんすう): 尊びうやまうことです。
※三聖(さんせい): 孔子(こうし)と釈迦(しゃか)とキリストの
三人の聖人のことです。
※佳人(かじん): 美しい人のことです。
※敬虔(けいけん): 敬いつつしむ態度のことです。
●解説
クリスマスの漢詩を詠んでいました。
検索しても以前の僕の漢詩とあと何人かが詠んでいますが、
参考になるような昔のものではないので、
いろんな資料をあたっていました。
歳時記に載っている俳句と英語の歌詞を参考にしてみました。
俳句は新しい俳人のものを参考にしました。
著作権上載せて良いのかはわからないので、
ここには書かないようにします。
英語の歌詞は四曲を参考にしました。
(一)Mariah Carey(マライア・キャリー)の「All I want for Christmas is you」
(邦題は「恋人たちのクリスマス」)
これは明るくてストレートな曲ですね。
「あなたに逢いたい」という気持ちを表した歌詞です。
(二)John Henry Newton(ジョン・ヘンリー・ニュートン)の
「Amazing grace(アメージング・グレイス)」
訳すと、「驚くほどに偉大な神の恩恵」というところですね。
神への信仰のすばらしさを歌った曲ですね。
敬虔な気持ちになるような歌です。
(三)John Lennon(ジョン・レノン)とOno Yoko(オノ・ヨーコ)の
「Happy Christmas(War is over)」
反戦の歌で、遠くの人を思いやるような歌詞ですね。
これはかなり参考になりました。
(四)The Beatles(ザ・ビートルズ)の「Let it be」
訳してみてわかったのですが、とてもキリスト教的な曲ですね。
聖母マリアが語る言葉も感動的ですね。
こういう曲で雰囲気を味わいながら、漢詩を作っていきました。
一首目は聖夜の「夜」で韻を踏もうと思いました。
「夜」は普通の絶句では韻を踏まない仄声(そくせい)の韻です。
(仄声で韻を踏むことを側体(そくたい)と言います)
いろんな言葉を探っていく中で、「なぐさめていたわる」という意味の、
「慰藉(いしゃ)」という言葉が見つかりました。
この言葉を元に、震災を憂い、人々の安全を祈る一方で、
自分の身の上のことばかりを考えている自分自身を反省していました。
とはいえ、自分自身のことがきちんとできていないのに、
世の中のことなど語ってもよいのか、そんな葛藤の中で、
何とか詩句を作っていた、そんな一年に思います。
自分を反省しながらも、きちんとした詩句を作っていきます。
一首目がお堅い漢詩になってしまったので、
二首目はクリスマス・イブにふさわしいものを詠もうと思っていました。
奇縁(きえん)、つまり今年に出会った当時のお相手の方との
不思議な縁をもとに、詩句を考えておりました。
その上で、クリスマスに関する言葉を探しておりました。
「聖」という字をもとに考えていました。
「聖」とつくと、天子(てんし: 皇帝のこと)の名詞がほとんどなので、
天皇陛下や皇室の方々について詠むときに、
「皇」と平仄(ひょうそく)で使い分けるために使っています。
そんな中で見つけたのが、三聖(さんせい)ということばです。
これは「三人の聖人」を表す言葉で、
その三人はいろんなパターンがある中で、
孔子(こうし)・釈迦(しゃか)・キリストの三人のパターンもありました。
この言葉を元に漢詩を考えていくことにしました。
僕は信仰の上ではお釈迦さんですが、
勉強の上ではさらに孔子と老子と、
それに関係する人々を尊敬しています。
あとの宗教の聖人や神様などはまだあまり学んでいません。
そんな状況ですが、たとえ信仰の対象は違っても、
この日に祈る気持ちは同じ、そんな気持ちを考えていました。
僕自身のため、僕の当時のお相手の方や周囲の方々のため、
震災で犠牲になった方々、今なお苦しい生活を送っている
方々のために、今日一日は祈りを捧げていきたいなと思います。
来年は明るい一年になればいいなと願っています。
僕自身もきちんとがんばっていこうと思います。 皆さんも楽しいクリスマスをお過ごし下さいね。
来年は日本にとって、もっともっと明るい年でありますように。
(という、当時の気持ちを詠んでおりました。)
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漢詩
