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人生の中で苦難を迎える時はいろいろあります。
そんな時にどう対応するかで恥ずかしい思いをしたり、
困難にぶち当たって心身を疲れさせてしまう、そんなこともあります。
苦難に遭った時の対応の仕方を教えてくれるのが、
儒学の四書五経の五経の一つ、『易経(えききょう)』の、
「蹇(けん)」の卦です。
この「蹇」の字には二つの解釈がありまして、
一つは「蹇蹇(けんけん)」です。
これは「困難があって前に進めない」という意味と、
「忠直」、「自分の素直な気持ちのまままっすぐ」という意味です。
あるいは「まっすぐな忠義の気持ちのままに行動する」ということです。
陸奥宗光(むつむねみつ)が外務大臣であった時の手記をまとめた
『蹇蹇録(けんけんろく)』というタイトルもここから取っています。
もう一つが「蹇難(けんなん)」です。こちらは「辛い目にあって苦しむ」ということです。
どちらの意味にしても、辛い状況の中にあることはわかるわけです。
さて、蹇(けん)の卦の形は次のようになります。
図一、蹇(けん)の卦
この六十四卦は上と下で次の八卦の坎(かん)と艮(ごん)に分かれます。
図二、坎(かん)の卦
上の坎(かん)は水、あるいは坎難(かんなん)、
つまり「落とし穴が空いている難所」を示します。
下の艮(ごん)は山、あるいは「止まる」と言うことを意味します。
図三、艮(ごん)の卦
前は落とし穴のある難所で、後ろは険しい山のような難所になっています。
さらに「止まる」という意味からは、
「難所を前に立ち止まる」ということも分かります。
この卦の解説をしている「卦辞(かじ)」には、
「大人(たいじん)を見るに利あり」とあります。
大人は「高位の人」、あるいは「年配のすぐれた人」と言うことです。
「利」とは単に利益のことではなくて、
「利は義の和」という言葉があるように、世の中の道理である「義」が
程良い形で出てくるということを指します。
苦しい時を乗り越えるのは相応の経験がないと出来ない時もありますので、
そういう時は優れた年長の人の話に耳を傾けることが大切なわけです。
その上でこの卦を説明した象辞(しょうじ)では、
「君子は以て身を反(かえり)みて徳を修める」とあります。
経書を自分の今の状況の中に照らし合わせて反省しながら、
時の変化を待つのがよい、ということが分かってきます。
さて次に、六十四卦は横に六本の線がありまして、
それを爻(こう)と言います。
爻は「動」、動くということを示していまして、
異なる状況下でのそれぞれの身の処し方がわかってきます。
爻は一番下から一番上までの、
初・二・三・四・五・上の六段階に分かれておりまして、
上に行くほど身分が高い、立場が有利、ということになります。
一般的に一段階目は学生や浪人、二段階目は一兵卒か普通の社会人、
三段階目は中間管理職、四段階目は役員等の上級管理職、
五段階目は君主、今ですと大臣や社長がそれに当たります。
そして六段階目が引退した君主、つまり上皇や会長です。
蹇(けん)の卦の爻辞を見ていきますと、
上位の四〜六は安心して良いとわかります。
有利な立場にいて、人が協力してくれるわけです。
解決するかどうかはその協力者の力量次第ですが、
基本的に悪いことは起こらないのです。
そこは問題がないとして、問題は下位にいる人です。
たいてい艱難辛苦の中では、不利な状況にあります。
だから一段階目と三段階目の爻辞には、「往(ゆ)けば蹇(けん)なり」とあります。
こんな時に行動する時の間違いの一つには、
頼る所もなくただ柔順な姿勢で相手の顔色をうかがって対応しようとすることです。
これは単に今が蹇難であることを再確認することにしかならないわけです。
そこで初六の爻辞、
第一段階目の陰の爻の爻辞では、(六は陰の数です)
「来たりて誉(ほまれ)あり」
人と接する状況を少なくしてそれに対応するだけにする、
もちろんその間に身を修めると言うことをやっていって、
時は過ぎ去って状況の変化を待つのがよいとわかります。
それによって誉(ほまれ)、名誉を保っていくわけです。
さらに九三の爻辞(九は陽の数です)、
三段階目の陽の卦の爻辞では、
