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記事の始まりを不老不死と書き出したのですが、、これは論理に欠けると思いまして、不死を 消しました。不死は誰もが望むところでしょうが、当分は不可能です。でも人類の夢ですね。 ところが不老不死も夢ではないと思うことが起こりました。 京都大の山中伸弥教授の、I,P,S細胞、、、再生医療です。このI,P,S細胞は 無限に増やせる、、いろんな細胞に変われる、、その人の皮膚からも作れる、、という画期的なもので 2005年に、マウスですが、I,P,S,細胞作成に成功しました。 今年のノーベル医学生理学賞の受賞かと。マスコミで報じられましたが。見送られました。 でも近い将来、受賞をl期待しています。 これは、韓国の黄教授の論文捏造が、国際的なショックな事件の後でしたので、世界の注目を受けました。自分の皮膚細胞から出きる新臓器ですから、拒絶反応はないんです。 心臓をはじめ、臓器の全ても、新品に再生できるとなれば、これはもう。不老不死でね。 ただ懸念があります。癌化の危険があるということです。 でも山中教授の研究室はこれを克服すると思います。 長壽遺伝子SIrt1の発見も話題です。しかもこの遺伝子は摂取カロリー70%に減らしますと活性化され、癌抑制遺伝子とも結合します。腹8分(7分)は健康のもとなんですね。 楽しいニュースがあります、赤ワインを飲みますと、ワインに含まれるレスべラトロールが、長寿遺伝子を活性化するといいます。アルコール好きの方、赤ワインに注目です 健康で長生きするには、自己治癒力が先ず必要です。病気にならないこと、 なっても早く回復することです。この自己治癒力が旺盛ならば、病気は早期に治癒するでしょう 人には生まれながらに自己治癒力が存在しており、自分自身の意識のゆがみや、過大なストレス、 誤ったライフスタイルが治癒力を抑制しています。 末期がんをはじめ、医師、現代医学、に見放された難病が、自然治癒した例は数え切れません。 プラシーボ的自己治癒は、信念、期待感、暗示、祈り、ポジティブ思考などの結果です。 、 人には全て、この能力があります。 フランスのルルドの泉の奇跡も、この自己治癒力の目ざめ、発動でしょう。 ただ残念なことに、自己治癒力は、いまだ科学的には根拠はないのです. 8月5日の新聞にホメオパシーは荒唐無稽だと日本学術会議が声明を出しました。 自己治癒力の代替療法なのに、万能視的、信仰的言動が過剰過ぎた為です。 それにしましても、この声明では、荒唐無稽で、科学的根拠はないと断じておりますが、 現代医学が見放した、末期癌などの難病が自己治癒した例は、事実として数えきれません。、 こういう事実をもっと検討するべきだと思います。 ルルドの奇跡に限らず、驚異的回復を追跡する全国的な調査が行われたことは聞きません。 でも、自己治癒は、数え切れないほど起きています。 この力は、新たに生み出すものではなく、本来存在するのに抑圧されていた能力を解放 するべきものだと思いま 筑波大の村上名誉教授の創生された、サムシングレート〔偉大なる何ものか、?、〕も 自己治癒力の表現と拡大解釈できます。 人間存在は見方により、哲学的であり、科学的であり、進化論、生物学、 そして宇宙的でもあります。とても容易にはには表現できません。 サムシンググレートも、自己治癒力も存在は確かでも、何処に、どうやって実存するのか、 アプローチしようがありません。不可解の渦中としかいえません。 さて皆様は、不老長寿にご賛成でしょうか、?、、そういうことは、自然に任せる、、?、、と
おっしゃいますか、?、自己治癒のご経験はいかがでしょうか、?、、過去に病気をなさった時、 医学、医師に頼らず、独自の治療で克服なさいました、ご経験がございましたなら。 ぜひお聞かせくださいませ。、、、、サチコ |
無題
