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こんにちは。今日も朝から勉強をしています。
儒学の経書(儒学の経典である四書五経)の中に、
「親を三度諫めて聴かなければ泣いて従え」という言葉が
本当にあったのかどうかということで、 過去に『論語』を解説していた本の中でどうもそれは
儒学の経書の中には無いのではないかという話をツイッターでしたところ、 他の方のご指摘により、この文章は実際に儒学の経書の中に
あるということがわかりました。 その一節は、儒学の四書五経の五経の中の、礼法や制度などを
まとめている『礼記(らいき)』の曲礼(きょくらい)下の一節にありました。 その一節を以下に訳していきます。
(原文) 子之事親也、三諫而不聴、則号泣而随之。至親無去、志在感動之。
(書き下し文) 子の親に事(つか)うるや、三諫(さんかん)して聴かざれば、
則ち号泣(ごうきゅう)して之に随え。 至親(ししん)に去ること無くして、志(こころざし)は之を
感動(かんどう)させるに在(あ)り。 (現代語訳) 子どもが親に仕える際には、何度も諫めて聞くことがなかった時は、
大声で泣き叫んで、そうして親の言うことに従うようにしなさい。
親兄弟などの最も近い肉親のもとを去ることをせずに、 親に強い感銘を与えて、親の気持ちを動かすようにと、
そのように考えて行動しなさい。
(ここまでが礼記の一節の現代語訳です)
さらに、この本文を調べた時に、 『礼記』の文章を解説する、後漢の学者の鄭玄(ていげん)が著して、
さらにそれを唐の学者の孔穎達(くようだつ)が解説した、 『礼記正義(らいきせいぎ)』という書も見つけました。
こちらも訳してみました。以下に訳を示します。 (原文)
父子天然,、理不可逃、雖不従、則当号泣而随之、冀有悟而改之。
然『論語』云:「事父母、幾諫」此不云者、以其略耳。
『檀弓』云:「事親無犯」相互耳。又云:「事君有犯」故此論其微。
『檀弓』言「事親無犯」、此論其犯、亦互言耳。
故注云:「至親無去、志在感動之」
(書き下し文)
父子(ふうし)は天然(てんねん)にして、
理(り)として逃(のが)るるべからず、
従(したが)わざると雖(いえど)も、
則(すなわ)ち当(まさ)に号泣(ごうきゅう)して
之(これ)に随(したが)いて、
悟(さと)ること有(あ)りて之(これ)を改(あらた)むるを
冀(こいねが)うべし。
然(しか)るに『論語(ろんご)』に云う、
「父母(ふぼ)に事(つか)うれば、幾(ようや)くに諫(いさ)めよ」と。
此(ここ)に云(い)わざるは、
其(そ)の略(りゃく)を以(もっ)てするのみ。
『檀弓(だんぐう)』に云う、
「親に事(つか)うるに犯(おか)すこと無し」と。
相互(そうご)なるのみ。
又(また)云う、「君(くん)に事(つか)うるに犯(おか)すこと有り」と。
故(ゆえ)に、此(ここ)に其(そ)の微(び)を論(ろん)ず。
『檀弓(だんぐう)』に言う、「親に事(つか)うるに犯(おか)すこと無し」とは、
此(こ)の其(そ)の犯(おか)すを論(ろん)じ、
亦(ま)た互言(ごげん)なるのみ。 故(ゆえ)に注(ちゅう)して云(い)う、
「至親(ししん)去ること無くして、志(こころざし)は
之(これ)を感動(かんどう)させるに在(あ)り」 と。
(現代語訳) 父と子の関係というのは生まれた時からそうであるのであって、
道理の上ではその事実から逃れることはできません。
親を何度も諫めて、たとえ従わなかったとしても、
大声で泣いたうえで親に従って、親がある時にはっと気づいて
自分から改めてくれることを願うようにする方がよいのです。
ですから、『論語』 「里仁第二」の篇の
「父や母を諫めなければならない時は、性急な激しい言葉で
強く意識させるようなことをせずに、それとなく暗に示すようにして
諫めるようにしなさい」
とある、この『論語』の一節で述べていないのは、
この一節では省略して、おおよその所だけを言っているからです。
ですから『礼記』の「檀弓(だんぐう)上」の
「親に仕える場合は激しい言葉で相手を改めさせることがない」
という部分は、この本文とお互いを補い合う関係にあるのです。
さらに「檀弓(だんぐう)上」で、
「君主に仕える時は、君主を改めさせるために
激しい言葉を使うことがあります」
とあるのは、
君主と親の、道理における微妙な点を論じているのです。
ですから、「檀弓(だんぐう)上」の