「来たりて反(かえ)る」
つまりそんな時に上に向かうのではなく、
同僚や後輩達とわいわいがやがや、飲み会などで楽しく過ごし、
こちらも同様に状況の変化を待つわけです。
三番目は陽の爻であれば正しいとされています、
陽ですから普段から活発的な人です。
下の初と二はどちらも陰の爻ですから
消極的なわけです。
三番目は活発で普段から面倒見も良い、そんな人間だから
困った時にも周囲が助けてくれるのです。
さて、一と三は「状況の変化を待つ」ということで共通しています。
しかし困難の中では変化を待つだけではどうしようもない時もあり、
ましてや辛い時に周囲に連絡して人が集まるほどの
普段の付き合いや面倒見がない、そんなことも良くあると思います。
単に待つというのも難しい、そんな時もよくあります。
その時の対処の仕方こそ、六二の爻辞、
つまり二段階目の陰の爻の爻辞に書かれています。
その爻辞をさらに説明した象辞(しょうじ)も同時に解説します。
●原文:
六二、王臣蹇蹇、匪躬之故。
象曰、王臣蹇蹇、終無尤也。
●書き下し文:
六二、王臣(おうしん)蹇蹇(けんけん)、
躬(み)の故(ゆえ)に匪(あら)ず。
象(しょう)曰(いわ)く、王臣(おうしん)蹇蹇(けんけん)、
終(つい)に尤(とがめ)無きなり。
では、以下にこの一節を解説していきます。
王臣(おうしん)とは王と家臣のことです。
王は九五、五番目の陽の爻を指します。臣はこの六二の爻です。
自分の爻と三つ離れた爻とは強く影響し合い、
どちらかが陰、どちらかが陽ならば強く引き合い、
どちらも同じであれば背き合うわけです。
これを応(おう)と言います。
さらに二と五はその卦の中心となる部分で、
それぞれの八卦の真ん中部分に当たります。
さらに偶数で陰、奇数で陽の関係も満たしています。
この上なく良い対応関係と言えるのです。
五は君主の地位で果断に行動も出来る、
二はそんな人に従う立場にいると言うことです。
会社組織や、あるいはある目上の人に従う状況も含まれます。
「蹇蹇(けんけん)」は忠直、つまり真心そのままにまっすぐで、
それでいて難所を前に立ち止まっている状況です。
自分を曲げず、蹇難の中にいるわけです。
こう言う時にどうするのか、次の部分でわかります。
「躬(み)の故(ゆえ)に匪(あら)ず」
「匪」は「非」、「あらず」ということです。
「躬」は「己」、自分の身と言うことです。
「(人のために動く時には)自分の身のために
行動するのではない」、
という意味です。
困難に遭っている時にも人のために動くというのは大事なのですが、
その時に気をつけるべき所がこの部分です。
苦しい状況の中、自分の欲や雑念が絡んでくると、
何が相手のためかという視点を見失ってしまいます。
ましてや自分が癒されるために人のために働くと言うのは禁物です。
そういう苦しい時の善意ほど、相手にとって重いものはないからです。
そういう困難な状況でも自分を見失わず、
冷静な視点で「相手のため」というのを考えていくのです。
そうしていきますと、自分の身が反省されてくるわけです。
自分が誰かに心配をかけていないか、
自分が周囲の重荷になっていないか、
そして何より、日々きちんと生きているか、
そんなことを改めて考えていくようになるのです。
そういう所をきちんとして、自分の為すべき道、
それぞれの道、武道や書道、あるいは各種の職業、
さらには日常のいろんな場面で良く生きようと工夫する、
そういうものをしっかりと行っていって、
そういう道を学ぶ中で周囲や世の中のことを考えていく、
道を学ぶ中にも日常の周囲の状況を頭に入れることが大切になってきます。
そうすることで「尤(とがめ)無し」
きっちりと反省し改めていく中で過ちを免れるわけです。
本当に人のためになることは何かを考えて
自分の普段の生活をきちんとしていくことが大切だとわかりました。
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その他の漢文
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●現代語訳(意訳):
易経の中孚(ちゅうふ)の卦の二番目の線(爻(こう))を解説した言葉、
