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大原美術館(岡山県倉敷市)
Photo by (c) Tomo.Yun
個性とは何か、以前から考えていたことを
ツイッターにツイートしたものを以下のように編集しております。
人と違うことを考えるということはそれほどないのだと思います。
極端なことをいえば、「自分の欲望のために人を殺していい」
という考えの人は社会では生きられないわけです。
こういう人を取り締まるための法があり、警察組織があるわけです。
人と違うことを考えようとすると、こういう極端なことになりかねないのです。
もしこういう所で甚だしい違いがあれば、社会が成り立たないわけです。
しかし今は個性を発揮させなければ国の行く末も危うい時代なのです。
考えで人と人との間に違いがなければ、
どこに注目していけばいいかと言いますと、
「人の考えは似通っていても、人生それ自体は一卵性双生児でも異なる」
という所です。
一卵性の双生児であって、小学校で席は隣どうしだとしても
見ている景色は少し異なり、どちらかだけが病気になるという時もある、
そんな些細な相異が積み重なっていく内に、
違う相手を配偶者に選び、全く違う人生を経た後に最期を迎えるのです。
つまり自分の人生を丹念に見つめ、きちんと過ごしていくこと、
この部分を創作に活かすことを「個性」と言うのだと、そう思っています。
『論語』に出てくる弟子たちは一人一人異なり、
その中でも好対称なのが子貢(しこう)と顔回(がんかい)です。
子貢は弁舌が巧みで相場を読み取ってお金儲けをすることも得意です。
そんな彼が孔子や一門を食わせているようなものだったのです。
それでいて孔子は病弱で風采の上がらない顔回を勉強好きと称し、
子貢が「私はとても顔回にはかないません」と言うと、
孔子は「そうだろう。私もかなわないのだ」という答えを聞いて、
子貢は内心、それは違うだろうと思っていたと思います。
ここまで全く違う弟子たちが同じ一門で学んでいるのは、
孔子の仁徳などというものだけではなく、
その学問自体に、弟子たちが窮屈しない部分、
個性を養う部分があるからだと思っています。
極端に言えば、子貢ほどの商才があれば、
別に孔子など要らないわけです。
それでも孔子のもとを去らないのは、
孔子の学問が彼にとっても役に立つものだからだと考えられます。
一方で、その後の時代の儒学者の弊害を見ますと、
まるで金太郎飴のようにどこを切っても同じ人しか出て来ずに、
言葉は一見立派でも、かたくなに昔の時代を懐かしがって
それを繰り返すだけだったり、
その人の日常を眺めると「本当に理解しているのだろうか」
という疑念を抱かせるような偽善者になっていたりと、
おおよそまっとうな意味での「個性」とは全く違う人たちに
なってしまっているのです。
これは儒学の「昔の言葉を学ぶ」ということが、
単に昔の偉人を顕彰して、彼らが実現した旧秩序こそ正しいのだと、
そう述べて伝えていくことが儒学であるという思い違いから来るのです。
本当の意味での「昔の言葉を学ぶ」とは、
昔の言葉の意味を知るために、
今その人が直面している出来事をもとに、
今の自分にとって昔の言葉がどのような意味を持ってくるのかを考え、
今を生きる人の知恵として活かしていくことなのです。
その自分の人生を見つめ直していく過程の中で養われていくのが、
本当の意味での「個性」だと、そう考えております。
顔回は自分の苦しい病苦と貧しさを堪え忍ぶために、
孔子に学んだことをその苦しみの中で見つめ、
子貢はその学問を商売の過程の人との交渉事や、
他人の気持ちを推しはかるための手がかりに活かしていった、
ということです。
昔の言葉はたったの一つであっても、個々の人生から昔の言葉を眺め、
活かしていく際には星の数ほどの展開があるわけです。
私もさして新しいことを発想できる人間ではないのですが、
昔の言葉を手がかりに、自分の個性を探っていこうと、
そんな気持ちで学んでいきます。
(了)
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その他の漢文
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草履
Photo by : clef
今日届く本を学ぶための基礎知識をここ数日まとめています。
特に「五行(ごぎょう)」についてまとめています。
五行は易の中でよく出てくる概念で、
