M's館

記事の多くはファン限定なので、興味もたれた酔狂な方はゲストブックからお知らせ下さい

過去の投稿日別表示

[ リスト | 詳細 ]

全1ページ

[1]

知人の美術史家がヨソのブログ村で書いていた話にちなんで。
ベルギーの航空会社Brussels airlinesの新しい企業ロゴ(?)にクレームがでた。
赤い小丸を並べてbを象っただけのものだけど、その丸が13個なのがイケナイのだそうだ。
で、14個に増やしたのだけど、デザイナーはもちろん文句を言った。「調和が崩れる!」

で、親愛なる友である美術史賢者Iさんは、「「デザインの調和は取れていた」と自身の「表現」に立て篭もり、問答無用を気取っているように思われる。」と述べていた。

そこに、これも愛しき友である美術家M氏が応じて、
「デザインの調和を取り、他者との不調和を取る事と、デザインの不調和を取り、他者との調和を取る事では、デザイン界的には前者が善であり、後者は悪………そしてその摩擦係数の大きさが、大きさのみが「私様」を肥大させていく」とおっしゃっていた。

で、美術史家I氏が、修正前と修正後は「哀しい位に間違い探し」という発言を引いて、
オイラは次のように応じておきました。 以下は、オイラのコメント。

この問題と、批評家や研究者にとって今や「正しき作法」のようになっている「神は細部に宿る」という問題との間隙には、悩ましげな深淵がありますねw
良き細部と悪しき細部、有益な細部と無益な細部
などなど、その良否の秤は、どのように決済されうるか?
(ボクは割りとあっさりと、記号論的に「関与性」などという概念を媒介させたいのですが、それでも、当の関与性が関与する基準についての問いが、再度、喚び覚まされます)。

Mさんが、ご自身の日記でもここでも問われている
「私-性」と「他者」という秤(ここではデザイン的調和と他者との調和)も、
なぜ、ここで、その秤か?という問いは、問える。
そしてボクは実は、露悪的でも体制補完的でもない意味で(と断るのは、そうした方向も「論理的には可能」だからですが)、「私vs他者」という秤は、ここでMさんのように使うわけにはいかない、と考えます。
(続きは、ムラリブログの、クロカワキショー問題と通じていたので、別に載せます)

全1ページ

[1]


.
シラン
シラン
非公開 / 非公開
人気度
Yahoo!ブログヘルプ - ブログ人気度について

過去の記事一覧

1 2 3
4 5 6 7 8 9 10
11 12 13 14 15 16 17
18 19 20 21 22 23 24
25 26 27 28

Yahoo!からのお知らせ

よしもとブログランキング

もっと見る

プライバシー -  利用規約 -  メディアステートメント -  ガイドライン -  順守事項 -  ご意見・ご要望 -  ヘルプ・お問い合わせ

Copyright (C) 2019 Yahoo Japan Corporation. All Rights Reserved.

みんなの更新記事