玄齋詩歌日誌

アメーバブログを退会しました。ヤフーブログだけ続けます。よろしくお願いいたします。

漢詩

[ リスト | 詳細 ]

平成十八年の年末以来、漢詩をずっと作り続けています。

ここには、添削・推敲の済んだものを掲載しています。
記事検索
検索
イメージ 1
かんざし
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef
 
イメージ 2
 

●原文:
 
 
 七月七日即事(寄誕日美容師島田先生) 
   玄齋  (上平聲十一眞韻)
 
七 夕 恩 人 祝 誕 辰   壽 筵 添 興 苦 吟 頻
 
讃 歎 結 髪 名 工 技   牽 牛 織 女 好 縁 新
 
 

●書き下し文:
 
 
 題: 「七月七日(しちがつなのか)即事(そくじ)
  誕日(たんじつ)の美容師島田先生に寄す)」
 
七夕(しちせき)の恩人(おんじん)の誕辰(たんしん)を祝い
 
寿筵(じゅえん)に興(きょう)を添(そ)えんと
苦吟(くぎん)すること頻(しき)りなり
 
讃歎(さんたん)す 結髪(けっぱつ)の名工(めいこう)の技を 
 
牽牛(けんぎゅう)織女(しょくじょ)の好縁(こうえん)新たなり
 
 

●現代語訳:
 

 題: 「七月七日の七夕(たなばた)の節句の日に、
ちょうどお誕生日である美容師の島田先生にこの漢詩を贈ります」
 
七夕の日に、私の恩人の誕生日を祝おうと思い、
 
めでたい宴席に興を添えたいと思って、
ひたすらに苦心して漢詩を作っていました。
 
その詩によって、その恩人である髪結いの優れた職人の技が、
 
織り姫星の機織りの女性と、彦星の牛飼いの男性のような、
素敵なご縁が新たに生まれるのをほめたたえようと思いました。
 
 

●語注:
 
 
※誕日(たんじつ): 誕生日のことです。 「誕辰(たんしん)」も同じです。
 
※即事(そくじ): その場の出来事や景色を詩に詠むことです。
 
※七夕(しちせき): 七月七日の七夕(たなばた)の節句のことです。
 
※寿筵(じゅえん): めでたい宴席のことです。
 
※苦吟(くぎん): 苦心して詩を作ることです。
 
※結髪(けっぱつ): 「髪結い(かみゆい)」のことです。
  ここでは、女性の髪の毛を結うことです。
 
※名工(めいこう): すぐれた職人のことです。
 
※讃歎(さんたん): 深く感心してほめたたえることです。
 
※牽牛(けんぎゅう): 彦星(ひこぼし)の牛飼いの男性のことです。
 
※織女(しょくじょ): 織り姫星(おりひめぼし)の機織りの女性のことです。
 
※好縁(こうえん): 良い縁のことです。
 
 

●解説:
 

この七夕の日がお誕生日である、
いつもフェイスブックでお世話になっている
美容師の方の誕生日を祝って、漢詩を作ってみました。
 
 
七夕は織り姫と彦星が年に一度出会う日で、
 
優れた美容師さんの髪結いの技術で、
そんな織り姫と彦星の二人のような新しい素敵な縁を取り持つ、
美容師という職業はそんな素晴らしい職業だなと、
そういう気持ちを詠みました。
 
 
本当に素敵な日に誕生日だなと思います。
いつまでもお元気で過ごして欲しいなと思います。

そろそろ検査入院が近いですので、
さらに体調に気をつけて頑張っていきます。
イメージ 1
 
イメージ 2
 
 
●原文:
 

 入梅田事  玄齋  (下平聲一先韻)
 
農 時 待 雨 入 梅 天   既 畢 挿 秧 千 畝 田
 
雷 鼓 陶 唐 懷 撃 壌   擧 家 今 歳 願 豐 年
 
 
 
●書き下し文:
 
 
 題: 「入梅(にゅうばい)田事(でんじ)」
 
農時(のうじ) 雨を待つ入梅(にゅうばい)の天(てん)
 