物事の性質や働きを「木・火・土・金・水」の五つの元素で表したものです。
今の時代からすればオカルトじみていますが、
易の本を読んでいくためには必須の知識になっています。
五つの元素それぞれについて説明していきますと、
「木」は「成長」や「上昇」を、
「火」は「熱」や「向上」を、
「土」は「植物・穀物」や「あらゆる物を生み出す働き」を、
「金」は「秋に草木が枯れる働き」や「変革」を、
「水」は「潤う」や「下に向かう働き」を象徴するものです。
さて、この五行の考え方の中で、とても大切なのが
この五つの元素の間の関係、「生克(せいこく)」です。
ある元素がある元素を養い促進させる関係を「生(せい)」、
ある元素がある元素を抑え込んだり制約したりする関係を「克(こく)」と言います。
どれがどれを生じて、どれがどれを克するかという関係を言葉で表すと
「金は水を生じ、水は木を生じ。。。」という感じになっていて
覚えづらいと思いましたので、
これが本文を読んでいる中でぱっと出てくるように、
覚えるための工夫を思案していました。
この対応関係をわかりやすく図で示したものがこちらの画像です。
この図を発見した時に分かりやすいなと思いました
(画像は改めて私自身が描いてみたものです)。
これを元に暗記法を考えていきました。
ここから考えた生克の覚え方は、以下の通りです。
(一)「木 -> 火 -> 土 -> 金 -> 水」という順番を覚えておいて、
(二)自分の一つ先のものを生じ、二つ先のものを克する、
という形で覚えていくと良い。
とわかりました。
すると「木は火を生じ、木は土を克する」ことを
導き出すことができるわけです。
(水の後はまた木に戻り、再び循環していきます。)
こうして考えれば、丸暗記で覚えることは
「木火土金水」の順番だけですから、
何とか覚えやすくなったと思います。
学生の頃から比べますと暗記力が落ちていますので、
様々なものをこうして工夫して覚えております。
これからもしっかりとがんばっていきます。(了) |
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碁盤
Photo by : clef
(1)『荀子(じゅんし)』の修身(しゅうしん)の篇で
今までよくわからなかったのは、
礼(れい)を学ぶこと、よりわかりやすく言えば、
道理を知ることが心身を養い健康を保つ手段だという部分です。
しかし今になって考えてみますと、私にとって本当に健康に資することは、
医師の指示通りに療養すること以外では、
道理を知ることで状況を明らかにしていくことだと、
そういうことに最近気づいてきました。
(2)Facebook ではコミュニケーションが上手くいっていても、
初めたばかりの SNS ではコミュニケーションが上手くいかない
ということがあります。
最初はどうしてなのかと思っていましたが、
最近思うのは「勢(せい)」という言葉です。
「勢」というのは『韓非子(かんぴし)』に出てくる概念で、
「権勢(けんせい)」を意味する言葉で、
わかりやすい例で言いますと、
(3)地位の高い人がそうでない人よりも上手く仕事ができるのは、
能力もあるけれども、それよりも自分の高い地位が
状況を上手く動かすのに役立つから、という面も強いのです。
これが「勢」です。
たとえ聖人の孔子といえども遠方から君主を訪ねて
説得しなければならないのです。こんな差があるのです。
(4)私も単に漢詩や漢文の勉強をしているだけでは
足下を見られることも多いのです。
私の Facebook の記事のいいねとコメントの数を見て
ようやく信用されるという面も強いのです。
私が学問と理屈だけの人間ではない、ということの
わかりやすい指標だからです。
(5)学問をする人間、特に社会的に苦しい時の学問というのは、
単にものを知っているというだけでは信用されることは難しいのです。
「世の中は学問だけではやっていけない云々」と、
常に私自身が自覚して気をつけていることを
わざわざ偉そうな顔でお説教をしてくる年上の人間も結構多いのです。
(6)今は匿名性の強い SNS よりも、実名を使う人の多い
Facebook や議論がオープンな Twitter の方が
過ごしやすくなってきました。
議論がオープンでなければ実力よりも「勢」の部分が強くなるのです。
つまり長年その SNS をしていて友人も多い、という状況が、
何よりも有利に働くということです。
(7)確かに Facebook では友達を作るのが極端に難しいですが、