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他人の心を感じた、、顔色で、気配で、目の動きで、表情の変化で、雰囲気でそして言葉で、、、 こんなとき、私たちは共感したと表現します。 禅の言葉で、以心伝心というのが有ります。共感という言葉と意味は似ています。、わたくしは、禅の 経験は有りませんが、共感と同じくらい、以心伝心も良く使います。 人は通常気持ちを伝える時言葉を使います。論理的に伝えたい時は言葉、文章が確実です。、 しかし上記のように、直感(共感)で心を伝えることが多く、言葉などは、説明のためということも 多いようです。 以心伝心は共感を多様化したもので、禅などの修行者に限ると思っておりました。 ところがそうでなく、人の脳(心)に相互に自分の気持ちを、心の動きを伝え合う 機能,チカラが誰にでも存在することが解りました。 ご存知かもしれませんが、イタリアの神経生理学者、リゾラッティ等が1996年、猿の脳の 神経細胞(ニューロン)の実験途中に発見したのですが、まるで、鏡に心を映し出すように感じること から、この脳の神経細胞は、ミラーニューロンとよばれ生物学のDNAの発見にも匹敵するとまで 言われております。 知覚と行動と認知は、このミラーニューロンが発見されるまで、同時に活動するとは思われませんでしたが、今は、人の脳は全体的にミラーニューロンなどで、密接な結合があるようです。 しかも、このミラーニューロンのそばに、言語中枢もあることから、幼児が親の真似をして、言葉を覚えることにも関連してともいわれます。、 又自閉症の原因も、ミラーニューロンの機能不全という仮説も出てきました。 私たちはこのミラーニューロンのおかげで、他人の心と、行動まで、心(脳)に鏡に映し出し相手が 今何を思い意図しているかも、解るようです。相手の行動まで予測できるのです。。 今まで、誰もそんなことを意識しませんでした。これからは、ミラーニューロンを、うまく活用することで、対人関係は、円滑に出来るだけでなく優位に立てると思います。 考えてみてください。夫婦、親子兄弟の肉親、友人、ライバルの、その場の心の状態が、察知 出来るのです。彼が、彼女が、何を考え、ナゼそうしようとしているのか、すぐに察しがつくのです。 他人の身振り、表情から、その意味するところを理解できるなら、、どれほど有利か、? このミラーニューロンを意識的に刺激し訓練すれば相手の心を、読み取り、競争社会においても 優位に立てるでしょう。、 さらに、テレパシーの解明にも役立つかもしれません。脳科学は、まだ、プリミティブです。 脳に未発見な驚異が、まだ秘められていると思います。 テレパシーのような超能力も、脳のどこかに気ずかれないで、眠っているかもしれません。 この驚異的なミラーニューロンも偶然に発見されるまで脳科学者も、心理学者も、哲学者も誰一人として、そんなニューロンが脳に存在しているなんて、予想もしませんでした。 まだまだです。どんな潜在力が、脳に隠れているのか、これからが楽しみですね。 どうぞ皆様、意識して、ミラーニュ−ロンを訓練してみましょう。人と対面した時、その人の、身振り
手ぶり、表情に注意し、今、私のミラーニュ−ロンが活性化、(目覚めた)と思えばいいのです。 競争社会で、大いに役立つと思います。 ご意見をお待ち申しております。、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、、サチコ |