つまり爻辞(こうじ)の中にに次のような言葉があります。
『物陰に隠れて親の鶴が鳴くわけです。すると、
鶴の雛が親の鳴き声に「ここにいるよ」と返事を返すわけです。
私は良い爵位(しゃくい)とその地位にふさわしい権力を持っています。
その上で、わたしは遠くからやって来たあなたと同じように、
人に備わった性質に磨きをかけた徳に従おうと思います。』と。
この部分を解説する文章として、
孔子は以下のように述べておりました。
「修養の出来た人である君子(くんし)は、
自分の部屋にいて言葉を発し、それが善(よ)い言葉であれば、
千里より遠くにいる人たちもその善い言葉に応じてやって来るのです。
ましてやそれより近い人ならなおさらそうなります。
自分の部屋にいて言葉を発し、それが善くない言葉であれば、
千里より遠くにいる人たちもその善くない言葉を聞いて
その言葉に背くようになるのです。
自分の言葉は、
『自分の身に受ける苦しみを人の持つ苦しみと同じものだ』と思うように、
大切な自分の身と同じように人を思いやり、
その気持ちで本当に人のことを思いやることのできる言葉をかけて、
自分の行いは身近な所から、日々の生活や仕事、あるいは学習の際も、
経書やいろんな昔の文章を今の自分自身の状況から考えていく、
この二つをしっかりと身につけた上で、
身近な所から同心円状に遠くに目を向けていくと良いのです。
言葉と行いは、君子の大切な要点であって、
その要点である言葉と行いによって、
名誉が得られるのか、恥ずかしい思いをするのかを決める主要な点になります。
このように言葉と行いは君子が天地を動かすことのできる理由なのですから、
慎まないではいられない、ぜひとも慎むべきところなのです」
(ここまでが現代語訳です。)
●まとめ:
ここまでとても良い言葉を重ねてきているのに、
この爻辞(こうじ)には「吉」とも何とも書いていないわけです。
ここから「とても苦しい時期」だということが分かります。
もう一度、中孚(ちゅうふ)の卦の画像を示します。
普通であれば陰と陽がくっつくのが易の基本で、
自分の爻と三つずれた所の爻とが、
応(おう)という強い結びつきがあるのですが(この場合五番目です)、
同じく陽ですので、逆にお互いが離れている状況にあるのです。
爻は上に行くほど地位が高く、
一段階目は学生や浪人、二段階目は一兵卒か普通の社会人、
三段階目は中間管理職、四段階目は役員等の上級管理職、
五段階目は君主、今ですと大臣や社長がそれに当たります。
そして六段階目が引退した君主、つまり上皇や会長です。
ちなみに天皇陛下は、君主という意味であれば五番目、
直接国政に携わっていないという意味では六番目に当たります。
ここに述べたのは一応の目安ですので、六十四卦により微妙に異なります。
この場合は、二は一般の社会人や官僚で、
五は社長、公務員であれば首長か大臣です。
どんな組織にいるにせよ、上層部と考え方が違う等で
苦しい状況にいることがわかります。
そんな時は「同気(どうき)相(あい)求(もと)む」、
同じ性質の者同士、あるいは同好の士が親しくなっていくのです。
自分が何かを発信することによって呼びかけに応ずる人が出てくる、
そうして志を同じくする集まりが出来てくるわけです。
そんな中で、その道を本当に極めようとする意思の有無や程度、
どんな人を選ぶのか、あるいはそれは人ではなく、
自分を引っかけるワナであったり珍しい宝物だったりすることもあるのです。
そこからやってくるのは発信したのが何であるのか、
ということによって決まるわけです。
君主がある珍しい宝物に心奪われていれば、
遠方からそれを聞きつけた商人が現れて、
お宝を手に入れる代わりに国の実権を乗っ取られてしまったり、
民衆が今までやっていたことを放り出して君主が求めるものだけを
血まなこになって追い求め、国内が荒れてしまったりするのです。
時の総理大臣がもしゴルフが好きだったとすれば、
ゴルフを始め出す人も自然に多くなるのです。
これは良い影響だと思いますが、
これ以外の分野や内容によってはひどいことになります。
昔の君主制であればなおさらだったわけです。
集まってくる人はその人のそれまでの人生を反映しているのです。
道徳だけではなく、
