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新春マニエリスム第二弾はポントルモです。
オイラ、ポントルモ好きです。かつて磯崎アラタが、ヒヒョー空間の座談会で、
「ポントルモとか好きですよ。一方で大嫌いだけど。」とか、ハードコア・ケンジロウに遠慮してエクスキューズ付けながら言っていたけれど、
まあ、そういった言い訳を付け加えたくなる気持ちは分かるけど、アラタさん!
そこは男の子、根性すえて、しっかり「良いですよポントルモ! ケンジロくんは文句あろうと!」
って言い切らなくちゃあ!
ポントルモが描く顔、イソザキさんに似てる、っていうか同じ系列の顔だしね。
★ポントルモ(Jacopo da Pontormo / 1494-1557)『十字架降下』
漱石の『坊ちゃん』に出てくるアンドレア・デル・サルトの弟子で、ブロンツィーノの師匠でもあった。サルトのクールで清冽なデッサン・センスを受け継ぎ、ミケランジェロの堅牢な素描を学んで、しっかりした造形基盤をもっています。しかし、人物のいつも憂いを含んだ表情や造形的に誇張された仕草は、危ういユラギを孕んだマニエリスム様式として実現。
細部を単純化しつつ原色を残した陰影表現やコントラスト処理は、メタリックで現代的なテイストも生んでいるし、ありますね。錯綜した時空間構成と輝かしい色面処理、過剰な人体のデフォルメ、そしてアンニュイな表情、それら全体が発散する明と暗の非一貫性が、一筋縄ではいかない魅惑の源泉を誘っているような…。
見る技、感じる技、読む技、描く技、書く技、創る技、など、技つまりマニエラこそ、主体と対象とのインターフェイスであって、技がうまく弄ばれた時、煮詰まった目的や内容など蹴散らした世界が出現することもある。マニエリスムとは、煮詰まっちゃった世代のアガキがもたらした奇跡の痕跡、のようなものでしょうね。
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ホント、ポントルモの描く顔ってアラタさんに似てるよねー。本人も似てるのかなー(*^_^*)ポントルモもね、本物見るとマチエールが蛍光色の粉っぽくてキレイなんだよねー。ブロンツィーノは青がキレイだったけど、ポントルモは赤が光ってて、浮いてたよ。この十字架降下は構図の浮遊感もいいよね。本物見たいなあ、迫力あるだろーね(=^ω^=)
2007/1/6(土) 午前 4:11
>本人も似てるのかなー この絵の右端の男が、本人の自画像だという話だよ。 これが似ているなら、似ているねw 神経質そうだよね。そういえば前に新百合の図書館で眺めたポントルモの日記は、妙に健康への気遣いばかり書かれていたような…。 右下の後ろ向きのオネーサンの赤、浮いてるね♪
2007/1/6(土) 午前 5:17
ポントルモの日記! 爆笑。売れそーもねー(>_<)
2007/1/6(土) 午前 5:20
売れないだろーね、って思って検索したら、5年前に新装版、出てる! なに食ったとかそんな日々の話だ、って、宣伝文句もちょー地味(^.^)
2007/1/6(土) 午前 10:13
おもしれー。意外といいカモ。そう言えば澁澤龍彦の小説にウッチェロの日々の生活を描いたヤツがあったな。けっこう可愛かったヨ(^.^)
2007/1/6(土) 午前 11:22