「親に仕える場合は激しい言葉で相手を改めさせることがないのです」
という部分は、
その相手を改めさせるための激しい言葉について論じていて、
これもまたお互いを補い合う関係にある言葉なのです。
ですから、ここでさらに説明として、
「親兄弟などの最も近い肉親のもとを去ることをせずに、
親に心の衝撃を与えて、親の気持ちを動かすように、
そのように考えて行動しなさい」
とあるのです。
(ここまでが『礼記正義』の一節の現代語訳です)
儒学では本来、君臣の関係と親子の関係とは異なっていて、
「主君は三度諫めて、聞かれなければ官職を去って身を退く」
という風になっています。主君は激しく諫めることはあっても、
親に対してはそうではない、そういう一節である事も分かりました。
今回のご指摘を受けて今朝から訳していました。
一連の文章を二時間ほどで探して訳していました。
こういう事を述べる際には間違いはきちんと正さなければならない
と思っていますので、これでまた僕自身の誤解が解けてとても嬉しいです。
これからもしっかりとがんばっていきます。
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その他の漢文
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今回の漢文は、この話は、知音(ちいん)という言葉のもとになった、
『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』の一節の翻訳です。
前回の耶律楚材(やりつそざい)の漢詩の中にあった故事の一つです。
●原文:
『呂氏春秋』 孝行覧・本味
伯牙鼓琴、鍾子期聽之。方鼓琴而志在太山、
鍾子期曰、「善哉乎鼓琴、巍巍乎若太山」
少選之間、而志在流水、鍾子期又曰、「善哉乎鼓琴、湯湯乎若流水」
鍾子期死、伯牙破琴絶弦、終身不復鼓琴、以爲世無足復爲鼓琴者。
非獨琴若此也、賢者亦然。雖有賢者、而無禮以接之、賢奚由盡忠。
猶御之不善、驥不自千里也。
●書き下し文:
伯牙(はくが) 善(よ)く琴(こと)を鼓(こ)し、
鍾子期(しょうしき) 之(これ)を聴く。
琴を鼓するに方(あた)りて志の太山(たいざん)に在(あ)れば、
鍾子期 曰く、「善いかな琴を鼓すること、巍巍乎(ぎぎこ)として
太山(たいざん)の若(ごと)し」と。
少選(しばらく)の間、志は流水に在れば、
鍾子期 又 曰く、「善いかな琴を鼓すること、
湯湯乎(とうとうこ)として流水の若(ごと)し」と。
鍾子期 死して、伯牙 琴を破(やぶ)りて弦(げん)を絶(た)ち、
終身(しゅうしん) 復(ま)た琴を鼓せず、
以て世に復(ま)た琴を鼓するを為すに足ること無しと為す。
独り琴のみ此(かく)の若(ごと)きに非(あら)ざるなり、賢者も亦た然り。
賢(けん)有る者と雖(いえど)も、
礼(れい)無くして以て之(これ)に接(せっ)せば、
賢(けん)は奚(なん)ぞ忠(ちゅう)を尽(つ)くすに由(よし)あらんや。
猶(なお) 御(ぎょ)の善からずして、
驥(き)の自(みずか)ら千里(せんり)ならざるがごとくなり。 ●現代語訳:
伯牙(はくが)は琴を演奏することに優れていて、
伯牙の親友の鍾子期(しょうしき)は彼の演奏を聴くことに優れていました。
琴を演奏するときに、そのねらいが太山(たいざん: 泰山)の
大きく神聖な山をイメージして演奏をしたときには、
鍾子期は、
「素晴らしい琴の演奏だね。
大きく盛り上がるようなその音は、
まるで泰山(たいざん)を思わせるようだね」
と言いました。
しばらく経った後に、琴の演奏で流れる水を
イメージして演奏をしたときには、
鍾子期はまた言いました。
「素晴らしい琴の演奏だね。
沸き立つような流れを思わせるその音色には、
まるで流れる水のようだね」
と。
ある時に鍾子期が死んでしまったあとは、
伯牙は、琴を壊して弦を切ってしまい、
それから死ぬまで、二度と琴を演奏することはありませんでした。
世の中には私の音を聞いて、きちんと私の気持ちまでも
くみ取ってくれるような人間はもういないのだと、
伯牙は思っていたからです。
これはただ単に琴に関して言われるものではありません。
徳と知恵の優れた賢者(けんじゃ)も、これと同じなのです。
たとえ徳と知恵があると言っても、君主が礼儀に合わず
ぶしつけな態度で賢者に接したとすれば、
その賢者は真心を尽くして職務に励んだり
