首藤剛志のふらふらファイル箱

人並みのつもりにしては、ふらふらしています。

日常のつらつら話

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都会の憂鬱

ブログの状態は、本文やトラックバックは、ネットスケープで読めるようになった。当分、インターネットエクスプローラと併用してみようと思う。
 電器店や、皆さんの意見を参考にしたが、僕の仕事は、ワープロソフトも必要なく、縦書きに変換できるエディターと、インターネット、メールとプリンター、ファックスぐらいしかいらない。
 ここ五年ぐらい、それしか使っていないので、新製品の新機能や、ソフトは宝の持ち腐れなのである。
 むしろ、今までため込んだ旧OSで作った資料を簡単に読み取れるパソコンが欲しい。
 しばらく様子を見てみようと思う。
 ここのところ鬱っぽいので、久しぶりで渋谷の街を歩いたが、いつも通りの代わり映えのしない人の多さで、又憂鬱になった。
 基本的に、東京に出てきた事が、間違っていたのかも知れない。
 毎日、波の形を変える海や、季節によって姿をを変える山々が見えない都会は、苦痛である。
 元々は都会っ子の筈の僕だが、十八年近い小田原暮らしに慣れてしまったのかも知れない。
 表向きには、子供の教育の為に東京に引っ越した事になっているが、アスファルトだらけの街と、お決まりのお受験体制に巻き込まれて小学生で塾がよいの娘が、思春期を迎えて精神衛生上どうかわるか、それも憂鬱の種である。
 僕は小学校の低学年は北海道の自然、中学年は、仏教美術(宗教はどうでもいい……美術品や建築の事である)を見慣れて育ち、それから渋谷にやって来た、
 学校以外の学習塾など全く無縁であった。
 低学年の時、ピアノと英語と絵は習った事がある。
 僕自身は、受験勉強や高学歴には、まったく興味がない。
 子供の頃は、他に学ぶ事、感じる事が他に沢山ある筈だと思っている。
 仕事柄、子供相手のアニメなど書いているからなおさらそう思う。
 結婚前は、全然、そうは見えなかった妻が、子供の成長と共に、妙な教育ママになり、彼女にいわせると、娘は受験勉強に意欲的であるらしいのが、せめてもの救いである。
 しかし、大人の僕ですら、色々原因があるにしろ、鬱状態なる都会……
 新聞報道によると、今の小学生の二十五パーセントが鬱気味だという。
 東京に戻った事は、僕にも責任があるが、馬鹿馬鹿しい事をしたかとも思う。
 ともかくゆううつである。
 

 ブログの状態がいっこうよくならない。
 知人が、僕のブログを観たら、このサイトには「スパイウェア」が混入している疑いがあるから注意してください。との表示が出たとのことだ。
 あわてて、他の方達に聞いて見たら、そんな事もなく、正常に見えるという。
 その後、いつの間にか「スパイウエア」の警告を見た人の僕のブログからも警告が消えてしまったようだ
 いったいどうなっているのだ?
 やっぱり、機械を買い替えるしかないのか……?。
 インターネットのブログ以外、異常がないので、買い替えるのはバカバカしい気もするのだが、仕方ないかも知れない。
 僕は、原稿を書きそれをメールで送り、あとは、インターネットを覗くぐらいしか、パソコンを使わない。
 ずーっと使い続けたMACの新品を買うか、ウインドウズにするか迷っている。
 MACにはOS7から書き続けている資料が入っている。
 最も、OS10になってから使えなくなったワープロで書いた資料も多く、読むには工夫も必要なのだが、取り合えずクラッシック環境にすると読めない事もない。
 だが、ウインドウズについてはまったく無知である。
 メールに、添付されたファイルが、MACで、読めないものもあって、ウインドウズの必要性も感じてはいるのだが……どうしたらいいのだろう?

鬱状態の原因?

ブログの状態は相変わらずである。
 MACをウインドーズに変えればどうにかなるかもしれないのだが、すでに六台もある歴代のMAC(今も動いている)を勝手の知らないウインドーズにするには相当な決意が必要な気がする。