本当に価値のあるものを発信できているかが問われてくるのです。
価値のあるものを提供できていれば「孚」、人に信じられるということです。
こういう部分に気をつけて頑張っていきます。
今回も長文にお付き合いいただき感謝いたします。
(了)
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●解説の続きです
さて、先ほどの原文の最初の部分は、
六十四卦の中孚(ちゅうふ)の卦に当たります。
まず、この卦はこんな形をしています。画像で示します。
先ほどの六十四卦は六段階の横に引いた線で表されます。
このそれぞれを爻(こう)と言います。
真ん中が切れていれば陰を、切れていなければ陽を示します。
中孚(ちゅうふ)の中とは
「両極端を避けたその時その時にふさわしい振る舞い」のことで、
物差しで測ったような真ん中を指すものではありません。
「孚」は「信」、つまり信じることと信じられることの両方を指します。
儒学の経書でも「信じる」の意味だけで意味を取ると苦しくなる場合も
「信じられる」の意味で解釈すると良い場合が多いです。
そうしないと「君子は常に素直でしかもだまされない」という
有り得ないものになってしまいます。
実際には、そんなバカ正直な人ではだまされるのは当然なのです。
そういうものを述べてはおりませんので、一言注意点としてあげておきました。
そして、
その中孚(ちゅうふ)の卦の形が、
すでに「人に信じられる」ということを象徴しているわけです。
陽は充実を表し、陰は空虚を示します。
この卦では下から三段目と四段目が陰で空虚になっています。
真ん中が空虚で「欲が少ない」ことを示しています。
六十四卦は上の三段階と下の三段階が分かれて、
この部分が八種類の形になって、それが八卦です。
これもこの卦を解釈する手がかりとなります。
まず、下三段の卦は「兌(だ)」と言います。この卦は兌は「泉」を意味していて、
「悦(えつ)」、つまり「よろこぶ」を意味しています。
「悦(よろこぶ)」と「説(と)く」の象徴でもあります。
卦の説明で説とある時は悦の意味でも考えた方が理解できます。
「兌(だ)」の卦は以下の画像のような形になります。
一方で、もう一つの卦は「巽(そん)」と言います。
風を象徴していて「従う」という意味があり、
木、あるいは水に浮かぶ船を指すこともあります。次のような形です。
下の八卦が人の内面を表し、上の八卦が外見、
或いは外部との交渉を指しています。
この場合は内面が「兌」、つまり心は喜んで、
外部には「巽」、従うということです。
心から喜びながら従うということです。
どういうことかと言いますと、
世の中には本音と建て前がありまして、
もし建前の場合にしても、全く自分の意思のないものだとしたら、
建前を行う人間自体が苦しい思いをして、
その上で相手に見透かされてしまいます。
建前の場合も自分の中にある本当の真心のほんの一部分でも
存在するかどうかが分かれ目になってくるわけです。
これが「よろこんで従う」という意味になるわけです。
さて、その八卦のそれぞれ真ん中に当たる部分、
つまり六十四卦でいうところの二番目と五番目の部分を
中位(ちゅうい)と言いまして、
これも六十四卦の要の部分で、この部分が陽だということは、
「内面が充実している」ということです。
欲を少なくして、修養によって内面を充実させていく、
この両方を兼ね備えて信じられる人間、ということを説いているのです。
前者に傾いていれば隠者のたぐい、後者に傾けば豪傑なわけです。
その両極端の両方の間の、その人その人の特質にあった
程良い所にたどり着けば、人に信じられるということになるわけです。
さて、
今回の原文の最初の部分は、下から二段階目の爻(こう)を説明した
「爻辞(こうじ)」の一節です。再び以下に示します。
その後に加えて、この部分を解説した象伝(しょうでん)の一節を示します。
○爻辞(こうじ)の原文:
「鳴鶴在陰、其子和之、我有好爵、吾與爾靡之
象曰、『其子和之、中心願也』」
○爻辞(こうじ)の書き下し文:
「鳴鶴(めいかく)陰(いん)に在り、其(そ)の子(こ)之(これ)に和(わ)す、
我に好爵(こうしゃく)有り、吾(われ)爾(なんじ)と之(これ)に靡(したが)わん、