ちょっとしたきっかけで自分の実力や性格を示すことで
人と人との信頼関係を築くことも結構あります。
匿名性の強い SNS は相手を無視することも容易です。
ブロックした上でその責任を一方的に相手になすりつけることも簡単です。
他の人はきちんとした事情を知らないからです。
(8)しかしある程度オープンであれば、
たとえブロックしてもごまかしは利きません。
Twitter でも偽物やでたらめは発見されて駆逐されます。
ブロックした方が正しい時も、誰にとっても明白なのです。
本当に匿名が自分を助ける事になるのか、
ということは改めて考える必要があると思います。
(9)高い地位や有利な状況にいる人、つまり「勢」を身につけた人は、
状況を上手く動かせられることで驕らないことが大切です。
勢は一時的なもので、永続は不可能だからです。
間違っても相手に向かって、
「お前の代わりなどいくらでもいる」等と
思ってはならないのです。ましてや言ってはならないのです。
(10)私もコメントやいいねが多くつくからといって、
決して調子に乗るようなことをしてはいけないと思っています。
相手のページでは必要がなければ漢文の「か」の字も出さないように配慮して、
相手の記事の意図に沿った丁寧なコメントを返しています。
そうすることで本当の信頼関係を築くことができると思っています。
(11)そう考てみると、とても 1,000 人のお友達などは私には無理だと思います。
一日中コメントをしても五十人ほどがせいぜいです。
毎日行きたい人もいます。数字の上では一週間ほどで
ほぼ全員回れる計算ですが、そんなに上手くはいかないのです。
私が最近新しい友人の承認に慎重になる理由です。
(もちろんFacebook をする目的によっては
1,000 人が目標になることもあります。)
(12)Twitter では一日に1,000ツイートをこえると
ツイートがしばらくできなくなりますので、
さらに深刻です。
(リツイートをしていくと簡単に 1,000 ツイートを超えます)
それでもフォロワーさんが減らないのは幸福な状況だと思っています。
(13)こういう道理を考えていくと状況がクリアになって
反省点がしっかりしてくるのです。
こうしてむやみに腹が立たなくなれば健康に過ごせるのです。
荀子はこういう事を言いたいのかなと改めて思いました。
これからもしっかりとがんばっていきます。
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前半の記事
ここからが前半からの続きです。
全てが計算通りに行かないからと言っても、全く予測も付けていなくて、
その場の流れに対応するだけで応じようとしたり、
あるいは計算の段階でどうも勝てそうもないという事が分かった上で、
実際に戦う中で何とか勝ちを拾おうとしたりする、
そういう考えでは勝利はつかめない、そういうことを述べています。
研究発表やスピーチをしたことのある方ならたぶんおわかりだと
思いますが、あらかじめ原稿を用意していても、
それに一言一句間違えずに述べることはないと思います。
むしろ原稿を作った上でそれを頭の中に咀嚼してたたき込み、
要点を把握した上で発表の場に立つわけです。
場数を踏んでくると、自分の得意分野に関しては原稿もなしに
発表をすることも出来るようになります。
しかし、ちょっとちがうテーマを述べる場合は原稿を、
少なくとも話す内容を箇条書きにしたメモを準備せずには
できないと思います。
ましてや場数も踏んでいなければ、たいしたことを述べることも
出来ずに大失敗で終わることが多いと思います。
他のケースでも、将来は予測できないからといって、
本当に完全にアドリブで対応しなければならないことは少なく、
予測することの難しいところでも、ある程度の準備は可能で、
少なくともその部分の準備はきちんと行う必要がある、
ということだと考えています。
ましてや戦争という国の最も重要なことを決めるのに、
きちんとした準備をしないわけにはいかない、
ということは言えると思います。
以上をまとめまして、この『孫子』計篇の概略を以下に述べます。
●『孫子』計篇の概略:
この計篇で述べていく「計(けい)」とは、
「計算(けいさん)」、つまり、物事の利害や損得を考えることです。
具体的に何を計算するかといいますと、
下の五つのことを計算するのです。
つまり『孫子』のこの篇の本文で述べられる、
道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)のことです。