既に挿秧(そうおう)を畢(お)える千畝(せんほ)の田
 
雷鼓(らいこ)に陶唐(とうとう)の撃壌(げきじょう)を懐(おも)い
 
家を挙(あ)げて今歳(こんさい)の豊年(ほうねん)を願わん
 
 
 
●現代語訳:

 題: 「梅雨の入りの時期の農作業の様子を漢詩に詠みました」
 
農作業の忙しい時期に雨を待っている梅雨入りの空の下で、
すでに多くの田んぼでは田植えを終えていました。
 
太鼓のようにとどろく雷の音に、かつての古代の伝説の帝王の、
陶唐氏(とうとうし)と呼ばれた堯(ぎょう)の治世の時に、
 
人民がのんびりとした生活を喜んで、腹つづみを打ち、
壌(じょう)という陶器で作った楽器を打ち鳴らして歌った、
「撃壌歌(げきじょうのうた)」のことを思い浮かべながら、
 
家族全員で、今年も豊作の年になりますようにと、願っています。

(という一般的な農村の姿を思い浮かべて詠んでおりました)
 
 
 
●語注:
 
 
※入梅(にゅうばい): 梅雨の入りのことです。
 
※田事(でんじ): 農作業のことです。
 
※農時(のうじ): 農作業の忙しい時期のことです。
 
※挿秧(そうおう): 稲の苗を植えることです。田植えのことです。
  「秧(おう)」は「苗(なえ)」のことです。
 
※畢(おえる): 「終える」と同じです。
 
※千畝(せんほ): 多くの耕地、多くの田んぼのことです。
 
※雷鼓(らいこ): 雷のとどろく音のことです。
 
※陶唐(とうとう): 古代中国の伝説の帝王である堯(ぎょう)を指します。
 
※撃壌(げきじょう、つちをうつ): 壌(じょう)という土製の楽器を鳴らし、
   あるいは、地面を踏んで拍子を取って歌うことです。
   これは古代中国の伝説の帝王の堯(ぎょう)の時代を讃えた言葉で、
   天下が太平で、民衆が生活を楽しんでいることのたとえです。
 
※挙家(きょか、いえをあげて): 一家全員で、家中で、という意味です。
 
※今歳(こんさい): 「今年」と同じ意味です。
 
※豊年(ほうねん): 豊作の年のことです。
 
 
 
●解説:
 

ようやく漢詩の課題を終えました。
七月末の検査入院に向けて準備をしていきます。

梅雨の入りの時期の農作業の様子を漢詩に詠んだものです。
これは今月の漢詩の会の課題詩の一つです。
 
梅雨の雨を待ちながら、雷の音を聴いて、
今年も豊作になりますようにと願う、そんな漢詩になっています。
本当に豊作の年になればいいなと、私も願っています。
 
 
漢詩の中に出てくる「撃壌歌(げきじょうのうた)」とは、
かつての古代の伝説の帝王の、陶唐氏(とうとうし)と呼ばれた
堯(ぎょう)の治世の時に、
 
人民がのんびりとした生活を喜んで、腹つづみを打ち、
壌(じょう)という陶器で作った楽器を打ち鳴らして歌った歌のことです。
 
 
この歌の文章は歴史書の『十八史略』に出てくるそうですが、
その更に元をたどると、晋時代のの学者の皇甫謐(こうほひつ)の、
三皇五帝(さんこうごてい)という伝説の帝王の時代から、
漢の時代、三国時代の魏の時代までの事蹟をまとめた
『帝王世紀(ていおうせいき)』に出てくるそうです。
 
以下、その「撃壌歌(げきじょうのうた)」の
原文・書き下し文・現代語訳を書きます。
 
 
(撃壌歌の原文)
 
日出而作、日入而息。
 
鑿井而飲、耕田而食。
 
帝力于我何有哉。
 
 
(撃壌歌の書き下し文)
 
日(ひ)出(い)でて作り、日(ひ)入りて息(いこ)う。
 
井(せい)を鑿(うが)ちて飲み、田を耕して食(く)らう。
 
帝(てい)の力は我において何(なん)ぞ有(あ)らんや。
 
 
(撃壌歌の現代語訳)
 
