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善と真と快のトリレンマ
哲学01:独在論系
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哲学01:独在論系
もりのひとさん
思いつきや覚書や、一応公開ブログなので、たまたまいらっしゃってくれた方へのあいさつとしてお気に入りの絵や音楽の話などを、気ままに書いているだけだったので、
こんなに一生懸命、読んでいただいちゃうと、嬉しいけれどちょっと困惑しちゃいます(^^;
この日記の末尾にも書いているように、ボク自身がまさに考え途中の未完の思考の断片なので、
幸か不幸か何か刺激になってしまったとしても鵜呑みにはされないでくださいね♪
ただ、気になっているポイントを狭い範囲で公開してみることで、ボク自身が想定外だった問題点などを、他の方が指摘してくださることで、お互い、予想外の思考が進んだりしたら、それこそそれは、楽しくて且つ良いこと、かもしれないし、近頃、もりのひとさんや花椿さんの問い掛けで、予期していなかった思考整理もできました♪
善と真と快のトリレンマ
哲学01:独在論系
[ よしあき ]
2008/4/13(日) 午後 1:29
ブログを全部読ませていただいて、一番興味を惹かれたのは「幻想」という言葉でした。記事の内容と全然関係なく?、幻想という言葉から自分で勝手にいろいろ考えていくうちに、「真理なんてない!すべては幻想だ!」、「真理の“源泉・根源”なんか、分かりっこないし、そんなものなんてない!一からはじまったんじゃなくて、最初から多からはじまったんだ!だから一なる源泉・根源なんてない!」、「源泉・根源への憧憬はもうやめて、幻想を生きるなら、間主観的幻想も捨てて、自分だけの幻想を生きよう!」、なんて、もうそんな感じで、なんかどうでもよくなってきちゃいました。すべて幻想の生なら、せめて悦びとenjoymentの生を生きたいです。マトリックスの映画でいえば、薄暗い地下で生きるのではなく、たとえ幻想であっても明るい地上の世界で生きたいという感じです。
善と真と快のトリレンマ
哲学01:独在論系
[ よしあき ]
2008/4/13(日) 午後 1:11
ニーチェからデリダにいたる脱構築の知は、学究のゲーム空間をなしている場においては、最高の位置に君臨しているけれども、「悪ならざる善」こそを求めざるを得ない社会という場に「公開」された時には、道徳的善悪の基準で、意義を測られる。が、シランクスさんの場合は、「趣味」がさらに高位に置かれている???シランクスさんのブログを全部読ませていただきましたが、「悦び」、「enjoyment」という言葉をよく見かけました。知が悦びを与える行為という感覚をお持ちなのかなと思いました。「邪悪に善行をしたい」というのもニーチェとの繋がりを感じますし、ニーチェも「悦ばしき知識」という本を書いていましたね。デリダもそういったセンスの持ち主なのでしょうか???
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哲学03:脱構築系
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哲学03:脱構築系
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