 さて、僕は二〇代前半、一ヵ月ちょっと、パリにいた事がある。
 さして目的のない貧乏旅行で、セーヌ左岸の☆印もないぼろホテルにいて、あてもなく街をぶらつく毎日だった。
 観光名所に興味が持てず、エッフェル塔にも凱旋門にもいかず、その代り、時間を潰せる美術館や映画にはよく行った。
 美術館など、名のあるところはほとんど行ったと思う。
 そして、著名な美術品の数々を観ながらも、実は感ずることはあまりなかった。
「はあ、こんなもんか……」ってな感じである。
 僕は絵も描けないし、もちろん彫刻など作れはしないが、人間、一生懸命やれば、美術や芸術分野はともかく、書く事でならこの程度のことはできるだろう……ひどく不遜な気持でいたのである。
 何しろ、二〇才前半の僕である。
 すでに、テレビ番組の脚本を書いていたから、自分だけの気分としては前途洋々でなんでもできるつもりだった。
 美術館の展示品など、せまっ苦しいところにいくつも並べられ、ぞろぞろ続く見物人の目にさらされて気の毒だなと思った。
 ナポレオンだの誰それさんだか知らないが、世界中の芸術品を権力や金の力で、集めて見せびらかしているのが、……もっとも、自分の所有物にして、それを自分の部屋に飾り一人で悦に入っている人も、どうかと思うが……その数が膨大なだけに、気分が悪くなってきた。
 つまり、僕の二〇代前半のパリの美術館の作品は、人が騒ぐほどたいしたものに思えなかったのである。
 だが、先日、パリに行って、同じ美術館(ルーブル)で同じ作品を観た僕は、ひどく憂鬱な気分になった。
 そこに展示されている作品のほとんどが、作者の年齢が僕と同じぐらいか、それ以下の若い歳で完成されている。
 僕が二〇代から今までの時間の内で、作者達は、……あえてその人たちの作った作品を名作、傑作とは、僕は呼びたくないが……、それぞれの作家達は、僕からすれば気の遠くなるような努力と手間とあふれる才能で、作品を完成させてしまったのである。
 それに引き換え、僕は二〇代から今まで、いったい何を作ったのだろう。
 それを思うとひどく憂鬱なり、逃げるように美術館を出た。
 他の美術館も二・三、行ってみたが、やっぱり同じ思いにさせられて、三〇分といられなかった。
 美術鑑賞等とてもする気にならず、美術館に展示された作品群の威圧感に圧倒され美術館から追い出された気分である。
 パリは美術館だけでなく街自体が芸術品ぽいところもあるから、そんな街中を歩くのも憂鬱だった。
 東京に戻って、本棚の奥から日本名作全集のようなものを読んでみた。
 そして、更に憂鬱な気分にさせられた。
 その全集に入っている日本の名作といわれる作品もほとんど、僕より下の年齢の時に書かれている。
 再び思う。
 僕は二〇代から今まで、いったい何を作ったのだろう。
 なんだが、随分、時間を空費したような気がする。
 僕にはまだ書こうと思うものがいくつもある。
 しかし、モノを書くのは、相当の体力と気力が必要とされる。
 ぼけ等も計算すると、年齢的にあと、よくて一〇年ぐらいしか書けないだろう。
 それを思うと憂鬱になり、食欲がなくなり、体力も気力も失せてくるのが実感として分かる。
 書かなければと言う気持と、食欲不振で衰えた体力と気力が、僕の中で喧嘩している。
 しかし、その喧嘩する気力さえ衰えてきている。
 見慣れた渋谷の雑踏も憂鬱の素になり、出歩くのも面倒で、仕事場に引きこもり、人と話すのは電話ぐらいだ。
 それも、今は面倒くさい
 せめて、規則正しい生活をして、三食と睡眠時間を取ろうと思うが。それも、うまくいかない。
 規則正しい生活をするには、病院に入院して物を書くのがいいのだが、こんな程度の軽いうつ状態では、病院の方から入院を断られ、抗うつ剤か睡眠薬を処方されるのが関の山だろう。
 近いうちに、小田原、伊豆、箱根にでも行こうと思う。
 気分が、少しは変るかも知れない。
 

どんどんブログの状態がひどくなっている。
こんどは、トラックバックの文章も読めなくなった。
五月二二日から、Yahooの仕上げが変ったらしいが、それ以来、僕のブログもおかしくなったようだ。
 なにが、どうなったのかさっぱり分からない。
 別に、ブログのせいだけではないが、なんとなく鬱っぽく、仕事場からでる気がしない。
 そのくせ、仕事場で仕事をしているわけでもない。
 ぼんやり、本や、テレビばかり観ている。
 どうも、パリから帰ってから、鬱状態が始まったようである。
 どうしてなのか、これから考えてみようと思う。……以下は次回で……

相変わらず、ブログの状態は改善されていない。
 昨日は、他の方のブログもタイトルしか読めない状態になってしまった。
 ところで、九九の暗算が怪しくなっているのに、流石の僕も唖然となり、娘から、任天堂DSを借りて「脳を鍛えるDSトレーニング」というのをやって見た。
 その中に、表示された文字の色を声に出してDSに判別してもらうテストがある。
 やってみると「くろ」「あか」「あお」という僕の声は、DSにも分かるのだが「きいろ」という発音が、判別できないらしく「もう一回」の表示がでて何度、発音やアクセントを変えても「もう一回」の連続……あげくのはてに「あなたの発音は、判別できない」の表示が生意気にも出てきた。
 僕の発音は標準語のはずである。アクセントも間違っているつもりはない。
 自慢じゃないが、結局自慢だが、昔は、電話の僕の声は「素敵」とか「セクシー」……ホントです……とか何人かの女性に言われたこともある。
 そりゃ、その頃に比べれば、入歯の一・二本はあるが、長い間、僕の声は僕の唯一の自慢だったのである。
 それを、DSごときに判別不能と言われたショックは大きい。
 屈辱感で、今日は眠れそうにない。
 結局、機械には「素敵とかセクシー」な発音やアクセントは理解できないのだ。
 なんだかんだ言っても、所詮は、血の通っていない機械だ……と、自分をなぐさめることにした。
 しかしである。
 このDSという今売れっ子のゲーム機の音声判別、なまりや方言のある人たちには通用するのだろうか。
 その内、大阪弁用DSとか東北弁用DSとか九州用弁用DS、外国なまりのある帰国子女用DSが登場するかも知れない。
 口述筆記してくれるコンピューターも出始めているというが、今のような状態ではとても無理である。
 なにしろ「きいろ」という単語すら判別できないのだ。
 それとも本当に、僕の発音する「きいろ」は、判別できないほど聞き取りにくいのだろうか。
 渋谷で、やたら「きいろ」「きいろ」と話かけてくるおじさんがいたら、それは僕である。
 「きいろ」と言っても、注意信号ではなく、安全人畜無害の僕ですから、安心してください。


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首藤剛志
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