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MOTO GUZZI な おじさんの趣味とこだわりについて
人生最後の大型バイクになるだろうV1000G5を手に入れました。さ〜て、こいつとアナログカメラによるSL撮影の新境地が始まる・・

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YAMAHA DX250

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高校2年になり、持っていた鉄道模型などを模型屋に処分した軍資金で教習所に通い始めた。もちろん自動二輪の免許を取る為である。といっても当時は物価も安く、全教習で¥30,000位だったような気がする。実車教習は規定9時間、もちろん9時間で無事卒業した。免許が交付されたのは7月の初旬だった。
当然免許が交付される前からバイクの物色は始めていた訳だが、今の高校生とは小遣いの額も違うし、親が買ってくれるような家でもない。好きなことはやらせてくれたが、DO IT YOURSELFである。当然教習と並行してアルバイトをした。郵便配達と近隣のゴルフ場でのキャディのバイトである。当時私が欲しかったバイクはHONDA CB450とYAMAHA RX350PRO/RX250PRO当然中古である。既にRDシリーズが発売されていたと思うが、予算が到底見合わないので、必然的にそのような選択になってしまう。

 ところで、DAX編に書いた同級生の梅ちゃんはその頃、既に自動二輪免許を取り、YAMAHA MR50から、怪物トレール車、YAMAHA RT360(DT-1の兄貴分:そのケッチンの凄さたるや、DT-1のそれなど比べ物にならない破壊力で、路上でエンストなどでもしたら、押して帰りたくなるほど、キックするのに狼狽する)を経、同じYAMAHAのXS−1に昇格していた。親父のカブを乗り回していたカトーシは、紫×白のYAMAHA RX350に昇格。BUNちゃんは、まだ親の許可が下りず、相変わらず、艶消チャコールのDAXに乗っていたが、その年の秋にKWASAKIのW-1Specialを手に入れることになる。先輩や後輩のバイクを入れると、学校の裏庭のバイク/自転車置き場は大小含め、かなりの台数のバイクが駐輪してあった。記憶をたどると250娑幣紊蓮梅ちゃんのXS650を筆頭にGT380、CB350Four、W-1、SS500、CB500、SS350、CL350、CB250/350セニア、RD350、DX250、RX350、SL175、などがいた。いわゆるナナハンはいない。その理由は校則でナナハンは何故か禁止だったのである。ナナハンは危ないからという理由だ。変なの?でも当時は何故か納得していたから我々も素直なもんだ。それから400ccという半端な?排気量のバイクは当時はまだ無かった。この翌年の免許制度の変更で出始めてくることになる。たとえばホンダCB400FourやカワサキZ400RSなどが代表的なところだ。

 横道にそれたので話を元に戻して、結局買ったのは白/緑のYAMAHA-DX250だった。¥125,000だった。目を付けていたシルバーメタのCB450には予算が4万足りず、また車検の負担も考えて諦めた。同じ車体の350CCのRX350は、その加速の良さと取り回しの軽さから、当時ナナハンキラーと呼ばれていた。
 上にあげた、大体のバイクたちは、縁のない先輩のCB500とSS350を除き、ほとんど試乗させてもらったので、当然DX250もどんなフィールのバイクかは知っていた。程度はけっこう良かったと思うが、当時の2サイクルの癖でもある下が吹けなくて4000あたりからのドッカン加速には慣れるまで結構時間がかかったが、同クラスのHONDA車に比べ車体も軽く、結構早かったので、乗りやすいバイクだった印象がある。このバイクのエンジン設計はRD250→RZ250→TZR250と基本的な部分が継承されていったと聞く。

ちょっと絞って上に上げたハンドルバーと、ちょっと前に倒したけど、ノーマルの高さの帆布タレ付き風防のプレスラーダーっぽいスタイルが、不良になりきれないボクちゃんをかもし出している。なんってったって、長髪の成りかけだし、普段は、ほら、ベルボトムでフォークギターかついでたんだからね。

 特筆すべきは、私の通っていた高校ではバイク通学者は一応、許可制だったのだが、その許可の方法が傑作だった。年に一回だけ、放課後、埼玉県警の白バイ隊員が来て(もちろん白バイで:CB750Four)校庭で安全運転教習をするのだ。当然コースは、受ける奴等が、学校の先生の指導のもと、自ら白線引きで校庭にに作るのである。講習車両は自分のバイクである。何か変でしょ?もう受ける前に学校に乗ってきてるんだからね。そして、講習終了後、学校から「埼玉県立○○高等学校」と記されたステッカーをその場でもらい、オートバイに張れば、堂々と通学が出来るのである。
 貼らなくてはならない、そのステッカーというのが、これまた傑作で、ベースが黒、文字と四角い枠が何と金色のアルミ箔ベースという、大きさは小さいが(幅25弌瀋垢150个らい)、まるで暴走族のステッカーと同じ仕様なのだから、お笑いだ!私はこのステッカーを風防のまん前に張っていたので、
反対から来た族車からよく止められた。そしてよーく見て、学校のステッカーだと解ると、バツが悪そうに「○高かよ!じゃぁ行っていいよ!」と言われたことがしょっちゅうあった。

