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五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ももらぶ ]
2011/6/5(日) 午後 10:16
(つづき)
「故郷と思っている場所は二つあるんだ」と語っていた故人。17年間仕事場を置いた神奈川県小田原市がその一つで、市立図書館には、寄贈したアニメの台本や企画書など約2300点が保管されている。同市教委の鈴木健・図書館長(57)は「いつか小田原を舞台にした作品を期待していたのに」と残念そうだった。
もう一つは、小学生の一時期を過ごした奈良市。「歴史文化や教師に大きな影響を受けた」と家族に語っていた。
中学の文集で薬師寺の仏像に触れ、「観る人の心に共鳴させるすべを、知っている」とつづった。その薬師寺を訪れようとしていたところ、早朝のJR奈良駅前で倒れた。元妻で脚本家の菊池有起さん(49)は「最期を迎えた場が奈良とは、彼の運命だったのかも」と思いをはせた。故人の作品も、人々の心に共鳴し、生き続けている。
(おわり)
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ももらぶ ]
2011/6/5(日) 午後 10:15
(つづき)
話し好きで、ストーリーの多くは雑談から生まれた。都立高校が日本からの独立を宣言して体制側と闘う小説「都立高校独立国」(89年)は、編集担当者だった徳間書店の吉田勝彦・広告局長(51)とコーヒーを飲み、紫煙をくゆらせながら磨き上げた。吉田さんは「悪意をもった人物は登場するが、『悪人』は出てこない。優しくて傷つきやすく、常に人間に対する愛をもった人だった」と振り返る。
執筆を始めると、何日も仕事場に閉じこもり、着替えも食事も忘れるほどの仕事の虫。一方、45歳で生まれた長女三穂さん(15)をでき愛する父親でもあり、長女が一緒の旅行となれば、グリーン車にホテルはスイートルーム……と、周りがあきれるくらいだった。
(つづく)
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ももらぶ ]
2011/6/5(日) 午後 10:05
長文ですが読売新聞から追悼記事写します。
(東京本社社会部・北口節子さんの記事です)
『人間に対する愛 共鳴呼ぶ』
「子供向きに書いたつもりはない」。自らのアニメ脚本について、いつもこう語っていた。愛らしい登場人物も、せりふは軽妙洒脱。テーマには、「人類の滅亡」「自分の存在意義とは」など、哲学的な問題を取り上げ、大人の鑑賞にも耐える独特の世界観を紡ぎ出した。海外でも大人気の「ポケットモンスター」のアニメ化にも関わり、訃報は瞬く間に各国のニュースやブログに掲載された。
1949年福岡生まれ。根っからの映画オタクで、大学受験に失敗し、予備校代わりに進んだのがシナリオ研究所だった。教材販売の会社員などをしながら下積みを重ね、76年の「まんが世界昔ばなし」で、本格デビューを果たす。
制作費や技術などの制約が多い実写映画では、思い描く世界を十分に表現できない。それがアニメを選んだ理由だった。「戦国魔神ゴーショーグン」「魔法のプリンセス ミンキーモモ」。次々とヒット作品を生み出した。(つづく)
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ももらぶ ]
2011/6/5(日) 午後 1:18
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ bae_bae_doburoku ]
2011/5/13(金) 午後 3:38
首藤先生が天上人になられてから早いもので半年余りの月日が流れました. . . .わたしは今、"キャンディーズ"の蘭ちゃんが詞をお作りになった「つばさ」という歌をひとり静かに聴いています. . . .
♪別れの時が来ても泣かないわ
あなたと過ごした熱い青春
生きる勇気をくれたあなたが
いつもそばにいるから
真実の 真実の 触れ合いを 忘れない♪
と歌いあげるところで思わず胸がいっぱいになります. . . .
わたしにとって首藤先生のミンキーモモはまさに"熱い青春"そのものでした。首藤先生の天上界での暮らしが安らかでありますように祈りをこめて. . . .ありがとう. . . .With You Forever!!
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ ishi ]
2011/5/3(火) 午後 2:46
五月三日 小田原 その二
日常のつらつら話
[ あきら ]
2011/5/2(月) 午後 2:00
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[ ゆとり世代 ]
2011/4/2(土) 午前 8:27