朝の日の出を迎えれば農作業をして、
日の入りになって夜が来れば休む、
 
井戸を掘って井戸の水を飲み、
田を耕して、農作物を食べる、
そんな生活をしています。
 
そんな幸せな生活の中で、
一体帝王は我々に何をしてくれたと言うのでしょう。
 
(この幸せな日常は我々が作り上げたもので、
 帝王の力など、一切借りていないのです
 
 
(ここまでが撃壌歌の現代語訳です)
 
 
誰が統治しているかさえ意識させないような理想の政治、
そういうものを帝王の堯(ぎょう)は行なっていたことがわかります。
 
そんなとても高い理想までは行かなくても、
一人一人のよりよい暮らしができる、
そういう状況になればいいなと、私も願っています。
 
 
そんな世の中にほんの少しでも貢献できるようになるために、
今日もしっかりと勉強をしていこうと思った、
そんな気持ちを詠んでおりました。
イメージ 1
 
舞扇
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef
 
イメージ 2
 
 
●原文:
 
 
 讃菅公  玄齋  (下平聲七陽韻)
 
憂 民 憶 句 如 詩 聖   執 政 忘 身 似 禹 王
 
丞 相 建 功 雖 挫 折   忠 魂 不 朽 在 祠 堂
 
 
 
●書き下し文:
 

 題: 「菅公(かんこう)を讃(さん)す」
 
民(たみ)を憂(うれ)えて句(く)を憶(おも)うこと
詩聖(しせい)の如(ごと)くにして
 
政(まつりごと)を執(と)りて身(み)を忘るること
禹王(うおう)に似(に)たり
 
丞相(じょうしょう)の功(こう)を建(た)つるは
挫折(ざせつ)すと雖(いえど)も
 
忠魂(ちゅうこん)不朽(ふきゅう)にして祠堂(しどう)に在り
 
 
 
●現代語訳:
 
 
 題: 「菅原道真(すがわらのみちざね)をほめたたえる漢詩を読みます」
 
民衆の苦しみを心配して、詩句を作る様子は、唐の時代の詩人の、
詩聖(しせい)と讃えられた杜甫(とほ)のようであり、
 
政治を執り行う時に、生死も省みずに取り組む様子は、
殷(いん)王朝の一つ前の夏(か)王朝の初代の帝王である、
禹王(うおう)のようでした。
 
大臣の地位まで上りつめた菅原道真の政治での功績は、
途中でダメになってしまったけれども、
 
菅原道真のそのとても優れた忠義の魂は、永遠に滅びることもなく、
この天満宮のほこらに今も存在しているのです。
 
 
 
●語注:
 
 
※菅公(かんこう): 菅原道真のことです。
 
※詩聖(しせい): 杜甫のことです。李白を詩仙ということに対比して
  言われる言葉です。
 
※執政(しっせい、まつりごとをとる): 政治を執り行うことです。
 
※忘身(ぼうしん、みをわするる): 自分の生死さえも省みずに、
  努め励むことです。
 
※禹王(うおう): 殷王朝の一つ前の夏王朝の初代の帝王です。
 
※丞相(じょうしょう): 元々漢の時代の官職の名前で、
  天子(てんし: ここでは天皇のこと)を補佐する最高の官職を指します。
  菅原道真は菅丞相(かんじょうしょう)という呼び名もあります。
  ちなみに菅原道真の最高位は右大臣でしたが、
  死後に太政大臣の地位を追贈されました。
 
※建功(けんこう、こうをたつ): 功績を上げることです。
 
※挫折(ざせつ): 物事が途中でダメになることです。
 
※雖(いえども): 「〜だとしても」という意味です。
 
※忠魂(ちゅうこん): 忠義のために死んだ人の魂のことです。
  ここでは、菅原道真の忠義の魂のことです。
 
※不朽(ふきゅう): 非常に優れていて、永遠に滅びないことです。
 
※祠堂(しどう): 神様を祀るほこらのことです。
 
 

●解説:

今回は私が所属している大阪天満宮にある漢詩の会の、
「浪速菅廟吟社(なにわかんびょうぎんしゃ)」の
創立百三十周年の記念のための漢詩の一つです。
菅原道真(すがわらのみちざね)をほめたたえる歌になっています。
 
