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返信: 311件

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シラン

2010/7/5(月) 午前 1:12

アルヘナさん❣ ミクシィの方ではびっくり❣
& このカキコミも、今 見つけました❣ ごめんなさいm(__)m
ご質問の方も 今 拝見しました。
ボクは思想史の研究者なのではないので、正確には分かりませんが、
ニーチェはマルクスを知ってはいたでしょうけど、本気で読んだという話は見ないし、
実際、共産党宣言くらいは眺めたかもしれないけど、深く感心持ったりはしなかったでしょうね。
フロイトなどは、共産党宣言も読んでないでしょう、たぶんw
マルクスが知識人の標準テキストになるのは、ロシア革命以降、
それもトロツキーやレーニンのテキストが西側にも広まり、
ルカーチやベンヤミンらの著作が影響を与え始めて以降でしょうから。

そして、マルクスとニーチェは、そこにフロイトを加えた三人の思考が、
ポスト構造主義系の思想家の多くに影響している。
とはいえ、積極的にその相互関係を主題化しながら論じているというのは…(続く)

F1ドイツGP 祝ピケJr.初表彰台!

F1&モータースポーツ

シラン

2009/10/14(水) 午前 8:05

ピケっ子、クラッシュ・ゲート事件で回復不能なダメージだなあ;
事件の内容自体は、一部の人たちも言うように、
1989年ポルトガルでのマンセル黒旗ペナルティ間セナ撃墜、
1990年鈴鹿でのセナによるプロスト相撃ち撃墜、
1994年アデレイドでのシューマッハのヒル撃墜、
などに比べたら、相手に危害加えるものでもないし、
単に、フラビオのみみっちいチーム戦略の犠牲に過ぎないけどなあ。
まあ、その分、フラビオのマフィア的なイメージも加わって、
逆に非スポーツマンシップに見えて大スキャンダルになってしまった。

でも、悪質さの内容自体は、マンセルやセナやシューミの事件に比べたら、大したもんではないのだから、
ピケっ子、もう一度実力を見せ付け、F1で活躍できるよう、
ピケっ子ファンは祈りましょう。

来年、新規参戦するらしいカンポスGPチームとの契約を進めているようだけれど、うまく契約でき、カンポスがよいマシンを用意できるように…。
まあ、イマイチ心もとない話なのだけれど^^;

シラン

2009/1/18(日) 午前 2:49

other_windさん
わざわざ、ありがとうございます。

音楽の話も、いろいろ書こうと思いつつ、かきそこなっています(^^;

other_windさん、名前からして武満的ですね。
こちらこそ、楽しい記事、読ませてくださいね。

技巧誇示の快楽と欲望と陥穽と

音楽02:クラシック

シラン

2008/12/31(水) 午後 5:12

絵描きさん
この館に、どこから迷い込まれたのか、ありがとうございます。

表現は、ここには未だない、知らぬ他の人への、前もっての応え、
として、生まれるけれど、
絵画の場合は、描かれて後も、
時間、という、神の技が、ゆっくりと手を加え続けていきますね。

技巧誇示の快楽と欲望と陥穽と

音楽02:クラシック

[ 絵描き ]

2008/12/31(水) 午前 1:55

顔アイコン

技術の手品:
技術を「隠す」と、傍からは技術がある(あった)
ようにみえます(笑)

音楽は、聞き手が協力してくれて、そこんところはいいなー。
と思います。
絵は、時間のラグがあるから、
過去から引き継いだことを、
未来に見てくれる人に、託す気持で描いてます。

