紅葉の名刹とのことです。
1枚目、惣門。
2・3枚目、山門への途中の参道。
4・5枚目、山門。
E-520+11-22mm、11月17日。
高源寺縁起(パンフレットより)
高源寺は一三二五年(鎌倉時代)に
遠谿祖雄禅師が開いた臨済宗の中峰
派の本山です。
遠谿祖雄禅師は当地青垣町の山垣
城の城主、足立遠政公の孫の光基の
三男で、早くより出家して、一三○六年
に中国に渡り、抗州天目山の中峰国
師(中峰明本)のもとで修業をして、
悟りをひらき、十年後帰国しました.
高源寺建立の翌年に後醍醐天皇よ
り高源寺という寺号を頂き、後に後柏
原天皇の代に勅願寺(天皇の命による
祈願のための寺)になりました.又当
時は末寺、三千ヶ寺にもおよび圭した。
しかしなから、天正年間(室町時代
末期)に織田信長の丹波攻めで焼き
討ちにあい.全て焼失しました。その後、
享保のはじめ(江戸時代中期〕に天岩
和尚が一部再建し、寛政時代〔江戸時
代中期)に弘巌和尚が柏原藩主の援
助を得て.現在の建物を建立しました。
伽藍は惣門・山門・佛殿・方丈・庫裡,
撞堂・多宝塔・宝蔵がありまず.
また、境内の楓は天目楓といい、遠
谿祖雄禅師が中国の天目山より持ち
帰ったものです
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