菅原道真は五十九代目の天皇の宇多(うだ)天皇に重用されて、
「寛平の治(かんぴょうのち)」という善政が行われ、
後の時代の理想となっておりました。
 
その後、醍醐(だいご)天皇の御代には右大臣まで上りつめたものの、
当時左大臣であった藤原時平(ふじわらのときひら)の讒言によって、
太宰府に左遷されてその地で亡くなったという悲劇の人です。
 
その後、醍醐天皇と村上天皇の治世は
延喜・天暦の治(えんぎ・てんりゃくのち)という後代の
理想の治世とされる政治が続いたのですが、
それはこの「寛平の治(かんぴょうのち)」にならったものとされています。

道真の死後、藤原時平が急死したり、御所に雷が落ちるなど
奇怪な事件が頻発したので、これは道真が雷神になって祟りを起こした
ということになって、北野天満宮を建立して道真の霊を祀りました。
この天満宮が全国に置かれていった一つがこの大阪天満宮なのです。
 

道真は若いころに地方に赴任した際に民衆の苦しみを知り、
それを漢詩にしておりました。山上憶良の貧窮問答歌や、
唐の詩人の杜甫(とほ)の姿にイメージが重なってきます。
 
政治に真面目に取り組む様子を、殷(いん)王朝の一つ前の
夏(か)王朝の初代の帝王である、禹王(うおう)の姿に重ねていました。
 
禹王の二つ前の帝王の堯(ぎょう)が、禹の父親に洪水の治水対策を
任せても全くできなかったために、天の支配者である天帝(てんてい)が
その父親を処刑し、その息子の禹に事業を任せました。
 
その後、身を極限まで苦しめるような禹の奮闘によって、
ようやく治水事業が完成しました。
そんな姿を菅原道真に重ねていました。
 
 
私の家の近くにも小さな天満宮があって、時折お参りしておりました。
受験の神様ですが、大学受験は地元の通学しやすい場所を受けて
合格した程度だったのですが、
 
その後、師匠の誘いで漢詩の会に入り、菅原道真を讃える漢詩を
作るようになった今の状況に、とても感激しています。
 
漢詩を始めたことで、ようやく私の漢文の勉強が役に立ってきて、
病気でずっと家の中にいる今でも、生きる意味を感じることができて、
ほんの少しでも心穏やかな日々を送ることができています。
 
天神さん、つまり菅原道真との深い縁を感じています。
これからもしっかりと天神さん(菅原道真)の恩に報いたい、
そういう当時の気持ちを詠んでおりました。
これからもしっかりとがんばっていきます。
 
 
五首の課題のうち二首を仕上げました。
残り三首、しっかりと作っていきます。
イメージ 1
雲仙普賢岳
Photo by (c) Tomo.Yun
http://www.yunphoto.net
 
 
イメージ 2
 
●原文:
 
 
 寄安武先生  玄齋 (上平聲一東韻)
 
幸 哉 誕 日 喜 家 翁   壽 席 西 瓜 瑞 氣 籠
 
良 果 須 由 老 農 技   盡 心 造 化 輔 名 工
 
 

●書き下し文:
 

 題「安武(やすたけ)先生に寄す」
 
幸(さいわい)なるかな誕日(たんじつ)に
家翁(かおう)を喜(よろこ)ばすとは
 
寿席(じゅせき)の西瓜(すいか) 瑞気(ずいき)籠(こ)む
 
良果(りょうか)は須(すべか)らく老農(ろうのう)の技(わざ)の
 
心を尽くして造化(ぞうか)の名工(めいこう)を輔(たす)くるに
由(よ)るべし
 
 
 
●現代語訳:
 
 
 題「安武(やすたけ)先生にお礼の漢詩を贈ります」
 
父の誕生日に父を喜ばせることができて幸せです。
 
長寿を祝うめでたい席で、スイカにはめでたい気が籠もっているようです。
 
このような良い果物ができたのは、きっと一人の経験豊かな農夫の
 
心を尽くして精一杯の努力をして、万物を生み出す自然という
すぐれた職人を助けることによって、できたものなのでしょう。
 
 
 