シラン

2008/12/23(火) 午前 10:17

alhenaさん、お久しぶりです。
ステキなニャンコたちと一緒なんですね〜。

>「友達」が欲しくて欲しくてたまらない。だから「必要」としたくない。

うまい言い方だなあ。

あのペネトレの見解は、
「友だちは絶対必要だ」という常識の「善なる嘘」を突いたものですね。
哲学の研究なども、その世の中的必要性を示さないと納得されない。
「人」としての「私たち」にとっての有用性、
その呼びかけに、応えてしまうことで、世の中的な主体として認められ、
世間という幻想の王国の臣下となる。
でも、その時に隠されてしまう<真実>への扉を開く、
そんな「夏への扉」を開くのが、永井猫軍団なのかな。

だとしても、このエピソード、
永井さんとしては、めずらしく、
世間的「善なる嘘」を転倒させた、より高次の「善なる嘘」かも、
という気配も、少し感じます。

へなまん

2008/12/22(月) 午後 11:45

顔アイコン

我が家にいる猫はアインジヒトとインサイト。
ペネトレも早く仲間に加えたいのですが・・・友達は必要なさそうだから。なんって('∀`)

ペネトレがどんな文脈で友達なんか必要ないと言ったのかは知りませんけど、自分の場合は、
「友達」が欲しくて欲しくてたまらない。だから「必要」としたくない。
ってのはありますね。

また、永井先生は『ルサンチマンの哲学』(P41)でニヒリズムの源泉について述べられていましたが、それを念頭に置いてみると、この問題は友情に限定することなく、世に謳われる「必要」全般(必然性に支配された心性)に対する抵抗の一端ではないのかなとも思います。

シラン

2008/12/14(日) 午前 10:58

いますよね〜w
逆に、仕事だけは一緒にしたくない、というのも居た、
というか、その方が多かったかなw
(しかしコノ場合は、向こうもそう思ってること、多いな、きっと^^;)

まあ、本文の★1のレベルで、適切な距離で付き合うのが巧い人は、
世の中で、自分の能力に見合った位置に自分を置いて、
そこそこ安楽に生きられるのでしょう。
ソレもまた、才能だろうけれど、そのセンスがボクは劣ってる、
というか、見切り方は、かなり秀でてると思うのだけど、
そこに、巧く合わせよう、という欲望や意志が欠落してる、
ってことは、才能ない、ってことですね(^^;

それに、★2や★4を★1より優先する態度は、
世の中的に見れば、むしろ不健全な在り方なのでしょう。
ニーチェも、その典型ですね。

ぐりぐり

2008/12/14(日) 午前 0:36

顔アイコン

仕事上では最高の同士だけど、日常は馬が合わない人・・・いますね〜!思い当たります。ぼくは実は友人はいなくても平気だって普段は思ってるし、友達付き合いも極端に少ないけれど、時々寂しいのかな?とか、功利的に、いたほうが老後はいいのかな?(笑)と思うこともないではないですが、食べ物や酒と同じで、それも精神の節制になって良いのかもしれない、なんてことも思います。「子供のための哲学対話」覚えておきます。

シラン

2008/12/13(土) 午前 10:25

コメントありがとう。
というように、わずかな言葉もらっただけでも嬉しい、ですよね。
未知の人の共感が、友人の共感以上に嬉しいこともありますね。

本文で書いたのは基本的なモデルで、現実の人間関係は込み入っています。
政治の話しなければ共感し合える人もいれば、
仕事上では最高の同志だけど日常付き合いは馬が合わない人もいる。
「喜びを分かち合える人」は、本文2での愛する人や親友に近づくかもしれません。

本文元ネタは、若い友人が、永井均さんの『子供のための哲学対話』にある話から始めた議論なんです。
その本の主人公の哲学猫ペネトレが、
「友は不可欠だって言うけど、実はなくたって平気なんだ」って言う。

他にも、クジラは魚じゃんとか、地球は回ってないよ、とか、
常識が隠しちゃう<事実>を指摘している。

友がいなくても平気だよ、と一旦常識をひっくり返した上で、
でも多くの場合、いてくれたら一層嬉しい、ということを確認しなおす。
すると、もし友がいない場合でも耐えられる途も、持てる、かも。

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