象(しょう)に曰(いわ)く、
『其(そ)の子(こ)之(これ)に和(わ)す、
中心(ちゅうしん)より願う也(なり)』」
(ここまでが爻辞(こうじ)の書き下し文です)
では、最初の文から解説していきます。
まず、この爻(こう)は「九二」と呼ばれます。「二」は二段階目の爻を表し、
「九」は陽の数で、その爻が陽であることを示します。
ちなみに「六」は陰の数です。どうして九と六がそうなっているかと言いますと、
昔から五行(ごぎょう)という考え方がありまして、
木化土金水の五つの要素で世の中が出来上がっているという考え方です。
それぞれに番号を1〜5を割り振って、
奇数は陽の数ですので、
それを合計すると1+3+5=9、つまり陽の数「九」になり、
偶数は陰の数ですので、
それを合計すると2+4=6、つまり陰の数「六」になるのです。
細かいことですが、ちょっとした豆知識です。
「鳴鶴(めいかく)陰(いん)に在り」、
「陰」は物陰です。つまり、物陰に隠れて親の鶴が鳴くわけです。すると、
「其(そ)の子(こ)之(これ)に和(わ)す」、
つまり鶴の雛が親の鳴き声に「ここにいるよ」と返事を返すわけです。
「我に好爵(こうしゃく)有り」、「爵(こうしゃく)」は
昔の貴族の位の「爵位(しゃくい)」あるいは権利、権力を指します。
「私は良い爵位(しゃくい)とその地位にふさわしい権力を持っています。」
となります。
「吾(われ)爾(なんじ)と之(これ)に靡(したが)わん」、
「爾(なんじ)」とは「あなた」という意味です
「之(これ)」とは「徳」のことです。この時の徳は、
経書の『大学』にある「明徳(めいとく)を明(あき)らかにする」です。
明徳とはその人その人に備わった優れた性質のことです。
それを明らかにする、つまり修養によって、
更に養って磨きをかけていくということです。
この結果出来上がった徳のことです。
「爾(なんじ)」で言われているのは遠くにいる同じ徳を持つ人のことです。
「わたしは遠くからやって来たあなたと同じように、
人に備わった性質に磨きをかけた徳に従おうと思います。」
となります。
まずは全体の現代語訳をまとめて、
最後の言葉の意味を再検討してまとめとします。
((3)に続きます)
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●はじめに
漢文の翻訳の記事を書く時には、翻訳とともに実際の状況、
厳密に自分自身でなくても他の方により伝わりやすい状況をもとに
解説するようにしています。
経書などは時折ただのお題目になってしまっては、
読んでいる側は苦しくなるわけです。そこで、
それが思い付くまで他の作業や諸々なことをしていることも多いのです。
私も漢文では自分が納得いくまで考えて、
その結果をお伝えすることでわかりやすいと
中学生からも感想を頂くことがあります。
他の作業をしていく中も問題について考えていて、
全くリラックスしている時もその問題が頭の隅っこにこびりついているわけです。
そんな時にふっと目の前の状況を見ている中で解決策が浮かんでくるわけです。
常に考え続けながら、答えが思い付くのは時と場所を選びません。
夢の中であったり、入浴時であったり、
渓谷で釣りをしている時だったりするわけです。
アルキメデスは風呂場で思い付いて一言叫んだわけです。
今回は先日の午前中のコメントやツイートを読んで、
更に私自身の書いた文章を読み返して思い付きました。
以下、解説をしていきます。
「儒学が役に立たない例」はいくつかあります。
その中でも君主は自分の身を修めることによって国をきちんと治めることができる、
というものは、儒学の基本的な考え方でありながら、
なぜそうなるかという道理をきちんと理解していなかったことによって、
かえって亡国の憂き目にあった時に、
儒学がその原因とされてしまっている箇所です。
南宋の時代に元が北から攻めてきて窮地になった時に、
時の皇帝がどうやったらこの苦難を打開できるのかと問うた時に、
この言葉をお題目として述べるに止まったがために、
元に滅ぼされた原因とされてしまった向きもあります。
この部分をお題目ではなくしっかり考えていくもとを考えるために、
私も時間を費やしていました。