「道(みち)」とは善政を施して信頼を得た上で民衆を動かすこと、
「天(てん)」とは天候や気候が戦にどのように影響してくるかを
考えること、
「地(ち)」とは距離の遠い近い、進路の広い狭い、などの
戦争に関わる地理的な条件を考えることで、
「将(しょう)」とは優秀で賢明な将軍を任用すること、
あるいは相手の将軍の能力を考えることで、
「法(ほう)」とは旗や鐘などの軍を動かす上での目印、
褒美を与えたり刑罰を与えたりすること、
軍の食糧や経費に関することを考えていくことです。
この五つのことについて、「廟堂(びょうどう)」、
つまり先祖をまつるお堂で、
軍を動かすために、勝敗や利害や損得をあらかじめ予測して
考えるのです。これを「廟戦(びょうせん)」と言います。
その廟戦(びょうせん)の中で、
五つのことに関して敵と味方の実際の状況を比較し、
どちらが有利でどちらが不利かを計算して、そうして
この戦争に勝つか負けるかがきちんと決まるようにしていくのです。
そんな風にして勝負の行く末をきちんと定めたところで、
その後に戦争を仕掛け、兵士や民衆達を戦争に動員するのです。
軍を動かすための道理は、まずはこの五つのことを考えて
計算していくことから始まります。だからこそ、そのことをこうし
て書いて、『孫子』の多くの篇の最初に置いたのです。
ところで、戦争の中では敵に向かい合って、
その時々の状況の善し悪しを判断して敵を制圧することが大切なのに、
曹操までもが「先祖のお堂で勝敗を計る」ということを行うのは、
なぜなのかと言いますと、
将軍の賢いか愚かか、敵が強いか弱いか、
戦場となる土地の遠いか近いか、兵士の数の多いか少ないか、
こういう部分はあらかじめ考えて、準備をすることができます。
そうして準備をした上で、両軍がお互いに向き合ってからは、
その場その場の状況に応じて動く必要があり、
これらは将軍がその場で決めなければならないことなのです。
ここは計算をより厳しい基準で行ってどうにかできるものではないのです。
しかしあらかじめ予測を立て、ある程度に状況の推移が
わかっていることによって、戦争での要点をつかむことが出来て、
現場において予想外のことが起きたとしてもあわてることなく
対処をすることが出来ます。
きちんとした準備をすることが、将軍の現場の判断を冷静に行わせ、
予想外な状況への対応もより適切に行わせることを可能にさせるのです。
そのためにこそ、「廟戦(びょうせん)」の中での「計算(けいさん)」が
大切になってくるのです。
だからこそ、『孫子』の本文の最初に、
この「計篇」が置かれていると言えるのです。
●感想:
こういう文章を書くと、単なる戦争批判のように思われる方も
いるかもしれませんが、
『孫子』の本文を訳す中で戦争はどうあるべきか、
将軍はどのように考えるべきかを述べていく際に、
先の大戦で祖国のために戦った方々の霊を
どのようになぐさめるかということや、
先の大戦が歴史的に見てどのような価値があったかということを、
持ち込んで考えないようにしています。
戦争の評価というのは、市民や学者が行う事であって、
将軍となったものが行うものではない、そう考えています。
一兵卒、一国民として考えるべき事と、
将軍や組織で人の上に立つ人が考えるべき事は、
時に大きく異なることがあるということです。
将軍は戦争に勝つ、あるいは戦争を回避しなければならず、
社長は会社を維持しなければならず、
国の指導者は国を存続させなければならないのです。
こういう部分についてきちんと深く考えていくことが、
リーダーシップにつながっていくと、そう考えています。
これからも『老子』と並行して、『孫子』もしっかりと訳していきます。
これからもしっかりとがんばります。
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こんにちは。これから兵法書の『孫子(そんし)』の翻訳をしていきます。
「兵法書(へいほうしょ)」というのは実際の軍隊の動かし方を
説明している書物とされていますが、『孫子』では実際の軍の動かし方を
書いているわけではないです。
同じ兵法書でも『六韜(りくとう)』の後半部分には昔の実際の戦車の
動かし方が載っていますが、これは今の世の中では全く役に立たず、
本当に歴史的な資料の意味合いしかないです。
『孫子』の本文は一見抽象的で、一体何の役に立つのかという疑問が
常に浮かんでくると思います。『孫子』を含めて漢文や古典の文章は
