玄齋詩歌日誌

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竹林の七賢

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成都の武侯祠(ぶこうし)の庭園(中国・成都)
(武侯祠とは、諸葛孔明のほこらのことです)
Photo by : clef
 
  
今回は「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、
稽康(けいこう)の詩である『幽憤詩(ゆうふんし)』の訳の一回目です。
 
「幽憤(ゆうふん)」とは、「心の中で人知れずいきどおること」
ですから、老荘を学ぶ嵇康自身の人生を詠みながら、
当時の世の中への批判を込めた詩になっています。
 
 今回も記事を2つに分けています。
 こちらは現代語訳と解説になります。
 コメント欄もこちらに設けてあります。
 
 原文と書き下し文と語注は、以下の記事を見て下さい。
 
 (一)竹林の七賢の一人、嵇康(けいこう)の『幽憤詩』の訳の
 一回目です(原文・書き下し文・語注です)
 
 
 
●現代語訳:
 
 
ああ、私は幸福の少ない人間で、
幸運に出会うことは少なくて、私の所にやってこないのです。
 
とても小さいときに父親を亡くしたので、その事実を知ることもなく、
幼児の頃からあちこちをさまよっていました。
 
母と兄に大切に育てられ、
慈しみをもって育てられましたが、
父の威厳というものを知らずに育っていきました。
 
相手の愛情をあてにして姉を独り占めにするだけで、
誰かに教えられることもなく、師と仰ぐ人もいませんでした。
 
して冠や帯を着ける役人の地位に就いたときには、
主君からの寵愛をあてにして、自分勝手に振る舞っていました。
 
しかししだいに私は志を高く持って大昔の出来事を願い求めるようになり、
その私の尊く思った大昔の物事を、自分の思うままに学んでいきました。
 
自分の気持ちをよく老子(ろうし)や荘子(そうし)の
言葉を利用して述べるようになり、
世の中の欲望をいやしく思って、
自分の身を何より大切に思うようになりました。
 
私の志は自分の生まれ持ったよい素質を保っていくことだと思い、
持って生まれた飾り気のない純粋な性質を養って、
自然の道理に従った本来の性質を完全に保とうと努力していました。
 
私は人からは賢くない(要領のよくない)人と言われ、
善を好んでいましたが、世の中のことにはうとい状況だったのです。
 
かつて楚(そ)という国の宰相をしていた子玉(しぎょく)が、
諸国をさまよっていた晋(しん)の国の公子(こうし)であった
重耳(ちょうじ)をいつまでも恨みに思って、
重耳が晋の文公(ぶんこう)として即位して軍を引き連れて
向かってきたときに、主君の成王(せいおう)の意向も無視して
文公を攻めたものの敗北して成王に自殺させられたように、
私も人間関係につまずいて大きな失敗を犯していき、
次第に増えていったのは、ただ俗世間の汚れだけでした。
 
 
 
●解説:
 
 
今回は「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、
嵇康(けいこう)の詩である『幽憤詩(ゆうふんし)』の訳の一回目です。
 
「幽憤(ゆうふん)」とは、「心の中で人知れずいきどおること」
ですから、老荘を学ぶ嵇康自身の人生を詠みながら、
世の中への批判を込めた詩になっています。
 
「竹林の七賢」とは、三国志の魏の国の末期から晋の初めの頃の、
七人の名士のことです。
 
その七人の名前は阮籍(げんせき)嵇康(けいこう)、山涛(さんとう)、
劉伶(りゅうれい)、阮咸(げんかん)、向秀(こうしゅう)、
王戎(おうじゅう)です。
 
この七人は当時の玄学(げんがく)、つまり老荘(ろうそう)の学問の
代表的な人物とされています。
 
 
彼らは魏の国の末期に勢力を伸ばしてきた、諸葛孔明と戦いを繰り広げた
司馬懿(しばい: 字(あざな)は仲達(ちゅうたつ))の一族である司馬氏に
反抗して官職に就くことをせず、竹林の中で酒を飲み、
歌を歌って自由気ままに過ごしていた人たちです。
 
七人それぞれ面白いのですが、
今回は嵇康(けいこう)を取り上げてみました。
 
 
嵇康(けいこう)(223 年 - 263 年)は字(あざな)を叔夜(しゅくや)と言い、
三国時代の魏(ぎ)の国の有名な文学家、思想家、音楽家です。
先ほど挙げた阮籍(げんせき)と名声を等しくして、
嵇阮(けいげん)と呼ばれています。
 
嵇康(けいこう)の奥さんは曹操の曾孫(ひまご)にあたる女性で、
魏の国の中では中散大夫(ちゅうさんたいふ)という
政治上のことを論議させる役職にまで上り、
嵇中散(けいちゅうさん)とも呼ばれていた人でしたが、
鍾会(しょうかい)という武将の陰謀にあって、
当時、魏の大将軍の地位にいた司馬懿の次男の
司馬昭(しばしょう)に殺されました。
 