する理由が、果たしてあるでしょうか。そんなものはないのです。
これは馬を操る御者(ぎょしゃ)の能力が良くないのに、
驥(き)という一日に千里を走る名馬が、
自分で千里の長い距離を走ることがないのと同じなのです。 (君主が賢者を迎え入れる場合には、君主は礼を尽くして
迎え入れなければならないのです)
●語注:
※太山(たいざん): 「泰山(たいざん)」のことです。
※泰山(たいざん): 山東(さんとう)省にある山です。
昔から、天子(てんし: 皇帝)が即位するときに天地の神をまつる
封禅(ほうぜん)の儀式が行われた神聖な山です。
※巍巍乎(ぎぎこ): 高く大きく盛り上がることです。「乎(こ)」は
発音の調子を整えるための助辞(じょじ)です。
※湯湯乎(とうとうこ): 沸き立つような勢いで流れることです。
「乎(こ)」は発音の調子を整えるための助辞(じょじ)です。
※少選(しばらく): 一時、という意味です。
※驥(き): 一日に千里を走るという優れた馬のことです。
●解説:
この話は、知音(ちいん)という言葉のもとになったお話です。
知音(ちいん)とは、「音楽を理解する者」、という意味から転じて、
「心をよく理解しあった親友」という意味の言葉です。
その話はこの老荘系の書物の一つである『列子(れっし)』の
湯問(とうもん)篇という所に載っているとあるのですが、
その後の後日談となっている後半部分がぷっつり切れていました。
その後半部分も含めて載っているのは、中国の戦国時代の末期に、
秦(しん)の政治家の呂不韋(りょふい)が食客(しょっかく)と言われる
特別な技術・才能によって客人として召し抱えられた人たちを集めて
編纂させた戦国時代の百科辞典的著作である、
『呂氏春秋(りょししゅんじゅう)』の、
孝行覧(こうこうらん)の本味(ほんみ)という篇に載っています。
この『呂氏春秋』は諸子百家のあらゆる学説が載っていますが、
主に儒家と道家の学説が多いですので、
今回のように教訓的なものが結構見られます。
呂不韋(りょふい)という人は、もともと商人で、
当時、趙(ちょう)という国に人質となっていた
秦の公子に趙の都の邯鄲(かんたん)ですれ違ったときに
その姿に憐れんで、
「此奇貨可居」「此(こ)の奇貨(きか)、居(お)くべし」
(訳)
「この珍しいお宝を自分のもとに蓄えておこう」
と言って、あなたに投資するようにすると、公子と約束をしました。
その後、呂不韋が秦の国の太子(たいし: 世継ぎ)であった
安国君(あんこくくん)の后の華陽夫人(かようふじん)に
子どもがいないことに目を付けて、公子を太子の世継ぎに
することに成功しました。
その後、秦の王とその太子が王となって、これもすぐに亡くなった後、
この公子(子楚(しそ))は王となり、
呂不韋は丞相(じょうしょう: 宰相のことです)になり、
新しい王からは仲父(ちゅうほ: 父親の次に尊ぶべき人)
と呼ばれました。
その丞相のころに編纂させたのが、別名を『呂覧(りょらん)』という
この『呂氏春秋』です。
この本が完成した後に、一文字でも文字を増減できたものには
千金を与えるというおふれまで出したそうです。
これが、とても優れた文章や筆跡のことを意味する
「一字千金(いちじせんきん)」の由来だそうです。
この人物は、実はこの子楚(しそ)の子どもである、
政(せい)、つまり後に秦の始皇帝(しこうてい)となる人物の
実の父親ではないかとまで言われています。
このように、呂不韋自身は相当うさんくさい人物ですが、
この書物はすぐれたものだと思います。
今回訳した本文は、琴の名人の伯牙(はくが)が弾いた琴に対して、
彼の親友である鍾子期(しょうしき)がその琴の音色を聴くと、
伯牙が内心ねらいとしていたことまで見事に当てて、
まさに友人の演奏の音を知る知音(ちいん)というのに
ふさわしい人でした。
しかしその後、鍾子期が死んでしまうと、伯牙はとても悲しんで、
「このようにはもう私の音を知るような人は居ないのだ」
と思って、琴の弦を断ち切って、二度と琴の演奏をしなくなりました。
そのあと、この話と同じように、君主が賢者を招くときは
きちんとした礼儀を持って接しないと、働いてくれないよという
教訓を付けて、この一節をしめくくっています。
これが、友人の死を悲しむという意味の
「伯牙断弦(はくがだんげん)」という故事の全文です。
その中で、「知音(ちいん)」という言葉の由来もあるわけです。
私はそこまで自分を理解してくれる友人がいるのは