まず、これに関係する言葉は、『易経』の易の哲学を論じた
繋辞伝(けいじでん)の上にあります。
『易経(えききょう)』は儒学の経典の一つです。
儒学者はこれを道徳の本として学んでいって、自分自身を占いうことはないのです。
易の占いの中でこの易経の文章を使う場合は、
いろんな道具(筮竹(ぜいちく)等)や暦からの数字の操作によって、
そこから卦を立てて、そこから占いの結果出て来たその易経の一節をもとに
占いの結果を考えていくのです。
これは人の人生を見る時にいちいち経文の全てと照らし合わせるのではなく、
その一部分を深く掘り下げながらアドバイスをしていく、ということです。
この卦を立てる儀式を厳粛に行うことによって相談者も真剣になって
その言葉や相談者自身の人生を改めて省みることが出来る、
ここが大切な部分になってきます。
今回もその繋辞伝の一節を、実際に六十四卦の中に出てくる一節をもとに
説明していきます。
●原文:
「『鳴鶴在陰、其子和之、我有好爵、吾與爾靡之』。
子曰:『君子居其室、出其言、善則千里之外應之、
況其邇者乎、居其室、出其言不善、則千里之外違之、
況其邇者乎、言出乎身、加乎民、行發乎邇、見乎遠。
言行君子之樞機、樞機之發、榮辱之主也。
言行、君子之所以動天地也、可不慎乎』
●書き下し文
「『鳴鶴(めいかく)陰(いん)に在り、
其(そ)の子(こ)之(これ)に和(わ)す、
我に好爵(こうしゃく)有り、
吾(われ)爾(なんじ)と之に靡(したが)わん』。
子(し)曰(のたま)わく、
『君子(くんし)其(そ)の室(しつ)に居(お)りて、
其(そ)の言(げん)を出(いだ)すに善(ぜん)なれば、
則(すなわ)ち千里の外(そと)之(これ)に応(おう)ず、
況(いわ)んや其(そ)の邇(ちか)き者(もの)をや、
其(そ)の室(しつ)に居(お)りて、
其(そ)の言(げん)を出(いだ)すに不善(ふぜん)なれば、
則(すなわ)ち千里の外(そと)之(これ)に違(たが)う、
況(いわ)んや其(そ)の邇(ちか)き者(もの)をや。
言(げん)を身(み)より出(いだ)し、民(たみ)に加え、
行(おこな)いを邇(ちか)きより発(はっ)し、遠くを見る。
言行(げんこう)は君子(くんし)の枢機(すうき)にして、
枢機(すうき)の発(はっ)するは、栄辱(えいじょく)の主(あるじ)也(なり)。
言行(げんこう)は、君子(くんし)の天地を動かす所以(ゆえん)なれば、
慎(つつし)まざるべけんや』と。」
ここまでが書き下し文です。このあと、噛み砕いて解説いたします。
●解説:
最初の文章は今回の六十四卦の一節ですので、これは後で解説していきます。
「子(し)曰(のたま)わく、」、
「子(し)」とは「夫子(ふうし)」のことで、これは「先生」と訳されますが、
私信の中で相手を敬う言葉でない場合は「孔子」を指します。
「孔子はこのように述べておりました」
「君子(くんし)其(そ)の室(しつ)に居(お)りて、
其(そ)の言(げん)を出(いだ)すに善(ぜん)なれば、」、
「君子(くんし)」は修養の出来た立派な人のことです。
「修養の出来た人である君子(くんし)は、」
「自分の部屋にいて言葉を発し、それが善(よ)い言葉であれば、」、
「則(すなわ)ち千里の外(そと)之(これ)に応(おう)ず、
況(いわ)んや其(そ)の邇(ちか)き者(もの)をや、」、
「況(いわ)んや」は「ましてや〜は」、という意味です。「邇」は「近い」です。
「千里より遠くにいる人たちもその善い言葉に応じてやって来るのです。
ましてやそれより近い人ならなおさらそうなります。」、
「其(そ)の室(しつ)に居(お)りて、其(そ)の言(げん)を出(いだ)すに
不善(ふぜん)なれば、則(すなわ)ち千里の外(そと)之(これ)に違(たが)う、
況(いわ)んや其(そ)の邇(ちか)き者(もの)をや。」
「違」は「たがえる、そむく」
「自分の部屋にいて言葉を発し、それが善(よ)くない言葉であれば、
千里より遠くにいる人たちもその善くない言葉を聞いて
その言葉に背くようになるのです。」
「言(げん)を身(み)より出(いだ)し、民(たみ)に加え、
行(おこな)いを邇(ちか)きより発(はっ)し、遠くを見る。」、
ここで「言(げん)を身(み)より出(いだ)す」とはどういうことかと言いますと、