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平成十八年の年末以来、漢詩をずっと作り続けています。
ここには、添削・推敲の済んだものを掲載しています。
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『韓非子(かんぴし)』を読んだ感想を七言絶句にしました。
偶然に二首できました。「其の二」の方に、僕の気持ちを詠んでいます。
一首目は仄声(そくせい)二首目は平声(へいせい)で韻を踏んでいます。 こちらは解説の記事です。『韓非子』についての解説も付けました。
コメント欄もこちらに設けています。
原文・書き下し文・現代語訳・語注については
以下の記事を参照して下さい。
原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事
以上のこと、よろしくお願いいたします。
●解説
僕の高校生の頃からの愛読書の一つ、
『韓非子(かんぴし)』を読んだ感想を詠みました。
以前、『韓非子』の一節の翻訳を解説したときに書いたことを
振り返りながら、解説をしていこうと思います。
韓非子(かんぴし)は秦の始皇帝(しこうてい)が中国を統一する以前の、
戦国時代(せんごく)の弱小国である韓(かん)の国の王族でした。
韓非子は儒学者の荀子(じゅんし)のもとで学び、
同門の兄弟弟子にのちに始皇帝の宰相となった李斯(りし)がいました。
韓非子は時代とともに人間がその素直な本質から離れて
悪賢くなる中で、厳格な法律と信賞必罰の適用によって
国を統治していくという考えの法家(ほうか)の代表者です。
『韓非子』の中には名言や故事がいっぱいあります。
その中に「守株(しゅしゅ)」という言葉があります。
これは昔のことにとらわれて、時代錯誤な対応をするという
言葉です。以下のような話です。
宋(そう)の国の人が、
(モンゴルに滅ぼされた宋の国のことではありません。 これは周(しゅう)〜春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)の時代の 宋の国です) 宋の国の人が切り株に偶然ウサギが転んで、
それでウサギをつかまえることができました。
それに味を占めて、その後、同じようにずっと待ちかまえていても、
決してウサギが転ぶことはなかった、という話です。
「切り株を見守る」、そのままですね。
これは『待ちぼうけ』という日本の歌にもなっているものです。
脱線してしまいますが、なぜこの話に「宋」の国が出てくるかと
いいますと、この宋という国は殷(いん)の国の子孫たちの国です。
周(しゅう)の武王(ぶおう)によって殷の紂王(ちゅうおう)が倒されて、
殷が滅びたのですが、武王はその後間もなく亡くなり、
その混乱の中で管叔(かんしゅく)という武王の叔父が、
この殷の国の民衆を誘って反旗を翻したのです。
それに対抗したのが武王の弟の周公旦(しゅうこうたん)です。
彼は武王の息子の成王(せいおう)を輔佐して管叔(かんしゅく)を
討伐しました。周公旦は孔子が理想としたほどの人物ですから、
それに敵対した殷の国民はさらに厳しい立場になって、
殷の民衆がほかの地域に集められて宋という国になりました。
この宋の国はとても弱い国で、周囲に強国がひしめく中で
何とか国の命を保っている状況が続いていたのです。
そういうことが重なって、宋の国がおとしめられていったのです。
荘子(そうし)はこの宋の国の王族ですから、
この国の宿命である差別というものにとても敏感であったことが、
有名な荘子の、万物斉同(ばんぶつせいどう: 自然の道理の
観点から見れば、あらゆるものはすべて同一であるという考え方)
という思想につながっていると思います。
話を元に戻しまして、そういう言葉を学ぶのは簡単ですが、
『韓非子』の中の道理を理解していくのはかなり難しい、
十年以上読んでいる上での感想です。
さて、『七術(ななじゅつ)』という言葉は、
『韓非子』の内儲説(ないちょぜい)上という篇に書いてある、
「君主として行うべき七つのこと」です。
この七つは陰謀ごとに関するもので、実例として
かなりえぐいものもありますが、今後説明する際も
それは避けようと思います。
第一と第四については以前解説しましたが、
今回は改めて七つを列挙して概要をざっと説明します。