とてもすごいなと思う反面、果たして私の現在の友人たちに
そこまでの理解を示すことができているのかと、考えさせられました。
まずは僕自身がもっと友人たちを大切にしていこうと思いました。
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今年のキーワードである、「一陽来復(いちようらいふく)」を
延々調べている内にこの時間になってしまいました。
ブログ訪問は明日にしていきます。
「一陽来復(いちようらいふく)」という言葉は、
陰暦十一月の冬至に陽の気が戻ってくることから、
「苦しい時期が過ぎて幸運が開けること」の意味で
使われる言葉です。今年への願いを込めた言葉のようにも思います。 この言葉は儒学の経典の一つの『周易(しゅうえき)』
(または『易経(えききょう)』、)の、
六十四個ある占いの模様である卦(け)の六十四個の内の
復(ふく)の卦によるものです。
この『周易』を解説した三国時代の魏の学者である
王弼(おうひつ)の『周易正義(しゅうえきせいぎ)』を、
さらに解説した唐の学者の孔穎達(くようだつ)の
「疏(そ)」によって詳しい説明がされています。
まずは「復」の卦を説明した卦辞(かじ)を見ていきます。
●原文
震下坤上。復:亨。出入無疾、朋来無咎。反復其道、
七日来復、利有攸往。
●書き下し文
震は下、坤は上なり。
復は亨(とお)る。出入(しゅつにゅう)疾(やまい)無く、
朋(とも)来(きた)りて咎(とが)無し。 七日 来復(らいふく)し、征(ゆ)く攸(ところ)有るに利あり。 ●訳
復は震の卦が下に、坤の卦が上にくる卦です。つまり、
こんな形になるわけです。
復は陽の気が戻ってくるので、物事がきちんと行われるようになります。 陽の気が伸びて出て行く、あるいは陽の気が再び反って(帰って)くる、 そのような時を「疾(やまい: 病い)無し」と言っているのです。 陽の気が早く帰ってこようとして道を得てやって来ます。 こうして七日で返ってくるのです。 このようなときには小人(愚かな人)の道は消えていき、 強い君子(修養の出来た立派な人)の道が伸びていくので、 行動することでよい結果が得られるのです。 さらにこれを解説している、孔子が書いたとされる
彖伝(たんでん)には、以下のように書いています。 ●原文: 『彖』曰:複、亨。剛反。動而以順行、是以出入無疾、朋来無咎。 反復其道、七日来複。天行也。利有攸往、剛長也。復其見天地之心乎。 ●書き下し文
『彖』に曰く、:複、亨。剛の反ればなり。動きて以て順い行く、
是を以て出入 疾無く、朋来りて咎無し。 其の道を反復し、七日にて来複するは、天行なり。
征(ゆ)く攸(ところ)有るに利ありとは、剛の長ずればなり。
復は其れ天地の心を見るか。 ●現代語訳
『彖伝(たんでん)』によると、復の卦が亨るというのは、
初爻(しょこう: 卦の一番下の黒い棒)が陽になり、
初爻は奇数の位なので、本来、陽の気にふさわしい陽の位なので、 陽の位に剛が帰ってくることになり、
ここから物事がうまくいく、亨る(とおる)となるのです。 陽の気が帰ってくることで、動いて道ができるようになり、 それに従って行くことで、「出るも入るも疾(やまい)がない」、 進むのにさまたげが無くなり、朋(とも)、つまり陽の気が やって来て、反省することになってもとがめを免れることになるのです。 陽の気が帰ってくる通り道を通って帰ってきて 七日でやって来るのが、天の動きなのです。 行動することでよい結果が得られるというのは、 陽の気の本質である剛が強くなるからです。 復の卦というのは、このような天と地の心を見るようなものなのです。
そしてこの「彖伝」の中の、「反復其道、七日来複」の解説として、
王弼(おうひつ)の『周易正義(しゅうえきせいぎ)』に、
次のように載っています。
●原文:
「反復其道、七日来複」陽気始剝尽至来複時、凡七日。
●書き下し文:
「其の道を反復し、七日にて来複する」は、陽気始めて剥がれ尽くして 来復(らいふく)に至るの時にて、凡(およ)そ七日なり。 ●現代語訳
「陽の気が道を見つけて帰って来るのに七日かかる」というのは、
陽の気が(陰暦)九月の末に配されている剥の卦よりすべて剥がれて、 そこから戻ってくる間の時で、約七日です。 剥の卦 坤の卦 復の卦
(陰暦九月) (陰暦十月) (陰暦十一月)
上のような感じで変化していくわけです。
ところでおかしくないですか?