●語注:

※誕日(たんじつ): 誕生日のことです。
 
※家翁(かおう): 家の主人のことです。ここでは私の父を意味します。
 
※寿席(じゅせき): 長寿を祝うめでたい席のことです。
 
※瑞気(ずいき): めでたい気のことです。
 
※良果(りょうか): 良い果物、良い結果のことです。
 
※須(すべからく〜べし): ここでは「きっと〜だろう」という意味です。
 
※老農(ろうのう): 経験豊かな優れた農夫のことです。
 
※尽心(じんしん、こころをつくす): 心を尽くして精一杯努力することです。
 
※造化(ぞうか): 自然が万物を生み出すことです。
 
※名工(めいこう): すぐれた職人のことです。
 
※輔(たすく): 補佐する、助ける、という意味です。
 
※由(よる): 「〜の理由による」という意味です。
 
 
 
●解説:
 
 
私のフェイスブックのお友達の一人の、福岡県で農業指導を
されている Akira Yasutake さんという男性の方から、
島原半島の雲仙普賢岳のふもとで取れた、
化学肥料や農薬を使わないとてもおいしいスイカを二個頂きました。

普通のスイカよりも糖度が高く、種も少なく皮も薄くて、
これまで食べたスイカの中で、最もおいしいスイカでした。
 
ちょうど父の誕生日とも重なっていまして、父もおいしく食べておりました。
父の誕生日と父の日の良い祝いの品となったことに、
深く感謝いたします。その気持ちを、漢詩に込めました。
 

自然の大きな変動の中で、毎年農作物を育てるというのは、
とてもすごいことだといつも思います。
 
私もそんな自然の姿、農家の方々の姿を思い浮かべながら、
これからもしっかりとがんばっていこうと思いました。
 

ここから課題を一気に仕上げていきます。
体調に気をつけて、しっかりとがんばります。

皆さん、ご無沙汰しております。ブログ訪問も、しっかりとしていきます。
イメージ 1
草紙
Photo by : clef
http://street34.mond.jp/clef
 
 
 
イメージ 2
 
●原文:
 

 雨窓讀書  玄齋 (上平聲一東韻)

午 閑 耽 読 子 房 功   名 臣 運 謀 帷 幄 中
状 況 一 轉 親 戰 記   梅 霖 窓 外 作 天 工
 
 

●書き下し文:
 
 
 題「雨窓(うそう)読書(どくしょ)」
 
午(ひる)閑(しずか)に耽読(たんどく)す子房(しぼう)の功
名臣(めいしん) 謀(ぼう)を運(めぐ)らす帷幄(いあく)の中
状況一転する戦記(せんき)に親(した)しめば
梅霖(ばいりん) 窓外(そうがい)にて天工(てんこう)を作(な)さん
 
 

●現代語訳:
 
 
 題「雨の日の窓際で、本を読んでいた時のことを詠みます」 
 
午後の静かな時に読書に熱中していました。その本は、

漢の国を建国した高祖(こうそ: 初代皇帝)の劉邦(りゅうほう)の
参謀であった、張良(ちょうりょう)の功績について書いてあります。
 
張良というすぐれた家臣は、戦場で幕を張りめぐらせてある場所で、
作戦計画を立てておりました。
 
その計画で状況が一気に変わる、そんな状況を描いた、
大昔の戦争の記録を示した文章を読んでいますと、

窓の外では梅雨時の雨が、自然の力のたくみな細工を
施しているところでした。
 
 
 
●語注:
 
※雨窓(うそう): 雨の日の窓ぎわのことです。
 
※耽読(たんどく): 熱中して読みふけることです。
 
※子房(しぼう): 漢の高祖劉邦の参謀であった張良の字です。
 
※名臣(めいしん): すぐれた家臣のことです。
 
※運謀(ぼうをめぐらす): はかりごとをめぐらすことです。
 
※帷幄(いあく): 戦場で幕を張りめぐらせて、作戦計画を立てる
   場所のことです。
 
※戦記(せんき): 戦争の様子や経過を書いた記録のことです。
 
※梅霖(ばいりん): 「梅雨(つゆ)」のことです。
 
※窓外(そうがい): 窓の外のことです。
 
※天工(てんこう): 自然の力によるたくみな細工のことです。
 
 