(一)「衆端(しゅうたん)に参観(さんかん)す」
(二)「必罰(ひつばつ)によって威(い)を明らかにする」
(三)「信賞(しんしょう)によって能(のう)を尽(つ)くさせる」
(四)「一に聴いて下(しも)を責(せ)める」
(五)「疑わしく詔(つ)げて詭(いつわ)りて使う」
(六)「知を挟(はさ)みて問う」
(七)「言を倒(さかさま)にして事を反(かえ)す」
(一)の衆端(しゅうたん)とは、人々の言葉や行動のことです。
参観(さんかん)とは、それぞれを突き合わせて調べることです。
つまり、多くの人の言葉や行動を見聞きして、それらを突き合わせて
調べていくことで、正しい政治を行っていくことです。
いろんな代替案を聞き取って、その上で個々に検討すれば、
誤りが少なく意思決定ができるという話でした。 (二)は、刑罰を厳正にして、法令に威厳を持たせて、
ある行為を禁止する法令をきちんと守らせることです。
この中の実例では、小さな罪も厳正に処罰をすることで、
大きな犯罪が発生することを抑えようという考え方です。
これは『老子』の
「難(かた)きをその易(やす)きに図(はか)り、
大(だい)なるをその細(こまか)きに為(な)す。」
(訳)
困難なことは、その初期のまだ対処がしやすいときに
きちんと対策を取っておき、大きな問題は、
その初期のまだ小さく細かい段階できちんと対処する
という考え方の実践です。
この考え方には問題がありますが、
法律に実効性を持たせることをきちんと示すことで、
民衆もきちんと法令を守るようになる、ということが 肝心だと思っています。 (三)は正しく功績に対して恩賞を与えることで、
民衆を勤勉で命を惜しまなくさせることです。
越の国の王の勾践(こうせん)が、力んでいるガマガエルに
敬礼をして、勇ましい姿に敬意を表すと、兵士たちはカエルでさえ
敬礼するなら、自分たちが勇猛さを示せばどれほどの恩賞が
得られるかと考えて、兵士たちは命を惜しまなくなった、
という例があります。
取るに足らないものでも功績を上げればきちんと恩賞を与える、
それを印象づけるためのものだと思います。
(四)の「一に聴く」とは、多くの人に個別に聞き取るということです。
「下(しも)を責(せ)める」とは、個別に家臣の実績や、
聞き取った内容を検討して評価することです。
つまり、個別に聞き取った上でそれぞれの案を検討していく事です。
笛の三百人の大合奏ならば個々の技量がわからなくても、
一人一人に吹かせるとたちまちわかってしまう、という例がありました。
(五)「疑わしく詔(つ)げて詭(いつわ)りて使う」
紛らわしいことを告げて、偽りの仕事をさせて試すことです。
例えば、宋(そう)の国の大臣である戴驩(たいかん)は、
李史(りし)という役人の収賄の事実を掴むために、
夜に人を使いに出すときに、真意を隠してこう言いました。
戴驩:「この何日かの夜に、ほろのかかった車で
李史の家に行く者があると聞いたので、
そのことを気をつけて見ておいてくれ」
使者が帰ってきて報告しました。
使者:「ほろのかかった車を見ることはありませんでしたが、
箱を差し出して李史と話し合っている人がいまして、
その後、李史はその箱を受け取りました」
という報告を聞いて、収賄の事実をきちんと掴むことができました。
真意を隠すことによって、使者は命令の意図がわからないから、
ただ忠実に職務をこなして正直に答えた、ということだと思います。
これは陰謀ごとですね。こんな手段は使いこなせませんが、
悪いことに巻き込まれないためにはかえって正直な方が
良いように思いました。
(六)「知を挟(はさ)みて問う」
きちんと知っていることを知らないふりをして尋ねることです。
きちんと知っていることをさらに調べていくと、
いろんな事がはっきりします。
周の王様が命令を出して、なくしてしまった曲がった杖を探させました。
役人たちは数日かけて調べましたが、見つかりませんでした。
しかし、王様はひそかに自分の側近に探させてみると、
その日のうちに見つかりました。王様は言いました。
周の王:「役人たちが真面目に仕事をしていないことがよくわかったぞ。
曲がった杖を探すことは簡単なはずなのに、役人たちには 探すことができなかった。
しかし私の側近に探させると一日のうちに見つかったではないか。 これでは役人たちはとても誠実とは言えないな」 役人たちは王様が万事お見通しだと認めるようになり、