九月末から十一月の初めで、一ヶ月でいいのに、
この文章は「七日」になっています。
なぜ七日? というのが今回のミソです。ここまで調べるのに骨が折れました。
ここにじっくり時間をかけました。
以下、唐の学者の孔穎達(くようだつ)による説明です。
『易緯稽覧図(えきいけいらんず)』で、
(たぶんこれは一年を大きな時計にしたようなものかなと思っています) 離、坎、震、兌、の四つの卦を四方の位置に配し、
離の卦 坎の卦 震の卦 兌の卦
(南) (北) (東) (西)
残りの六十卦のそれぞれの六つの爻(こう: 易の卦の形を示す模様) に一日を配置します。 これで360日。一年の残りは五日と四分の一。 (もちろん、陰暦で計算しています) これを360日にそれぞれ80分ずつ分配し、すると五日と四分の一に
分配される時間は420分。これをさらに六十の卦に分けると、 420÷60=7 これをそれぞれの卦の六つの爻の六日をかけて7分と考えます。
ここから、(陰暦)九月の末に配されている剥の卦より、
十月の坤の卦を通り過ぎて十一月の復の卦に至るまでの時間が
六日と七分であり、ここから繰り上げて「七日」と言っているのです。
「六日 + 七分」で一日繰り上げるという荒技ですが、
このように説明されております。
これが、陰暦十一月の冬至に陽の気が戻ってくることから、
「苦しい時期が過ぎて幸運が開けること」の
「一陽来復(いちようらいふく)」の語源である、
「陽気始剝尽至来複時、凡七日。 」
陽気始めて剥がれ尽くして
来復(らいふく)に至るの時、凡(およ)そ七日なり。 (訳)
陽の気が(陰暦)九月の末に配されている剥の卦よりすべて剥がれて、
十一月に戻ってくる間の時は、約七日です。 の、七日の謎の解説でした。
今日は以上で寝ます。お休みなさい。
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今回は前回の『説苑』の第一巻の「君道(くんどう)」の第二節に出てきた
斉(せい)の宣王(せんおう)の、君主として行うことを尋ねられて答えた
尹文(いんぶん)の説いた、
君主として行う政治の道理とはどのようなものか、
ということの内容を含んだ、尹文の文章である、
『尹文子(いんぶんし)』の一節を訳しています。
こちらは解説の記事になります。コメント欄もこちらにあります。
原文・書き下し文・現代語訳の記事は、以下を見て下さい。
原文・書き下し文・現代語訳の記事
以上のこと、ご了承下さい。よろしくお願いいたします。
●解説
今回は前回の『説苑』の第一巻の「君道(くんどう)」の第二節に出てきた
斉(せい)の宣王(せんおう)の、君主として行うことを尋ねられて答えた
尹文(いんぶん)の説いた、
君主として行う政治の道理とはどのようなものか、
ということの内容を含んだ、尹文の文章である、
『尹文子(いんぶんし)』の一節を訳しています。
その要点として、以下の八つの事項を挙げています。
(一)仁(じん)、相手に対する思いやりや慈しみの気持ちのことです。
(二)義(ぎ)、世の中の正しい道理や筋道のことです。
(三)礼(れい)、その「義」を実際の制度や儀礼に表したものです。
(四)楽(がく)、音楽のことです。
(五)名(めい)、「名目(めいもく)」つまり実質的なものに付けられた
名前のことです。
(六)法(ほう)、法律のことです。
(七)刑(けい)、刑罰のことです。
(八)賞(しょう)、功績のある臣下に褒美を与えることです。
それぞれの要点をどのように考えるべきかということは、
今回の現代語訳を参照して下さい。
昔の名君などは、こういう要点を念頭に置いた上で、
実際の個別の状況において改めて考えることで、
きちんとした政治ができていたのだと思います。
今回取り上げるのは(五)の「名(めい)」です。
名とは「名目(めいもく)」のことで、実際の物事とそれに付けられた
名目を一致させることがよい政治だと言っています。
儒学も老荘も、そして民衆を法律で統制させる法家(ほうか)も、
この部分を重視しています。老荘は実質をことのほか重視し、
名目というものをほとんど否定しています。
儒学や法家は、その二つが一致することを理想としています。
法家における恩賞を与える基準として、
臣下が先に述べた言葉(名目)と、実際にその臣下が上げた
