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シカトは「いじめ」ではない
社会や学校という集団に属したことがある人なら、
いわゆる「いじめ」を受けたことがあるかもしれない。
それはとても卑怯なことで、許されないことである。
だが、単なるシカトが「いじめ」に値するのだろうか。
オレも、殴られたり、脅されたり、
「カンパだ」とか言われて頻繁にカネを取られ、
学校を休みたくなったことが何度もあるが、
シカト(無視)されたぐらいで「いじめられた」と思ったことはない。
本当にいじめられている者にとって「シカト」は幸せなことである。
「いじめっこ」から「シカト」されるということは、
もう「いじめられない」ということになるからだ。
基本的に「いじめ」とは、危害を加えられることだと思う。
たとえば、悪口を言われたり、ヘンなあだ名を付けられたり。
たとえば、上履きを隠されたり、自転車のタイヤがいつもパンクしていたり。
そんな悪さがいわゆる「いじめ」のボーダーラインだと思う。
確かに、仲間はずれになり、みんなから無視されるのはツライと思う。
確かに、目が合うたびに不機嫌な顔をされ、コソコソされるのはツライと思う。
でも、嫌われているのだから仕方がない。
誰も、嫌いなヤツと、会話をする義務はないんだ。
オレは、その程度で「いじめ」られたと語るヤツがキライだ。
何を語ろうとその人の自由だけど、その程度で泣いてる場合じゃない。
オレにはその涙がウソに見える。
この世に孤独なんてない。
どんなにわがままを言って、どんなに自分勝手に振舞っても、
それが好きだと言ってくれる人がきっといる。
そのままの自分と本音で付き合ってくれる人が、この世に5人ぐらいはいる。
それが少ないと思えば少ないが、十分と思えば十分ではないか。
友達の数が人間の価値じゃない。
目を覚ませよ。
シカトは「いじめ」じゃない。オマエが嫌われているだけだ。
(少年正義言論の祭典)
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