真面目に仕事をするようになった、という話です。
陰謀めいた姑息な話でもありますが。
知っていることをさらに調べるというのは大切なことだと思います。
(七)「言を倒(さかさま)にして事を反(かえ)す」
わざとあべこべのことを言って、反対のことを行い、
疑わしい状況に探りを入れることです。 そうやって、悪事の状況を明らかにしていくことです。 燕(えん)の大臣の子之(しし)は側近たちの前で
わざと偽ってこう言いました。
子之:「先ほど門を走って出て行ったものは何だろう。白馬だろうか」
側近たちのほとんどは「知らない」と言いましたが、
その中の一人は門の外まで走っていって、 「白馬がいました」と報告しました。 子之はこうして不誠実な側近をあぶり出していました。
これも陰謀の話ですね。こういう話は好きではありませんが、
できる限り正直でいようと思いました。
僕が特に感銘を受けたのは(六)です。
長年くり返し読んでいる『韓非子』を改めて復習する中で、 いろんな事を学んだように思いました。
今の僕には政治の状況などが正確にわからなくても、
自分の学問をきちんとしていって、
日々反省して考えながら過ごしていけば、
きちんと役に立つ人間になっていけるのではないかと、
そう思っています。
そうやって向上していく中で、
日々しっかりと行動していこうと、さらに強く思います。
そういう気持ちを今回は詠んでみました。これからもがんばります。 |
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『韓非子(かんぴし)』を読んだ感想を七言絶句にしました。
偶然に二首できました。(其の二)の方に、僕の気持ちを詠んでいます。
一首目は仄声(そくせい)二首目は平声(へいせい)で韻を踏んでいます。
こちらは原文・書き下し文・現代語訳・語注の記事です。
解説については以下の記事を参照して下さい。
解説の記事
なお、コメント欄は解説の記事の方に設けています。
この点についてもご了承下さい。よろしくお願いいたします。
●原文
偶成(讀韓非子) 玄齋
○ 其の一(上聲十九皓韻)
易 識 名 言 難 得 道, 韓 非 非 止 修 辭 好。
精 論 七 術 賞 明 君, 天 下 良 材 離 苦 悩。
○其の二(上平聲五微韻)
歳 窮 專 一 學 韓 非, 暫 且 諸 儒 忘 謗 譏。
萬 事 難 知 眞 實 處, 察 君 憂 慮 愛 君 希。
●書き下し文
題「偶成(ぐうせい)(『韓非子(かんぴし)』を読む)」
○ その一
名言(めいげん)を識(し)ることは易(やす)くして
道(みち)を得(え)るは難(かた)く、
韓非(かんぴ)はただ修辞(しゅうじ)の好(よ)きのみに非(あら)ず。
七術(ななじゅつ)を精論(せいろん)して明君(めいくん)を賞(しょう)し、
天下(てんか)の良材(りょうざい) 苦悩(くのう)を離(はな)る。
○ その二
歳(とし)窮(きわ)まりて 専一(せんいつ)に韓非(かんぴ)を学べば、
暫且(しばらく) 諸儒(しょじゅ)の謗譏(ぼうき)するを忘る。
万事(ばんじ) 真実(しんじつ)の処(ところ)を知ることは難(かた)く、
君の憂慮(ゆうりょ)を察して 君を愛(あい)することを希(ねが)う。
●現代語訳
題:「『韓非子(かんぴし)』を読んでいたときに偶然できた詩です」
○ その一
『韓非子』の有名な言葉を知るのはたやすいけれども、
その言葉の道理をきちんとつかむことは難しい。
韓非子は単に言葉の表現が巧みなだけではないのです。
『韓非子』の内儲説(ないちょぜい)上の篇で述べられている、
君主が行うべき七つのことを詳しく論じて、
賢明で立派な君主を賞讃しているところを読むと、
天下のすぐれた才能を持った人たちが、
苦しみや悩みから離れていくのが分かるのです。
○ その二
年末の頃に、私はひたすらに『韓非子』を学んでいると、
しばらくの間、いろんな学者が『韓非子』の本の悪口を言って
そしっていることを忘れるのです。
あらゆる事は、真実のありかを知るのが難しいということを学びながら、
あなたが心配してあれこれと考えてくれる気持ちを察して、
あなたを愛していくことを望んでいるところです。
●語注
※名言(めいげん): 有名な言葉のことです。
※韓非(かんぴ): 韓非子(かんぴし)の事です。秦の始皇帝(しこうてい)
が中国を統一する以前の、戦国時代(せんごく)の弱小国である