振り返るとのんきでいい時代だったなぁと思う。それに、暴走族はその頃が一番多く、雨後の竹の子みたいにたくさん生えてたけど、そんなに悪党じゃなかったと思う。族をやってる中学時代の友達の顔を思い出しても、根っからのワルはそんなにいなかったし、フラストレーションの対象が警察および、対抗する他派閥の族に向けられているくらいで、一般人には意外と危害は加えなかった気がする。基本的には夜のツーリング、走るのが好きだった奴等だから、最近のバカどもみたいにアクセル空ぶかしでノロノロ走って、一般車の妨げになるようなタコな走り方はしていなかったはずだ。何れにしてもおおらかな時代だった。

 だが、翌年の夏過ぎ、タンデムのヘルメット常時着用、中型免許施行、3ナイ運動とバイクを取り巻く環境がガラッと変わっていったのである。
それにしても最近の族は暴走ではなく、珍走だよな。
 この時期のヨタ話は書いてもきりがないので、この辺で・・・・

  • なんだかいい話過ぎて涙が出そうです。私がこの中で欲しかったのはCB450でしょうか。もちろんヤマハ・ファンの私ですからXS−1が一番ですが、CBの直立エンジンは何故か惹かれました。 RX250は45×45の黄金分割といわれ250の2サイクルは皆これでしたね。 それにしても、高校生のドカマンさんは紅顔の美少年でかわいすぎます。襲いたくなります。 ドカマンさん版 懲りないシリーズ 楽しみにしております。

    ガンバ

    2006/3/17(金) 午後 3:42

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    コメントくれるのは、ガンバさんだけだよ!ありがたいねぃ。 ちなみに私の始めてのバイクのカスタムは、々覆螢魯鵐疋襦↓風防の取り付けL字アングルの角度をおっ立つようにめがねレンチで曲げたことかな?笑えるのはブBUNちゃんのW-1の音に対抗して”BUNちゃんの家の前で2ストなのにマフラーエンドの一文字のディフューザー見たいな奴を外したら、音が大きくなるどころか、ペケペケ・・・がポコポコ・・・という何とも情けない音に変わり、おまけに輪っか状の煙が連続して出て、 二人で、大笑いしたことを思い出したよ。

    guz*i*e

    2006/3/17(金) 午後 4:14

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  • 自分のブログにコメントもらえると嬉しいから、他の所では積極的にコメントを残すようにしているのさ! 私のはじめてのカスタムはGX400にリアキャリアを取り付けたことです。自転車用のゴムひもをぐるぐる巻きにしました。これだけでもなんだか満足できました。これってこないだCTにフロントキャリア付けたときと同じだ!進化していないなァ〜!

    ガンバ

    2006/3/17(金) 午後 8:42

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  • とても興味深い話ですね。
    ぼくらが卒業するまでは、バイクはもちろん、四輪だって許可制なんてなかったなあ。誰でも自由に、そう、免許なんてものも調べられなかったから(無免許でもね/苦笑)、乗ってきてたなあ。この間の3〜4年で規制されてしまったんだ。
    こんなことを生徒会で決議なんてしないだろうから、学校側からの強制だったんだろうね。

    面白い!実に興味深い(笑)!!

    [ 川幸彦 ]

    2009/9/28(月) 午後 0:42

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    >川幸彦さん 私が2年の冬に唐突に始まったと思います。
    その理由は、多分その年の夏休みにバイク事故で重症を負った生徒が
    2名いたからだったんじゃないでしょうか?
    後にサーカスでデビューしたのK先輩と同額年のMです。
    でも、講習を受けなくても皆バイクで通ってましたけどね(笑)
    別に取締なんてないし、私は風防に貼るシールが欲しかっただけです。暴走族のシールはまずいですから・・・
    同じDX250に乗ってるMは一人堂々と付けてるいましたけどね・・・
    チーム名は確か「銭形平次」・・・笑えるでしょ?

    取り締まわれる方が取り締まる方の名前付けてどうするよ!
    って思いましたが、地元の付き合いで仕方なく・・・・とか言ってたような気がします。ま、当時の通行手形のようなものでしょうかね?

    おかしいでしょ?

    一番おかしかったのは、一緒に受けた友人のCB350のハンドルがかなりの絞りハンドルだったことです。白バイの警官に、今日はいいから、後でこのハンドルはちゃんとしたのに交換しときなさいよと言われてたことでしょうか・・・何とも呑気なもんです。

    このバイク講習は

    guz*i*e

    2009/9/28(月) 午後 1:54

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