鎌倉あれこれ

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祇園山ハイキングコース 2019/02/18
鎌倉のハイキングコースの中では気軽に行けるコースという、祇園山ハイキングコースを歩いてみた。
 
(地図右下の虫眼鏡をクリックすると拡大します)
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ネットで調べると、一般的には腹切りやぐらと八雲神社間がコースのようだが、大蔵稲荷からも登れるような感じなので、204号線の岐れ道近くの路地を入っていくと、、
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橋が現れた。「大蔵稲荷橋」とある。 この道で良さそうだ。
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橋を渡ると、すぐ鳥居がある。
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古道によくある庚申塔などの石塔群がある。
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階段をしばらく上がったところに小さな社がある。大蔵稲荷だ。
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社の裏に細い道があるが、立ち入り禁止の札が置いてある。
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不安があるが進んでいくと、ロープを伝っていくような荒れた道だ。
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崖を登りきったところに通行危険の表示が立ててあった。
確かに下りは、かなり危険だろう。
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有刺鉄線が気になるフェンス沿いの道を進む
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しばらく進むとロープが見えてきた。
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ロープを越えて振り返ると、行き先表示板が立っていた。
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確認のために一度降って、
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腹切りやぐらに行ってみた。
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荒らされるといけないからか、ロープで近寄れなくしてあった。
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再び道を戻って尾根道を進みます。
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初心者向きのコースだと思ったら、木の根が張っていたり、
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岩がむき出しだったりの、結構な難コースだ。
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またしばらく進むと、表示板がある。
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表示板の後ろに下りの道がある。
下れば妙本寺なのだろうが、ここは降らずに進む
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また木の根を掴んで、よじ登るコースだ。
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後半になると、比較的平らな道になってきた。
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最後の表示板。 もうすぐ展望台のようだ。
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展望台からの眺め。
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展望台から、すぐに下りの道になり、、
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下っていくと、社が見えてくる。
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八雲神社だ。振り返ると登山口の表示があった。
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大蔵稲荷から上がったが、やはり腹切りやぐらから上がるコースが無難だ。 腹切りやぐら←→八雲神社で1時間くらいのコースだった。


室ヶ谷の梅

室ヶ谷の梅 2019/02/16
今年は体感の割に暖かいらしく、室ヶ谷の梅も満開だった。

広町緑地のハイキングコースから室ヶ谷へ通じる洗い坂を降ります。
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洗い坂を下ると、、
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室ヶ谷が見えてきます。
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やはり梅が満開でした。
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梅の種類は多いですが、ここの梅は原種に近いようです。
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モンタナ幼稚園側からの入り口はこんな感じです。
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谷戸坂の切通し

谷戸坂の切通し 2019/02/15

県道304号線(腰越大船線)の
西鎌倉小学校から鎖大師に向けて、近代に掘り割られた大規模な切通しがあるが、その脇にひっそりと昔の切通しがあることはあまり知られていない。 地図で見ると『谷戸坂の切通し・鎌倉景観百選』とある。

(地図右下の虫メガネをクリックすると拡大します)
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小学校から鎖大師に向けて、近代に掘り割られた大規模な切通し
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切通しの上の道を右に曲がると、工事のフェンスがある。
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フェンスの上から覗くと、古い切通しの道がある。ここが『谷戸坂の切通し・鎌倉景観百選』だ。
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県道の坂を下った所にお宮がある。地図によると歓廣稲荷大明神だ。
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稲荷社の右に尾根道が、、しばらく行ったが途中で消滅していた。
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尾根道を上から見たところ。左側はすぐ県道だ。
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下から切通しを見てみようと、道に戻ってしばらく進むと藁葺き屋根の民家が現れた。 あとで調べたらレストラン『なるせ』のようだ
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道の終わりは工事中で行き止まり。先に進めず、残念。
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衣張り山ハイキングコースから平成巡礼古道へ
2019/02/02
前々から気になっていた衣張り山ハイキングコースを歩いてみた。 
帰路は同じ道ではつまらないので、平成巡礼古道を辿ってみた。