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人はなぜ悩むのでしょうか、、?、過去にこだわり、未来を思い畏れて、 現在に直面しないから悩みが生じるといわれます。、そうかもしれません。 でも人の心はデリケートで、パニックなどには適応できません。 孤独と不安。善悪と正邪、愛をめぐり親と、恋愛の葛藤。才能と劣等感、容姿と愛憎 死の恐怖、、というように心に組み込まれた、不可解な葛藤と抑圧、、、 人は誰でも、心(意識、無意識)の中に、実に複雑な悩みを抱き生きています。、 この悩みをすべて聞いてくれて、理解してくれる人がいれば、どんなにか幸せでしょう。 でも、そんな人はまずいません。誰もが同じ悩み、苦しみ、悲しみを持っているんですから、、 古来の宗教の教祖、高僧の教えも信仰者以外には役立ちません。 2008年の読売新聞の調査でも、宗教を信じていないとの答えが70%です。 わたくしも宗教はありません。いわゆる日本教徒です。 日本人は無宗教者が大半のようです。 古来から、儒教、仏教、キリスト教、イスラム教の流入にもかかわらず、現代の日本人は 宗教をもちません。無宗教が日本人のアイデンティティかも、、それと宗教の欺瞞性に多くの 日本人が気ずいたからでしょう。 博愛、慈悲、正直、寛容、無欲、など宗教の提言は美しい、、、でも実態はどうでしょうか、? 22億人以上の信者を持つキリスト教の聖地のバチカンで法王をめぐるすさまじい権力闘争、 異教徒どころか、宗教改革の戦争で殺し合いをした、血で歴史を書いたキリスト教。 今も中東でテロと殺し合いをしている13億人のイスラム教。、、このすさまじい現実。 日本人は、このような欺瞞を肌で感じたのでしょう。すべての争いは、こだわり,トラワレから 起きます。そのトラワレ、こだわりは、宗教から発することを、日本人は歴史の中から、教訓として、 心にしみこませたのでしょう。、宗教ではない神道は、おおらかで日本人に融合しています。、 悩みの対策は、逃げたり否定したりせず、有るがままに受け入れるというカウンセリングの 現実受容が最善といわれます。悩みは、思い込みの自分と、有るがままの自分とのギャップが 原因だから、そのギャップを縮小するか、無くせば良い、、といわれます。 現実の受け取り方、感じ方を変えれば、、悩みは解消するというロジャースの現象学的な 考え方が有力です。純粋にに個人の心理に帰結する悩みでしたら、いいのですが、人は、 生きて活動する生理学的な、存在でも有りますから、心理的対応だけでは、環境の激変による、 心の悩みは、対応できないと思います。 人の資質の多様さは、心の複雑多岐にさに、戸惑い、悩むことでも明らかです。 人間関系は、心と心の関係ですが、他人の心どころか、自分の心さえも、 明瞭に観察できません。しかも、心は、絶えず流動していて実態は、不可解です。 占い、オカルト、、超能力に惹かれるのもこれが原因なのでしょう この悩みが、個人の対応キャパシティを超えた時、人によっては、未来はもちろん、今現在も、 心は、不安と悩みに満たされます。、、男性からの相談です。 彼は一部上場企業に勤務なのが、子会社に移るか、やめるかの選択を会社に迫られたのです。 皆様なら、どのようなお答えを出されますか、? 利害得失か判断基準でしょうが、、、 神の手の中の未来の運命は誰にもわかりません。 悩みはどう処理すべきでしょうか、現実受容というワンパターンでは解決しません。、 まず、原因を知リ、順序をつけ、個人の能力で、対応できるかどうかを判断します。、、 でも、失業の不安と恐怖からの悩みは、カウンセリングではなく政治力が必要です。 皆様教えてください。いまどんな悩みをお持ちでしょうか、其の悩みが多元的なとき、、 どのように対処なされておられますか、?、心理、生理の、二元的な悩みに どのような、対応が良いのでしょうか、? さらに、死の悩みのような根源的な苦悩にはどうしたらよいのでしょうか、、? サチコ