たとえば病気をした時に苦しくなって、
どんな人も苦しいわけです。そんな苦しみの中で、
「自分の受ける苦しみは人の持つ苦しみと同じものだ」と思うことが出来れば、
本当に人のことを思いやる言葉をかけることがが出来るということです。
「仁」とは「人が二人いる」という字であり、
人が二人いれば必ず起こる相手への気遣いのことを指します。
そこから更に修養を重ねていった結果たどり着く境地を、これまた「仁」と言います。
こちらは「聖人の道」という意味で使われる仁です。
「行(おこな)いを邇(ちか)きより発(はっ)し」とは、
身近な所から行っていく、日々の生活であり、
日常の周囲の人との付き合い、職場での仕事や人間関係のことです。
或いは学習の際も、経書やいろんな昔の文章を今の自分自身の状況から考えていく、
この二つをしっかりと身につけた上で、民衆を思う政治、
もちろん、民衆におもねる政治ではありません。
そして、身近な所から同心円状に遠くに思いを及ぼしていく、
遠くに目を向けていく、ということです。
「言行(げんこう)は君子(くんし)の枢機(すうき)にして、
枢機(すうき)の発(はっ)するは、栄辱(えいじょく)の主(あるじ)也(なり)。
言行(げんこう)は、君子(くんし)の天地を動かす所以(ゆえん)なれば、
慎(つつし)まざるべけんや』と。」
「枢機(すうき)」の「枢(すう)」とは、ドアの回転軸のことです。
「機(き)」は弩(ど)という昔のボウガンの引き金のことです。
回転軸と引き金で、物事の大切な要点を指す言葉です。
残りを訳していきますと、
「言葉と行いは、君子の大切な要点であって、
その要点である言葉を言ったり行ったりすることで、
名誉が得られるのか、恥ずかしい思いをするのかを決める主要な点になります。
このように言葉と行いは君子が天地を動かすことのできる理由なのですから、
慎まないではいられない、ぜひとも慎むべきところなのです」
となります。
((2)に続きます)
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昔の漢字辞書
Photo by (c) Tomo.Yun
『孫子』の九変篇の一節の「智者(ちしゃ)の慮(りょ)は
利害(りがい)を雑(まじ)う」とあり、
知恵のある人はあらゆることでメリットとデメリットの
両方を勘案して判断するということであり、
このあとの本文は、
デメリットにメリットをまじえて考えれば物事がスムーズに運び、
メリットにデメリットをまじえて考えれば後々の心配事がなくなる、
という風に続いて、
これだけですとありきたりな結論に終わってしまい、よくある例として、
「実際に行うのは難しいですね」という結論で終わってしまうものです。
少なくとも説明する側の責任として、
もう少し掘り下げなければならないと思います。
ここで大切なのが注釈になるわけです。
南宋(なんそう)の時代に十一人の注釈をまとめた、
『十一家註孫子(じゅういっかちゅうそんし)』を元にもう少し掘り下げます。
曹操の註釈が大本にあって、それを他の十人が解説したり、
曹操自身の事蹟や他の故事を元に解説していく、
そんな風になっていることが多いです。
これをもとに、もう少し掘り下げてみます。
まず、詩人として有名な唐の杜牧(とぼく)の註釈です。
彼の註釈は「文章は美しいが役には立たない」などと言われていますが、
歴史が隔たって用例をそのまま活用できない現代の私たちには、
かえって役に立つものです。彼のたとえ話によりますと、
敵軍に囲まれて籠城した時に、そのまま突っ込んで囲みの中を脱出すると、
士気も上がらずに追撃にあって被害が大きくなる。
この場合は兵士たちを励まして敵軍の気持ちがだらけてきた隙を窺って勝利をし、
それで包囲を解くとよいとあります。
つまり、囲まれている自分の側のメリットは、
兵士たちを励まして何とかこの一時を耐えしのごうと
励ますことで心を一つにでき、
囲んでいる敵のデメリットは、勝利が目前にあると思いこんで
気持ちにゆるみが出るということです。
人は調子が少し上向いた時に驕った行動を取ってしまうものです。
家の中では家長だとばかりに振る舞って、
日常の細々したことまで自分の都合ばかり通していると、