(地図右下の虫メガネをクリックすると拡大します)
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逗子ハイランドから、衣張り山ハイキングコースへの入り口
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入り口に標識がある。
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この所要時間は、かなり健脚の人の時間だと、あとで思った。
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それなりにアップダウンがある山道。
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最初に開けた場所に出た。コースには3か所ほど開けた場所があったが表示がないので、どこが絹張山山頂か分からなかった。
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よく晴れて富士山もクッキリと、、
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ところどころ分かれ道があるが、標識がないので迷う。
とりあえず、少し広い道の方を選択。 で正解。
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下り道に入る。
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杉林を、延々と下り道が続く。 反対から登るときは辛そうだ。
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やっと人家が見えてきた。
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県道204号(金沢鎌倉線)にでる。
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鎌倉で一番古いお寺。杉本寺にお参り。
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お寺の梅が、ちらほら咲き出していた。
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県道に戻り、報国寺方面へ。
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報国寺に参詣。
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杉本寺は拝観料が必要だったが、報国寺は無料。
その代わり有名な竹林へは入場料が必要だ。
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報国寺の先にある、旧華頂宮邸も見学。
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室内は公開日でなかったので入れなかった。
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道を少し戻って、平成巡礼古道へ。
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入り口の表示は薄汚れて分かりにくく、見逃してしまいそうだ。
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人家の横の狭い道を入って行くと、、
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崖沿いの急階段が現れる。
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昔は山道だったのだろうが、崖が削られてやっと通れる狭い階段。
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急坂が続く。
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祠にお地蔵様が祀られている。
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山道に鉄平石に彫られた庚申塔が、ところどころに祀られていた。
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フラットな山道をしばらく行くと、出口が見えてきた。
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振り返って、逗子ハイランド側から平成巡礼古道の入り口を見る。
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鎌倉十橋(かまくらじっきょう)2019/0128
鎌倉川に架かるで、重要な橋や伝説が残る10の橋。
鎌倉幕府が滅んで寂れていた鎌倉が、江戸時代になって、手近な物見遊山の地として、江ノ島とともに脚光を浴びるようになります
その時、目玉として観音巡りや地蔵巡りと共に、名水巡り、名井戸巡りが考え出され、鎌倉十橋も、その一環だと思われます。

(画像右下の虫メガネをクリックすると拡大します)
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 乱橋(みだればし)/ 川名は不明
滑川の支流と思われる細流に掛かる橋。
新田義貞が攻め入った時、幕府軍がこの橋のあたりで崩れて乱れ始めたことが由来とも言われている。
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青年団の説明石碑。
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石碑が立つ側は暗渠で小道になっている。
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反対側は、今も流れがある。 こんな場所は歴史的な背景がなければ鎌倉十橋には選ばれなかっただろう。
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乱橋の橋標(はし しるべ)
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 逆川橋(さかかわばし)/ 逆川
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逆川に掛かる橋。 滑川と逆向きに流れているため逆川と呼ばれた。
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コンクリートの橋。
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昭和36年竣功とある。
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橋と離れた車道わきにある、逆川橋の橋標
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 夷堂橋(えびすどうばし)/ 夷堂川(滑川
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滑川はこの辺りでは夷堂川と呼ばれていたらしい。
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青年団の説明石碑。
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◆ 筋替橋(すじかえばし)/ 川名は不明
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くの字に曲がった道に沿って曲がった橋が掛けられていたので、この名前がつけられたそうであるが、今は橋も川も痕跡はない。
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筋替橋の橋標(表示が筋違橋になっている)
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◆ 歌の橋(うたのはし)/ 二階堂川
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鎌倉時代、謀反の疑いで死罪を受けた家臣が、和歌十首を詠み、将軍がこの歌を見て感動し罪を許した。 命を助けられた家臣は、礼にこの橋を作ったのでこの名がついたと言われている。
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滑川に合流する二階堂川にかかる橋。
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青年団の説明石碑。
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歌の橋の橋標
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 十王堂橋(じゅうおうどうばし)/ 西瓜川
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近くに閻魔など十王を祀った十王堂があったことからこの名が付いたといわれている。
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少し奥では川の護岸工事中。
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工事看板の表示で、この川が西瓜川という名前だと分かった。
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◆ 勝の橋(かつのはし)/ 川名は不明
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徳川家康の側室勝の局がかけた橋のため、こう呼ばれてたという。
寿福寺脇の庚申塚の脇に、、
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ひっそりと立っている、勝の橋の橋標。
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寿福寺前に溝があるが、これが勝の橋がかかっていた川ではないだろう。
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横須賀線の踏切を挟んで反対側に川があるので、この辺りに橋があったのかもしれない。
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踏切の反対側から寿福寺を写す。
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◆ 裁許橋(さいきょばし)/ 佐助川
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現在の裁判所にあたる問注所が近くにあり、訴訟を裁許したことから名付けられたと言われている。
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青年団の碑も橋標もなく、欄干の表示で裁許橋とわかる。

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道を挟んで反対側の欄干が随分狭くなっている。
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左の護岸の上がオーバーハング状態にせり出していた。
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◆ 琵琶橋(びわばし)/ 佐助川
琵琶小路と呼ばれた道にかかっていたためこの名が付いらしい。
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道の反対側から橋下を見ると、暗渠になっている事がわかる。
暗渠の先は佐助川で、裁許橋に繋がっている。
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琵琶橋の橋標。
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◆ 針磨橋(はりすりばし)/ 極楽寺川
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この付近に、針を磨く人が住んでいたことから名付けられたと言われている。
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ここから上流は暗渠で、極楽寺駅脇に繋がっているようだ。
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橋標は無いが、青年団の石碑はあった。
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