功績(実質)とが一致すれば恩賞を与える、という風にしています。
儒学でも名目というものがとても重視されています。
簡単に言えば、尊ぶべきものは尊ばれなければならないけれども、
当然尊ぶべきものにはそれに見合った実質が必要であるということです。
この部分を重視することがなければ、
儒学は単に、目上の人であればどんな悪い人にも盲従させるような、
大衆支配の道具となってしまうのです。
『論語(ろんご)』の憲問(けんもん)第十四の篇は、次のような話です。
原壌(げんじょう)という老人の男が、不作法な座り方をして
待っていたところに孔子がやってきて、その老人にこう言いました。
「お前は幼いときは目上の人に柔順でなくて、年齢を重ねても
成長をしたことで人にほめられたこともなく、そんなお前が
年老いた今でもまだ生きている。。。そんなお前のような奴を
国の秩序を乱す『賊(ぞく)』と言うのだ。」
と言って、孔子は杖で原壌のすねを引っぱたきました。
孔子の言葉の最後の「老いて死せず、これを賊と為す」、
恐ろしい言葉です。
僕もご老人というのは尊ぶべきだと本当に思います。
でも長い間生きていると、本当にごくまれによくないご老人に出会って、
孔子に杖で引っぱたいてほしいと思うときがあります。
一人や二人であれば孔子も杖で引っぱたくこともできますが、
万一そんな人が一杯出てきてしまったとしたら、
老人を尊ぶという考え方自体が揺るぎかねないのです。
こういう例を取り上げるのは適切ではないかもしれませんが、
これが身近な例での、「名目と実質の不一致」です。
さらに『論語(ろんご)』の子路(しろ)第十三の篇では、
弟子の子路(しろ)が孔子に以下のように尋ねました。
「もし衛(えい)の国の君主が先生を招いて政治を行うとすれば、
先生はまず何を行いますか?」
孔子は答えます。
「必ずや名を正さんか。
(必ず名目を正しくして実質と一致させるようにするだろうね)」
子路は少しがっかりしてこう言います。
「これだからなあ、先生の遠回りなことといったら。。。
何でそんなものを正さないといけないんです?」
孔子は言いました。
「由(ゆう: 子路の名前)よ、お前も野蛮なところがあるね。
君子(くんし: 修養の出来た立派な人)であれば、
物事のわからないうちは口を挟まずに最後まで聴くものだよ。
いいかい、
名目が実質と一致しないと言うことは、何か物を言っても信じてもらえず、
そんな状況であれば政治の事業など成功はおぼつかない。
そうなれば物事の筋道や順序に従った形式や制度である礼や、
人々の心を調和させる楽(がく: 正しい音楽)など起こってくる
はずもない。
礼や楽がないことで、制度や民衆の心が整わない中では、
刑罰は正しく行われず、民衆は何が正しくて何が悪いのかが
わからないから、手足をどこに置いたらいいかも
わからなくなってしまうものなんだよ。
だから君子というものは名目に対して必ず実質を
一致させるものなんだよ。
例えば主君に対してきちんとした提言をした上で、
実際に政治を任されれば正しい成果を上げるようにするものだよ。
実際にそれを行う実力が備わった上で、それをきちんと口にできる者、
それが修養のきちんと出来た君子というものなんだ。
だからこそ君子というものは、実行もできないようなめったなことを
口にするようなことはないのだよ。」
と。
実際に尊敬されるべき人がその実質を実は保っていないとしたら、
世の中が乱れてしまう、そんな風にも思います。
僕ももっともっと自分の中の実質を磨いて
努力していこうと改めて思いました。
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今回は前回の『説苑』の第一巻の「君道(くんどう)」の第二節に出てきた
斉(せい)の宣王(せんおう)の、君主として行うことを尋ねられて答えた
尹文(いんぶん)の説いた、
君主として行う政治の道理とはどのようなものか、
ということの内容を含んだ、尹文の文章である、
『尹文子(いんぶんし)』の一節を訳しています。
こちらは原文・書き下し文・現代語訳の記事になります。
解説の記事は、以下を見て下さい。コメント欄もそちらにあります。
解説の記事
以上のこと、ご了承下さい。よろしくお願いいたします。
『尹文子(いんぶんし)』 大道(だいどう)下 仁、義、禮、樂、名、法、刑、賞、凡此八者、五帝、三王治世之術也。