読み方を理解しておかないといけないのです。
『孫子』の文章の一つ一つを実際の具体的な状況、一国一城の主として
人の上に立った時、あるいは組織に属している自分自身の状況に
照らし合わせて、
「この部分のこの言葉は今の私の状況にとってどのように解釈すべきか」「この部分の言葉をどのように考えるべきか」
ということを一つ一つ具体的に考えていくことで、
『孫子』の言葉が生きた言葉として自分の血肉として
身につけることが出来るようになってくるのです。
そういうことは『論語』の方が家庭の中などでも具体的な状況を
見つけやすく、そういう読み方の入門編と言うことが出来ます。
そして『孫子』はその応用編となるのです。
この『孫子』の注釈書、つまり『孫子』を説明する文章を書いた
有名な一人が、三国志でも有名な魏の曹操(そうそう)です。
私が改めて説明する必要もないほど兵法に通じていまして、
この『孫子』の注釈もとてもわかりやすく、明快に説いていて、
「この部分はこう読む」とか、他の兵法書を引用してのちょっとした説明は
あるものの、歴史的事実を述べて自説を展開することがほとんどない、
という姿勢にとても感動していました。
今回もこの曹操の注釈を基本として、いろんな学者の注釈に
当たってみることにしました。
今回は北宋の学者の吉天保(きつてんほ)の
『孫子註解(そんしちゅうかい)』の中にある、
いろんな学者の注釈をもとに、訳していきます。
今回は、一番最初の篇である「計篇」の概略を、
何人かの註釈をもとに説明をしていきます。
まず、「計篇」の「計(けい)」とは何かという点です。
まずは曹操の注釈を見てみます。
(原文)
曹操曰、計者、選将、量敵、度地、料卒、遠近、険易、計於廟堂也。
(書き下し文)
計(けい)は、将(しょう)を選(えら)び、敵(てき)を量(はか)り、
地(ち)を度(はか)り、卒(そつ)を料(はか)り、
遠近(えんきん)、険易(けんい)、
廟堂(びょうどう)に於(おい)て計(はか)るなり。
(現代語訳)
「計(けい)」とは、軍の指揮官である将軍を選び、
敵の情勢を味方の状況と比較し、戦場となる土地の様子を調べ、
兵士達の優劣を比較し、戦場までの距離などの遠い近い、
道のりが険しいか移動しやすいか、などを
「廟堂(びょうどう)」、つまり先祖をまつるお堂で軍を動かすために、
勝敗や利害や損得をあらかじめ予測して考えることです。
(ここまでが曹操の注釈の現代語訳です) 戦争が始まる前に勝敗の行方やその結果どうなるか、
ということについて、あらかじめ予測を立てて考えていく、
これが「計(けい)」であるとしています。
それを「廟堂(びょうどう)」つまり先祖をまつるお堂で行うのです。
『老子』の三十一章でも述べられていますが、
軍事は葬式の礼法に従って行われます。
例えば、日本の昔の官職で、左大臣と右大臣では左大臣の方が
位が上なのに対し、左大将と右大将では右大将が上なのは、
廟堂での先祖の並べ方を昭穆(しょうぼく)と言いまして、
一番古い先祖を中央にまつり、その次の代を右、三代目を左、
という風にして右と左の二列に並べていく決まりがあり、
葬儀の礼法で右を尊ぶことから来ています。
そしてこの『孫子』のように先祖をまつる廟堂で
政治の方針を決めることを「廟算(びょうさん)」と言い、
廟堂で今回のように計略を立ててあらかじめ
勝敗の予測を立てることを「廟戦(びょうせん)」というのは
ここから来ています。
その「廟戦(びょうせん)」を具体的にどのような形で
『孫子』の本文の中で述べていくかについては、
詩人としての方が有名な、唐の末期の政治家の
杜牧(とぼく)の注釈に述べています。
(原文)
計、算也。曰、計算何事。
曰、下之五事、所謂道、天、地、将、法也。
於廟堂之上、先以彼我之五事、計算優劣、然後定勝負。
勝負既定、然後興師動衆。
用兵之道、莫先此五事、故著為篇首耳。
(書き下し文)
計(けい)とは、算(さん)なり。
曰(いわ)く、計算(けいさん)するは何事(なにごと)ぞ。
曰(いわ)く、下の五事(ごじ)なり、
所謂(いわゆる)道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)なり。
廟堂(びょうどう)の上に於(おい)て、
先(さき)んずるに彼我(ひが)の五事(ごじ)を以てし、
優劣(ゆうれつ)を計算(けいさん)して、
然(しか)る後(のち)に勝負(しょうぶ)を定(さだ)む。
勝負(しょうぶ)既(すで)に定(さだ)まりて、