定年後に三行半を突きつけられてしまうのです。
手痛い失敗を避けるためには普段驕らないことが大切なのです。
もう一つが南宋(なんそう)の張預(ちょうよ)の註釈です。
基本的に他の十人よりも長い註釈で、
もっとも新しい頃に書かれたものだと思います。
彼は西晋(せいしん)、つまり諸葛孔明と戦った
司馬仲達の子孫が建てた国の頃の出来事を引いています。
司馬仲達の弟の孫にあたる司馬?(しばぎょう)の
部下であった張方(ちょうほう)の故事を引いています。
この時代は皇族の「司馬〜」が内乱を繰り返す八王の乱の頃に当たります。
とんでもない状況でしたがそれは後述します。この張方は、
司馬?(しばぎょう)の政敵であった司馬〜と戦いを続ける中で負けることが多く、
そこをしのいで奇策や夜襲で逆転をする、そんな指揮官だったのです。
彼が洛陽の都を攻める時には連戦連敗で、
部下たちは撤退を進言するありさまでした。
そんな中で彼は、配下の者たちにこう言いました。
「兵の強弱、有利不利というのは常にあることだ。
大切なのはこの敗北の中で最後に勝利を手にすることなのだ」と。
そこで夜に秘かに兵を動かして夜襲をかけて勝利した、ということです。
この部分は、決して無理に「やる気」を出して勝利を拾うというのではなく、
冷静に自分と相手のプラスとマイナスの状況を見つめ、
自分の守りを堅固にした上で相手の隙を窺う、ということです。
『孫子』のこのあとの本文にも、
「その攻めざるを恃(たの)むこと無く、
吾の攻めるべからざるを恃むなり」とあります。
つまり、相手が攻めてこないことをただ願うのではなく、
自分が相手に攻められない態勢を整えて、
そのことで相手が攻めてこないようにすべきだと、
そのように解説しています。
優勢の中のデメリット、劣勢の中のメリットを見つめながら、
自分の弱みをきちんとカバーした上で相手の隙を窺って勝利を取る、
ということです。
有利な時に驕らず、不利な時に万策を尽くす、特に有利な時に、
驕りによる慢心が原因で一気に人生のどん底に落とされることがあります。
さきの家の中の例で言えば、
旦那さんが日々偉そうにしている中で奥さんは着々と準備を整え、
定年後に気付いた頃には一気に破滅してしまいます。
その時に旦那さん本人は「どうして?」と、思うわけですが、
それは日々の奥さんへの感謝と気遣い、
行動を伴う気遣いが足りないからなのです。
驕りというものを抑えるだけで、きちんと幸せを手にできるのです。
苦境にあって何とか勝ちを拾うよりもよっぽどマシではないかと思うわけです。
さて、この張方の末期がまた悲惨なのです。
このあとの戦いの中で苦戦し、同じように防備を固めていた所、
主君の司馬?(しばぎょう)が窮地に陥り、
張方が防備を固めて攻めることがないのは、
常に彼が自分に背く気持ちがあるからだという話を信じて、
降伏するために張方を呼び寄せて捕らえ、
彼の首を敵に差し出しました。
しかし許されず、結局、司馬?(しばぎょう)も殺されてしまいます。
自分を引き立ててくれた恩人でもある司馬?(しばぎょう)に
こんな目に遭うとは夢にも思わなかったでしょう。
自分の得意な戦法が、自分の身の破滅を招いたというのは何とも皮肉なものです。
この出来事をあえて典拠とした張預は、
おそらく祖国の南宋の内紛に心を痛めていたのではないかと思います。
西晋はこんな骨肉の争いの中で疲弊して外部勢力に攻められ、
都を東に遷さなければならなくなりました。
このあとを東晋(とうしん)というわけです。
北宋も北の金に攻められ南に都を遷しました。
本当に国を守るためにすべきことは何かを暗に示したかったのだと思います。
損得の冷静な見積もりととともに、国内の争いの中で人を思いやる気持ち、
仁、つまり人が二人いれば自然に相手を思いやる気持ちが、
上手く機能していないからではないのかという問いかけを聞いたようです。
今の世の中にも通じるものがあるのではと思いました。
私自身もこうしたポイントに気をつけて学んでいきます。
今回もとても長い文章でしたので、
じっくりと読んでいただいて感謝いたします。
(了)
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