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自己像という言葉はご存知だと思います。、、自分はドンナ人間なのかということです。 本当の自分を知りたい、、こんな願は、青年期に入る頃から、殆どの人の関心です。自分探しという言葉が良く使われます。自分を好き嫌いを知ることで、自己像が、かなり解ります。 誰も本当の自分のことは知りたいのに、そのチャンスが有りません。わざわざ、性格検査を受けたくもないし、,ペーパーテストの検査が、本当に真実を示すのか疑問です。 自分がどんな人間のか、なにを本当に望んでいるのか良くわからないのに、、自己愛、自己嫌悪を どう思いますかと言われても、 答えは出にくいでしょう。そこで整理してみました。 (1)自分は好きだし、愛している。これは理想的です。 (2)自分は嫌い、でも、愛している、、私は、これです。 (3)自分は嫌い、、愛してもいない、、これは虚無的で不安です、 心に、大きなトラウマが隠れているかもしれません。 わたしは、欠点の多い自分は好きでは有りませんが、 かけがえのない存在ということで、私自身を愛しております。 好きと愛を合一出来れば、これはステキだと思います。 劣等コンプレックスは誰にでもあると思います。神、?、でない人間に、パーフェクトは有りません。 先ず、良い人間関係、後は定番ですが、健康、才能、権力地位、財力、学歴、容姿、性格、そして、 幸運です。まだあるでしょうが、これがそろえば、自己愛は肯定されるでしょう。 神に微笑まれて、この条件が全部そろえば、その人は自信満々で、自己愛を満たし、自己嫌悪感なぞ、 何処にもなく、生涯挫折も、屈折も知らずに、尊大驕慢の反省もなく、生きられます。 でも、そんな人は万に一つの幸運の持ち主で、先ずありえません。 九十九パーセントの人は、自己愛と、自己嫌悪のハザマで、人間関係(心と心の関係)の愛憎、悲喜、怒り、怖れ、恥、孤独などのストレス処理に疲れることが多いと思います。 でも時には、オレ様天下なんて人もいます。エゴイズムと自信に溢れています。 自己嫌悪なんて生まれて一度もない、そんな弱い人間は、生きられないよと傲然としている人、 反省なんて、無縁でしょうから、デリケートな心ずかいはなく、平気で、人の心を傷つけます。 女をブス呼ばわりする人、、、先ずオトコが多いでしょうが、人の心を傷つけることが最低の仕打ち だということを知らないのでしょう。心が打ちのめされたら、生きるのが、辛くなります。 自殺者も、最後は心が耐えられずに死を選ぶのでしょうが、自己嫌悪の強い人は怖いです。 勿論自己嫌悪は、適度で在れば、羞恥心にもつながり、人間関係の潤滑油にもなります。 自己愛と自己嫌悪のバランスを保てる人こそ、健全な人間といえるでしょう。 好きと愛しているとの違いについて、私の考えです。 私は思います。 好きとは、自分の性格、容姿、才能、健康、価値観、などを積極的に受け入れている事です。 愛しているとは、自分という現実存在(実存)をかけがえのない存在として、 優劣、美醜、強弱、勇怯、認否、成敗などに関係なく、無二のもとして、受け入れることです。 つまり、好きとは具体的事実の認識で、愛とは抽象的な認識だといえるようです。 この二つが、統一されていれば、自己像は、安定すると思います。 皆様、いかがでしょう。自分がすきですか、?、愛していますか、 それとも、自己嫌悪に悩んでいらっしゃいますか、? どうして、もっとキレイに生まれなかったの、?、 又あんなひどいこと言ってしまった、、(親、子供、友人に) 尽くしてくれた、彼、彼女を裏切って、?。 又、おんなじミスをして、自分はダメな人間だ、、 かぞえ上げれば、自己嫌悪の種は、誰にも有ります。 同じように、自分が好き、自分を愛している理由も、即座に、いくつも上げられるでしょう。 普通なら、好き嫌いは、両方備えています。どちらが、多いのか、 或いは、強烈なのかということでしょう。 では皆様、どちらを多くお持ちでしょうか、 自己コントロール出来ないほどの強い感性をお持ちでしょうか、? どうぞ、ご意見をお寄せくださいませ。お待ちしております。 サチコ 、
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