故仁以道之、義以宜之、禮以行之、樂以和之、名以正之、法以齊之、
刑以威之、賞以勧之。
故仁者所以博施於物、亦所以生偏私。
義者所以立節行、亦所以成華偽;礼者所以行恭謹、亦所以生惰慢;
楽者所以和情志、亦所以生淫放;名者所以正尊卑、亦所以生矜簒;
法者所以斉衆異、亦所以生乖分;刑者所以威不服、亦所以生陵暴;
賞者所以勧忠能、亦所以生鄙争。
凡此八術、無隠於人而常存於世、
非自顕於堯、湯之時、非自逃於桀、紂之朝。
用得其道、則天下治;用失其道、則天下乱。
過此而往、雖弥綸天地、籠絡万品、治道之外、
非群生所養挹、聖人措而不言也。
●書き下し文
仁(じん)、義(ぎ)、礼(れい)、楽(がく)、
名(めい)、法(ほう)、刑(けい)、賞(しょう)、
凡(およ)そ此(こ)の八つの者は、
五帝(ごてい)、三王(さんおう)の治世(ちせい)の術(じゅつ)なり。
故(ゆえ)に仁の以(もっ)て之(これ)を道(みちび)き、
義の以て之を宜(よろ)しとし、礼の以て之を行い、
楽の以て之を和(わ)し、名の以て之を正し、
法の以て之を斉(ととの)え、、刑の以て之を威(おど)し、
賞の以て之を勧める。
故に仁は博(ひろ)く物を施(ほどこ)す所以(ゆえん)にして、
亦(ま)た偏私(へんし)を生(しょう)ずる所以なり;
義は節を立てて行う所以にして、
亦た華偽(かぎ)を成す所以なり;
礼は恭謹(きょうきん)を行う所以にして、
亦た惰慢(だまん)を生ずる所以なり;
楽は情志(じょうし)を和する所以にして、
亦た淫放(いんぽう)を生ずる所以なり;
名は尊卑(そんぴ)を正す所以にして、
亦た矜纂(きょうさん)を生ずる所以なり;
法は衆(しゅう)の異(こと)なるを斉(ととの)える所以にして、
亦た乖(そむ)き分(わ)かるるを生ずる所以なり;
刑は服(ふく)せざるを威(おど)す所以にして、
亦た陵暴(りょうぼ)を生ずる所以なり;
賞は忠能(ちゅうのう)を勧める所以にして、
亦た鄙(いや)しき争(あらそ)いの生ずる所以なり。
凡そ此の八つの術、
人に隠(かく)るる無くして常(つね)に世(よ)に存(あ)りて、
自ら堯を顕すに非ず、湯の時、自ら桀、紂の朝を逃ぐるに非ず。
用いるに其の道を得れば、則ち天下は治まる;
用いるに其の道を失わば、則ち天下は乱る。
此を過ぎて往かば、天地を弥綸(びりん)し、
万品(ばんぴん)を籠絡(ろうらく)すると雖(いえど)も、
治道(ちどう)の外にして、
群生(ぐんせい)の養い挹(おさ)える所に非ざれば、
聖人は措(お)きて言わざるなり。
●現代語訳:
政治の要点として、次の八つの項目があります。
(一)仁(じん)、相手に対する思いやりや慈しみの気持ちのことです。
(二)義(ぎ)、世の中の正しい道理や筋道のことです。
(三)礼(れい)、その「義」を実際の制度や儀礼に表したものです。
(四)楽(がく)、音楽のことです。
(五)名(めい)、「名目(めいもく)」つまり実質的なものに付けられた
名前のことです。
(六)法(ほう)、法律のことです。
(七)刑(けい)、刑罰のことです。
(八)賞(しょう)、功績のある臣下に褒美を与えることです。
大体、この八つのことは、大昔の帝王たちや、すぐれた王たちが
世の中をうまく統治するための方法なのです。ですから、
(一)仁の慈しみの気持ちによって民衆を導き、
(二)義の道理によってふさわしい形に整え、
(三)礼の形式によって実際に行い、
(四)音楽によって心を調和させて、
(五)名目を正して実際のものとの相異を無くして秩序立てるようにして、
(六)法律によって物事を整えていき、
(七)刑罰によって悪い者をおどして正すようにして、
(八)褒美を臣下にきちんと与えることによって、
民衆に正しいことを勧めるようにするのです。
ですから、
(一)仁の慈しみによって気持ちは民衆に広く恩恵を施すことが出来ます。
しかしこれがうまくいかなければ、かえって特定の人に
えこひいきをしてしまうことになります。
(二)義の道理によって筋道立てて物事を行うことができますが、
それがうまくいかないと、かえって浮ついた実質のないものに
欺かれることになります。
(三)礼の形式によって恭しくて慎み深くさせることができますが、
それがうまくいかないと、かえって怠けて礼を失わせることに
なってしまいます。
(四)音楽によって感情や志の向かうところを調和させることが