韓(かん)の国の王族でした。厳格な法律と信賞必罰の適用によって
国を統治していくという考えの法家(ほうか)の代表者です。
※修辞(しゅうじ): 言葉をたくみに使って表現することです。
※非止(ただ〜のみならず): 「単に〜だけではない」という意味です。
※七術(ななじゅつ): 『韓非子』の内儲説(ないちょぜい)上の篇で
述べられている、七つの君主が行うべきことです。
※精論(せいろん): 詳しく論じることです。
※明君(めいくん): 賢明で立派な君主のことです。
※良材(りょうざい): 優れた才能を持った人のことです。
※苦悩(くのう): 苦しみ悩むことです。
※歳窮(としきわまる): 年末になることです。
※専一(せんいつ): 一つのことだけをひたすらにすることです。
※暫且(ざんしょ、しばらく): しばらくの間のことです。
※諸儒(しょじゅ): いろんな学者のことです。
※謗譏(ぼうき): 悪口を言ってそしることです。
※憂慮(ゆうりょ): 心配してあれこれと考えることです。
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知恩院(ちおんいん)の大鐘楼(だいしょうろう)(日本・京都)
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net ●原文
龕 前 祭 詩 玄齋 (上平聲四支韻)
歳 暮 龕 頭 祭 小 詩,
半 吟 災 禍 半 相 思。
懷 人 憂 國 當 仁 愛,
切 願 前 途 言 志 時。
●書き下し文
題: 「龕前(がんぜん)、詩を祭(まつ)る」
歳暮(せいぼ) 龕頭(がんとう)に小詩(しょうし)を祭(まつ)れば、
半(なか)ばは災禍(さいか)を吟(ぎん)じ 半(なか)ばは相思(そうし)。
人を懐(おも)い国を憂(うれ)えるは当(まさ)に仁愛(じんあい)なるべし、
切(せつ)に前途(ぜんと)を願(ねが)いて
志(こころざし)を言うの時(とき)。
●現代語訳
題: 「神仏を安置する箱の厨子(ずし)の前に
今年の詩を祭る情景を詠みました」
年の暮れに神仏を安置する箱の厨子(ずし)の前に、
私が作った短い漢詩を祭るときに、
その詩の半分は今年の思いがけない災害を吟じて、
もう半分は人(僕の当時のお相手の方)を想い慕う気持ちを
吟じていました。
人を想い慕い、国を憂える気持ちというのは、
きっと人をいつくしむ思いやりの気持ち、 つまり「仁愛(じんあい)」ではないでしょうか。
今は切実に将来のことを願いながら、
自分の想いを漢詩にしようとしている時なのだという当時の気持ちを
漢詩に詠んでおりました。
●語注
※龕前(がんぜん): 「厨子(ずし)」、つまり神仏の像を安置するための、
お堂の形をした二枚の開きとびらの箱の前、ということです。
「龕頭(がんとう)」も同様の意味です。
※祭詩(さいし): これは「推敲(すいこう)」の故事で有名な
唐の賈島(かとう)の故事で、常に毎年の大晦日の夜に、
自分のその年作った詩を選び取って、酒と干し肉で祀(まつ)って
自分自身の詩作を励ますことです。
※歳暮(せいぼ): 年の暮れのことです。
※小詩(しょうし): 絶句(ぜっく)などの短い詩のことです。
※災禍(さいか): 思いがけない災害のことです。
※相思(そうし): 相手を想い慕う気持ちのことです。
※当(まさに〜すべし): 「きっと〜だろう」という推測を示す言葉です。
※仁愛(じんあい): 人をいつくしむ思いやりの気持ちのことです。
※前途(ぜんと): これから先の将来のことです。
※言志(げんし、こころざしをいう): 心に思うことを述べることです。
主に漢詩を使って思いを述べることを指します。
●解説:
これも年末の漢詩です。「祭詩(さいし)」の故事について詠んでいます。
これは「推敲(すいこう)」の故事で有名な唐の詩人の
賈島(かとう)の故事です。
辞書を引きますと、
「常於毎年除夕,取自己當年詩作,祭以酒脯而自勉。」とあります。
(書き下し文)
常に毎年の除夕(じょせき)に於(おい)て、
自己(じこ)の当年(とうねん)の詩作(しさく)を取りて、
祭(まつ)るに酒脯(しゅほ)を以(もっ)て自(みずか)ら勉(つと)む
(訳)
常に毎年の大晦日の夜に、自分のその年作った詩を選び取って、
酒と干し肉で祀(まつ)って自分自身の詩作を励ますことです。