●解説:
 

これは今月の課題詩です。もうひとつの課題詩を現在作っています。
 
家の外が雨の中、本を読んで熱中する様子を読んでいました。
 
歴史書の『史記(しき)』の、漢の国を建国した
高祖(こうそ: 初代皇帝)の劉邦(りゅうほう)の参謀であった、
張良(ちょうりょう)の功績について書いてある、
「留侯世家(りゅうこうせいけ)」の部分を読んでいるころを描いてみました。
 
 
留侯(りゅうこう)というのは、劉邦が中国を統一した後に、
張良に北方の斉(せい)の国の広大な領地を与えようとすると、
 
張良は、「陛下と最初にお会いした、留(りゅう)という土地を
領地に頂くだけで十分です」
 
と言って、その土地だけを領地としてもらったことから来ております。
 

張良についてのおおよその所は、 Wikipedia のページを
見ていただければと思います。
 
 Web ページ: 張良 - Wikipedia
 
http://ja.wikipedia.org/wiki/%E5%BC%B5%E8%89%AF
 

この漢詩の二句目は、劉邦が張良の功績をたたえて
北方の斉(せい)の国の広大な領地を与えようとする場面の
言葉が元になっています。
 
 
(史記の原文)
 
運籌策帷帳中、決勝千裏外、子房功也。自択斉三万戸。
 
 
(史記の書き下し文)
 
籌策(ちゅうさく)を帷帳(いちょう)の中に運(めぐ)らせ、
 
勝(しょう)を千里(せんり)の外に決するは、子房(しぼう)の功なり。
 
自(みずか)ら択(えら)ぶは斉(せい)の三万戸(さんまんこ)なり。
 
 
(史記の現代語訳)
 
戦場に張りめぐらせた幕の中ではかりごとをめぐらせて、
千里もの遠くに離れた場所での勝利を決めることができたのは、
子房(しぼう: 張良の字(あざな))の功績によるものです。
だから私は北方の斉(せい)の国の三万もの多くの家々のある
領地を授けようと思います。
 
 
(ここまでが史記の現代語訳です)

劉邦は張良がいなければ確実に死んでいた場面が何度もあり、
読んでいくと張良の才能がどれほどかがよくわかります。
 
劉邦やその夫人の呂后(りょこう)の粛清を恐れていたとは言っても、
そこまでの手柄を立てて、「陛下との思い出の場所だけで十分です」
とはなかなか言えないものだと思います。
 
一方で劉邦も、何の実績もなかった張良を信じて使ってみて、
優秀だったから正式に参謀にしたわけですが、
 
これは何気なく書いてはありますが、正直、責任ある地位に立ってみて、
こういう事ができるかというと、とても難しいことだと思います。
 
戦略ゲームと実際との違う部分の一つだと思います。
劉邦も張良も、ともに優れていたと思うところです。
 
 
朱子学の大成者である南宋の儒学者の朱熹(しゅき)が、
本人の語録の『朱子語類(しゅしごるい)』の中で、
「老子の言葉を本当に身につけた人」と評価していることも相まって、
張良は私の最も好きな歴史上の人物の一人です。

私も老子の言葉を身につけていくためにも、
しっかりと学んでいこうと思います。
 
 
とりあえず、今月の課題詩を仕上げていきます。
今日もがんばって学んでいきます。
 

.

ブログバナー

白川 玄齋
白川 玄齋
男性 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について
検索 検索

詩歌関連

写真・画像関連

文学・語学・その他

殿堂入り

自由律俳句

登録されていません

1 2 3 4 5 6 7
8 9 10 11 12 13 14
15 16 17 18 19 20 21
22 23 24 25 26 27 28
29 30 31

よしもとブログランキング

もっと見る

[PR]お得情報

数量限定!イオンおまとめ企画
「無料お試しクーポン」か
「値引きクーポン」が必ず当たる!
ふるさと納税サイト≪さとふる≫
実質2000円で好きなお礼品を選べる
毎日人気ランキング更新中!

その他のキャンペーン


プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事