できますが、それがうまくいかないと、かえって酒やごちそうに
耽ってだらしなくなってしまいます。
(五)名目を正すことで身分の上下を正すことができますが、
それがうまくいかないと、かえって受け継いだものによって
尊大にさせてしまうことになります。
(君主を君主として尊敬させることばかりにとらわれて、
悪い君主まで尊ばれることで、かえって人倫を乱してしまうのです)
(六)法律というのは民衆の異なる考えや態度を揃えることができますが、
それがうまくいかないと、お互いに反目して別れてしまうように なります。
(七)刑罰で服従しない者をおどして服従させることができますが
それがうまくいかないと、相手に乱暴をして痛めつけることにしか
ならないようになってしまいます。
(八)功績のある臣下にきちんと褒美を与えることで、
忠義と才能を伸ばすことを民衆にも勧めることができますが、
それがうまくいかないと、手柄をめぐって野蛮な争い事が
生まれようになります
大体、この八つの方法は、
人の目から隠れたところにあるわけではなくて、
常に世の中に存在するものです。
太古の偉大な帝王の堯(ぎょう)や、殷の初代のすぐれた王の
湯王(とうおう)も、自然に世の中に出て来たわけではないのです。
夏の国の暴君であった桀王(けつおう)や、
殷の国の暴君であった紂王(ちゅうおう)は、自然に国を逐われて
逃げるようになったわけではないのです。
その道理に従って行動することができれば、天下を治めることができ、
その道理に従って行動することができなければ、
天下は乱れてしまうのです。
この道理を離れてしまったところでは、
たとえ天地をそのまま治めることができ、
あらゆるものを思い道理に操ることができたとしても、
それは政治の道理を離れたものであり、
多くの民衆を養って、悪い者を抑えて統治を行う道から
離れたそむいたものですから、
知恵と徳のすぐれた帝王たちは、
それには手を付けないで、口に出すこともないのです。
●書き下し文
※仁(じん): 人が二人いれば自然に発生する、相手に対する
思いやりや慈しみの気持ちのことです。
※義(ぎ): 世の中の正しい道理や筋道のことです。
※礼(れい): 先ほどの「義」をその時々のふさわしい形に整えた、
実際の儀礼や制度のことです。
※楽(がく): 音楽のことです。儒学でも心を養うために大切にされました。
※名(めい): 「名目(めいもく)」のことです。当時の思想では、
名目とそれが指し示す実質的なものとの一致を重視しています。
※法(ほう):「法律」のことです。
※刑(けい): 「刑罰(けいばつ)」のことです。
※賞(しょう): 君主が功績のある臣下に褒美を与えることです。
※五帝(ごてい): 中国の太古の伝説の五人の帝王たちのことです。
いろんな説がありますので、ここでは特定できないようです。
※三王(さんおう): 中国の古代の三人のすぐれた王たちのことです。
夏(か)の国の初代の王の禹(う)、殷(いん)の初代の王の湯(とう)、
殷の紂(ちゅう)王を討伐して周(しゅう)の国を作った
武王(ぶおう)のことです。
※治世(ちせい): 世の中をうまく治めることです。
※偏私(へんし): 特定の人だけをえこひいきすることです。
※華偽(かぎ): 表面上だけで実質が無いもので欺くことです。
※恭謹(きょうきん): うやうやしくて慎み深いことです。
※惰慢(だまん): 怠けて礼を失することです。
※情志(じょうし): 感情とこころざしの向かうところです。
※淫放(いんぽう): 酒色(しゅしょく: お酒やごちそう)に
耽ってだらしがないことです。
※尊卑(そんぴ): 身分の上下のことです。
※矜纂(きょうさん、つぐをほこる): 自分が受け継いだものに
よって尊大な態度になることです。
※陵暴(りょうぼう): 人に乱暴をして痛めつけることです。
※忠能(ちゅうのう): 忠義の気持ちと才能のことです。
※弥綸(びりん): あまねく治めることです。
※万品(ばんぴん): 万物、あらゆる物事のことです。
※籠絡(ろうらく): 相手を言いくるめて自分の思う通りにすることです。
※治道(ちどう): 政治の道理のことです。
※群生(ぐんせい): 多くの民衆のことです。
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