この一年の漢詩作りを僕も反省しながら、この漢詩を作っていました。
東北で起こった大きな災害と、僕のお相手の方に対する想い、
この両方について考える一年でした。
儒学の経典の『大学(だいがく)』に、次のような有名な言葉があります。
格物(かくぶつ)致知(ちち)誠意(せいい)正心(せいしん)
修身(しゅうしん)斉家(せいか)治国(ちこく)平天下(へいてんか)
この言葉は細かい内容を述べていくと、
丸一日でも到底語り尽くすことのできないものですが、
ごく簡単に言うと、
「自分の身を修めることから始まって、家のこと、国のこと、天下のことを
次第次第に考えていくようにしていくこと」
あるいは、
「自分の身を修めることも、家も国も天下も、
すべて一つにつながっていると、そんな風に考えて行動すること」
です。僕はどちらかといえば前者の立場です。
世の中を語るために、その前提としての自己の修養が必要で、
その自己の修養とは単に学ぶということだけではなくて、
お相手の方のことを想って安らかな気持ちになること、
日々健康に気をつけて安心させること、
そして普段の一連の努力、それらをすべて含めているのだと、
今はそう思っています。
日々そういう努力を積み重ねていって、
次第に僕の心の中に養われていくのが、
「仁愛(じんあい)」 人をいつくしむ思いやりの気持ちではないかと、
そう考えて、これからもがんばっていこうという気持ちを詠みました。
これから毎日、そういう気持ちをきちんと持ってがんばっていきます。
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故宮の乾清宮(中国・北京)
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net ●原文
歳晩書懷 玄齋 (上平聲十一眞韻)
年 過 養 命 與 修 身,
漸 得 良 醫 在 想 人。
閑 話 暫 忘 生 計 拙,
題 詩 戀 慕 已 吟 春。
●書き下し文
題:「歳晩書懐(さいばんしょかい)」
年は養命(ようめい)と修身(しゅうしん)とに過(す)ぎ、
漸(ようや)く得たり 良医(りょうい)は人を想(おも)うに在(あ)りと。
閑話(かんわ) 暫(しばら)く生計(せいけい)の
拙(せつ)なるを忘(わす)れ、
詩に恋慕(れんぼ)を題(だい)すれば已(すで)に春を吟(ぎん)ず。
●現代語訳
題:「年の暮れに心に思っていることを詩に詠んでみました」
この一年は健康に気をつけて身体を養うことと、
自分の行いを正しくすることで過ぎていきました。
しだいに分かってきたことは、すぐれた医者というのは。
人を想ってあれこれと考えることであるということです。
その人と世間話をすれば、しばらくの間、
自分は生きるのが上手でないことを忘れることができて、
当時の恋い慕う気持ちを詩にすると、もう春のことを詠んでおりました。
●語注
※歳晩(さいばん): 年の暮れのことです。
※書懐(しょかい): 心に思っている事柄を書き記すことです。
※養命(ようめい): 健康に気をつけて身体を丈夫にすることです。
※修身(しゅうしん): 自分の行いを正しくすることです。
※漸(ようやく): 次第に、ということです。
※良医(りょうい): すぐれた医者のことです。
※閑話(かんわ): 世間話のことです。
※生計(せいけい): 生活をすること、または生活のための
仕事のことです。
※拙(せつ、つたない): 上手でないこと、見劣りのすることです。
※題詩(だいし): 物事にちなんで詩を作ることです。
※恋慕(れんぼ): 恋い慕う気持ちのことです。
●解説
年末に心に思ったことを漢詩にしていました。
このところ難しい漢詩が多かったので、
今回はストレートに僕の以前のお相手の方への気持ちを
詠んでいました。
その当時のお相手の方とお話をしたり、
その当時のお相手の方を想って漢詩を作っていく中で、
僕自身がとても元気に日々を過ごせていることがわかります。
その当時のお相手の方を想う漢詩は、もう春を詠んでいる、
まさしくそんな心境でした。
今年に出逢うことのできたこの不思議な縁を、
これからも毎日大切にしていきたい、
そう思って、頑張っていこうという以前の心境が垣間見えるようです。
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