 
今回の詩の一節にあるように、彼は幼い頃に父親を亡くし、
母親と兄の手で育てられました、昔から学問にすぐれていて、
特に老子や荘子の著作を好んで勉強していたということです。
 
大将軍の司馬昭が礼を尽くして自分の部下にしようとしたのですが、
勢力を伸ばして主君をしのごうとしている司馬氏に反感を持っていた
彼は、その招きを断りました。
 
その時に中央の官吏を取り締まる司隸校尉(しれいこうい)の地位に
あった鐘会が礼を尽くして会いに来たときに冷たい態度を取って
恨まれて、司馬昭に讒言(ざんげん: 人を陥れる発言)をされて
殺されてしまうのです。
 
 
今回はこの嵇康(けいこう)がどのように老荘の考えを
詩にしているかを見ていこうと思います。
 
今回の詩の中では、欲望を離れて自分の身を養っていき、
大昔の人々のような飾り気のない純粋な姿に戻って、
自然の道理に従った人間本来の姿を保って長生きをする、
そういう考え方が見えてきます。
 
 
「子玉之敗(しぎょくのはい)」とは、秦の始皇帝が中国を統一する前の、
春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)という時代の楚(そ)という国の
宰相をしていた子玉(しぎょく)の故事です。
昔の歴史書の『史記(しき)』の巻三十九・晋世家(しんせいけ)
第九の巻を参考にしながら書いていきます。
 
晋(しん)の国の公子(こうし)であった重耳(ちょうじ)が、
国を追われて諸国をさまよっていて、楚の国にやって来たときに、
楚の王様の成王(せいおう)は彼の才能を見抜いて手厚くもてなしました。
 
成王はそのもてなす宴席の中で、重耳と話していました。
 
成王:「あなたが祖国へ帰還したときには、あなたはどうやって私に
 お礼をしてくれますか。」
 
重耳: 「陛下はいろんな財宝を持っておられますので、
 どのようにお礼をすればいいのか、よくわかりません。」
 
成王: 「とは言っても、私にお礼をしてほしいものだ」
 
重耳: 「どうしても仕方のない状況になれば、晋の国の軍と
 楚の国の軍が出逢ったときには、陛下の軍に敬意を表して
 三舎(さんしゃ)を避けましょう」
 
 
三舎(さんしゃ)というのは後漢(ごかん)の時代の学者の
賈逵(かき)によるこの『史記(しき)』の本文の注によると
九十里の距離、現在の単位では 405(m) × 90 = 36,450 メートル、
およそ 36.45 km で、一日に軍隊が動く距離とされています。
(計算が間違えていたので 2011/12/19 に修正しました)
 
この言葉を「手加減してやろう」と言う調子に乗った発言と
解釈した子玉は激怒して重耳を殺すように成王に進言しましたが、
成王は聞き入れませんでした。
重耳は後々までこのことを覚えていて、子玉を恐れていました。
 
その後、重耳が祖国に戻り、晋の文公(ぶんこう)として即位すると、
立ち寄ったいろんな国の中で、文公がかつて屈辱を味あわされた国々は
どんどん制圧されていきました。
 
その後、楚の軍が宋(そう)という国を攻めていたときに
晋の軍が宋の援軍に来たときに、晋の軍はかつての約束通りに
九十里さがるのを見て、成王は退却を命じましたが、
子玉は晋の軍を攻めるように強硬に主張しました。
 
成王は子玉を置いて帰国しましたが、
子玉は勝手に軍を動かして晋に敗北し、逃げ帰ってきた子玉に
激怒した成王は、責任を取らせて子玉を自殺させました。
 
重耳は逃げ帰っていった子玉が追い詰められた鼠が反撃して
猫を噛むように復讐してくるのを恐れていましたが、
子玉が死んだと聞いてとても安心したそうです。
これが「窮鼠猫を噛む(きゅうそねこをかむ)」の故事の由来だそうです。
 
 
嵇康(けいこう)はこの故事を持ち出すことで、
官職にいることで俗世間の汚れが着いてしまった
ということを表現しているようです。
 
これは彼が官職を嫌ったというよりは、暗に司馬氏への痛烈な批判を
していると考えるべきなのだと思っています。
 
世の中で生きづらさを感じていた嵇康に少し同情を感じていました。
自分の気持ちを漢詩に詠む上でも参考になりそうだと思いました。
 
 
こういう学習の積み重ねで、お相手の方への想いを綴る漢詩に
役立てていければいいなと思います。
これからもがんばって続きを訳していきます。
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成都の武侯祠(ぶこうし)の回廊(中国・成都)
(武侯祠とは、諸葛孔明のほこらのことです)
Photo by : clef

