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五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ 石川杪 ]
2018/11/18(日) 午後 10:12
首藤さんは恩人です。
私は15歳からアルコールに頼って生きてきました。
日々の生活に楽しさや美しさを見いだせず、安酒がもたらす酩酊と嘔吐とに癒しを求めてきました。
いつまでこんな日々が続くのだろう、いっそ終わらせてしまおうか、なぞと思いながら迎えた22歳の冬のある日でした。
webアニメスタイルで先生が書かれたコラムを見つけ、ハイライト二箱を空にする間に読んでしまいました。
それから私の生活は先生ありきでした。
バイト中こっそりと、嘔吐中のトイレ、出先の景勝地、あらゆる場面で先生の文章を読みました。
私は日々の癒しをもはや酒ではなく、先生の文章に求めるようになりました。
ずっと求めてきた汚れのない美しいもの、つまりはファンタジーがポケットの中から出てきたような心地でした。
今はまっとうな25歳として生きていますが、こうなると人間、欲が出てくるもので、私も先生のように誰かを癒せる物書きになりたいと思うようになりました。
自分で筆を執ってみると、首藤さんが生きていた世界の高みを思い知らされます。
まだまだ未熟ですが、いつか必ず私の物語を世に
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ マルシェ ]
2018/10/29(月) 午前 9:41
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ nanashi_san ]
2018/10/11(木) 午後 5:21
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ wasakinanbu ]
2017/7/20(木) 午前 1:01
過去の栄光しがみつき商法な気がして、今年の映画は敬遠していたのですが、首藤先生の名前がクレジットされているということで、観てきました。で、やっぱり「・・・」な感じでした。
新作なようで新作でない、かといって懐かしいあの頃とも違う、コピーのツギハギだらけで不思議な気分にさせられました。
「一部脚本」の表記は、冒頭の第一話のリメイク部分で、先生が書かれた台詞を一部使ったからだと思います。ラストシーンに、首藤先生が構想された最終回をチラつかせたという話も聞きますが、あれを含めて「一部脚本」という意味だとしたら、先生がやや気の毒な気がします。コラムを読む限り、あれではないでしょう。
クレジットがあったことで、首藤先生が生きていると感じた方もいるのかもしれませんが、過去作品のオマージュ(というよりコピーシーン)を無理やり入れたいがために、次々と繰り広げられる不自然でリアリティのない擦り切れたリメイク展開の数々に、首藤剛志は本当に亡くなったのだなと実感させられました。
来年こそは、ちゃんと「新作」を作ってほしいと、いちポケモンファンとして思うのです。
先生はどう感じましたか?
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ tikyuujin2017 ]
2017/7/15(土) 午後 8:37
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ kan***** ]
2017/2/25(土) 午後 10:07
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ナツ ]
2016/12/15(木) 午後 10:48
もう6年も経つのですね。もっと昔のことのようにも、ついこの前のことのようにも感じます。
ポケモンアニメ10周年の頃に首藤さんのことを知り、その後コラムやブログを拝見し、ビデオを(あの頃もうレンタルビデオが残っているお店がなかなかなく初期のポケモンはDVD化されておらず探し回りました笑)借りて、首藤さんの想いを感じながらじっくりと楽しませて頂いておりました。
ポケモンアニメはもうすぐ20周年。来年の映画の特報を視聴致しました。
首藤さんの想いは様々な形で色々な方々に残されている・ポケモンは沢山の方々の作品であり首藤さんだけでなくそれぞれの想いをのせているものだとわかってはいるのですが、あのシーンだけは、首藤さんがいてくれたらなと思わずにはいられません。
近年はポケモンから離れてしまいましたが、来年の映画は少し興味を持ちました。
天国からのインスピレーションでも、残った資料からでも、首藤さんのエッセンスが入ってるといいなと祈っております。
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ 永山 ]
2015/11/17(火) 午前 10:19
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ののの ]
2015/4/21(火) 午後 11:41