然(しか)る後(のち)に師(いくさ)を興(おこ)して
衆(しゅう)を動(うご)かす。
兵(へい)を用(もち)うるの道、
此(こ)の五事(ごじ)に先(さき)んずること莫(な)し、
故(ゆえ)に著(あらわ)して篇(へん)の首(はじめ)となすのみ。
(現代語訳) 計(けい)とは、計算(けいさん)、
つまり、物事の利害や損得を考えることです。
何を計算するかといいますと、下の五つのことを計算するのです。
つまり『孫子』のこの篇で言うところの、
道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)のことです。
「道(みち)」とは善政を施して信頼を得た上で民衆を動かすこと、
「天(てん)」とは天候や気候が戦争にどのように影響してくるかを
考えること、
「地(ち)」とは距離の遠い近い、進路の広い狭い、
などの戦争に関わる地理的な条件を考えることで、
「将(しょう)」とは優秀で賢明な将軍を任用すること、
あるいは相手の将軍の能力を考えることで、
「法(ほう)」とは旗や鐘などの軍を動かす上での目印、
褒美を与えたり刑罰を与えたりすること、
軍の食糧や経費に関することを考えていくことです。
先祖をまつるお堂の中で、まず検討するのは 先ほどの五つのことに関する敵と味方の実際の状況を比較し、
どちらが有利でどちらが不利かを計算して、そうして
この戦争に勝つか負けるかがきちんと決まるようにしていくのです。
そんな風にして勝負の行く末をきちんと定めたところで、
その後に戦争を仕掛け、兵士や民衆達を戦争に動員するのです。
軍を動かすための道理は、この五つのことを考えて
計算していくことより先にすることはないのです。
だからこそ、そのことをこうして書いて、
『孫子』のいくつもの篇の最初に置いたのです。
(ここまでが杜牧の注釈の現代語訳です)
実際に計算をする内容は、
道(みち)、天(てん)、地(ち)、将(しょう)、法(ほう)という
五つのことだとしています。この五つはそれぞれ本文を解説する回に一つずつ内容を解説していきます。
さて、ここで一つ疑問が生じてくるかもしれません。 実際の戦争の状況は刻一刻と変化していて、
とてもあらかじめ予測するどころではなく、
それどころかこういう予測はいわゆる「机上の空論」になってしまって、
役に立たないどころでなく、かえって有害ではないのか、
そういう疑問も生じてくるかもしれません。
その部分を北宋の学者の張預(ちょうよ)の注釈が説明しています。
(原文)
或曰、兵貴臨敵制宜、曹公謂計於廟堂者、何也。
曰、将之賢愚、敵之強弱、地之遠近、兵之衆寡、安得不先計之。
及乎両軍相臨、変動相応、則在於将之所裁、非可以険度也。
(書き下し文)
或(あ)るひと曰(いわ)く、兵(へい)は敵(てき)に臨(のぞ)みて
宜(よろ)しきを制(せい)するを貴(たっと)ぶに、
曹公(そうこう)の廟堂(びょうどう)に
計(はか)ると謂(い)うは、何(なん)ぞや。
曰(いわ)く、将(しょう)の賢愚(けんぐ)、敵(てき)の強弱(きょうじゃく)、
地(ち)の遠近(えんきん)、兵の衆寡(しゅうか)、
安(いずく)んぞ先(さき)に之(これ)を計(はか)らざるを得(え)んや。
両軍(りょうぐん)の相(あ)い臨(のぞ)むに及(およ)びて、
変動(へんどう)するに相(あ)い応(おう)じ、
則(すなわ)ち将(しょう)の裁(さい)する所(ところ)に在(あ)りて、
険度(けんど)を以(もっ)てすべきに非(あら)ざるなり。
(現代語訳)
ある人は以下のように質問をしました。
戦争の中では敵に向かい合ってその時々の状況の善し悪しを判断して
敵を制圧することが大切なのに、
曹公(そうこう: 曹操のこと)が「先祖のお堂で勝敗を計る」とは、
どうして言えるのでしょうか。
それに対する答えは以下のようなものです。
将軍の賢いか愚かか、敵が強いか弱いか、
戦場となる土地の遠いか近いか、兵士の数の多いか少ないか、
これらをどうして先に考えないでいられるでしょうか。
こういう部分はあらかじめ考えておかないといけないのです。
一方で、両軍がお互いに向き合ってからは、
その場その場の状況に応じて動く必要があり、
これらは将軍がその場で決めなければならないことで、
計算をより厳しい基準で行って予測の精度を上げる
必要があるということではないのです。
(ここまでが張預の注釈の現代語訳です) 後半に続きます。
後半の記事
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