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今回は「竹林の七賢(ちくりんのしちけん)」の一人、
稽康(けいこう)の詩である『幽憤詩(ゆうふんし)』の訳の一回目です。
 
「幽憤(ゆうふん)」とは、「心の中で人知れずいきどおること」
ですから、老荘を学ぶ稽康自身の人生を詠みながら、
当時の世の中への批判を込めた詩になっています。
 
 今回も記事を2つに分けています。
 
 こちらは原文と書き下し文と語注になります。
 
 
 現代語訳と解説は以下の記事を見て下さい。
 
 (一)竹林の七賢の一人、嵇康(けいこう)の『幽憤詩』の訳の
 一回目です(現代語訳と解説です)(コメント欄はこちらに設けてあります)
 
 
 コメント欄も現代語訳と解説の記事の方に設けてありますので、
 この点についてご了承下さい。よろしくお願いいたします。
 
 
 
●原文
 
 
 幽憤詩(其の一) (晋) 稽康
 
嗟 余 薄 祜, 少 遭 不 造。 哀 煢 靡 識, 越 在 繈 褓。
 
母 兄 鞠 育, 有 慈 無 威。 恃 愛 肆 姐, 不 訓 不 師。
 
爰 及 冠 帶, 馮 寵 自 放。 抗 心 希 古, 任 其 所 尚。
 
託 好 老 莊, 賤 物 貴 身。 志 在 守 樸, 養 素 全 眞。
 
曰 余 不 敏, 好 善 闇 人。 子 玉 之 敗, 屢 増 惟 塵。
 
 
 
●書き下し文:
 
 
嗟(ああ) 余(われ)祜(さいわ)い薄(うす)く、
遭(あ)うこと少(まれ)にして造(いた)らず。
 
煢(ひと)りを哀(かなし)みて識(し)ること靡(な)く、
繈褓(きょうほ)に越在(えつざい)す。
 
母兄(ぼけい)鞠育(きくいく)し、
慈(じ)有(あ)りて 威(い)無(な)し。
 
愛(あい)を恃(たの)みて姐(あね)を肆(ほしいまま)にし、
訓(おそ)わらず 師(し)ならず。
 
爰(ここ)に冠帯(かんたい)に及(およ)びて、
寵(ちょう)を馮(たの)みて自(みずか)ら放(ほしいまま)にす。
 
心(こころ)を抗(あ)げて古(いにしえ)を希(ねが)い、
其(そ)の尚(とうと)ぶ所(ところ)に任(まか)す。
 
好(この)みて老荘(ろうそう)に託(たく)し、
物(もの)を賤(いや)しみて身(み)を貴(たっと)ぶ。
 
志(こころざし)は樸(ぼく)を守(まも)るに在(あ)りて、
素(そ)を養(やしな)いて真(しん)を全(まっと)うす。
 
余(われ)を不敏(ふびん)と曰(い)い、
善(ぜん)を好(この)むも人(ひと)に闇(くら)し。
 
子玉(しぎょく)の敗(はい)、
屡々(しばしば)増(ま)すは惟(た)だ塵(ちり)のみ。
 
 
 
●語注:
 
 
※幽憤(ゆうふん): 心の中で人知れずいきどおることです。
 
※薄祜(はっこ): 幸福が少なくてふしあわせなことです。
 
※煢(けい、ひとり): 孤独で、まわりに身寄りのないさま。
   または、ひとり者のことです。
 
※越在(えつざい): もとの住居を離れて、遠くの国をさすらうことです。
 
※繈褓(きょうほ): もとは幼児を背負うためのねんねこのことですが、
  そこから転じて幼児のことを指します。
  (「おむつ」の意味で使うと日本語になってしまいます)
 
※全真(ぜんしん、しんをまっとうす): 自然の本性を完全に保つことです。
 
※不敏(ふびん): 賢くないことです。
 
※闇人(あんじん、ひとにくらし): 人間社会の事がらにあまり通じて
  いないことです。世の中のことにうといことです。
 
※子玉之敗(しぎょくのはい): 秦の始皇帝が中国を統一する前の、
  春秋戦国(しゅんじゅうせんごく)時代の楚(そ)という国の
  宰相をしていた子玉(しぎょく)が、諸国をさまよっていた
  晋(しん)の国の公子(こうし)であった重耳(ちょうじ)を
  いつまでも恨みに思って、重耳が晋の文公(ぶんこう)として
  即位して軍を引き連れて向かってきたときに、
  主君の成王(せいおう)の意向も無視して文公を攻めたものの、
  敗北して成王に自殺させられました。
 

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